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影

異世界のんびり農家 — ncode.syosetu.com · All chapters

影

俺には名がない。

ただ、影と呼ばれる。

そんな存在。

もちろん、街中で「影さん」とか「影っち」と呼ばれているわけじゃない。

影はコードネームだ。

そう、俺は密偵。

対象の場所に潜入し、情報を奪い取ってくる者だ。

俺は上司の命を受け、シャシャートの街に潜入することになった。

狙いは、できたばかりのイフルス学園。

なんでも偉い学者先生や、魔法の権威なんかが集まっているらしい。

彼らがそこで何をやっているかを知るのが目的だ。

俺は得意の商人に変装した。

そして、いくつかの街を経由して商人としての痕跡を残しつつ、シャシャートの街に向かった。

カレーが美味い。

シャシャートの街に到着して、半年の成果がこれだ。

いや、カレーだけでなく、揚げ物も美味しい。

ハンバーグなる食べ物は革命だと思う。

まさか、中にチーズが入っているとは……美味かった。

目玉焼きを上に乗せているのも最高だ。

ともかく、イフルス学園の傍にあるビッグルーフ・シャシャート。

その根幹をなすマルーラという店の料理は美味い。

こんな報告書を出せば、俺の首が物理的に切られるだろう。

俺の上司、冗談が通じないからな。

なんとかしなければと思うが、どうしようもない。

なにせイフルス学園の防諜体制に穴がないのだ。

イフルス学園の関係者は、イフルス学園から滅多に出ない。

出入りする者も限られている。

何かを売り込む営業も、専用の窓口と受付がおり、内部の者との接触機会はない。

俺が半年の間、飯のレポートをしていたのは、イフルス学園の関係者がマルーラで飯を食うからだ。

マルーラの出前で済ます者もいるから完璧ではないが、かなりの人物を確認することができた。

そして同時に確認することができたのが、この街にいる 密偵 ( どうぎょうしゃ ) の数。

俺の所属する国、魔王国、その他十二ヶ国、所属不明を合わせて二百人を超える。

把握できたのがその数だから、ひょっとしたらもっといるのかもしれない。

全員が俺と同じようにイフルス学園を調べようとしている。

彼らと協力できれば、なんとかなるのかもしれないが、たとえ俺の所属する国の密偵だとしても仲良くすることはない。

それが密偵だ。

だが、敵対する必要もない。

所属が違えど同じ任務を 帯 ( お ) びた者同士。

無駄なことはしない。

そんな信頼関係がある。

「第六回、日影者ボウリング大会」

前回は惜しいところまでいった。

今回は優勝を目指そうと思う。

おっと、遊んでいるわけじゃないぞ。

これも任務。

他の密偵から情報を収集するというな。

ボールの重さを変えてみようかな。

あと、当日のワックス塗りの担当を調べねば。

意外と個人差が出るんだよなぁ。

重要な情報を手に入れた。

イフルス学園の関係者で構成された野球チームができるらしい。

野球とは、いまシャシャートの街で熱いスポーツだ。

見ているだけでもそれなりに楽しい。

俺個人としては走力に頼るチームが好きだ。

ブンブン振り回すチームも嫌いじゃないが、そういったチームはなかなか勝てない。

勝つチームは、打者がしっかりと役割をこなしている。

そのスポーツにイフルス学園の関係者が……

俺は周囲にいる 密偵 ( どうぎょうしゃ ) に視線を送った。

考えることは同じらしい。

野球チーム、日影者鯨軍が結成された。

猛虎魔王軍が強い。

くっそー。

なんだあのピッチャー。

獣人族の少年だと思っていたら、すごい球を投げてくる。

コースが鋭いのはキャッチャーの指示だろう。

このチームのキャッチャーは凄いんだよなぁ。

顔が隣の国の先王に似ているけど、親戚かなにかかな?

ボールになんとか当てても、守備が堅い。

結局、俺達は一点も取れずに負けた。

悔しい。

だが、向こうのチームの監督に誘われ、マルーラで一緒に食事。

試合の反省点を振り返りつつ、今後の課題を出していく。

うーん、チーム全体でゴロの捕球が下手なんだよなぁ。

もっと練習せねば。

え?

あのピッチャーの少年、学園の教師なの?

凄いな。

大きな事実が判明した。

イフルス学園に、ルールーシーの存在を確認できたのだ。

ルールーシー=ルー。

種族、吸血鬼。

別名、吸血姫。

魔法、魔道具、医学の大権威だ。

ここしばらく姿を隠していたが、いつのまに魔王国に与していたのだ?

確かに人間の国では亜人種の扱いはよくないが、そんな中でも平然と活動していたのがルールーシーだったのではないか?

くっ。

ちょっとファンだったのに。

ただの密偵である俺には、なにもできないのが悔しい。

ルールーシーの動きは目立つ。

建造中の船を買い取ったと思えば、いきなり大量の人を雇い、船を弄りはじめた。

船を完成させようとしているのか?

イフルス学園の関係者の姿も多くみえる。

俺も大工に変装して侵入しようと考えたが、思いなおした。

俺より先に大工に変装した密偵が捕まったのだ。

警備は厳重ということか。

つまり、よほど大事な物を作っていると。

これは目が離せない。

……

目を離したつもりはないのだが、いつのまにかエルフが大量に混じっているな。

肌の色が黒いのはどこのエルフだ?

凄い勢いで建造に関わっているが?

作業速度が、全然違う。

あっという間に建造のリーダー的なポジションに落ち着いている。

優秀な大工なのだろう。

おっと、警備がさらに厳しくなった。

建造を見るのも無理そうだな。

何か手を考えねば。

ルールーシーの姿を確認して七十日目。

ルールーシーのやっていること、そしてイフルス学園のやっていることが判明した。

飛行船の研究だ。

正直、古くからあるテーマだ。

珍しくない。

極秘であろう実験現場を覗く。

海中から登場した時は驚いたけど、それだけだった。

なんの意味があるんだ?

船が飛び上がって、成功かと思ったが……失敗だった。

バラバラになって海中に沈んだ。

やはり。

これまで、飛行船の研究は何度も行われている。

だが、成功例はない。

少しの間だけでも飛んだことを凄いというべきか。

俺が調べるべきは、完成の見込みがあるのかどうか、それと一隻に掛かる建造費。

実験の失敗によって、そこかしこに混乱が見て取れる。

さすがにイフルス学園への侵入は無理だが、本来は出ないであろう重要な数字が外にでた。

学園規模や、今回の船に関する情報だ。

それを見逃す俺たちではない。

え?

見逃したの?

仕方がないな。

世の中、助け合いだ。

見逃した連中にも情報を渡す。

一応、偽情報の可能性も考える。

だが、その判断は俺ではなく上司がする。

俺個人としては、数字が少し大きい気がするから見栄の入った外部向けだろうと思う。

それと、飛行船に関する重要なパーツが、あの失敗で失われたらしい。

研究は継続するが、即座に次の飛行船を作れるわけではないと。

これは飛行船の残骸の回収に関わった海の種族から集めた証言とも一致している。

「一抱えもできそうな、でっかい玉が真っ二つになっててよ。

それを前に偉い先生方は嘆いていたっすよ」

でっかい玉が、飛行船の重要なパーツなのだろう。

魔石だろうか?

それとも魔道具?

できれば欠片でも回収したいが、全て回収されてしまったらしい。

まあ、当然だな。

とりあえず、これで上司にまともな報告ができる。

まず速報を送り、そのあとで詳しく情報をまとめて送る。

これで俺の任務は終わりかな?

できれば、このまま継続してシャシャートの街に潜入していたいのだが。

帰ることになるのであれば、その前にイフルス学園の関係者が作った学者蜘蛛軍と再戦したい。

負け越しているからな。

あと、彼らの投げる魔球を覚えて帰りたい。

なんだスライダーって?

握り方だけであんな球が投げられるのか?

俺に名はない。

ただ影と呼ばれるだけの存在。

「おーい、影っち。

ガーレット王国の連中が帰るそうだから、送別会やるぞー」

「え?

マジで?

寂しくなるなぁ。

って、あいつらが帰ったらキャッチャーがいなくなるじゃん!」

俺は密偵だ。

すみません。学者チームの名前を変更しました。