製紙業と印刷業
製紙業と印刷業
この世界で、文字を記録する 媒体 ( ばいたい ) として使われるものはいろいろとある。
まず、羊皮紙に代表される動物や魔獣の皮を利用した動物紙。
中世の物語に出てくる、くるくるっと巻かれたものがこれ。
原料が皮なので折り畳むのは難しいし、ひび割れる。
長期の保存にも、気を使う。
油断するとカビる。
原料が動物の皮なので、安定した大量生産がむずかしいうえに、適した環境じゃないと製造自体ができない。
あと、文字を書いた部分を削って再利用とかできたりも……一応、できる。
なので、改ざんしやすい。
その改ざんの痕跡は残りやすいけど。
なんにせよ、いろいろと問題があったりする。
大きな利点は………………………………………………見た目?
羊皮紙の地図とか、かっこいい。
次に、木の板。
細い木の板をまとめた 木簡 ( もっかん ) などもあるけど、この世界では平たい木の板が主流。
動物紙より場所を取るけど、保存は意外としやすかったり……環境次第。
問題は、木の板のサイズ。
場所によって、全然違う。
厚みも違う。
あと、運ぶのが重い。
とても重い。
保管も大変。
重ねたりすると、下のほうの木の板を取り出すのが面倒になる。
あと、忘れちゃいけない植物紙。
植物を溶かして成形したもの。
有名なのはパピルスだな。
一村で作っている和紙も、植物紙になる。
軽い。
書きやすい。
燃えやすいという弱点はあるが、それは動物紙も木の板も同じ。
なのでデメリットは……紙を食べる虫がいることかな。
それと、保管。
紙だけでは保管しにくく、まとめるのに少し手間がかかる。
植物紙だけでなく、動物紙などをまとめた物が本。
なので、こちらの世界の本は貴重品だ。
そのほかとなると……石を彫ったり、平らな盆に砂や粘土を詰め、削って書いたりかな。
持ち運びが難しいので、あまり見ないけど。
魔王国では海の種族などが使っていたりする。
まあ、動物紙にしろ、木の板にしろ、植物紙にしろ、水に弱いからな。
海の種族の生活に合わせてだろう。
だが、海の種族を除けば、魔王国では動物紙、木の板が主流。
植物紙も使われるけど、これは大樹の村や五村、あとは王都が中心。
そして、紙のことを考えているときに忘れてはいけないのがインクだ。
紙だけあってペンがなかったら意味がないからな。
使われているインクの基本は 墨 ( すみ ) だ。
詳しくは知らないが、木を燃やしたあとの 煤 ( すす ) に 膠 ( にかわ ) や油などを加えて作られる。
燃やす木の種類や加える膠の種類、油の種類で 濃淡 ( のうたん ) や書きやすさが違ったりするらしい。
その墨に、染料や樹脂などをさらに加えたのが現在使われているインクになる。
詳しくは知らない。
調べようにも、五村やシャシャートの街に、何軒かインクを扱う染料店があるけど製法は極秘らしいから。
「行ってまいります」
待つんだレギンレイヴ。
聞き出そうとしなくて大丈夫だから。
向こうも生活があるだろうし、技術の 秘匿 ( ひとく ) は仕方がない。
誰にでも作れるようになると、商売にならないからな。
ただ、逆に言えばこっちが自由にインクを作っても文句は言われない。
すでにインクの研究は終わっている。
量産だってできる。
文句を言われないよな?
ああいった技術って、商業ギルドで保護されてたりするのかな?
「大丈夫です。
ですが、ある程度は既存の店から購入していただいたほうが揉めないかと」
文官娘衆の一人がそう助言してくれる。
そうだな。
すべてを自作でまかなう必要はない。
最初は普通に注文して、量が多くて受けられない分は自作という形にしよう。
問題は……
「質は安定しなくなりますが、そのあたりは調整します」
うん、よろしく頼む。
「はい」
文官娘衆の一人が、強く返事をした。
さて、なぜ俺が紙やインクのことを考えているかというと、始祖さんの妻であるヴェルサに頼まれたからだ。
もともとはヴェルサとその友人たちが集まり、新事業を立ち上げようとしていた。
新事業の内容は、製紙業と印刷業。
簡単に言えば、植物紙作りと印刷。
本を量産するのが目的だ。
ヴェルサの書いた本を量産したいのかと思ったけど、違った。
あらゆる物語を広めるのが目的らしい。
なるほどと感心する。
しかし、その新事業。
準備を進めていたのだが、ヴェルサとその友人たちの集まりでは、手に負えない規模になってしまった。
実際には、やろうと思えばなんとかなるけど、ヴェルサの執筆時間がなくなるのをヴェルサの友人たちが嫌がった。
そこで仕方なく、ヴェルサは新事業を俺に 委託 ( いたく ) ……いや、 譲渡 ( じょうと ) した。
譲渡されても困るんだが、ヴェルサの新事業はヨウコに話を通していたし、ヴェルサの友人たちも譲渡を承認していた。
さらには文官娘衆たちの協力も取りつけていた。
その文官娘衆の一人が、新事業の責任者になる覚悟まで決めるぐらいにまで。
そこまでされたら、俺も突っぱねたりはしない。
協力しようじゃないか。
え?
協力じゃ駄目?
俺が代表?
責任者になるって話は?
……代表代行ね。
なるほど。
まあ、ヴェルサが書いた本ばかりを作るわけじゃないしな。
五村での文化が広がるのはいいことだと、俺も協力……違った。
代表として、できる範囲で取り組もうと思う。
「印刷機に関しては、山エルフさまたちの協力で改良が進んでおります」
以前、人間の国の孤児院に贈る本を作るために、文字のハンコを並べる印刷機を作った。
現在は、よく使われる単語のハンコを作り、それらを組み合わせることで原版作りがかなり早くなった。
加えて、同じページを連続で 刷 ( す ) る機能も追加。
試験で百枚ほど刷ったけど、一枚目と百枚目の違いはなかった。
千枚連続でも大丈夫と山エルフたちは言うが、千冊も本を作る予定がないから試せていない。
紙は貴重だ。
インクだって安いものじゃない。
大丈夫でも連続で刷るのは百枚まで。
百枚刷ったら、チェックを徹底してもらっている。
「課題は 挿絵 ( さしえ ) の印刷ですね。
ですが、五村で方策を試行錯誤し、有益な方法もいくつか見つかっております。
ご安心ください」
それは頼もしいが、有益な方法が見つかっているのに課題なのか?
「コスト面がどうしても……」
あー、なるほど。
コストを気にしなくていいなら、挿絵部分だけ魔法で転写したほうが楽だからな。
「そういった魔法使いは貴重ですし、魔法使いに頼るのは事業として不安定ですから」
そうだな。
その魔法使いが怪我したり病気になったりしたら、動かなくなる事業は困る。
ああ、それは技術者も一緒か。
一人になにかあるだけで、動かなくなる事業は困る。
「はい。
ですので、製紙業、印刷業ではできる限り作業を単純化し、人の数でなんとかしたいと思います」
今回の新事業に協力してくれる者を五村で募集したところ、かなりの数が集まっているらしい。
「文字が読めるようになったら、次に求めるのは本ですから」
五村での 識字率 ( しきじりつ ) の向上が、いい余波になったようだ。
「書き手も増えています」
ますます紙が必要になるな。
「はい。
ですが、製紙工房……いえ、製紙工場に関しては、以前よりヨウコさまが動いておられましたので」
製紙工場を建てるための土地の確保は終わっており、現在は工場や倉庫の建設中。
すでに工場の一棟は完成し、試運転が始まっている。
さらには紙の原材料の集積も進んでいて、紙の不足で印刷できないということはないだろう。
ヨウコは新しい雇用を生み出せたと喜んでいる。
紙作りは、それなりに大変なんだけどな。
「そちらにも、山エルフさまたちがなにやら大型の機械を作られたそうで……」
あー……たしか、紙の素材となる木の粉砕機だったかな。
「喜ばれております」
それはなにより。
「ヨウコさまから、あと二台ほどあると嬉しいと聞いております」
ははは。
タイミングを見計らって、頼んでおくよ。
山エルフたちは、新しい仕掛けを作るのは好きだけど、一度作った物を量産するのはあまり好まないからなぁ。
それに、山エルフたちは冬は研究の季節だと工房に篭っていろいろやっている。
多目的人型機動重機 ( アーティ・ホース ) や飛行船のこともあるので、追加を頼むのは春ぐらいになるかなぁ。
事業の代表として、忘れずに頼もうと思う。
山エルフ 「改良したものでよければ、すぐにでも取りかかります」
村長 「改良か……………………判断に困る」
ヨウコ 「同じ物を頼む」
ヴェルサの友人A「製紙、印刷は手放しましたが……」
ヴェルサの友人B「本の流通、販売は私たちが手配しています」
ヴェルサの友人C「ふふふ。さらにどの本を印刷するかの決定権も……」
文官娘衆の一人 「すみませんが、村長が関わるのですから、ある程度は参画させてもらいますよ」
ヨウコ 「うむ。見張りは必要。新たな規制を作らせるでないぞ」
ヴェルサの友人A「か、偏らないように販売します」
ヴェルサの友人B「ゾーニングもきっちりします」
ヴェルサの友人C「文化を広める、サイコー!」