一村の男性 マルコス
一村の男性 マルコス
俺の名はマルコス。
男。
時々、マルクスやマルカスと名前を間違えられるが、あまり気にしていない。
力はそれなりにある。
足も速い。
細かい作業もそれなりに得意。
どれもこれも一番ではないが、路地裏で生活していた時は万能と言われていた。
ただ、今住んでいる 一村 ( いちのむら ) では器用貧乏。
いや、それ以下かもしれない。
改めて、自分の力の無さに嘆きたくなる。
でも、村長は……ああ、村長ってのは一村の村長ではなく大樹の村の村長のことだ。
一村には村長はいなくて、代行と呼ばれる方が村長の役割をしている。
話を戻して……村長はそんな俺でも見捨てず、自分に合った仕事が見つかっていないだけだと励ましてくれた。
良い人だ。
そして力もあるし、金もある。
奥さんもいっぱいだ。
昔の俺なら羨ましさで怒っていたかもしれないが、今の俺は素直に感服している。
あれだけの人だ。
もっと良い生活をしてても構わないんじゃないかとさえ思う。
だが、村長は誰よりも働く。
凄い。
だからだろう。
村長のいる大樹の村は凄く発展している。
一村も負けずに頑張りたい。
まあ、人数が違うからすぐにとはいかないが……
いつかきっと。
そうして日々を過ごしていると、村長から話があると集められた。
シャシャートの街に店を出すので、責任者として誰か行ってくれないか?
永住ではなく、交代のつもりで考えている。
そんな話だった。
まだ一村にも慣れていないのに申し訳ないがと頭を下げられた。
そこまでされて断るわけがない。
だが、俺には妻がいる。
まずは妻のポーラに相談だ。
横を見たら、ポーラはすでに手を挙げていた。
相談は?
妻の目は、なにをやっているの早く手を挙げなさいと怒っているようだった。
運が良かった。
シャシャートの街に行く一組の夫婦を決めるクジで、俺とポーラが当たりを引いた。
神様、ありがとう。
それから俺とポーラはシャシャートの街に行く準備。
ずっと引っ越すわけじゃないので、家はそのまま。
管理はニュニュダフネさんたちがやってくれることになった。
俺は準備ができたら、そのままシャシャートの街に行くのだと思っていたが違った。
まずは大樹の村で勉強だそうだ。
確かに、考えてみれば俺とポーラに店を切り盛りする知識はない。
さすがは村長。
それでお店は……飲食店?
俺とポーラの料理の腕は普通ですよ。
料理人を雇うのですか?
一品だけ?
ああ、なるほど。
カレーを出す店ですか。
それなら俺もポーラも作れるし、トッピングで変化をつけることができるから飽きられにくい。
いける気がしてきた。
しかし、そうなると勉強とはいったい?
俺とポーラは大量の荷物と共に、シャシャートの街に到着した。
転移魔法での移動なので、大樹の村を出てすぐ到着したという感じ。
贅沢を言えば、もう少し旅感を味わいたかった。
いや、余計なことは考えない。
ビーゼル様、転移魔法、ありがとうございました。
マイケル様、わざわざのお出迎え、ありがとうございます。
すみませんが、まずは荷物を置く場所を……
俺が言う前に、マイケル様の部下が凄い勢いで用意されていた倉庫に荷物を運んでいった。
交代で見張りも付くらしい。
ありがとうございます……かな?
さっそく、当面の予定の相談をと思ったところで来客。
シャシャートの街の代官様だそうだ。
この街は魔王国の直轄地。
そこの代官様ということは、街で一番偉い方だ。
しかし、とても腰の低い方でこちらを侮ったところがない。
好感が持てる。
俺やポーラが着ている服をどこで仕立てたか気にしていたが……ファッションに興味があるのかな?
これはザブトン様の手作りなので、譲ることはできない。
そういえば村長から挨拶用にと渡された生地があった。
今、渡すと周囲の目があるから、後でマイケル様から渡してもらおう。
代官様と会うことはそう無いだろうが、仲良くやっていきたい。
さて、当面の予定だが、今日と明日はシャシャートの街の観光。
お客気分で色々と見て回る。
気を抜いているんじゃない。
まずは客目線を知る。
村長に指示されたことだ。
同時に価格調査も行う。
本来ならカレーの材料費に手間賃を加えた値段にするのだが、それで適正価格帯を間違えると困ると村長が言っていた。
高過ぎても安過ぎても駄目らしい。
なかなか難しいが、当面は街のお昼御飯の値段の平均より少し安い値段で勝負だと言われている。
なので外食がしたいのだが……
観光中の食事は全てマイケル様より派遣された案内人が先に支払っており、代金がわからなかった。
「お気になさらずに。
全て会頭様より仰せつかっておりますので」
しかも、食事するお店は全部高級店っぽい。
まあ、味は大樹の村の料理のほうが美味しいが……そこは言わない分別はある。
ただ、ちょっとガッカリしただけだ。
早くも村で親しんだ醤油と味噌が欲しくなってくる。
収穫的には、カレーはこの街でも受けるだろうなという確信だけだな。
マイケル様に、お店を出す場所に案内された。
それなりに人通りのある四つ角の一角。
二百メートル四方の広大な更地があった。
村長の畑……十六面分ぐらいかな?
「それで、お店はどの辺りに?」
「ここですが」
マイケル様は、更地の角を指差している。
四つ角の角地だ。
「ここですか?
こんな良い場所を?」
「わざわざ、私のほうからお願いしましたから。
これぐらいの場所は用意させていただきますよ」
「そうですか」
人通りは十分。
周囲に……お店は多い。
ただ、この一角だけ更地で寂しい感じがしている。
なるほど。
この更地の発展計画か何かがあって、そこに先駆けとしての役割を期待されているのか。
頑張らねば。
「建物に関しては、こちらでやらせていただきます。
飲食店ということで火の扱いが肝心ですね」
「はい。
あと水ですね」
「わかりました。
ここは海が近いので井戸が少ないのです。
飲料用の水路を引っ張ってきましょう」
「よろしくお願いします」
お店のことはよくわからないので、マイケル様に任せる。
村長ともそう話している。
その間に、俺は開店の準備をしなければいけない。
まずは人の雇用だ。
俺とポーラの二人で十分だろうけど、村長から現地の人を必ず雇うようにと言われている。
トラブル防止の手だそうだ。
シャシャートの街に知り合いなどいないから、これもマイケル様を頼らせてもらおうか?
いや、なんでもかんでもマイケル様頼りは良くない。
少しは自分で動かないとな。
ん、ポーラ?
その子たちは?
妻が十人ぐらいの女の子たちを連れていた。
……従業員候補ね。
了解。
村長に言われてわかっていると思うけど、そんな格好じゃお店に出せないから身体を洗うように。
水代、マキ代は出す。
身体を拭くタオルは……買ってこよう。
新しい服もだな。
わかった。
俺とポーラは、マイケル様の用意してくれた宿で寝泊りしている。
さすがにそこに十数人の従業員候補を連れ込むのは気が引けるので、従業員候補用に適当な宿を借りた。
従業員への手当ては十分にしろと村長に言われている。
場合によっては宿も借りてやれと。
こうなることを見越していたのだろうか?
さすがは村長。
調理器具、食器類などは持ち込んでいるが、全部揃っているわけじゃない。
不足分をポーラに頼み、俺は少し雑用。
ポーラの連れてきた従業員候補は、昔の俺と同じ路地裏生活者だろう。
しかし、マイケル様から聞いた話では、この街ではそういった子供たちを管理する組織があり、仕事や食事を与えているらしい。
その辺りをポーラが気にするとは思えない。
なので話を付けにいく。
路地裏生活者の取り纏めとなれば、暴力が飛び交う世界と思っていたが……
びっくりするぐらい穏便に話が終わった。
……
こんな街もあるんだな。
魔王国。
俺が一村に行くまでは、悪逆非道な魔物が住む場所と思っていたけど……
良い街だ。
人間の国よりちょっと個性的な者が多いけど。
大樹の村ほどじゃない。
さて、建物ができるまでにやらないといけないことは多い。
泊まっている宿の厨房と庭を借りて、カレーの試作。
村長からお店に関しての課題をもらっている。
まずは味を安定させること。
これは回数を重ねるしかない。
次にシャシャートの街で買える物を加えたカレーを作ること。
こっちは観光の時に目処ができている。
魚介類を使ったシーフードカレーだ。
これが一番だろう。
だが、慌てずにちゃんと試してからだ。
思い込みが一番危ないと村長から注意されている。
最後に、シャシャートの街の住人に喜ばれること。
きっかけはマイケル様からのお誘いだが、だからと言って横柄な態度で臨んでいいわけじゃない。
お邪魔しますの気持ちを忘れないようにと、村長から言われている。
忘れないようにしよう。
……
ところで、先ほどからこちらを見ている者たちはなんだ?
宿の従業員……だけじゃなくお客もだな。
視線は俺の手元。
完成したばかりのカレー。
まだジックリ煮込んでいないし、ご飯も炊いていないのだが……
宿のパンでいいか。
「味見がしたいなら、パンを持って……」
最後まで言えなかった。
試食してくれる人に困ることはないな。
十日後。
マイケル様に呼ばれた。
お店の外観ができたので、内装の相談がしたいとのこと。
……
…………
………………………………
更地だった二百メートル四方の場所に、一軒の大きなお店ができていた。
でかい。
本当にでかい。
びっくりするぐらいでかい。
平屋なのに屋根も高い。
普通の家の二階建てぐらいの高さがある。
なのに壁がない。
オープンだ。
どこからでも入れるということか。
内装が無いから屋根を支えている柱が目立つ。
角は……トイレか。
一応、客席エリアからは直接見えないように壁があるのはそのためね。
でもって店の中央にカウンターと厨房……
一辺三十メートルのカウンターなんて初めて見たな。
四方を取り囲むカウンターか。
初めて見た。
でもって、お店の四角に対して四十五度ズラして設置されている。
なるほど。
カウンターの内側から、なるべく広く見るための工夫だな。
従業員が出入りするための通路もちゃんとある。
水は屋根に這わせたパイプから流れてくる仕組みか。
凄いな。
厨房の中に大きな部屋があり、そこが食料庫。
あと休憩室と着替え用の部屋、従業員用のトイレもあるのか。
なるほどなるほど。
厨房で火を使った時の煙は……上に行ってあの煙突に吸い込まれて外に……雨の時も大丈夫な設計になっていると。
そうだろうね。
一部、魔法の道具っぽいし……
えーっと……確認しよう。
うん、確認が一番だ。
「マイケル様」
「様は不要です。
マイケルとお呼びください」
「えーっと……ではマイケルさん」
「なんでしょう?」
「ここ全部、俺たちの……大樹の村のお店ですか?」
「ははは」
笑われた。
やっぱり。
慌てなくてよかった。
俺たちはこのお店の厨房の一角を間借りするんだ。
うん、きっとそうだろう。
「商工会の協力で、向かい側も大樹の村のお店になる予定です。
残りの角も交渉中ですが……将来的にはここの四つ角全てが大樹の村のお店になるかと」
「……」
「それと、このお店の隣……通りを挟んだ向こう側ですね。
ええ、建設中のところです。
そちらはお店ではなく、マルコス様たちの住居としてご用意しています。
その横に従業員用の宿を作らせています」
……
…………
あれ?
村長、俺のイメージだとこぢんまりしたお店をイメージしていたんだけど。
村長もそんな感じだったよね。
屋台に毛が生えた程度だって……言ってなかった?
接客シミュレーション、お客が多くても十人ぐらいでしたよね。
なんだかヤバイことになってない?
い、いや、呆けている場合じゃない。
対処。
……
村長の言葉を思い出す。
無理はしない。
無茶もしない。
……
うん、広いお店だからって、ここに満員のお客が来るとは限らない。
慌てないことだ。
さすがは村長。
この辺りも見越していたのかな。
あ!
そうか、あれを持たせてくれたのはこの広いスペースを有効利用するためか!
なるほど!
改めて、さすが村長!
大樹の村の子供たちに人気のミニボウリング。
大人だって夢中だ。
この広さならいくつもレーンを並べられる。
持ってきているのは三セットで少し少ないが……そうか!
この街で作らせろってことですね。
わかりました。
よし。
まずお店を四つのエリアに分ける。
それぞれにカウンターがあるからわかりやすい。
北東、北西、南東、南西。
南東が大通りの四つ角に面しているから、ここが飲食エリア。
ここにテーブルと椅子を置こう。
四つに分けてもそれなりに広い空間だな。
北東エリアを遊戯エリアにし、ミニボウリングを設置する。
こっちにもテーブルと椅子を置くけど、飲食エリアよりは少な目に。
ミニボウリングをメインにする感じで。
最初はこの二つのエリアだけで回していこう。
お客がどれだけ入るかわからないからな。
椅子とテーブルだけが並ぶガランとしたお店なんて寒々しい。
マイケル様……ではなくマイケルさんにそう伝え、内装を指示していく。
地下室もあるのか。
凄いな。
……え?
家の予定になる場所に移動できる地下通路も……
へ、へー。
とりあえず、ポーラに従業員の追加を頼んでおこう。
そんなに忙しくなるとは思わないけど……カレーを試作している時のことを思い出すと、不安になる。
用心しておいたほうが良いだろう。
調理器具、食器も……増やしたいが、不要になった場合が怖い。
村長から好きに使っていいと言われているが、預かったお金は無駄にはできない。
「そういえばマイケルさ……さん。
ここの土地代と建築費ですが……」
「村長さんから頂いております。
後で権利書をお届けしますね」
「……」
俺の名はマルコス。
もうすぐ開店するお店の店長代理をする男。
なぜ代理かって?
店長は村長だからだ。
俺なんかで代理が務まるのだろうか。
頑張らねば。
そして、村長の名を汚さないようにしなければ!