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異世界の牧場を相続しました~スタァストリームファーム~ — kakuyomu.jp · All chapters

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子供の頃、みんな、どんな大人になることを夢見ていた?

俺の名前は星谷静流、ブラック企業勤めの社会人35歳だ。

役職は係長……ちょっと偉いかと思うだろうけど長く勤めていたら嫌でもこれくらいは出世する。

ただ……まあ、責任が増しているけど給料は本気で割に合わない。

部下が問題を起こせば謝りに行き、上司に叱られるのは元より、自らの手柄を上司に奪われやってもない責任を取らされる。

先日も俺の仕事じゃないのに先方に謝りに行かされたのは何かの罰ゲームだったらまだマシなことだ。

これで自業自得で減給とかさ……転職を考えなきゃいけない程のブラックな環境に俺も疲れてしまっている。

が、転職をしようにも休日に転職活動する気力もない。

いや……休日が殆どない。二週間に一日休めたら良い方だろう。

「あー……うー……」

ゾンビの様にパソコンの前に座り、今日もサービス残業。

正直……このままでは死んでしまうし、駅で電車が来る直前に一歩踏み出したらどれだけ楽になれるのかという感覚に何度支配されかかったか。

まあ、そんな日々を過ごしている。

仕様変更の指示を帰る直前に上司から言い渡されるとか……。

眠気覚ましのコーヒーと、かなり強力な栄養剤を流し込みつつ、仕様変更したプログラムが上手く動くことを確認しながら辺りを見渡す。

「……」

みんな揃ってデスマーチ中……。

机の下で寝袋を広げて寝ている同僚たち……現代の日本に奴隷なんていないなんて言うけどさ……いるでしょ。

会社の奴隷ってやつ。

僅かばかりの金銭の為に必死に働かないと生きていけない。

文明が発展して裕福になったなんて言うけどさ……そんなことはないんじゃないか? とこんな地獄を経験していると考えてしまう。

一体俺はどこで道を誤ったのか……今からでも遅くないだろうか?

このままじゃ死んでしまいそうだ……。

疲れによる死の誘惑への意識が逸れ、ふと作業机の引き出しを開ける。

そこには一通の、もはやお守りになりつつある封筒があった。

「……」

この未開封の封筒を眺めていると力をもらえるんだ。

だから俺はまだ……死なずにいる。

これは……今から二十年以上前のこと。

俺にはとても優しい爺さんがいた。

その爺さんは田舎に住んでいて、俺は田舎でとても楽しい日々を過ごした。

と、夢とも現実とも言える幼少時の思い出に浸る。

多分、ひと夏の思い出ってやつだと思う。

とても自由で、夢いっぱいだった。のどかな牧場で遊んでいたような記憶が薄っすらとある。

今でもあの時、爺さんとのことをぼんやりと夢にみるくらいだ。

……爺さんと一緒に遊んだゲーム、どうなったっけ。かなり楽しかったって記憶はあるんだ。

牧場にいるのに牧場系のスローライフなやつを遊んだ。

ただ、ぼんやり過ぎて楽しかったはずなのに具体的なものが思い出せない。

あの頃の俺は今の俺のようなブラック企業に就職して、今日死ぬか明日死ぬかなんて悩んだりする未来を、考えもしなかっただろうなぁ。

そんな爺さんが亡くなる少し前、病院で俺に一通の封筒を渡した。

うん、段々と記憶が蘇ってきた。

もともと爺さんは何やら会社を立ち上げ、一代で財を成し子宝に恵まれてはいたのだけど……奥さん、ばあさんには早くに先立たれた。

ばあさんの親戚にも色々と援助していたらしい。

親戚は俺も覚えているけれど金遣いの荒いがめつい連中だ。

爺さんの子供に位置する俺の親や小父叔母はみんな爺さんを金持ちの父親って感覚でしか接しておらず妙にプライドが高く、爺さんほどの経営の才能は無く、事業をしては倒産を繰り返しているろくでなしとしか言いようがなかった。

隠居して会社を子供に譲った爺さん。

爺さんは農業が趣味の隠居生活をしている人だったなぁってのが俺の印象だ。

「静流……お前はワシの家族の中で、一番ワシを慕ってくれた。だからこそ、人生の先輩として少しばかりの助言を残すぞ」

「う、うん」

大好きな爺さんがもう老い先長くない。病院の病室で俺を呼びだして話をした。

はっきり言ってあんなに元気な爺さんが死ぬなんて想像もできなかったが、雰囲気というのか。

子供ながらに感じるものがあったんだ。

「この先、社会はお前にとても辛く当たるかもしれない。人生ってのは凄く辛い時もあるし、それが当然のことだ、とみんなが泣き言を言う者を指差して嘲笑うだろう」

それは爺さんが経験したことの集大成なんだろうなってことくらいは想像ができる。

社会人になった今だからわかるけど、その通りだと思う。

こんなクソみたいな会社だが、やめれば無職。

社会からの風当たりも相当きつい。

だからやめるやめると言っていても、結局やめられないんだよな。

「だがな静流、もしもだ。もしも、そんな社会が辛くて、死にたい、逃げたい、何もかも捨てたい、もうどうにでもなれと思えるほど辛いことがあったとき、ワシのことを思い出して、この封筒の封を切って中の物を読みなさい」

そう言って爺さんは俺に一通の封筒を手渡したのだ。

「わ、わかったよ。爺さん。だけど俺は爺さんと遊んだあの田舎が好きだから爺さんは長生きしてほしい」

「ああ……静流、お前が素直な子で本当に嬉しい。だからこそ、金に妄執するような子にならないでおくれよ」

そんな爺さんは俺の頬を撫でて安らかな笑みを浮かべていた……。

爺さんが亡くなったのは、それから一ヵ月後だった。

あれから二十年以上。

爺さんは田舎の家以外もかなり大きな家を持っていた。

それこそ屋敷、なんて言えるような豪邸だ。

他にもマンションとか山とか畑とか、金になりそうな物を沢山持っていたんだ。

しかし、それらの物は既に売却されている。

当然、俺の親や親戚が売って金にしたからだ。

親戚で爺さんの遺産をどう分けるか、みたいな話をしていたのを見た覚えがある。

俺が幼い頃に行った爺さんの田舎も、もう他人の物になっている。

親戚のみんなの前で爺さんの大切な場所を残したいとお願いしたけどみんな鼻で俺を笑った。

あれが原因だろうか……少しでも早く家を出て自立したいと思って早計にブラック企業に勤めてしまったのは。

やめたらあいつらに負けを認めたようなものだと思って今日まで来ている。

……まあ、両親を含めて小父叔母のどいつも妙な事業に失敗しているようだけどさ。

この前、あいつらが生活保護申請をした。養えないかって職員が俺のところに来たが断わった。

大切な爺さんの物を全て金にした奴らが……許せなかった。

爺さんはきっと、金のことばかり考えている子供たちに絶望してしまっていたんだろう。

育て方が悪かった? 違うと思う……あれは親戚が元から悪かったんだ。

俺だけでも爺さんを大事にしていないと浮かばれない。傲慢でも良いから爺さんの意志を継ぎたかった。

そんな爺さんが遺した手紙。家族みんなに配られていたものではあったけれど、まあ……みんなのは各々応援の手紙だったそうだ。

親戚一同は爺さんが死んだらササッと開封してしまったんだ。

既に中身がなんであるのかを知っていたらしい両親や親戚一同は、言い付けを守る子供の俺からしても嫌な笑みを浮かべながら、俺と爺さんのやり取りを見ていたのを覚えている。

それでも数年前に爺さんの残された遺産があるんじゃないかと俺の所に突撃されたっけ。

何も引き継いでないだろと言って追い返した。

そもそも爺さんはそんな遺言書とか作ってなかったしな。

だからかみんな遺産を分けて速攻で金にしたんだし、今更遺言書が出てきても無効だろう。

この爺さんの手紙はあくまで俺のお守り。

大切な思い出の品でしかないんだ。

爺さん。手紙の中味は想像できる。俺への励ましの手紙とかそんなところなんだろうなぁ。

……あの優しい爺さんの励ましの言葉か。

ぼんやりと思い出に浸っていた俺は、辛いブラック企業の業務をしている現実に戻される前に、爺さんの励ましの言葉を読みたくなった。

お守りとしてずっと仕舞っていた封筒の封を切る。

最近は珍しい蝋で封じられた封筒で、何かカッコイイと思っていた。

パキっと封を切ったとき、蝋が僅かに光ったように見えたのは気のせいだろう。

昔、自分の分は既に開けた従兄弟が勝手に開けようとして開け方が分からないなんてキレていたが、アッサリと封が解かれる。

そして中を確認すると一枚の紙が出てきた。

パラッと広げ、内容を確認する。

「……白紙? いや、なんか光って……」

その時……デスマーチの疲労がドッときたのか俺の意識は遠のいていった。

『静流……――』

爺さんの懐かしい声が聞こえたような気がした……。