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第10話 山が騒いでいる

英雄夫夫のしあわせ諸国漫遊 ~世界を救ったので、ふたりでのんびり暮らす場所を探します~ — fujossy.jp · All chapters

第10話 山が騒いでいる

街道が谷を抜けたところで、石の砦が見えた。左右から迫る灰色の山。その間の細い土地を塞ぐように、分厚い城壁と何本もの塔が並んでいる。さらに奥には、雪を残した高峰へ続く峠道。オルヴァンが馬上から見上げた。「すごい場所に造りましたね」「ここ通らないと向こう側へ行けないんだろうな」城壁の下には町が広がっていた。宿。鍛冶屋。馬具屋。酒場。行商人の荷車。国境を越える商隊が休む町らしく、建物は頑丈で、通りには旅人と兵士が入り混じっている。ただ、いつもの宿場町とは少し様子が違った。門の内側へ山羊や羊が集められている。柵のそばには牧童たち。荷車へ干し草を積み直している家族もいた。北門では兵士が旅人へ声を掛けている。「峠道は第三標識から先を閉鎖中だ。北の牧草地も今日は入るな」アデマールが馬を止めた。「何かあった?」門衛が二人を見る。「昨日から山の獣が下りてきてる。鹿も山羊も、狼までな」「狼まで?」オルヴァンが聞く。「ああ。牧草地の住民は朝から順番に町へ入れてる。今のところ人の被害はない」オルヴァンとアデマールが顔を見合わせる。その時。ぐう、と音がした。門衛が二人を見る。オルヴァンも見る。アデマールが腹へ手を当てた。「俺です」「知っています」オルヴァンが笑う。「先にお昼にしましょう」「賛成」門衛も笑った。「中央広場へ行け。焼いた腸詰めがうまいぞ」「それは重要情報」「ありがとうございます」二人はまず、普通に町へ入った。****中央広場では、太い腸詰めを鉄板で焼いていた。脂が落ちるたび炎が上がる。香辛料と煙の匂い。その隣では、蕎麦粉の平たい生地へ山羊乳のチーズを載せ、表面を焦がしている。オルヴァンが両方を見る。「どちらにします?」「両方」「そう言うと思いました」一皿ずつ買い、二人で分ける。腸詰めは肉汁が多く、酸味の強いキャベツ漬けとよく合った。平焼きは素朴な味だが、山羊乳のチーズが濃い。「うまい」アデマールが言う。オルヴァンも平焼きを食べながら頷いた。「寒い土地の食事って感じがしますね」「酒も強そう」「昼ですよ」「少しだけ」「……少しだけなら」山の実を漬け込んだ赤い酒を、一杯だけ頼んだ。アデマールが口をつける。「これ好き」「甘いですね」「オルも好きそう」「はい」オルヴァンが杯を受け取る。その時だった。広場の向こうを兵士の一団が横切った。先頭にいる男を見て、アデマールの手が止まる。濃い旅外套。腰に長剣。派手さはない。けれど歩くだけで、周囲の兵士との違いが分かる。アデマールが立ち上がった。「ベルトラン!」男がこちらを見る。一瞬だけ目を見開いた。それから歩いてくる。「……アデマールか」「久しぶり!」アデマールが腕を出す。ベルトランも応え、腕をぶつけるように握手した。「生きてたか」「元気元気」オルヴァンも立ち上がる。「久しぶりです、ベルトラン」「ああ。オルヴァンも元気そうだな」ベルトランが友人らしく、オルヴァンの肩へ手を置いた。アデマールがすぐ言う。「だがオルは渡さない」ベルトランの手が止まった。オルヴァンも止まった。少し間が空く。「久しぶりに会って最初がそれか」「大事だろ」「誰も欲しいと言ってない」「格好いいし可愛いぞ?」「知ってる。昔から知ってる」ベルトランは手を離した。「だからといって奪う話にはならん」オルヴァンがとうとう笑った。「アデ」「何?」「安心してください。僕もどこにも行きません」「知ってる」それでも満足そうだった。少し離れた兵士が、見てはいけないものを見たような顔をしている。ベルトランは気づかないふりをした。「旅の途中か?」「うん」「ここへ来るとは思わなかった」オルヴァンが峠の方を見る。「ベルトランは任務ですか?」ベルトランの表情が少し変わる。「ああ。山の様子がおかしい」アデマールが残った腸詰めを差し出した。「食う?」「話の途中だぞ」「昼まだだろ」「……まだだ」ベルトランは受け取った。一口食べる。「うまいな」「だろ?」オルヴァンがもう一枚、平焼きを注文する。「これも食べてください」「お前ら、昔から人を食わせるな」「働く前は食べた方がいいですよ」「その理屈でお前らもずっと食ってたな」「今もです」三人で笑った。ベルトランは食べながら、北の山を見る。「三日前から鹿が下り始めた。昨日は狼まで牧草地へ出た。今朝、斥候が峠の上で薄い悪魔のマナを拾ってる」オルヴァンの目が少し細くなる。「場所は?」「まだ絞れてない。山全体に広がってる感じじゃない」アデマールも山を見る。「何かいるのか」「それを調べてるところだ」ベルトランは平焼きの残りを食べた。「ちょうど今から砦へ戻る。上から見れば少し分かる」オルヴァンが杯を置く。「行きましょうか」「うん」アデマールも残った酒を飲み干した。「昼食終わったしな」ベルトランが呆れる。「そこが基準か」****砦の城壁からは、北の牧草地がよく見えた。その先で地面が持ち上がり、灰色の山へ続いている。峠道は山腹を縫うように伸びていた。街道には既に柵が置かれている。牧草地の家々からも、人影はほとんど消えていた。オルヴァンが遠くを見る。「鹿」牧草地の端に群れがいた。さらに別の場所には山羊。鳥も低い木々へ集まっている。アデマールが腕を組んだ。「みんな下にいるな」「上にいたくないんでしょうね」ベルトランが頷く。「朝からこんな感じだ。人と家畜はほぼ町へ入れた」「斥候は?」「峠の途中まで。今日はそれ以上出してない」アデマールが言う。「慎重だな」「分からん山へ人を増やしても仕方ない」ベルトランらしい答えだった。その時。北の見張り塔から角笛が鳴った。短く三度。城壁の空気が変わる。兵士が走る。「北斜面、群れ!」ベルトランはすぐ北を見る。アデマールとオルヴァンも並ぶ。牧草地の奥。山側から黒い影が次々と現れていた。狼に似た魔獣。角を持つ四足獣。低い姿勢で走る大型の獣。十。二十。それ以上。互いに同じ群れを作るような種類ではない。それなのに、全部が同じ方向へ走っている。町へ向かって。いや。オルヴァンがすぐ違和感に気づいた。「襲いに来ているんじゃありません」ベルトランも剣の柄へ手を置く。「ああ」アデマールが目を細める。「逃げてる」先頭の魔獣が後ろを振り返った。それでも足を止めない。恐慌に近い走り方だった。ベルトランが城壁を下り始める。「北門前で止める。町へ入れるな」アデマールも続く。「久しぶりに三人だな」「遊びじゃないぞ」「知ってる」オルヴァンがその後ろから言った。「でも少し楽しそうですね、アデ」「ばれた?」ベルトランが前を向いたまま言う。「昔からだ」****北門の外。牧草地は既に無人だった。砦兵が素早く並ぶ。前列は盾と槍。その後ろに弓。門は半分だけ閉じられている。指揮官が声を張る。「弓は合図まで待て! 散った個体を通すな!」ベルトランが長剣を抜いた。アデマールも大太刀を出す。オルヴァンの手には細身のレイピア。魔獣の群れが迫る。地面が小さく震えた。ベルトランが一歩前へ出た。「正面は俺が取る」アデマールが笑う。「じゃあ大きいのは俺」オルヴァンが二人を見る。「散ったものは僕が止めます」それだけ。先頭の狼型魔獣が跳んだ。ベルトランの剣が光る。一閃。魔獣は勢いを失い、地面へ落ちた。二頭目。三頭目。剣が一度動くたび、一頭ずつ倒れる。余計な動きがない。城壁の上にいた若い兵士が、思わず声を漏らした。「……速い」その横で上官が言う。「見るな。次が来るぞ」弓兵が構え直す。群れの中央から、大型の角獣が突っ込んできた。オルヴァンが左手を上げる。淡い魔法陣が一瞬だけ広がった。地面から細い蔓が伸びる。横へ散ろうとした二頭の脚へ絡む。一頭が転ぶ。もう一頭も速度を落とした。「右、二頭!」アデマールが振り向く。「任せろ!」大太刀を横へ振る。一頭を正面から弾き飛ばす。その勢いのまま踏み込み、二頭目を斬り伏せた。さらに大型個体が来る。オルヴァンが短く唱える。「アデ、強化します」「頼む」身体が軽くなる。踏み込みが一段速くなる。力が腕へ通る。アデマールが笑った。「やっぱこれ好き」「戦ってください」「戦ってる!」大太刀を大きく振り下ろした。大型魔獣が真正面から吹き飛ぶ。土が跳ねた。ベルトランが一瞬だけ横を見る。「相変わらず馬鹿力だな」「褒めてる?」「事実だ」その間にも、群れは左右へ広がろうとする。オルヴァンがレイピアを振る。切っ先から細い雷が走った。一頭の脚が痺れ、動きが止まる。別の一頭には速度を落とす魔法。そこへ砦兵の槍列が前へ出た。盾が並ぶ。槍が伸びる。後方から矢。三人が全て倒す必要はなかった。ベルトランが正面を裂く。アデマールが大型を押し返す。オルヴァンが散開を防ぐ。空いたところへ、砦兵が確実に入る。一頭がベルトランの横を抜けた。オルヴァンが叫ぶ。「左!」「見えてる!」アデマールが走る。大太刀の峰を使い、魔獣の胴を横から殴り飛ばした。その先には盾兵。魔獣が立ち上がる前に槍が止める。さらに一頭。オルヴァンの蔓が後脚へ巻きつく。ベルトランが踏み込む。斬る。短い。速い。十数分もかからなかった。最後の一頭が倒れる。牧草地へ静けさが戻った。風の音だけ。遠くで、避難した山羊の鳴き声が聞こえた。砦兵はすぐ武器を下ろさなかった。指揮官が周囲を見る。「負傷確認! 北側はまだ警戒!」兵士たちが動き始める。ベルトランは剣についた血を払い、鞘へ戻した。アデマールも大太刀を肩へ乗せる。「久しぶりだったな」「何が」「三人で戦うの」「そうだな」オルヴァンもレイピアを収めながら近づいてきた。アデマールの顔を見る。「アデ」「ん?」白い長手袋の指が頬へ触れる。泥が一筋ついていた。オルヴァンが拭う。「ついてました」「あ、ありがと」少し近い。アデマールの腕が自然に腰へ回る。「オル、今日格好よかった」「アデもです」アデマールが軽く唇へ触れた。本当に一度だけ。オルヴァンも少し笑う。少し離れたところからベルトランの声が飛んだ。「片付けが残ってるぞ」「もう戦闘終わっただろ」「死体は消えない」「一回だけだよ」「数えてない」オルヴァンが笑った。「行きましょう、アデ」「はいはい」アデマールは名残惜しそうに腰から手を離した。ベルトランが小さくため息をついた。それでも口元は少しだけ緩んでいた。****倒れた魔獣を調べていたのは、砦の獣医と兵士たちだった。オルヴァンも横で一頭を見る。背中に古い傷があった。太い線が三本。深い。だが治りかけている。別の個体にも似た傷。さらにもう一頭。オルヴァンが声を落とした。「ベルトラン」剣聖がしゃがむ。傷を見る。「同じだな」アデマールも隣へ来た。「三本」オルヴァンが頷く。「今日ついた傷ではありません」ベルトランは別の個体を見る。そこにも同じ痕。三本。「同じ何かにやられたか」「可能性は高いです」アデマールが北の山を見る。「それから逃げてきた?」オルヴァンも視線を上げる。「少なくとも、山の上に戻りたくない理由はありそうです」ベルトランが立ち上がった。山頂近くには雲がかかっている。「悪魔のマナが出た場所も上だ」それだけで十分だった。アデマールが大太刀を収める。「じゃあ明日、見に行くか」ベルトランが見る。「来るのか?」「行くよ」オルヴァンも頷いた。「朝食の後でお願いします」「そこは譲らんのか」「大事です」アデマールが笑う。「俺も賛成」ベルトランが額へ手を当てた。「分かった。朝食後だ」****夜は砦の食堂で食べることになった。大鍋の肉と豆の煮込み。燻製肉。固い山のチーズ。黒パン。兵士向けらしく、とにかく量が多い。アデマールは皿を見て満足そうだった。「ここいいな」「食事で町を評価するな」ベルトランが言う。オルヴァンはチーズを切りながら首を傾げた。「でも、おいしいですよ」「お前まで」三人は長机の端へ座っていた。周囲では兵士たちが夜の見張り順を確認している。北側の塔へ人を増やすらしい。昼間に避難してきた家畜の飼料について話している者もいた。戦いが終わっても、砦の仕事は続いている。アデマールは自分の皿から肉を一切れ取り、オルヴァンの皿へ載せた。「オル、これ柔らかい」「ありがとうございます」オルヴァンもチーズを一切れ返す。「アデはこれ好きでしょう?」「好き」ベルトランが二人を見る。「戦ってる時との差がひどいな」「何が?」アデマールが聞く。「さっきまで魔獣を吹き飛ばしてた奴が、今は夫の皿へ肉を選んでる」「普通だろ」「お前らにはな」オルヴァンが笑う。アデマールも笑った。ベルトランは杯を飲む。「しかし、動きは鈍ってなかったな」「俺たち?」「ああ」アデマールが肩を竦める。「旅してても身体は動かしてるし」「食べてもいます」オルヴァンが言う。「それは見れば分かる」三人で煮込みを食べる。しばらくして、ベルトランが言った。「明日は峠の途中まで馬で行く。そこから先は地面を見ながら決める」オルヴァンが頷く。「分かりました」「斥候が戻った位置より先は、まだ何があるか分からん」アデマールが黒パンをちぎる。「分からないなら見ればいい」「お前は昔からそれだな」「だめ?」「俺も同じことするから何も言えん」オルヴァンが吹き出した。ベルトランは何事もなかったように酒を飲んだ。食後。三人は砦の入口で別れた。ベルトランはそのまま詰所へ戻るらしい。「朝、門前で」「分かった」アデマールが答える。オルヴァンも手を上げる。「おやすみなさい」「ああ。お前らも早く寝ろ」ベルトランが一度だけ二人を見る。「本当に寝ろよ」アデマールが眉を上げる。「どういう意味?」「そのままの意味だ」ベルトランはそれ以上言わず歩いていった。オルヴァンが少し笑う。「昔からよく分かっていますね」「何を?」「何でもありません」****宿へ戻る。部屋へ入る。扉が閉まった。アデマールが大太刀を外し、壁際へ置く。その時、オルヴァンが後ろから肩へ触れた。「アデ」「ん?」振り向く。オルヴァンが黒い服の肩についた小さな土を払う。それだけでは終わらなかった。そのまま胸へ手を置いた。アデマールが見る。「どうした?」オルヴァンは少し迷うように口を閉じる。それから素直に言った。「今日のアデ、すごく格好よかったです」アデマールの顔が一気に緩んだ。「戦ってる時?」「はい」「どこが?」「全部です」「全部」「特に、大きな魔獣へ正面から行ったところ」オルヴァンの指が胸元をゆっくり撫でる。「僕、戦っているアデを見るの、好きです」アデマールが一歩近づいた。「それ、今言う?」「今だから言っています」「困るな」「何がです?」腕が腰へ回る。オルヴァンも逃げない。むしろ少し近づいた。「オルも格好よかった」「僕も?」「うん。ああやって戦場全部見てる時の顔、好き」「顔ですか?」「顔も。動きも」アデマールが笑う。「あと、俺に強化くれる時」「好きなんですか?」「あれ来ると、オルが背中にいる感じする」オルヴァンの目元が柔らかくなった。「では、また使います」「頼む」少しだけ黙る。近い。オルヴァンが先に顔を上げた。唇が触れる。短くはなかった。アデマールの腕へ力が入る。離れる。オルヴァンはそのまま胸へ手を置いている。アデマールが頬へ触れた。「まだ褒めてくれる?」「いくらでも」「それ以上聞いたら、もっと触りたくなる」「もう触っていますよ」「もっと」オルヴァンが少し笑う。「僕もです」今度はオルヴァンから唇を重ねた。一度。離れて、また。普段より長い。アデマールの手が腰から背中へ滑る。オルヴァンの指が黒い襟元へ掛かる。「アデ」「うん」「もう少し近くに」「おいで」抱き寄せる。胸と胸が触れる。キスを重ねる。オルヴァンがアデマールの肩、胸、腕へ触れていく。昼間、大太刀を振るっていた腕。魔獣を真正面から押し返した身体。今は自分を抱いている。オルヴァンの目が少し潤む。怖さではない。嬉しさとも少し違う。ただ、好きな男が格好よくて、もっと触りたい。アデマールも同じだった。いつも隣にいる夫が、戦場へ立つと別の顔を見せる。鋭く。迷いなく。それでも、自分が呼べば必ず応える。アデマールが白い髪へ口づける。「オル」「はい」「今日、ほんと格好よかった」「アデもです」オルヴァンが首へ腕を回す。「もっと触ってください」「うん」互いの服を緩める。肌へ触れる。アデマールの手が背中を撫でる。オルヴァンも胸から肩へ、確かめるように手を滑らせる。キスがまた長くなる。脚が触れる。指が絡む。普段より少し強い欲を、そのまま隠さずに。二人はゆっくり身体を重ねた。****しばらくして。オルヴァンはアデマールの胸へ頬を寄せていた。毛布の中。アデマールが白い髪を撫でる。オルヴァンの指が、アデマールの腕をゆっくりなぞった。「アデ」「ん?」「明日も戦うかもしれませんね」「たぶんな」「格好いいところ、また見られます?」「見るだけ?」オルヴァンが顔を上げた。「僕も戦いますよ」「知ってる」アデマールが笑う。「俺もオルの格好いいとこ見る」「では、お互い様ですね」「うん」オルヴァンがまた胸へ戻った。少しして、アデマールが言う。「朝飯、何かな」「もうその話ですか?」「ベルトランが朝食後って約束しただろ」「しましたね」「ちゃんと食わないと」「そうですね」オルヴァンが笑う。そのまま目を閉じた。****翌朝。砦の門前では、ベルトランが既に馬へ乗っていた。旅装の兵士が二人、少し離れて待っている。ベルトランが街道を見る。誰も来ない。もう一度見る。しばらくして。二人が歩いてきた。アデマールは片手にパン。オルヴァンは紙包みを持っている。ベルトランの眉が動いた。「遅い」「時間通りだぞ」アデマールがパンを一口食べる。「食いながら来るな」「朝食は大事です」オルヴァンも平然としている。ベルトランは何か言おうとした。やめた。「もういい。行くぞ」三人が並ぶ。その先には、朝の光を受けた灰色の山。昨日より静かだった。だからこそ、何かが待っているようにも見える。アデマールが最後のパンを口へ入れた。「よし」オルヴァンも紙包みを肩掛けバッグへしまう。「行きましょう」ベルトランが馬首を北へ向けた。三人はそのまま、峠へ続く道を進んだ。