お米系は貴重なのです
お米系は貴重なのです
―― 三日目 ――「サンドシャークが来やがった」 お店の入り口にサメが数匹、背びれだけを出して、ゆっくりと近づいて来ます。 エリオットは腰からナイフを取り出して構えました。先頭のサメがお店の床を砂に変えて、泳いで来ます。 それがエリオット目がけて飛び跳ねた瞬間、ナイフが振り下ろされました。短いナイフが届く距離ではありません。「ライトニング!」 一瞬の閃光は稲妻となってサメの正面から縦に突き刺さり、サメはエリオットに届く前に横倒しに倒れました。ビクビクと痙攣しています。 あのナイフは魔法の杖の代わりなのでしょうか。「くそっ鞭があれば……無理してでも回収するべきだったかな」「大丈夫ですか?」「まだ来る。……この店に武器は置いてないのか?」「武器……と言われても」 コンビニに武器の品揃えなんてあるわけがありません。 そうしてる間にも次のサメが襲ってきます。 ナイフで切り裂いた瞬間、サメの血が吹き出します。 エリオットはさらに二匹のサメを倒した所で、その次に来たサメに体当たりを食らいました。「くそっ!」 激しい衝撃音を響かせ、お弁当のオープンケースに叩きつけられて、サメに挟まれつつもエリオットはそのナイフをサメの横面に突き立てます。「ラ、ライトニング!」 刺したナイフから稲妻が迸り、そのサメは絶命しました。「エリオットさん!」「ぐっ……まだ来るか」 さらに数匹のサメが集まってきました。 サメの波は途切れません、次から次へとエリオットに襲いかかります。 体当たり攻撃は彼の体から、嫌な音を響かせ続けます。 複数のサメの波状攻撃に、エリオットはオープンケースをその身で破壊しながら、血まみれになっていきます。 オープンケースの裏は結界になっているので、エリオットは壊れない壁を背にしてしまっているのです。「エリオット!」 私はカウンターの中に置きっぱなしのポーションを数本、エリオット目がけて投げつけました。 ポーションの小瓶はエリオットに当たると割れて、淡く発光します。服用しなくても効果はあるみたいです。 それを見て私はさらにポーションを投げつけます。 サメたちは私の方を向き、襲ってこようとしましたが結界に阻まれると、こちらへ来るのは諦めて、またエリオットに向かってしまいました。 どうしよう! どうする!? 私! ……私。 ポーションを投げながら、私はまだ迷っていました。どうしても結界に彼を入れるという決断が出来ません。 私は心の中で自問自答します。 どうして私はこの人を結界に入れないのか? ここは私の世界だから……彼が死んでもいいの? いいわけない……はず。ならどうして入れてあげないの? それは……それは……。 私はランドルフにも結界の侵入を許しませんでした。ランドルフはこの世界で唯一心を許した存在と言ってもいい人です。 その人にも許していない事です。その事が今の私の頑なな思いを貫く姿勢ともなっていると思います。 そして私はこの結界を、私自身、私の存在そのものとして置き換えているのかも知れません。 つまり結界への侵入を許すと言う事は、私の体にそれを許すが如くなのです。 男の人には私の気持ちは理解出来ないかも知れませんが、言い換えれば目の前の死にそうな人が、私の貞操を捧げる事で助かるとして、それを私が認めるかというと、そんな事はないのです。極論でしょうか……。 この人が『トレジャーハンター』だと言うのなら、私は『女』なのです。 一度それを許してしまうと、男の人は決して出て行こうとしません。さも当たり前のように、さも自分の物のように、何度も求めてくるのです。 これは私の偏見なのでしょう。でも私がそう思うのですから、そう思ってしまうのですから、仕方がないのです。 もちろん女性すべてがそうだとは言いません。ですが私はそうなのです。 結論。他人は見殺しにしてでも、私の結界と私自身は守る。 それが、私も認めたくない本音だったのです。 もしその人に少しでも情があれば、途端に変わるのも女です。ですが私は今目の前に居る人と、他人以上の関係になったつもりはありません。「サンダーボルト!」 店内が稲妻の光に包まれます。先程までとは違う、強力な魔法だったようです。 群がっていたサメたちは一掃されました。 すべてのサメが床に転がったかと思うと、砂状と化した床に沈んでいきます。「エリオットさん! ポーションを!」 私はハイ・ポーションを数本、まとめて渡しました。 エリオットは何本かをまとめて飲み干し、数本を傷口に直接かけました。「やばかった……」 サメの波はひとまず落ち着いたようです。外にはもうサメは居ませんでした。 ポーションで傷は治るものなのでしょうか。エリオットの服は血だらけです。 そんな彼は結界に入れようとしない私に、少しも恨み言を言う事もありませんでした。「牙による攻撃だけはほとんど避けてやったぞ。……まさに僥倖!クククククッハッハッハ!」 エリオットは可笑しげに笑い、一人悦に入っていました。「ポーションは足りましたか?」「ああ、充分だ。なんだこれは、キュアポーションまで転がっているぞ」 私は手元のポーションを手当たり次第に投げていたので、何のポーションを投げていたのかも分かっていませんでした。「しかし、鞭がないのはキツイな」「鞭がエリオットさんの武器なのですか?」「ああ。ここまで逃げる途中で魔物に奪われた」 何十日も凶暴な魔物たちと戦い続けてきて、ここまで生き延びてきた彼の事です。その武器は私には想像もできない程、頼りになるものだったのでしょう。「それとサオリとやら、君のその姿勢は気に入った。君はSランクの素質がある。生き延びるための素質だ」 それは、結界に入れなかった事を言っているのでしょうか。 怒られたり恨まれたりするどころか、認められてしまいました。「生きるために必要なのは、他人に頼る事ではない、自分を信じる事だ」 Sランクというものの価値は私には分かりません。 ですがこの人はきっと、これまでも厳しい戦いの中にその身を置いて、生き抜いてきたに違いありません。 何かしらの『覚悟』を感じさせます。「俺は自分を信じていた。君を頼るつもりもなかった。そして君が俺を結界に入れなかったのは、俺が必ず生き残ると信じていた、という事になる。それでいいじゃないか。自分を責めるなよ?」「そんな……私……」「なあサオリ、なにか食わせてくれないか」 エリオットは私に言い訳をさせませんでした。私もそれ以上、何も言いませんでした。 私はとっておきの冷凍食品、『えびピラフ』を二つまとめて電子レンジで温めました。 ひとつだと、男の人には物足りない量だと思います。「二百十六円になります。お客様」「金取るのかよ……」 エリオットはそれを、美味しそうに完食しました。 私はその後で、ポーションの代金もちゃんといただきました。 トレジャーハンターの彼は、どうやらお金持ちらしいです。