第236話 世界樹迷宮と復興
第236話 世界樹迷宮と復興
少し中途半端なところで終わりますが、本話で16章は終了です。
女神の雷によって焼かれた世界樹は、その機能の大半が停止状態になっていた。
不可視状態となり外部からの干渉を防ぐ機能も停止しているため、その無残な姿がエルフの里の何処からでも見える。
意識を取り戻したエルフや蘇生されたエルフ達が仮設病院の外に出て、焼けた世界樹を見て膝から崩れ落ちる光景が何度も繰り返された。
「面白いくらい全員が同じ反応をするわね」
ミオが何人目か分からない崩れ落ちたエルフを見て呟く。
「それだけ、世界樹が大切に思われていたってことだろうな」
「リソースを与えて、見た目だけでも治すことはできないんですの?」
「できるけど、同じリソースを使うなら結界の方に使いたい。見た目は後回しにする予定だ」
「エルフの方達には気の毒な話ですわね」
セラが提案したように世界樹の見た目を戻すことは可能だ。
しかし、そのためには決して少なくない量のリソースが要求される。この後、雷を防ぐ結界にリソースを回す必要がある状況で、見た目のためにリソースを使うのは得策ではないと思う。
「余力が生まれたら見た目も戻すから、それまでは我慢してもらおう」
「早くダンジョンコアの初期化が終わると良いですね……」
世界樹とダンジョンコアを合体させると言ったが、未だにそれは実行に移されていない。
何故なら、人魚の国のダンジョンコアはそのままでは使用できなかったからだ。
人魚の国のダンジョンコアには、特殊な設定や制限が数多く掛けられており、機能は破壊されたのに制限だけは残っているという厄介な状態になっていた。
現在はアルタに頼んでダンジョンコアを 初期化 ( フォーマット ) してもらっている最中だ。
「そうですわね。結界ができないと、この場を離れることもできませんもの」
「必要なのは俺一人だけだから、皆は先に戻っても良いんだぞ?」
仮にもう一度女神の雷が落とされた場合、今度こそ確実に世界樹は死に絶えるだろう。
つまり、世界樹とダンジョンコアを合体させ、迷宮の結界が有効になるまでは、別の方法で女神の雷を防ぐ必要がある訳だ。
色々と考えた結果、神霊刀・至世・完を使い、エルフの里を外界から隔離することにした。
空間を切り裂き、連続性がなくなれば、女神の雷が世界樹に届くことはなくなる。
しかし、空間を切り裂くというのは大事であり、できれば避けたいのも事実。そこで、女神の雷が落ちる直前に空間を切り裂くことにした。
何事もなく迷宮の結界が張れれば良し、その前に女神の雷が落ちるなら空間を切り裂いて防ぐ。
今の俺なら、雷が落ち始めてから世界樹に届くまでに空間を切り裂くことも可能だ。少しでもタイムラグをなくすため、今はエルフの里で警戒しながら時間を潰している。
余談だが、もしも迷宮の結界を張る機能が有効にならなかった場合、神霊刀・至世・完により世界樹とエルフの里を永続的に外界から隔離する予定だ。これは一番避けたいことだ。
「私は仁様とお待ちします」
「マリアちゃんはともかく、今更ご主人様だけ残して帰るとか考えていないわよ」
《ごしゅじんさまといっしょー!》
ミオの言葉に全員が頷いてくれたので、皆でゆったりしっかり警戒を続けた。
「ふう、ようやく全員への説明が終わったのじゃ……」
30分程するとリリィが『ポータル』を使って戻ってきた。
リリィは目を覚ましたエルフ達に現状を伝える役目を担ってもらっている。
救助したとはいえ、余所者である俺達が事実を説明してもすぐには受け入れられないだろう。しかし、里のご意見番であるリリィの言葉なら信じざるを得ないはずだ。
「お疲れ様。それで、何人くらい里に残ることになりそうだ?」
「落ち着いてから改めて聞くつもりじゃが、少なくとも4分の3は残りそうじゃな。里の外に出て、生計を立てられる自信は無さそうじゃがな。そうなると、レット坊に保護を頼むしかなかろう」
スカーレットならエルフの受け入れを拒むことはないだろうが、明後日にはスカーレットは皇帝ではなくなる。今程の権力もなくなるが、果たして問題は起きないのだろうか?
ちなみに、蘇生させたエルフ達は外に出るなら俺の管理化に置かれる。望むなら自由に行動することを許すが、まずは外の常識を叩き込む作業が入る。
「む、これはレット坊とアッシュ坊じゃな。里の異変を察してやって来たようじゃ」
リリィが反応した通り、真紅帝国の帝都から 皇帝 ( スカーレット ) と 第三皇子 ( アッシュ ) がエルフの森に入ってきていた。
結界により世界樹の姿は外から見えなくなっているが、雷が落ちたのは見えたはずだ。
異常事態と判断して大慌てでエルフの里に向かってもおかしくはない。
今更だけど、アドバンス商会経由でスカーレットに一報入れておけば良かったかも……。
「婆さん、里は無事か!?」
説明することもあるので、エルフの里の入り口でスカーレット達を待っていると、凄まじい勢いでスカーレットとアッシュが現れた。
余談だが、スカーレットの騎竜であるクロアがエルフの森の外に居る。全速力で帝都からエルフの森まで飛ばしたから、クタクタになって休んでいるようだ。
「レット坊、アッシュ坊、よく来たのう。一応、里は無事じゃよ。世界樹はあの通りじゃがな」
「やっぱり、あの雷は世界樹に当たったのですね……」
アッシュが無残な世界樹を見て表情を曇らせる。
アッシュもエルフの里出身のハーフエルフだ。世界樹には思い入れがあるのだろう。
「ジンも来てたのか。そういや、ジンは世界樹の管理権限があるから、異常も分かんだっけ」
「仁さん、お久しぶりです……」
「ああ、久しぶり。元気……なさそうだな」
「はい。少し、無理をしました……」
見ればアッシュは汗だくになり肩で息をしている。
ここに来るまで、本当に全力の大急ぎだったのだろう。なお、スカーレットは平然としている。
「婆さん、里が無事って言うのは、どの程度の無事なんだ?被害なしってことはねぇだろ?」
「うむ、ほぼ全員が重傷じゃったが、仁殿達が救助に来てくれたお陰で、死亡者はゼロじゃった」
「世界樹が無事じゃないのに死者が出なかった? ……そうか、ジンが何かやったんだな」
「まあ、そんなところじゃ」
「じゃあ、それについてはもう聞かねぇ。他のことを詳しく教えてくれ」
相変わらず察しの良いスカーレットはそれ以上の詮索を止めた。
その後、リリィが雷の詳細と里の被害、そして世界樹の被害についてスカーレットに説明した。
「……そうか。本当に里は無事なんだな。それは良かった。しかし、世界樹の『女神の領域』に向かうための機能が死んだのは洒落にならねぇな……」
「世界樹自体はリソースがあれば回復できる。しかし、その機能だけは完全に死んだようじゃ」
「つまり、俺達はもう『女神の領域』に行けねぇってことだな。はぁ……」
スカーレットは大きく溜息を吐いて俺の方を見る。
「ジン、すまねぇ。俺の退位を待っていたせいで、世界樹がやられちまったんだよな?」
準備が整っていたのに『女神の領域』に行かなかったのは、スカーレットの退位を待っていたためである。先に『女神の領域』に行っていれば、話が変わっていたのは確かだろう。
しかし、それをスカーレットのせいにする気はない。
「いや、スカーレットだけが悪い訳じゃない。俺も世界樹の管理権限を得ておきながら、防衛について考えていなかった。要するに、俺達まとめて女神を甘く見ていたってことだろ」
「そうだな。女神が直接干渉してくるとは思っていなかった。敵認定しておきながら、女神のことを舐めてたんだな。そりゃあ、この結末も当然だ……」
世界樹が狙われない保証などなどないのに、何の対策もしていなかった。それは間違いなく俺達の怠慢だ。今まで、狙われていないのだから、今後も狙われないと勝手に思い込んでしまった。
怠慢ではあるが、何か有効な対策があったかと言えば、それはまた別の話である。何かしらの対策を打っていたとしても、あの雷は防げた気がしない。
「しかし、何が原因で女神は結界の探査なんて始めたんだ?」
「分からない。俺が色々とやらかした結果、女神が危機感を抱いたという可能性はあるが……」
勇者を殺し、魔王を殺し、災竜を殺した。
女神にとって不都合なことをしてきた自覚はある。危機感を抱いた女神が、『女神の領域』に至る手段を封じようと思っても不自然ではない。
その場合、今回の雷は俺が理由ということになる。あ、だからといって被害者に謝る気はないよ。理由は俺でも、雷を落としたのは女神なのだから。
俺は俺を理由にした他者の行動まで責任をとる気はない。それは、やった奴の責任だ。
「いや、それは考え難いのじゃ。そもそも、女神は世界樹という存在自体を知らんはずじゃからな」
「そうなのか?そうなると、余計に理由が分からねぇな。他の何かを狙ったとか?」
アルタ、他に雷が落ちた場所は存在するのか?
A:いいえ。認識できる範囲に落ちた様子はありません。
アルタの認識も全世界を網羅している訳ではないので、俺達の知らない何処かが女神の狙いだった可能性はある。しかし……。
「ピンポイントで『女神の領域』に行く手段が破壊された以上、最初から世界樹が狙いだと考える方が自然だと思うぞ」
「だよな。まあ、女神の狙いが何にせよ、俺達の望みが潰えたことに変わりはねぇか……」
「ん?スカーレットは『女神の領域』に行く他の方法を探さないのか?」
「いや、リリィの婆さんも他の方法は知らねぇみたいだし、流石に存在しないんじゃねぇか?」
「確かにワシは知らんが、存在しないという確証がある訳ではないのじゃ」
スカーレットの言葉をリリィが否定する。
リリィは語り部として色々と知ってはいるが、全知という訳ではない。本人も知らないことがある前提で物事を語っている。
「俺は『女神の領域』に行くことを諦めないぞ。女神を殴る理由が山程あるからな。世界の何処かに他の方法があると信じて探すつもりだ」
「……そうか。言われてみりゃあ、その通りだな。折角、皇帝を退位して自由になるんだ。世界中を旅して、他の方法を探せば良いだけじゃねぇか!」
「父さん、僕も世界中を旅したいので協力させてください」
確か、アッシュの望みは世界中を旅することだったな。
「そりゃあ良い。いっそ、俺と一緒に来るか?」
「それも楽しそうですけど、手分けした方が効率は良いと思います」
効率の話をすると、俺の配下を使ったローラー作戦の方が効果的かもしれないけど……。
とにかく、スカーレットとアッシュだけに任せる気はない。俺も本腰を入れて捜索しようと思う。
A:マスター、ダンジョンコアのフォーマットが完了しました。
本気の捜索を決意したところで、アルタから 初期化 ( フォーマット ) 完了のお知らせが来た。
これで、上手く行けば世界樹を結界で守れるようになる。
「話してるところ悪いが、ダンジョンコアの準備が整ったから、俺は世界樹の元に向かうぞ」
「ワシも同行するのじゃ」
「ダンジョンコア?どういうことだ?」
リリィの説明は被害状況がメインなので今後の話はしていない。
「スカーレット達も来るか?それなら、移動しながら説明するよ」
「よく分からんが、何かがあるんだな。聞かせてくれ」
「里の無事は確認できましたから、僕はクロアさんを迎えに行きます」
「すまねぇ、任せた」
アッシュと別れ、リリィ、スカーレットを連れて世界樹の元に向かう。
移動しながら、スカーレット達に世界樹とダンジョンコアの合体について説明する。
「世界樹と迷宮の合体か。相変わらず、ジンは無茶苦茶なことを考える奴だな」
「確かに無茶苦茶じゃが、迷宮の結界がなければ次の雷は防げん。あまり気は進まんが、他に手が思い付かんから仕方がないじゃろう」
世界樹の守護者として、ダンジョンコアとの合体をリリィは手放しで賛成している訳ではない。
それでも、今後のことを考えたら反対する訳にもいかないのだろう。
「迷宮の結界を張るのは良いけど、維持するためのリソースは問題ねぇのか?」
「正直、厳しい。最悪の場合、他で集めたリソースをこっちに回すことになるかもしれない」
「それ、不良債権って言わねぇか?」
「むう、エルフの里をそんな風に扱われるのは心外じゃのう……」
リソース赤字の物件となれば、不良債権と呼ぶのも致し方なし。
「仁様、それなら里のエルフを鍛え、リソースを増やすのは如何でしょうか?」
マリアのアイデアについて検討してみる。
リソースとは、領域内の強者が多い程多く得られるものだ。
結界内のエルフを強化し、得られるリソースが結界で消費されるリソースを上回れば、黒字物件に変化させることができる。
他のリソースを使わず、地産地消が実現できる。アリだな。
「悪くないアイデアだな。後でエルフ育成計画を検討しておこう」
「お手柔らかに頼むのじゃ……」
こうして、誰も知らないところでエルフ育成計画が立ち上がることとなった。
今後の話をしばらく続けていたら世界樹の元に到着したので、早速< 無限収納 ( インベントリ ) >からダンジョンコアを取り出してみる。
薄ら青く光る掌サイズの宝玉だ。初期化の前は光が消えていたので、破壊された機能が復旧したことが窺える。まさか、光る機能だけ復旧したということはないだろう。
「それがダンジョンコアか。思ったよりも小さいな」
「ワシも見るのは初めてじゃが、知識にある物より小さい気がするのう」
「俺の知る限り、これが一番小さいダンジョンコアだな。一番大きいのはエステア王国のヤツだ」
サイズはエステア王国 > 竜人種 ( ドラゴニュート ) の秘境 > 人魚の国となっている。
サイズによって何が変わるかと言えば、大きくなる程リソースの使い道が増える。具体的には、迷宮の最大階層なんかに影響する。
「小さいってことは機能も少ないってことにならねぇか?」
「サイズが小さくても、結界を張る機能に違いはないから安心してくれ」
「そうか、気にしすぎたみてぇだな。それで、どうやって世界樹と合体させるんだ?」
「口で説明するより、見てもらった方が早いな。リリィさん、始めるぞ」
「うむ、任せたのじゃ」
俺は手にしたダンジョンコアに向けて<迷宮支配>を発動し、 迷宮支配者 ( ダンジョンマスター ) の権限を取得する。
<迷宮支配>と<世界樹支配>を発動し、ダンジョンコアと世界樹に合体の指示を出す。ベースとなるのは世界樹で、ダンジョンコアの機能を取り込むように設定をする。
準備が完了したところで、手に持ったダンジョンコアを世界樹の幹に押しつける。ダンジョンコアは沼に沈むようにズブズブと世界樹に取り込まれていく。
最後まで押し続け、手を離すとダンジョンコアは完全に姿が見えなくなっていた。
「……特に変化はなさそうだな?」
「取り込ませただけで、機能の合体はまだ終わっていないからな」
今、世界樹の中で機能の合体が行われている最中だ。それ程、時間はかからないと思う。
「合体すると見た目が変わったりするのか?」
「いや、見た目は変わらないで、機能だけが増えるはずだ。見た目にリソースを使うなら、結界を張る時に使った方が良い。見た目は後回しだ」
「世界樹がボロボロなのは残念だが、結界優先は仕方がねぇよな」
「うむ、仕方がないことなのじゃ……」
リリィが凄まじく残念そうに呟く。
世界樹の守護者としては、何時までもボロボロな世界樹を見ているのは辛いようだ。
「余力ができたら見た目も治すから、それまで我慢してくれ」
「うむ、分かっておるのじゃ……」
リリィが凄まじく無念そうに呟く。
A:マスター。世界樹とダンジョンコアの合体が完了しました。結界を張る機能を含め、機能の大半を継承することに成功いたしました。想定外の効果として、機能を使用するためのリソースが従来よりも軽減されております。
「おお……」
アルタからの報告を聞き、思わず感嘆の声が漏れる。予想以上の成果だ。
「ジン、どうかしたのか?」
「いや、無事に合体が終わっただけだ。結界を張る機能も使えるぞ」
「やったじゃねぇか!これで里の安全は確保できそうだな!」
「ああ、すぐに機能を有効化しよう」
俺は世界樹の結界を操作し、迷宮の結界を同時発動するように手を加える。
世界樹の結界はエルフを通すが、迷宮の結界は何者も通さない。
このままだと、エルフも出入りができなくなってしまうので、世界樹の結界を正規の手順で越えた場合、迷宮の結界はスルーできるように設定を弄る。
使い勝手を変えず、堅牢性だけを強化する。これが、良い開発というものだ。
現時点ではリソースが足りないので、エステア迷宮のリソースを借りて新しい結界を発動した。
「結界の強化は完了だ。今まで通り、エルフと同行者は通れるから安心してくれ」
「強度は問題ないのか?」
「少なくとも、前と同じレベルの雷なら耐えられる。後は結界に与えるリソースの量次第だな」
「エルフが強くなれば、結界も強くなるってことだな」
「エルフの強化は急務かもしれんのう……」
エルフ育成計画、本格的に進めた方が良さそうだ。
合体により結界を運用するために必要なリソースも減っているので、そこまで無茶な強化はしなくても大丈夫だろう。とりあえず、俺の配下になった連中は強制参加だな。
「結界も張り終わったし、今後の話をまとめようか」
「結界が上手く行ったから、最善のケースを選べるのは幸いだな」
道中も今後の話をしていたが、結界を張れるか不明だったので、何かを決定することはなかった。
結界が張れたので、選択肢の中から最善の物を選ぶことができる。
「まず、里の安全が確保されたから、里に残りたいというエルフに対応は不要だな。おっと、リソース確保要員として、強化はする必要があるけどな」
「リリィさん、エルフ強化のため、俺の配下を里に呼ぶけど問題ないよな?」
「うむ、仁殿の関係者なら、今更拒む理由はないのじゃ」
俺に直接エルフを強化する気はない。
手間を掛けることにはなるが、メイド達に任せようと思う。誰に任せるべきかな?
A:戦闘教育メイドが良いと思われます。
そんなメイドが居るんだ……。
「エルフの里を出たいって連中は真紅帝国……いや、俺の方で引き取れば良いんだよな?」
「うむ、レット坊にも迷惑を掛けるのう」
「それは気にしなくて良い。ただ、俺も明後日には皇帝を辞めるから、そんなに手厚くはフォローしてやれないぞ」
「それは仕方がないのじゃ。里を出て苦労するのは当然のことじゃからな」
「そういや、アッシュも最初は結構苦労していたな」
アッシュはスカーレットの実子ではなく、弟であるバーミリオンの息子だ。
しばらくはエルフの里で暮らしており、そこから真紅帝国の第三皇子になったはずだ。それは、色々と苦労があったことだろう。
「今言った通り、俺は明後日皇帝の座から降り、その後は『女神の領域』に行く方法を探すため、世界中を旅しようと思う」
「俺は俺で『女神の領域』に行く方法を探す。どっちが先に見つけるか勝負だな」
「……手を抜く気はねぇが、正直に言うとジンが見つけると思うぞ?」
ご存じの方も多いでしょうが、俺、探し物が得意なんです。
「連絡係として、俺の従魔であるタモさんを預ける。不寝番にもなるから、役立ててくれ」
手分けをしても連絡が通じなければ意味がないので、分裂したタモさんの1匹を呼び出し、スカーレットに預けることにした。
なお、アッシュがスカーレットと別行動をするのなら、アッシュにも預ける予定である。
「それは本当に助かるけど、分裂するスライムとか、ジンの配下は本当に何でもありだな」
「必要はないと思うが、護衛としても十分な実力があるぞ」
「それは見れば分かる。コイツ、1匹で大国を落とせるレベルじゃねぇか?」
「それはできると思うけど、タモさんに変なことはさせるなよ?」
「ああ、分かってる。借りてる従魔に馬鹿なことはさせねぇって」
スカーレットのことは信頼しているが、念のため釘を刺しておく。
「スライムも有り難いが、俺としてはこの兵糧玉がマジで嬉しいな。これがあれば、食料の心配は要らなくなる」
「 私 ( わたくし ) のイチオシですわ」
「ああ、アンタには感謝してるよ。これはまさに<英雄の証>持ちのための食料だな」
スカーレットが旅に出ると聞き、セラが気にしたのが食糧問題である。
セラと同じく<英雄の証>により大量の食事が必要となるスカーレットは、長期間の移動の際はアイテムボックスに大量の食料を入れて移動している。
セラのアイデアにより、さくらの魔法ということを伏せ、不思議なアイテムとして『 兵糧玉 ( エナジーボール ) 』を大量に譲り渡すことにした。当然、スカーレットは詮索をしなかった。
「元々、『女神の領域』に行くために色々と準備していたからな。食料の心配もなくなったし、心強い護衛も付いた。皇帝の座を降りたら、すぐにでも出発できるだろうよ」
「俺は人が訪ねてくるのを待つから、多分スカーレットより探索開始が遅れると思う」
「『女神の領域』を探すのは急ぐ話でもねぇから気にすんな。……っと、ゆっくりし過ぎて世界樹が狙われる原因を作った俺が言えたことじゃねぇけど」
……もしかして、退位待ちの間に世界樹が焼かれたことを結構気にしている?
「今のところ、一週間以内には探索開始できる予定だ。慌てるつもりはないけど、他の手段までも女神に潰される可能性を考えると、早いに超したことはないからな」
「そうだな。今までほとんど干渉してこなかった女神が、ここまで直接的な手段を選んだんだ。今後は色々な意味で危険性が高くなったはずだ。大丈夫だとは思うが、ジンも気を付けろよ」
「ああ、スカーレットもな」
女神が直接的な干渉を選んだ以上、今までの『安全』が通じなくなったのは間違いない。
今後は女神の直接干渉がある前提で行動や思考を進める必要が出てきた。
少し話をした後にリリィ、スカーレット達と別れ、エルフの里を後にすることにした。
スカーレットはアッシュ、クロアと共に帝都に戻るという。
スカーレットに関して言えば、退位目前だというのに連絡なしで帝都を抜け出して来たとのことなので、エルフの里に問題がなかった以上、大急ぎで帝都まで帰る必要があるそうだ。
その話を聞いた 騎竜 ( クロア ) の顔が少し引きつっていたのが印象的だった。
リリィはエルフの里の復興のため集落に向かった。
世界樹の復旧は俺の仕事だが、集落の復興はリリィの仕事と言って良いだろう。一応、医療メイドと建築メイドは残していくので、復興に長くかかることはないはずだ。
エルフの里を出る者達は復興中に準備を進め、スカーレットが次に来た時に出発することになる。
また、復興が終わり次第戦闘教育メイドを呼び、エルフ育成計画が始動することになる。
エステア王国の屋敷に転移し、俺達も解散することにした。
とは言え、俺にはこの後もやるべきことが残っているので、まだ休むことはできない。
話は変わるが、<奴隷術>と<魔物調教>の大きな違いについて説明をしようと思う。
<奴隷術>は条件こそあるが、対象を無理矢理に奴隷とすることができる。しかし、<魔物調教>によるテイムは、絶対に魔物側の了承が必要となる。
基本的には力尽くによる了承、あるいは屈服ではあるが、意識のない内にテイムすることだけはできないようになっている。
つまり……。
「お前達には、俺に服従してもらう」
「あ、あ……」
威圧を行い、人魚達の反抗心をへし折り、テイムを了承させる。
そう、やるべきこととは、人魚の国の方の後始末である。
「これで後2回だな」
先にも述べた通り、意識のない内にテイムすることはできない。
死亡した人魚達を蘇生しても、意識を取り戻すまではテイムすることができないのだ。
仕方がないので、範囲指定のテイムを使い、100名ずつ蘇生、脅し、テイムの流れを繰り返す。
人魚の国の人口は5108人であり、50回終わったので後2回と言う訳だ。
「お前達には、俺に服従してもらう」
「えぅ、えぅ……」
51回目のテイムを終えて改めて思う。人魚、弱すぎる。
ここまで、俺の弱めの威圧に抗い、テイムを拒絶した者が1人も居ないのである。
迷宮の結界と< 魅了の歌声 ( チャームボイス ) >頼りの生活をしているせいか、個として強い者が1人も存在しない。門番や戦士だった人魚達も、1度の威圧で屈服している。
迷宮に住まわせるのなら、リソース確保のために多少は鍛えた方が良いか?エルフ育成計画に続き、人魚育成計画も始まるかもしれないな。
その時には、人魚達には人間の言葉を覚えてもらおうと思う。今は『 翻訳 ( コネクト ) 』の魔法がないと、言葉を交わすこともできないからな。
「お前達には、俺に服従してもらう」
52回目の8人の中には、人魚の国の女王であるメスティアルカが含まれていたが、気にせず52回目の威圧を行う。
「ぐっ、ふざ、けるな!」
意外なことに、初めて俺のテイムを拒絶したのは女王だった。
短い威圧では女王の心を折ることはできなかったらしく、凄い形相でこちらを睨みつけている。
なお、他の7人は早々にテイムされている。
「其方、確か以前我が国に来た人間だな!妾を従えようとは何と言う無礼!絶対に許さんぞ!」
「残念ながら、滅びた国の王に払う敬意はないんだ」
以前は戯れに敬語を使っていたが、それも交渉相手かつ女王という立場だったからこそ。
人魚の国は結界の崩壊、そして国民全員の死亡により、明確に滅んでいる。
敬意を払える人格でもなかったので、今や元女王相手には敬語すら使う気になれない。
「滅びた、だと……?」
「ここはどう見ても人魚の国じゃないだろ?意識を失う前、何があったか覚えているか?」
ここはエステア迷宮の52層の草原だ。人魚達は、草原の上に寝かされていたのである。
この層には湖もあるので、テイムされた者達はそちらに送られている。
「ぐっ、思い出せん……。いや、我が国が滅ぶはずがない!言え!妾達に何をした!」
「俺に従うなら教えてやるよ」
「ふざけるな!其方が妾に従え!ラーラー!」
元女王は< 魅了の歌声 ( チャームボイス ) >を使って歌い始める。
長く生きているだけあり、元女王の< 魅了の歌声 ( チャームボイス ) >のレベルは9と高い。
相当に高い耐性がなければ、アッサリと魅了され、元女王の虜となってしまうだろう。
……今更、言うまでもないと思うが一応言っておく。俺に効く訳がない。
「な、何故だ!?何故、妾の虜にならない!?」
「俺にその手の能力は効かないんだ。今度は俺の番だな。 俺に服従しろ ( ・・・・・・ ) 」
「ぐうっ!ぐぐぐぐ……」
先程以上に力を込めた威圧を放つと、元女王は歯を食いしばって耐えている。
「思ったよりも耐えるじゃないか。もう少し、強くしても大丈夫そうだな」
「ぐぐうう……、あっ……」
更にもう一段威圧の強さを上げると、途中で限界が来たのか、元女王の身体から力が抜ける。
女王は倒れて痙攣しているが、テイム自体は無事に成功したようだ。
A:テイムは無事に成功しましたが、残念ながら元女王は無事ではありません。負担が強すぎて、脳に障害が起きています。
俺はそっと元女王に近付き、その身体を起こす。
「あ、あっ、あっ……」
女王の表情からは知性が失われ、口から漏れ出る音は言葉として意味をなさなくなっている。
……うん、やり過ぎた!威圧するにしても、短時間にするべきだった!元女王が思ったよりも頑張るから、普段は気を付けている部分が適当になってしまった。
アルタ、これ、元に戻せる?
A:はい。< 多重存在 ( アバター ) >の精神修復と『リバイブ』の併用により元に戻せます。
思ったよりも重症だったが、元に戻すことは可能のようだ。アルタ、精神修復を頼む。
A:承知しました。
アルタが精神を修復し始めたので、俺も『リバイブ』を元女王に向けて発動する。
重傷の中では軽傷だったようで、割とすぐに元女王は意識を取り戻した。
「わ、妾は一体……。そうだ、妾は……妾が、人間に屈服するなど……」
「不服か?」
「ひ、ひぃっ! い、いや、そんなことは言っていない。わ、妾は其方に従う。だ、だから、そんな目で睨まないでくれ……」
不服そうな反応なのでジロリと睨むと、元女王はガタガタと震え、怯えた顔で懇願してきた。
「分かっているだろうが、今まで通りの立場でいられるとは思うなよ。お前を含め、人魚の国の住民は全員が俺にテイムされている。言い換えれば、俺の従魔という意味でお前達は全員が平等だ」
「わ、妾が、他の人魚達と、平等……」
「人魚の国は消滅したから、今から連れて行く湖に住んでもらう。当然、お前だけ特別扱いなどしない。代表者は決めるかもしれないが、血統関係なく実力で決めることになる。言うまでもないことだが、暗殺なんて許しはしないぞ」
「っ!?わ、分かった……」
暗殺により人魚の国の女王となった元女王に釘を刺す。
基本、人魚達の中で元女王が1番信用ならないので、扱いもそれに準じたものになる。
「それじゃあ、後は湖でメイドの指示に従え」
「メイド?それは一体……」
最後まで言う前に元女王は『 召喚 ( サモン ) 』により湖へと転移していった。
湖で待機しているメイド達には、人魚に対する『 召喚 ( サモン ) 』の権限を付与してある。強制的に転移させてから説明した方が、説明してから湖に連れて行くよりも手間が少ないからな。
「人魚達のことはメイド達に任せよう」
ある意味、いつも通りである。
迷宮52層の湖は広いので、5000人を超える人魚を住まわせることに問題はない。ただし、何もしない人魚を養ってやるつもりもない。当然、人魚達にも何か仕事をしてもらう。
そこで問題になるのが言語である。『 翻訳 ( コネクト ) 』があればコミュニケーションは取れるが、俺の配下として人間達と関わるというのに、言葉を覚えないでは済まされない。
人魚達には言葉を覚えさせ、人間の常識を覚えさせ、それから仕事を割り振る予定だ。
人魚達の教育は、メイド達と……マーメイドメイド達に任せようと思う。マーメイドメイドとは、前に人魚の国を助けた時に対価として受け取った人魚娘達である。
既にマーメイドのメイドとして活躍している彼女達なら、人魚の教育係として十分だろう。
国が捨てた娘達が、自分達より上の立場になっていると知ったら、女王達はどんな反応をするかね?嫌がらせと言う気はないが、ちょっとした意趣返しではある。
人魚達に仕事を割り振り、この52層を出て行く前には、 人魚姫 ( レーラ ) の件にも決着を付けておいた方が良いだろうな。
状況的に考えて、レーラは人魚の国の関係者だ。恐らく、元女王に殺された前々女王の娘か何かだろう。人魚達がレーラの存在を知ったら、面倒事になる可能性は低くない。
とは言え、滅んだ国の後継者争いほど無駄なこともないので、面倒事を許すつもりもない。
何らかの決着を付けさせ、無駄な争いは起こさせないつもりだ。全員テイムしたから、命令という名の強権を発動させることもできるので難しくはないだろう。
「これで、女神の雷に関する後始末は終わりだな。マリア、屋敷に戻るぞ」
「承知しました」
屋敷に戻ろうとしたところで、アルタからの連絡が入った。
A:マスター。水原咲の乗った船がマップの範囲内に到着しました。
色々と忙しないなぁ……。
17章では幼馴染みの水原咲が本編初登場します。
16章の登場人物、桜トレントくらいしかいないので、登場済みだけど本章で仁の配下になったキャラも含めることにします。
本章、配下にならなかった王族(女)を配下にするための章と言っても過言ではないです。