五村の酒事情
五村の酒事情
俺は 五村 ( ごのむら ) で酒場を経営している男。
俺の名はどうでもいい。
そんな場合じゃない。
今、ピンチを迎えている。
原因は少し前に行われた五村祭。
そこで出所不明な美味い酒が出回った。
凄く美味かった。
これまで飲んでいた酒がドブ水に思えるぐらいの美酒だった。
それが格安の値段で振舞われた。
その時は深く考えず、俺もその美味い酒に酔っていた。
酔いが 醒 ( さ ) めたのは、祭りの後。
あの酒を味わった者の前には、ドブ水に思える酒しかなかった。
「いや、この酒だって十分、美味しい。
少し前まではこれで満足していたじゃないか!」
俺の叫びは空しく、がらんとした酒場のフロアに響く。
……
駄目だ。
このままじゃまずい。
何が問題かって、自分さえ騙せていないことだ。
自分に正直になろう。
あの酒が飲みたい。
五村で酒の卸しをしている商会には大小かまわず、全て当たった。
だが、どこも取り扱っていない。
商会の方でも仕入れ先を探しているらしい。
唯一、手応えがあったのがゴロウン商会。
五村支店では取り扱っていないが、シャシャートの街の本店では取り扱っているらしい。
ただ、現在は品切れ中とのこと。
次回入荷は未定だそうだ。
諦める?
否。
諦めない。
諦めきれない。
あの酒が必要だ。
どうする?
シャシャートの街のゴロウン商会本店に行き、仕入れ先を……
教えてくれるわけがない。
商会にすれば、仕入れ先を顧客に公開するメリットは欠片もない。
逆にデメリットが大き過ぎる。
ああ、もうどうしたらいいんだ。
土下座か?
それとも店を畳んで、ゴロウン商会に入ればいいのか?
うぐぐ。
困った。
悩んでいると、五村の村長代行であるヨウコ様がお触れを出した。
その内容が、祭りの時に出した酒を少量ながら低価格で卸してくれるというもの。
おおっ、さすがヨウコ様!
住民の望みを叶えてくれる方だ!
五村のある小山の頂上。
そのグラウンドが酒の購入会場とされており、そこは人が溢れていた。
え?
どうしてだ?
他の店も欲しがるだろうけど、酒を扱う店ってこんなにあったっけ?
……
違う。
ここにいるのはお店の経営者だけでなく、一般の住人もいる。
そうか。
あのお触れには、買える量は制限されていたが、買える者を制限していなかった。
ヨウコ様のうっかりか?
いや、そうじゃない。
「卸し業者の方は西側に、小売り業者の方は中央に、その他は東側にお集まりください」
なるほど。
元から一般も対象か。
そして、卸しと小売りと一般では、求める量が違う。
その辺りを考慮してくれているのか。
それなら一般には売らないで欲しいと思うが、卸し業者のことを考えると文句は言えない。
俺は小売りなので、中央に向かった。
中央に集まった小売り業者に対し、スタッフから酒の管理方法、扱いに関しての説明がされた。
一般的な酒の管理方法だし、扱いだ。
難しくはない。
売り方も自由。
ただ、出来るだけ一般販売はせず、景品等として扱うことを推奨された。
なぜだろうと思ったが、すぐに理由がわかった。
販売される量が少ないのだ。
たぶん、説明してくれているスタッフの後ろに積まれた樽が、例の酒なのだろう。
だが、ここにいる小売り業者の数で割れば一樽もない。
その量では、確かに一般販売すればすぐに無くなってしまうだろう。
驚いたのは値段。
祭りの時の三百倍の値段がつけられていた。
さすがに文句が出る。
「安く卸してくれるんじゃなかったのか!」
「低価格と書いてあったぞ!」
他の小売り業者の声。
俺も続こうと思ったが、ヨウコ様が来られたので黙った。
「お主ら。
ここに来たということは、祭りで味わったのであろう。
あの酒が、この値段で高いのか?
我は格安であると思うが?」
そう言われると、困る。
確かに、極上の酒だ。
祭りの時の三百倍の値段でも、安い。
「祭りの時は、村長のはからいで安く販売していたに過ぎん。
今回のこの酒も、村長が無理をして用意したものだ。
文句があるなら、この場から立ち去るがよい」
立ち去る者はいなかった。
俺は酒を手に入れた。
大きな出費だったが、この酒が手元にあるだけで心が安らぐ。
推奨されたとおり、イベントなどで景品として利用しよう。
だが、酒場として考えた時、普通に売る酒がないことを思い出す。
今ある酒は、人気がない。
祭りの酒を十とすると、今ある酒は一の魅力もない。
せめて、一~三の魅力の酒が欲しい。
そこが大きな問題だったが、それもヨウコ様が解決してくれた。
「祭りの酒ほどではないが、そこそこの味の酒も用意した。
試飲を許す。
欲しい者はスタッフに申し出よ」
そこそこの酒。
なるほど。
そこそこの味だ。
だが、これまでの酒とは比べものにならないほど美味い。
これまでの酒は料理にでも使うとしよう。
同時刻。
東側では、壮絶なクジ引きが始まっていた。
集まった者全員に販売は不可能とスタッフが判断したからだ。
クジを引いて当たった者だけが、小さなコップ一杯分をその場で飲める。
無料。
悲鳴と喜声が響く。
西側では、卸し業者たちを相手に競りが始まっていた。
一樽単位で、凄い値段がつけられていく。
あー、ゴロウン商会が強い。
銀貨で殴ってるようなものだな。
しかし、あんな値段がつくと小売りとしてはなかなか仕入れられない。
外に向けて売るのだろう。
おっ、卸し業者数人が結託して、高い値をつけて競り落とした。
やるな。
だが、その値段じゃ俺の店じゃ買えない。
大丈夫か?
あ、自分達で飲む用ね。
ほくほく顔だから問題はないのか。
一方。
俺は 五村 ( ごのむら ) で飲食店を経営している男。
俺の名はどうでもいい。
それぐらいのピンチだ。
原因は明確。
五村祭だ。
あそこで振舞われた料理が美味すぎた。
●用語説明
卸し業者 =問屋さんなど、商品の仲買人。
小売り業者=お店屋さん。
●お酒の値段
祭りの時、一杯、中銅貨一枚 =100円。
現在 、一杯、大銅貨三十枚 =30000円
小売り一店の割り当てが十杯分として、銀貨三枚=30万円
●日本通貨換算イメージ(厳密には物価が違います)
小銅貨 = 10円/十円
中銅貨 = 100円/百円
大銅貨 = 1,000円/千円
銀貨 = 100,000円/十万円
金貨 =10,000,000円/一千万円