ハイヒールブーツ
ハイヒールブーツ
前回のあらすじ:警策は目が覚める
警策でたたくと、人は結構あっさりと目が覚めるらしい。
さすがはセリーが作り上げた警策だというべきか。
武器アイテムだから当然というべきか。
目覚めもすっきりさわやか、爽快に起きられる。
一家に一本ほしい。
まあ、短い時間しか眠っていなかったせいもあるかもしれないが。
長い時間寝ていたら、警策で起こされても寝ぼけるのかもしれない。
ビープシープで簡単に眠れ、警策ですっきりと目覚められるのなら、睡眠に障害を抱えている人にとっては垂涎の安眠アイテムになるだろう。
魔物は飼いならせないので無理だとはいえ。
惜しい。
そんなビープシープとも時折戦いながら、三十六階層と三十七階層を往復して三十六階層のボス戦を繰り返す。
ビープシープともたまに戦うくらいならそうそう眠らされることはない。
警策の出番はあまりなく、朝食の時間まで戦闘した。
というか、俺は警策を一度も使っていない。
俺は基本的に後衛だから、眠らされた後最初に魔物の攻撃を浴びて起こされるのは俺ではない。
目覚めた人が魔物の隙を見て他のパーティーメンバーを起こしていくとしても、近くにいる前衛からになるので、後裔の俺を起こすのは後回しになる。
かくして、俺が起こされたときにはもう眠っている人はいない、ということになる。
俺が真っ先に起こされないのは、あくまで俺が後衛だからだ。
決して戦闘に必要ないから、というわけではない。
と思う。
ミリアがいればどうとでもなる、と思われているわけではない。
といいな。
実際、なんとかなりそうではある。
いや。ミリアが石化させた魔物は、俺がシュランダルで処理している。
つまり俺が必要だ。
戦闘が終わった後でいいとはいえ。
しかも、そのときにMPも回復できるから、俺がデュランダルを出して前衛に出ることがなくなり、ますます俺が誰かを起こすことから遠ざかる、と。
まあしょうがない。
安定して戦えることが一番だ。
安定した戦いを終え、ダンジョンを出る。
戦闘から解放されたら、パンと食材を買って家に帰り、朝食だ。
「食べ終わったら、俺はちょっと出かけてくる」
「分かりました。ではせっかくですので、部屋の掃除もすませてしまいますね」
「ああ。頼むな」
「はい」
食べながら、ロクサーヌたちに出かけることを話した。
迷宮に入るので、ロクサーヌたちは短い時間で食事の支度、後片づけ、洗濯などをしなければならない。
今日は俺が出かけるので、それに加えて部屋の大掃除までやってしまうようだ。
頭が下がる。
とはいえ、それだけでもないのだが。
「大変なら、誰かを雇うこともでき」
「いえ。大丈夫です」
ロクサーヌが食い気味に否定してきた。
「五人で手分けすれば、それほど作業量もありませんし、迷宮に入るのに差し障るほどの時間もかかりません」
「やる、です」
「大丈夫だと思います」
「諸侯会議もすぐに終わってしまいます」
ほかの四人も否定的だ。
迷宮に入る人とは別に家事専用の奴隷を追加する、ということはやはり難しいか。
まあ、五人もいるのだから、それに満足すべきだろう。
ちなみに、諸侯会議というのは冬の間に少しだけ行われるらしい。
朝食の後、一人で出かける。
「これはこれは、ミチオ様。ようこそいらっしゃいました」
行き先は、帝都にある帝国解放会のロッジだ。
壁に出ると、いつものごとくセバスチャンが優雅に腰を折って迎えてくれる。
丁寧だ。
バカ丁寧だ。
ここまでくるとむしろ馬鹿にされてるんじゃないだろうか、という気がするほどだが、そんな雰囲気はもちろん微塵もない。
完全に自然であり、隙がない。
優美で、ゆったりと落ち着いた上質の雰囲気。
なんというか気品のようなものがにじみ出ている。
セバスチャンは貴族ではないと思うから、この気品は生まれ育ちによるものではない。
努力によって身につくものなんだろうか。
不思議だ。
身につくといわれたら、がさつな俺などは返す言葉もない。
複雑な生い立ちを抱えているとか、せめてその辺りであってくれ。
「いつものように店舗の確認だ。何か新しい出物でもあったか?」
「そうですね。まあ多少は入荷してございます」
「じゃあ見せてくれ」
「承りました。こちらへどうぞ」
帝国解放会のロッジにある店にはときおり訪れている。
出物がないかの確認だ。
知らぬ間に売れていたりしたら嫌だからな。
金には困ってないし。
金には困っていない。
人生で一度は使ってみたい言葉だ。
もう一度いっておこう。
金には困ってない。
今は。
「ほうほう」
セバスチャンについて店舗に行くと、オリハルコンの剣が飾ってあった。
前にはなかったものだ。
これが入荷したのか。
ただし、鑑定によると空きのスキルスロットはない。
だから俺が買うことはない。
空きのスキルスロットがあっても、今回購入するかどうかは分からないが。
この店舗での購入にはお金だけではなくポイントが必要だ。
いい武具やスキルつきの武具を買うためには、同程度の品を売却してポイントを溜めなければならない。
今の俺は、金には困ってなくてもポイントはない。
好き放題買うわけにはいかない。
世の中カネではないということか。
俺がポイントの捻出用に考えているのは身代わりのミサンガだ。
芋虫のモンスターカードの買い取りも続けているし、俺とセリーなら百パーセント融合に成功できる。
身代わりのミサンガそのものをオークションで落とす手もあるが、そこまではしていない。
やりすぎるのもよくないだろうし。
だから、この店で武器を買うにしても、よく考えて買っていかなければならない。
オリハルコンの剣は、両手剣だからベスタの装備になる。
俺は魔法メインだしデュランダルもあるし。
オリハルコンの剣がどこまで強いかは分からないが、ベスタの武器を強化してもパーティーが即強化とはならないだろう。
今すぐ必要かというと、そうでもない。
デュランダルの代わりに使えるまで強ければ別だが。
そのためには、少なくともMP吸収とかスキルをそろえなくてはいけない。
即効性は薄い。
とはいっても、こちらの希望のときに希望の装備品が手に入るわけではないので、手に入れる機会があるならば手に入れおくべきか。
空きのスキルスロットはないので、いずれにせよ今回はないが。
前衛になら、やはりほしいのは防具。
後は、そろそろルティナの強化を考えてもいいかもしれない。
俺の魔法の回数を一回くらい常時減らしてくれるようになれば、いろいろと楽になる。
そこまでは求めすぎだとしても。
ロッジの店舗を見回っていくが、他にめぼしいものはないようだ。
今日も空振りか。
まあしょうがない。
めげずにちょくちょく足を運ぶよりほかあるまい。
「実は入荷したものが他にもあるのですが……」
セバスチャンがいいにくそうに切り出した。
他にもあるのか。
いいにくそうにしていたということは、何か問題のある商品なんだろうか。
「へえ」
「こちらになります」
セバスチャンが出してきたのは、青いブーツだ。
濃紺というか群青というか、暗い青色をしている。
エナメルのハイヒールブーツ 足装備
スキル 空き 空き 空き 空き 空き
「おおっ。すごい。買った」
思わず口に出してしまった。
値段も確認せずに。
いやいや。これは買いだろう。
スキルスロットに空きが五つもある。
カエサルが戦地から送った簡潔な報告が、 来た ( Veni, ) 見た ( vidi, ) 勝った ( vici ) 。
俺が送りたい報告が来た見た買った。
それくらいの一品だ。
「いえ。実はこちらの品ですが」
「非売品なのか?」
「商品は商品なのですが……」
「うん」
セバスチャンが口を閉ざしたので、相づちを打って先を促す。
「これを申し上げてよろしいのかどうか判断に迷うところですが」
「かまわない」
「なんと申しましょうか」
ご婦人方には分からない痛みでも抱えているのだろうか。
「うんうん」
「実は先日あるところから二つセットで入荷いたしました……」
「で?」
「そういうことです」
いや、分かんねえよ。
どういうことだってばよ。
二つセットなのが駄目なのか?
同じものが他にもあると縁起が悪い、とか?
「そろそろです」
セバスチャンから追加の説明があるかと待っていたが、それもなく、代わりに他の人がやってきて何事かセバスチャンに告げた。
「そろそろのようです。ミチオ様もぜひ」
だから何事なのかと。
セバスチャンに店舗の外へ出るように促される。
外に出ると、長い廊下の端っこに人が集まっていた。
あ。これは見たことがある。
あかんやつや。
帝国解放会のロッジは、帝都の城と接しているらしい。
そして、皇族や貴族などの偉いヒトがあの扉の向こう側から入ってくるのだ。
「おなりになられました」
扉が徐々に開いていき、誰もが頭を下げる。
逃げ遅れた。
話をはぐらかされたようでもやもやしていたら、逃げ出すチャンスを逸した。
仕方ない。
俺も従って頭を下げる。
というか従わざるをえない。
俺は空気の読める男だ。
「おお。ミチオではないか」
「ガイウス様。ようこそおいでくださいました」
頭を下げていると、聞いたことのある声と名前が耳に入った。
皇帝の登場だ。
女の人に踏まれると喜ぶ皇帝の登場だ。
名前を呼ばれた以上、対応せざるをえない。
「久しぶりです」
「うむ。この前、卿からもらったものは実にいいものだった。さすがは師兄だ」
「あれですか」
そういえば、皇帝にはストッキングを贈った。
喜んでくれたらしい。
あれはいいものだからな。
「あれは素晴らしい。とても素晴らしい。最高に素晴らしい。いい。実にいい。実にはかどる。病みつきになってしまった」
「それはそれは」
ぴったりの贈り物だとは思ったが、想像以上にはまってくれたようだ。
何がはかどったかは、聞かない方がいいだろう。
「この喜びを広く知らしめることができないのが惜しいくらいだ」
「なんと申しましょうか」
さすが、俺には分からない、ご婦人方には分からない痛みを喜びに換えてしまう男だ。
知らしめるのはやめておけといいたい。
天下 《 あめのした 》 しろしめす 大王 《 おおきみ 》 が天皇の古称だから、皇帝は天の下を知ろしめす者ではあるかもしれないが、変な喜びを知らしめる者ではない。
「そこで、せめてもの返礼をすることにしたのだ」
「こちらでございます」
皇帝の発言に併せて、セバスチャンがすっと横から何かを差し出した。
さすがはできる執事だ。
というか、これ、さっきのエナメルのハイヒールブーツじゃね?
同じハイヒールのブーツだ。
いや。違う。
空きのスキルスロットが一つしかない。
別物だ。
なるほど。
だから同じものが二つ入荷したと。
一個は皇帝が買い上げて俺に贈るつもりだったと。
だからもう一個まで俺が買わない方がよいよと。
そういうことだったのか。
空きのスキルスロットは、一つに減っているが。
二個入荷して、両方とも空きのスキルスロットがあったのはすごい。
あるいは、エナメルのハイヒールブーツには空きのスキルスロットがつきやすいのかもしれない。
ハイヒールブーツだからな。
ペンとりんごがくっついてアポーペンになるように、ハイヒールとブーツがくっついてハイヒールブーツになったのかもしれない。
だから空きのスキルスロットがつく確率も二倍になると。
そんなわけはないな。
しかし、片方が五つもあると、一つではしょぼく見える。
しかもこれを両方手放した人は不運だ。
持っていない感じがある。
空きのスキルスロット一つの方を俺への贈り物に購入した皇帝も持っていない。
一つの方を他人に贈って、後で五つの方を自分のものにするなら持っているが。
どうするつもりだったのか。
「おお。これは」
いずれにせよ、感激した風を装って受け取る。
本当は空きのスキルスロット五個の方がよかったとか、思ってはいけない。
「うむ。師兄にも魔法使いのパーティーメンバーができたのであろう。もちろん話は最初から聞いておったぞ。これならばよい装備品になる」
ルティナの件は皇帝へも話が行っていたらしい。
最初から、というのがポイントだ。
考えてみたら、それはそうだよな。
伯爵家でクーデターみたいなことを起こしたのだから。
何も報告がいっていなかったら内乱罪が適応されてもおかしくはない。
ハルツ公爵も、動く前にきちんと皇帝には話を通しておいたのか。
さすがは貴族ということなのか、しっかりしている。
あるいはゴスラーがやらせたのかもしれない。
「確かに」
「これならばめくるめく境地へといざなってくれるであろう」
いえいえ。
そっちは体験したくないです。
『異世界迷宮でハーレムを 7』が本日発売になりました。
今回はロクサーヌさんの活躍回です。ミチオ君とかは相変わらずです。ロクサーヌさんの活躍が見たい人は是非。
よろしくお願いします。