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第239話 人形劇と深淵の性質

異世界転移で女神様から祝福を! ~いえ、手持ちの異能があるので結構です~ — ncode.syosetu.com · All chapters

第239話 人形劇と深淵の性質

7章、10章以来の3人目が登場。ある意味、ネタばらし回。

浅井 義信 ( よしのぶ ) 。俺よりも前に勇者として召喚された、俺の大切な親友の1人だ。

浅井が召喚されたのは少なくとも500年以上前の話なので、普通に考えればとっくの昔に死んでいるはずだ。とは言え、寿命を延ばす方法も存在するので、絶対とは言えないのだが……。

加えて、真紅帝国のスカーレットが浅井の生まれ変わりである可能性が高いということもあり、浅井の死亡はほぼ確定的だと考えていた。

しかし、咲は浅井が『 深淵 ( アビス ) 』の奥に居たと言う。

咲が嘘を吐いているとは思わないが、今までの前提がひっくり返ったのも事実である。

そうなれば、やることは決まっている。

《俺は今、ブルーに乗ってシエル王国に向かっている》

俺はマリアと共に 天空竜 ( ブルー ) に乗りながら仲間達に念話を送る。

補足しておくと、シエル王国は『 深淵 ( アビス ) 』のある南極点の島国のことだ。

《随分と急な話ね。もしかして、幼馴染みちゃんから何か重要な情報をもらったの?》

《ああ、咲によればシエル王国の『 深淵 ( アビス ) 』には『女神の領域』に行く方法があって、俺の親友がそれを守っているらしい》

《ゴメン、ちょっと意味が分からないわ。もう少し詳しく話してくれる?》

ミオに言われ、もう少し詳しく話した。

《それで、事の真偽を確かめるため、空路でシエル王国に向かっている。海路だと時間が掛かりすぎるから、俺が空路で先行して、後で皆を『サモン』なり『ゲート』なりで呼ぶつもりだ》

《なるほど、話は理解できたけど、たった数時間で随分と状況が変わったわね》

《流石に無視できない情報が多すぎたからな……》

咲の『お詫びの情報』は期待を遙かに上回る価値だった。

《そりゃあ、死んだはずの親友が生きていたって言われたら無視はできないわよね》

《確か、スカーレットさんの前世という話でしたわよね?》

《生きていたということは、スカーレットさんの前世は別人ということですか……?》

《残念ながら、詳しいことは分からない。咲によると、浅井は多くの記憶を失っており、元の世界のことも断片的にしか覚えておらず、世界樹を育てることだけを使命としていたそうだ》

咲はスカーレットの浅井生まれ変わり説を知らず、記憶がないなら仕方がないと諦めたそうだ。

咲は世界樹の若木の方に注目し、浅井の事情には大して興味を持たなかったとも言っていた。

世界樹の若木の件も重要なのだが、俺としては浅井の情報の方が重要度は高かった。

咲の贈り物の何割かは、俺の望みから微妙に外れるのが常なのである。

《急な話で悪いけど、予定がなかったら一緒に『 深淵 ( アビス ) 』に入らないか?》

《もちろん行くわよ!未知の食材が私を待っているからね!》

《 私 ( わたくし ) もご一緒いたしますわ》

《私も行きたいです……》

《ドーラもいくー!》

マリアは聞くまでもないので、これで全員が同行してくれることが決まった。

そこからは念話による雑談タイムだ。長時間フライトは暇なのである。

《そう言えば、幼馴染みちゃんはご主人様の配下にしたの?》

《いや、一応誘ってみたけど断られた。幼馴染みだから、上下関係は作りたくないそうだ》

《幼馴染みちゃん、随分と幼馴染みの立場に拘るわね》

《ああ、咲はそういう奴だよ》

だからこそ、召喚時に取った敵対行動を長い間悔やんでいたのだろう。

《仁君、咲さんには異能のことは教えないんですか……?》

《教えてないけど、割と核心的な部分まで気付いてはいると思う。スカーレットと同じく、説明も必要以上に隠すこともしないってヤツだ》

《異能について聞かれたりしなかったんですか……?》

《咲、俺の行動に質問してくること滅多にないんだよ……》

詳しいことを聞かずに協力しようとするから、俺の望みから微妙に外れるのだ。

ただし、咲の行動と俺の望みが一致する場合、その恩恵は凄まじいものとなる。以前の< 祓魔 ( ふつま ) 剣>しかり、今回の『 深淵 ( アビス ) 』の情報しかりである。

《ところで、『 深淵 ( アビス ) 』の探索には咲様は同行するんですの?1度行ったことのある咲様が居れば、探索も随分と楽になると思いますわよ?》

《咲から聞いた話では、『 深淵 ( アビス ) 』では基本的に同じ異世界には1度しか入れないらしい。抗体のような物が出来て、余程のことがない限り同じ異世界には入れなくなるそうだ。咲を同行させると俺達も巻き込まれるから、咲にはカスタール女王国でお留守番してもらう予定だな》

《『 深淵 ( アビス ) 』というのは、色々と面倒なルールが多そうですわね……》

《俺は割と嫌いじゃないぞ?ゲームみたいで楽しそうだからな》

ゲームならば数多くのルールの中で遊ぶのは当然のことだ。

個人的には、ランダム生成マップのローグライクゲームに近いものを感じる。

《この件、聖ちゃんには伝えたの?浅井さんって聖ちゃんのお兄さんのことよね?》

《いや、まだ話はしていない。凛と聖への説明は咲に頼んでいる。俺からの又聞きより、直接見た咲から話を聞いた方が良いからな》

《そっか、質問されても詳しく答えられないものね》

仲間達は浅井と関係がないので、俺からの説明で十分だろうが、家族や知人が相手なら当事者から話を聞く方が良いに決まっている。

正直、ハッキリしたことが分かるまでは聖に伝えないのも有りだと思っている。一番辛いのは、生きていると思ったら死んでいて、ぬか喜びさせられることだからな。

《おっと、そろそろシエル王国に到着だな。準備ができたらまた連絡するよ》

しばらく雑談タイムを楽しんでいたら、目的地であるシエル王国が見えてきた。

ここからは忙しくなるので、名残惜しいが念話を切ることにした。

「あれが『 深淵 ( アビス ) 』か……」

目の前に広がるのは、直径20kmはある巨大な円形の島だった。

円の中心には直径5km程の空間が完全な闇に染まっている。マップを使っても先の情報が得られないことから、あれが『 深淵 ( アビス ) 』で間違いなさそうだ。

島の中心に『 深淵 ( アビス ) 』が存在しているため、人が生活できるのは島の外周だけとなる。

中心に砂漠があり、ドーナツ状の国家になったブラウン・ウォール王国を思い出す。

ブラウン・ウォール王国と異なるのは、外周部は緑に溢れ、食料の心配が無さそうな点だろう。

「ブルー。右手の森に降りてくれ」

「分かったわ」

ブルーに指示を出し、人目に付かない森に着陸する。

補足すると、シエル王国が見えた段階で『 透明化 ( インビジブル ) 』の魔法を使用している。

もう1つ補足すると、シエル王国は入国管理をしていないので不法入国ではない。

「面白いな。この国、魔物が存在しないのか」

ブルーを拠点に帰し、マップを見たところで魔物が居ないことに気付いた。

「周囲の瘴気が極端に少ないようです。魔物が発生する条件を満たせていないのでしょう」

「なるほど、『 深淵 ( アビス ) 』が瘴気を吸い取っているみたいだな」

魔力が淀み瘴気となると魔物が発生する。

『 深淵 ( アビス ) 』には瘴気を吸収する性質があるらしく、シエル王国には魔物という魔物が生息していなかった。例外は他国でテイムして連れてこられた魔物くらいか。

瘴気は吸収するが、純粋な魔力は吸収しないようで、土地自体は魔力で潤っていた。精霊界に魔力を根こそぎ持って行かれたブラウン・ウォール王国が本当に可哀想。

「本当は滅茶苦茶観光したいけど……。今回は我慢だ!」

明らかに普通じゃない環境の島国だ。絶対に観光したら面白いだろう。

しかし、今の俺の目的は観光じゃない。他に明確な目標がある以上、観光をする訳にはいかない。

「ぐぬぬ……」

物凄く後ろ髪が引かれる思いだが、初志貫徹して『 深淵 ( アビス ) 』攻略に専念しよう。

それはそれとして、流石にアレは無視はできないよなぁ……。

『 深淵 ( アビス ) 』の近くにある広場に居たのは、黒目、黒髪で不健康に痩せた青年だった。

いや、正確に言えば『青年』ではないのだが……。

妹尾 ( せのお ) 巴 ( ともえ ) の人形

備考:妹尾巴を模した人形。< 人形劇場 ( ドールズシアター ) >により操作されている。

名前と備考から察するに、日本人の勇者を模した人形のようだ。

人形が人間と同じように動いていることから、< 人形劇場 ( ドールズシアター ) >とは人形を遠隔操作するスキルか 祝福 ( ギフト ) なのだろう。

問題は、その人形が持っている武器である。

魔喰器・イートスプーン

分類:片手杖

レア度: 幻想級 ( ファンタズマ )

備考:不壊、所有者固定

どう見ても織原の関係者……関係人形である。

シエル王国がマップの範囲に入った瞬間にアルタから報告があったのだ。

織原、自分を連想させる武器を持たせてアピールするの止めろや。

俺が声をかけるために近付くと、妹尾人形は俺の顔を見た瞬間に納得したような表情を浮かべた。

「おお、貴方が進堂殿でヤンスね!」

ヤンス!?なんて語尾だ!

「お前は織原の関係者……えっと、グルメ倶楽部の四天王か?」

「如何にも!我こそはグルメ倶楽部四天王の1人、キョショクの巴でヤンス!」

以前に出会った 倉内 ( ピエロ ) の語った組織名を出すと、妹尾人形はノリノリで名乗りを上げた。

「キョショクって、虚ろに飾るの虚飾か?」

「拒むに食べるの拒食でヤンス。この身体は 祝福 ( ギフト ) で動かしている人形でヤンスが、元の身体と寸分の誤差もないでヤンス。この身体、見ての通りガリガリでヤンしょ?昔から拒食症気味で、学生時代のあだ名はガリガリガリ勉、略してガリでヤンした」

妹尾人形は痩せ型で眼鏡をかけており、ガリ勉と言われても納得の風貌をしていた。

「あまり、良い趣味のあだ名じゃないな」

「ええ、オイラも大嫌いなあだ名でヤンス。それなら、四天王を名乗る方がマシでヤンス」

グルメ倶楽部の四天王。多少は名乗るのを恥ずかしいと思っているようだ。

そもそも、グルメ倶楽部なのに拒食症って矛盾していないか?

「それで、その四天王は俺を呼び寄せて何の用があるんだ?織原からの伝言でもあるのか?」

「いえ、オイラは織原殿から貴重品を預かっているでヤンス」

「貴重品だと?」

「ええ、質問の答えによって仁殿にお渡しするように言われているでヤンス」

織原が俺に渡す貴重品。絶対に受け取りたくねぇ……!

「質問は2つ。倉内殿には会ったでヤンスか?倉内殿は今も生きているでヤンスか?」

「倉内には会ったし、今も生きているはずだ」

マップで確認したが、倉内は今も平穏無事に生きている。

殺したと言えば受け取りを拒否できそうだったが、受け取り拒否のためだけに嘘を吐くのも嫌だ。

「それは良かったでヤンス。織原殿曰く、そこがルート分岐の重要ポイントだそうでヤンス」

「織原が言うと不穏なセリフだな……。一体、何ルートと何ルートに分岐するんだ?」

「簡単でヤンス。敵対ルートと共闘ルートでヤンスよ。グルメ倶楽部が1人でも死んでいたら敵対ルート、全員生存なら共闘ルートに入るでヤンス」

「うげ……」

織原の奴、まさか味方として再登場するつもりなのか?

いや、敵対した知り合いと最終的に和解するのは物語の王道だが。……待てよ?

「待て、俺は既に野尻って女子生徒を殺しているぞ」

灰色の世界で織原と戦った時、織原は野尻の仇討ちを理由にしていた。

既に分岐するルートは決まっているのでは?

「それは問題ないでヤンス。悲しいけれど、野尻殿は死ぬのが役目でヤンしたから……」

「それだと全員生存の条件は満たせないぞ?」

「つまり、野尻殿が生き返れば良いのでヤンス。進堂殿なら、できるでヤンしょ?」

「はあ?」

確かに、遺体があれば『 死者蘇生 ( アンク ) 』の魔法で蘇らせることはできる。

しかし、野尻の遺体は織原が影で飲み込んだはずだ。少なくとも、俺の手元にはない。

「そこで、必要になるのがこの貴重品でヤンス」

人形がアイテムボックスから取り出したのは、紫色の結晶のような物だった。

魂結晶

備考:人の魂と同じ性質を持った結晶。

「これは何だ?」

「これは魂結晶と言って、人の魂の偽物みたいな物でヤンス」

面白そうなアイテムだが、直前の話との関連性が分からない。

俺の心の声が聞こえた訳ではないだろうが、妹尾人形は分かっていますとばかりに頷いた。

「この結晶自体に大きな意味はないでヤンス。重要なのは、この結晶が採取できるのは、『 深淵 ( アビス ) 』にある異世界の1つという点でヤンス」

「異世界の 宝物 ( ほうもつ ) ……」

少なくとも、織原が『 深淵 ( アビス ) 』から生還したことがほぼ確定した。

「『 深淵 ( アビス ) 』には縁のある異世界に転移しやすいという性質があるでヤンス。縁の深い 宝物 ( ほうもつ ) を持っていれば、同じ世界には1度しか行けないという制約も消せるでヤンス」

「それは初耳だな」

「何度も『 深淵 ( アビス ) 』を探索した織原殿しか知らない情報だと思うでヤンスよ」

咲も『 深淵 ( アビス ) 』に入ったようだが、何度も入ったとは聞いていない。

織原は明確に何度も入り、咲が知らない情報を取得していたことになる。

「魂結晶がある異世界には何がある?」

「魂結晶に閉じ込められた野尻殿の遺体があるでヤンス」

「その異世界に行き、野尻を蘇生したら、織原との共闘ルートに入るのか……」

「その通りでヤンス。最終的に生き返っていれば、共闘ルート突入でヤンス」

ようやく、織原の目的が分かってきた。

野尻が殺されることで俺と織原に戦う理由が生まれ、野尻が生き返ることで俺と織原が共闘する余地が生まれる。敵対と共闘を野尻1人の生死で両立する気なのだろう。

そうなると、織原が野尻を影で喰ったのは、遺体を俺に渡さないためのパフォーマンスだと考えるべきだろう。勝手に蘇生されたら織原も困るからな。

「魂結晶で囲むと魂が保護されるから、野尻殿が記憶喪失になる心配もないでヤンスよ」

「全部、計算ずくって訳か……」

灰色の世界で織原と戦った時には、既にここまでの展開が想定されていたことになる。

「織原と敵対も共闘もしない放置ルートは存在しないのか?」

「オイラは聞いてないでヤンスね」

織原は敵に回すと非常に厄介だが、味方にしても非常に厄介だ。

一番良いのは関わらないことだから、放置ルートがあるなら選びたかった。

「とりあえず、その魂結晶は受け取らせてもらう」

「了解でヤンス」

妹尾人形から魂結晶を受け取る。

織原と敵対するにせよ、共闘するにせよ、放置するにせよ、完全に関わらないのは不可能だ。

結論はまだ決めていないが、念のため接点は残しておいた方が良いだろう。

「これでオイラの用事は終わったでヤンス。何か聞きたいことがあるなら、オイラの分かる範囲で答えるでヤンスよ?」

「それなら、気になっていたことがある。今まで、3人の四天王に会ったけど、4人目は何処に居て、何の役割があるんだ?流石に四天王と言って3人ってことはないよな?」

折角だから、最後の四天王の居場所を聞いておく。

3人しか居ないのに四天王を名乗るのは流石に有り得ない。

なお、魔王軍四天王は途中で補充があったため4人を超えていた。

「四天王最後の1人、3年の 無道 ( むどう ) 殿は今頃、北極点の近くに居るはずでヤンス」

「真逆かよ。行くのは大変そうだな……」

南極点に『 深淵 ( アビス ) 』があるのだから、北極点に別の何かがあっても不自然ではない。

南極点と北極点に四天王を1人ずつ配置したのだろう。

「ああ、無道殿に会いに行くのはお勧めしないでヤンス。無道殿は 祝福 ( ギフト ) に付いた監視を切っていないでヤンスから、女神に認識される可能性が高いでヤンス」

「…………」

魔王から『女神は勇者の目を通してこの世界を見ている』という情報を得た後、アルタに頼んで倉内の 祝福 ( ギフト ) を調べてもらった結果、既に女神とのリンクが切れていることが分かった。

今回、妹尾人形に顔を隠さずに近付いたのも、織原の関係者なら同じ処置が施されていると思ったからである。北極点に先に行っていたらアウトだった。危ねぇ……。

「無道殿の役割は、北極点にある世界樹を視認し、女神の危機感を煽ることでヤンス。進堂殿が『 深淵 ( アビス ) 』に来たということは、無道殿は目的を果たせたみたいでヤンスね」

「あの雷、織原の仕込みだったのかよ!」

驚くべきことに、 竜人種 ( ドラゴニュート ) の秘境、人魚の国、世界樹の3カ所に落ちた女神の雷は織原の仕込みだったらしい。

妹尾人形の発言から察するに、勇者の目を通して世界樹を女神に認識させ、雷というアクションを引き出したのだろう。俺が世界樹を使う数日前という、完璧なタイミングで……。

「織原殿曰く、『進堂が『 深淵 ( アビス ) 』に来ない展開は有り得ない』そうでヤンス」

「本当に、織原の奴は厄介だな!」

敵でも味方でも近くに居なくても厄介な奴だよ。

無茶をしてでも放置ルートを解放するべきだろうか?

「他に聞きたいことはあるでヤンスか?」

「そうだな。……グルメ倶楽部の他の四天王に二つ名ってあるのか?」

妹尾に二つ名があるなら、他のメンバーにあっても不自然ではない。

どうでも良いことではあるが、実は少し気になっていたから聞いてみる。

「もちろん、織原殿を含め、全員に二つ名があるでヤンス。織原殿は代表者だから『美食』、野尻殿は親が共働きだったから『外食』、倉内殿は見た目に反して大食いなので『大食』、無道殿は寺生まれで修行中だから『粗食』と名乗っているでヤンス」

「その名乗り、今日初めて聞いたぞ?」

「女子メンバーが名乗っているのを聞いたことは、オイラも無いでヤンス……」

織原が付けたであろう二つ名は、女子人気が低いらしい。そりゃそうだ。

それと、粗食はグルメからかけ離れ過ぎていると思う。

織原の奴、『食』って付いていれば何でも良いと思っているな?

「はぁ、一応、聞きたいことはこれで以上だ。……織原の居場所なんて知らないよな?」

「知らないでヤンスね。それじゃあ、オイラはこれで失礼するでヤンス。オイラの本体は『 深淵 ( アビス ) 』の野尻殿と同じ異世界に居るので、また会うことになると思うでヤンス」

そこまで言うと、妹尾人形は泥の塊に変わって崩れ落ちた。

その場に残ったのは、『魔喰器・イートスプーン』と中身が空のアイテムボックスだけだった。

おい、ゴミを残して行くなよ。

妹尾人形が消えた後、再び森に戻り、仲間達を『 召喚 ( サモン ) 』の魔法で呼び出す。

「思ったより呼び出されるまで時間が掛かったわね。……あれ?ご主人様、何か疲れてない?」

何となくグッタリした様子の俺にミオが気付いた。

「この島に織原の関係者が居たんだよ。そいつと話をしたら疲れた……」

「ああ、ご主人様の幼馴染み 君 ( ・ ) よね?一体、何を話したらそんな疲れた表情になるの?」

かくかくしかじか。

「……幼馴染み君、ヤバくない?完全にご主人様の行動を読み切ってるわよ」

「そこまでしておいて、最後の目的がご主人様との共闘と言うのも常軌を逸していますわね」

ミオとセラが織原の行動にドン引きしている。

正確に言うと、俺の行動全てを読んでいる訳ではないだろう。織原が読み切ったのは、ターニングポイントに当たる部分だけだと思う。それでも十分にヤバいのだが……。

「仁君、織原さんと共闘するんですか……?」

「敵対するよりは共闘の方がマシだけど、今更仲間ヅラされるのも嫌だなぁ……」

「そもそも、あの方は信じても良い人物なのですか?仁様を連れ去るような方ですよ?」

マリアは織原への警戒心を一切隠していない。

俺が灰色の世界に連れ去られた事件が忘れられないのだろう。

「アイツの性格上、一度味方になったら裏切ることはないだろうな」

織原は今まで俺と敵対しつつも、致命的に許容できないことはしていなかったりする。

女神の雷は大きな被害が出たが、織原を責めるのは間違っているだろう。誘発したのは事実でも、雷を落とすと決めたのは女神である。

織原は基本的に直接手を出さない。お膳立てはするが、最終的な判断は本人に任せる奴だ。

唯一、直接手を出したのは灰色の世界の時だが、俺以外に被害が出ていないから実は許容できる内容だったりする。マリアは許容できないみたいだけど……。

織原は敵対の仕込み、共闘の仕込みをバランス良くコントロールしていた。

仮に共闘した後に裏切った場合、共闘の選択肢は2度と現れなくなり、織原はただの『敵』に成り下がる。それは織原の望みから大きくかけ離れているはずだ。

「裏切ることはなくても、手放しで信じることは無理だな。多分、共闘が決まった後も色々と仕込みは続けるだろうから……」

「本当に厄介な方ですわね。ご主人様が疲れた顔をしていたのも納得ですわ」

「本当に厄介な奴なんだよ。何で俺の幼馴染みはこう癖が強いのかね?」

「類は友を……ぴっ!?」

ミオが余計なことを言おうとしたので黙らせる。

咲はともかく、織原の類友は流石に許容できないぞ?

「織原の話はここまでにして、そろそろ『 深淵 ( アビス ) 』に入ろう。身体が触れあってないと、別の異世界に飛ばされるから注意してくれ」

『 深淵 ( アビス ) 』の周囲には塀があり、簡単に近付くことはできなくなっている。

これは、間違って『 深淵 ( アビス ) 』に落ちる者を減らすためだろう。

ただ、全ての塀が高い訳ではなく、少し頑張れば登れる程度の塀もあちこちに存在する。

これは、自ら望んで『 深淵 ( アビス ) 』に入る者を通すためだろう。

『 透明化 ( インビジブル ) 』により透明になり、高くない塀を越えて『 深淵 ( アビス ) 』に近付く。

ギリギリから下を覗くと、1m程下に黒い境界が存在している。黒く、何も反射しない境界は、真っ直ぐ遠くまで続いている。

「それじゃあ、入るぞ。3、2、1、Go!」

全員で手を繋ぎ、合図と共に飛び降りる。

一瞬で1mの高さを落下し、全員同時に『 深淵 ( アビス ) 』の境界に接触した。

その瞬間、目の前の景色が切り替わり、圧倒的な植物の香りが鼻を刺激した。

「ここは、森か?」

「なんか、木のサイズがおかしくない?」

《おおきー!》

俺達が現れたのは木々が立ち並ぶ森と思われる空間だった。

しかし、ミオの言う通り木のサイズがおかしい。どの木もとにかく太く、大きいのである。

「もしかして、巨人島に近い異世界ですか……?」

「少し違うようですわ。花は普通のサイズだから、木だけが大きいのでしょう」

足下の花を見れば、見慣れたサイズの花が咲いていた。

植物の大きい異世界ではなく、木だけが大きい異世界。一体、どんな特徴があるのか……。

「……ん?」

そんなことを考えていると、何かを弾いた感覚があった。

A:マスター、< 多重存在 ( アバター ) >の精神防御が精神に対する干渉を検知しました。どうやら、この世界から他の世界に転移する方法が送られてきたようです。

咲に聞いた話では、異世界に転移すると他の世界に転移する方法が頭に浮かぶとのこと。

大事な情報のはずだが、精神に干渉していることに変わりはなく、< 多重存在 ( アバター ) >の精神防御が迷惑メール扱いで弾いてしまったようだ。

……アルタ、弾いた干渉の内容、分かる?

A:はい、以下の3点が異世界の転移方法だそうです。

①72時間生存する。

②甲虫王ゴールデンヘラクレスオオカブトに勝利する。

③甲虫王ゴールデンヘラクレスオオカブトを殺害する。

……誰だよ、甲虫王ゴールデンヘラクレスオオカブト。

A:この世界に人に類する存在はなく、巨大な甲虫が多数生息しております。甲虫王ゴールデンヘラクレスオオカブトは、この世界最強の王に該当する存在のようです。

つまり、この世界から他の世界に移動するには、3日間生き残るか、最強の王様を倒すか殺す必要があるということだろう。

「さて、どうしたものか……」

「無難に②が良いと思うわ。①は時間が掛かるし、③は恨まれる可能性があるし……」

「それが良さそうだな」

ミオの言う通り、②が一番無難だろう。

そもそも、恨みも何もない相手をいきなり殺そうとするのは、流石に血に飢えすぎたと思う。

「甲虫王ゴールデンヘラクレス……長いから金ヘラだな。金ヘラは何処に居るのかな?」

マップを確認して金ヘラを探すと、隣接エリアに居ることが分かった。

それじゃあ、ステータスをご開帳。

種族:ゴールデンヘラクレスオオカブト

レア:5

体力:150

攻撃:150

技術:150

称号:甲虫王

……もしかして、異世界だからステータスの形式が違うのか?

思い返してみれば、灰色の世界でも虚獣のステータスは形式が異なっていた。

『 深淵 ( アビス ) 』の異世界、全て形式が違うことも覚悟しておいた方が良さそうだな。

それにしても……。

「随分とシンプルなステータスですね……。仁君、首を傾げて、どうかしましたか……?」

「いや、何か、こう、既視感が……」

このシンプルなステータス表記、何故か見覚えがあるんだよ。

「多分、元の世界のカードゲームか何かだと思うわ。その手のカードって、大体が片手で数えられるくらいのステータスを持っているから」

「それだ!」

ミオが既視感の正体を言い当ててくれた。

戦闘に必要な情報だけが揃っていて、キリが良くて計算しやすい数値になっている。

このまま1枚のカードになっても不自然ではないステータスである。

試しに他のムシのステータスを確認してみる。

種族:ヒラタクワガタ

レア:3

体力:100

攻撃:120

技術:90

称号:-

とりあえず、相対的に金ヘラが強いことは分かった。

しかし、形式が違うので俺達と比べてどれくらい強いのかは分からない。

「この付近にはムシは居ないみたいだな。……あれ?」

マップをよく見てみると、エリアの数がおかしい。

今居るエリア、隣接エリア、更にその隣のエリアまでしか見えない。

< 拡大解釈 ( マクロコスモス ) >で強化した< 千里眼 ( システムウィンドウ ) >なら4エリアまで確認できるはずなのに、3エリア分しか確認できていない。

異世界に来たから異能の効果が制限されているのか?

A:いいえ、この異世界がそこで途切れているため、マップ上に表示されないだけです。

そうか、咲が言っていたな。世界が縮小しているって……。

あれ?でも、普通に太陽は存在しているぞ?

4つ先のエリアより、太陽の方が遠くにあるのは確実だ。

4つ先のエリアが消滅しているのに、太陽は残っているとか有り得るのか?

A:世界が縮小した影響を少なくするため、 再現鏡面 ( エミュレータ ) という機能が働いています。既に宇宙も太陽も存在しませんが、世界が途切れた境界から、宇宙や太陽を再現した結果だけが現れています。簡単に言うと、太陽がなくても、太陽の光と熱が境界から発生するのです。

思ったよりも凄まじい設定が出てきた。

つまり、今見えている太陽は映像でしかなく、光も熱も偽物ということか。

世界が縮小しても、その内側に居る者は気付くことすらできない。見かけ上、世界は何も変わっていないのだから。強いて言うなら、遠くに行くことができなくなったくらいだな。

そう言えば、灰色の世界には月があったけど、あれも 再現鏡面 ( エミュレータ ) で存在するように見えているだけなのか?

A:いいえ、灰色の世界では 再現鏡面 ( エミュレータ ) の機能は有効になっていません。灰色の世界の月は実際に存在しています。

灰色の世界と『 深淵 ( アビス ) 』の異世界は似ている部分が多いけど、 再現鏡面 ( エミュレータ ) に関わる部分は異なっているそうだ。

余談だが、灰色の世界は世界の途切れた境界に触れると消滅したが、『 深淵 ( アビス ) 』の異世界は先に進めないだけで消滅するようなことはないとのこと。灰色の世界が物騒過ぎる。

「仁様、『ポータル』を設置できませんでした。調べたところ、この異世界では魔力が安定しないようで、他の魔法の効果もかなり落ちていました」

「マジかよ。面倒過ぎるだろ……」

俺がマップを見ている間に色々と行動していたマリアの報告を受ける。

試しに<火魔法>で火を出してみると、消費魔力の割に小さい火しか出せなかった。

試しに火災竜の力で火を出してみると、普段と変わらずに火を出すことができた。

「災竜の力は問題なく使えるみたいだな。ドーラ、ブレスは使ってくれ」

《うん、ふぁいあー!》

「威力が弱くなっているか。魔法の種類は関係なさそうだな」

試しに『ワープ』を使用してみると、問題なく短距離転移ができた。

試しに『サモン』を使用してみると、近くのミオを呼び出すこともできなかった。

「自身に影響する効果は変わらないけど、外部に影響する効果は落ちるみたいだな」

その後も幾つか魔法を使ってみて、この世界の性質を確認していく。

アルタに聞いても良いのだが、『使えなくなる』ではなく『効果が落ちる』なので、使ってみて実感する方が有意義だと判断した。

「とりあえず、魔法には頼らない方が良さそうだ」

「つまり、力こそパワーって訳ね!」

《パワー!》

「そのパワーがどこまでムシに通用するか……。セラ、ムシとの戦いは任せたぞ」

「 私 ( わたくし ) ですの!?」

唐突に話を振られたセラが驚きの声を上げる。

転移の条件から考えて、金ヘラを含むムシとの戦いは避けられないだろう。

「セラも一応俺の護衛だし、パワー代表みたいなものだろう?頼りにしてるぞ」

「ふ、不本意な頼られ方ですわ……」

この時の俺は、この選択がどんな愉快な結末に辿り着くのか、知る由もなかった。

『深淵』は異世界という免罪符があるので、本編で組み込めなかったネタを好きなだけ使えます。

最初の世界はム○キ○グ。ただし、作者はプレイしたことがないのでにわか知識です。

織原との共闘は登場時から設定にありました。そして、最も避けたい展開の1つです。