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パン屋のフェアリーナ

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パン屋のフェアリーナ

パン屋。

誰でも知っているパンを焼いて売っているお店ね。

このパン屋は私の実家。

私はそこで売り子をやっているの。

あ、私の名前はフェアリーナね。

親しい人は私のことをフナって呼ぶわ。

少し前までは、私には悩みが二つあったの。

一つはお店の行く末。

パンの材料である小麦の値上げと、パンを焼くためのカマドの燃料であるマキの値上げが重なって、お店の貯金がドンドンと減っていったの。

誰だって心配するわよね。

国によっては免許制で管理されるパン屋だけど、魔王国では誰でもやれるお店だからライバル店も多い。

買ってくれる人は、ほぼ固定客のお得意様だけって状態。

だから、収入がガッと増えることはないのよねー。

お父さん、お母さんは頑張っているけど、どう考えたって未来は暗いわ。

え?

どんなお得意様?

えーっと、ご近所の奥様とか、食事を出す宿屋さんとか。

毎日じゃないけど、三日に一度ぐらいボロッコ組……大工さんたちね。

朝に買ってくれるの。

後は……自警団の詰め所かな。

こっちは私のお店だけじゃなくて、近所のパン屋さんから順番で買ってくれるわ。

十日に一回ぐらいだけど、馬鹿にできない売り上げよ。

もう一つの悩みが、恋愛関係。

自慢じゃないけど、私に言い寄ってくる男性がいたの。

普段は色恋にあまり興味無いけど、悪い気はしないわ。

ただ、相手がねー。

顔は良いんだけど、ちょっと怖いことで有名なギルスパーク。

乱暴なことはしないけど、いつもイライラしている人だったの。

私の前に来た時はそんなことはなかったけどね。

でも、私は少し悩んだ後でお断りしたの。

もったいないって思ったけど、その時は結婚とか考えられなかったから。

まだまだお子様な私でした。

私としてはキッパリお断りしたのだけど、ギルスパークは諦めずによくお店に来てくれたわ。

パンは買ってくれなかったけど。

彼が言うには、目的は私であってパンじゃないかららしいわ。

不器用なのよね。

まあ、私も余計な引け目を感じなくて良いけど。

少し前の悩みって言ったからわかると思うけど、この二つの悩みは解決したの。

お店のほうは、近くにビッグルーフ・シャシャートという驚くほど大きいお店ができてね。

そこにパンを卸すことになったの。

パンを卸しているのは私のお店からだけじゃないみたいだけど、それでも毎日の売り上げは倍増。

ううん、それ以上かな。

感謝しています。

ビッグルーフ・シャシャートができた時は、無駄にデッカイお店で邪魔だなぁとか思ったことは許してください。

カレー、超美味しかったです。

そしてもう一つの悩み。

恋愛関係のほうは、まあ、その、なんですか。

押し切られたとか、チョロイとか言わないように。

まあ、ギルスパークは悪い人じゃないし、私以外には目を向けないって言ってくれたからで……ごほん。

結婚は先の話だけど、順調……かな。

さて、話の本題。

今、私には三つの悩みがあります。

一つ。

お店の売り上げを大きく支えてくれているビッグルーフ・シャシャートなんだけど、ここは自前でパンを焼いているの。

ただ、その焼いたパンは販売用ではなく、従業員用。

販売用に焼かないのは、周辺のお店のことを考えてのことだと思うわ。

あそこの従業員の服だって、一軒から買わずに色々なお店から買っているしね。

儲けを独占せず、周囲のお店と協調していこうとする姿勢には素直に感謝するわ。

ありがとう。

問題はこの先。

従業員用に焼いたパンなんだけど、ウチのパンより圧倒的に美味しいの。

運良く口にする機会があって……あー、素直に言うわ。

ギルスパークがそこの従業員用のパンを食べて、私に自慢したの。

私、パン屋の娘よ。

それを知ってて、他の場所で焼いたパンを褒めるってどういうこと?

さすがにキレてギルスパークの顎を殴っちゃった。

で、私はそのままビッグルーフ・シャシャートに乗り込んで従業員用のパンを無理を言って出してもらったの。

悔しいけど、美味しかったわ。

比べ物にならない。

根本的に違う。

そんな感じ。

ギルスパークが私に頭を下げながら、最近になって貴族の間で流行っているパンだと説明してくれたわ。

そんなパンが従業員用。

それをお客様に出せるけど、周辺のお店のことを考えて出してない。

ビッグルーフ・シャシャートの従業員は、お客に出す分のパンまで焼いていると大変だし、値段も上がっちゃうからって言ってくれたけど……

屈辱よね。

ブチ切れそうになったわ。

正確にはブチ切れたけど、ギルスパークが私を抱えて逃げてくれたからブチ切れてないのと一緒。

これまで納めたパンを回収して、代金を叩き返してやりたい気分。

でも、あのお店はお父さんのお店。

私はただの娘。

勝手にはできない。

それに、私のお店のパンを回収しても、他のお店から買うだけだから何も変わらない。

プライドだけでは、食べていけない。

なら、解決策は一つ。

お店のパンを負けないぐらい美味しくすることよ。

……

現在、研究中。

私のお店だけの問題じゃないと思ったから、他のパン屋さんとも相談しながら研究しているわ。

進捗具合は……まあ、その、お世辞にも上手くいってない。

いや、これまでのパンに比べれば格段に美味しいパンができているのだけど……

まだビッグルーフ・シャシャートの従業員用のパンには及ばない。

自分の力不足を痛感。

これが一つ目の悩み。

あと二つの悩みのうち、一つはギルスパークが代官様の息子だと判明したこと。

黙っていたギルスパークはぶん殴ったわ。

身分差。

シャシャートの街の代官様は貴族。

私、平民。

物語じゃないんだから、そう簡単に結婚できるわけないでしょう。

別れ話にまで発展したけど、ギルスパークが泣いて抵抗するので覚悟を決めたわ。

貴族と平民が結婚する裏技みたいなのはあるから大丈夫とギルスパークが言うからそれを信じて……

今はギルスパークのご両親に挨拶に行くタイミングを、二人で見計らっている最中。

私のほうの両親は……見守ることにしたみたい。

で、もう一つはギルスパークの友人がビッグルーフ・シャシャートで悪さをして、教会に預けられたの。

監禁とかじゃなく、普通に奉仕活動に従事しているわ。

この友人に付き合ってギルスパークも奉仕活動をやっているの。

なんでも、少し前に喧嘩したのが悪さした原因だと思っているみたい。

うん、ここまでは別に悩みじゃないわ。

悩みなのは、この友人とギルスパークの奉仕活動先に、ビッグルーフ・シャシャートがあるの。

ここでの奉仕活動中に食べたパンが、一つ目の悩みになったのだけど……

この奉仕活動は現在も続いている。

つまり、ギルスパークはあの従業員用のパンを焼くところを見られる。

愛しい人に調査をしてもらうべきか。

元々がギルスパークの友人が反省するための奉仕活動のお手伝い。

その最中に味を盗むような真似をさせるわけには……

と悩んでいたら、ギルスパークが言うのよ。

「店長代理のマルコスさんが、パンの焼き方を……ほら、あの美味かった 賄 ( まかな ) いで食べてるパン。

あのパンの焼き方を教えてくれるって。

どうする?」

……

悩ましい。

これが悩み。

プライドが……いや、そんなものはドブに捨ててしまうべきよ。

美味しいパンを焼くため、ここは素直に……

うう……

後日。

ビッグルーフ・シャシャートの店長に会ったわ。

店長なのに村長って呼ばれている少し変わった人。

普段はお店にいないんだけど、海産物の仕入れに来たみたい。

顔は……ギルスパークのほうが上ね。

ふふ。

でも、商才は圧倒的に店長のほうが上。

店長と少し話をして、私は気付かされたわ。

美味しいパンを焼くのは当然。

大事なのは、ビッグルーフ・シャシャートが求めているパンを焼くこと。

ビッグルーフ・シャシャートが求めているパンとは?

当然、カレーに合うパン。

私にはその視点が抜け落ちていた。

さすがはこんな大きなお店の店長よね。

店長と会ってから数ヶ月。

味はまだまだ従業員用のパンには及ばないけど、カレーに合わせるなら負けないパンはできたと思うわ。

でも、これで慢心しちゃ駄目。

これぐらいじゃ、あの店長は驚かせないからね。

ふふ。

もっともっと美味しいパンを焼くわよ。