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第14話 仮面の下でも分かります

英雄夫夫のしあわせ諸国漫遊 ~世界を救ったので、ふたりでのんびり暮らす場所を探します~ — fujossy.jp · All chapters

第14話 仮面の下でも分かります

「アデ、それは怖いです」鏡の前にいたアデマールが振り返った。黒い仮面の額から鋭い角が二本伸び、目の周りには銀色の模様が走っている。「格好よくない?」「夜の路地で出会ったら、道を譲ります」「祭りの仮面だぞ」「だから、もう少し楽しそうなものにしましょう」店主の女性が声を上げて笑った。店内の壁には、羽根や花を飾ったもの、獣を模したもの、顔の半分だけを覆うものまで、色とりどりの仮面が並んでいる。今夜は、この町で年に一度の仮面祭が開かれる。アデマールは角のついた仮面を棚へ戻した。「じゃあオルが選んで」「いいんですか?」「オルが格好いいって言ってくれるやつがいい」オルヴァンは楽しそうに棚を眺め、黒地へ深い赤の線を入れた半仮面を取った。「これです」「似合う?」「まだ着けていませんよ」「着ける」アデマールがすぐ仮面を顔へ当てる。オルヴァンは正面から眺め、紐の位置を少し直した。「はい。格好いいです」「これ買う」店主がまた笑った。「旦那さん、決めるのが早いねえ」「オルが選んだので」今度はアデマールが白地の仮面を手に取った。縁には細い金の模様が入り、片側に青い羽根が一枚だけ飾られている。「オルはこれ」「もう決まったんです?」「絶対似合う」オルヴァンが着けると、アデマールは満足そうに頷いた。「やっぱり」「どうです?」「綺麗。あと可愛い」「二つ言いましたね」「格好いいも足す?」「そこまで言われると恥ずかしいです」そう言いながら、オルヴァンの目元は嬉しそうに緩んでいた。二人は揃って仮面を買い、夕方の町へ出た。****日が傾くにつれ、石造りの町は鮮やかな布と灯りで埋まっていった。建物から建物へ飾り布が渡され、通りのあちこちで楽師が演奏を始める。仮面をつけた人々が屋台を囲み、大道芸人の前では子どもたちが歓声を上げていた。オルヴァンは果実餡を包んだ揚げ菓子を食べながら、人形芝居へ足を止めた。芝居が終われば、今度は仮面へ模様を描き足す職人の前へ行く。その次は、細い棒の上を走る大道芸。アデマールは隣を歩きながら、オルヴァンが次にどちらへ行くのかを楽しそうに追っていた。「アデ、あちらで何か焼いています」「行こう」「さっき食べたばかりですよ」「オルも見るだろ?」「見ます」屋台では薄く切った肉を香草と一緒に焼いていた。二人で一皿を買い、木串で交互に取る。オルヴァンが最後の一枚を摘まんだ。アデマールがその串を追う。「欲しいです?」「半分」「一枚ですよ」「じゃあ一口」オルヴァンは笑い、そのままアデマールの口元へ運んだ。「はい」「うまい」「僕の分も残してください」「今食べさせたのオルだろ」食べ終わったあと、二人は仮面飾りの露店へ寄った。細い房飾りや小さな羽根が並んでいる。オルヴァンが赤い飾り紐を買い、アデマールの仮面へ結んだ。「少し右を向いてください」「こう?」「もう少しだけ。……はい」結び目を整えたあと、オルヴァンが満足そうに眺める。アデマールも青い紐を選び、オルヴァンの仮面へ結んだ。こちらは一度結んでから、左右の長さを揃えようと何度も直す。「アデ、そこまで揃えなくても落ちませんよ」「せっかくなら綺麗な方がいい」「では任せます」オルヴァンは動かず、好きなようにさせた。最後にアデマールが頬へ軽く口づける。「できた」「今のは飾りと関係あります?」「ついで」「そうですか」オルヴァンもアデマールの頬へ一つ返した。そのまま二人は、音楽の聞こえる大広場へ向かった。****広場の中央には楽師たちが集まり、その周りを何重もの人の輪が囲んでいた。曲が始まると、踊り手たちが隣の人と手を合わせ、数歩進んでは位置を入れ替える。家族も友人も恋人も、皆が同じ輪へ入っていた。近くにいた少女が二人へ手を差し出す。「お兄さんたちも入ろうよ!」オルヴァンがアデマールを見る。「踊ります?」「やろう」二人も輪へ加わった。最初の曲はゆっくりしていた。周囲の動きに合わせて二歩進み、隣の相手と手を合わせ、身体を回して次の位置へ移る。アデマールが一度だけ足を遅らせ、隣の老人に笑われた。「旦那、そっちじゃない!」「今覚えてる!」オルヴァンはすでに流れへ馴染み、白い上着の裾を揺らして軽やかに回っている。アデマールが追いつく。「オル、上手いな」「アデも合ってきましたよ」「次はもっといける」「勝負する踊りじゃありませんよ」曲が終わり、拍手が起こった。すぐに次の演奏が始まる。今度は少し速い。アデマールが手を差し出し、オルヴァンがその手を取る。一歩進んで入れ替わり、離れてまた近づく。オルヴァンの身体が僅かに左へ傾くと、アデマールは先に半歩ずれて場所を空けた。次の瞬間、オルヴァンがそこへ回り込み、腰へ添えられた腕を使って向きを変える。今度はアデマールが踏み込む。オルヴァンはすでに次の位置へ移っていた。曲の決まりで、二人の間へ別の踊り手が入る。手が離れる。仮面姿の人々が次々と横切った。白、赤、黒、金。似た背格好の男も何人もいる。アデマールは人の流れの向こうへ手を伸ばした。同じ瞬間、白い仮面の向こうからオルヴァンの手が出る。掌が重なった。「いた」アデマールが笑う。「はい」オルヴァンも笑った。そのまま身体を入れ替え、次の輪へ入る。楽師たちは曲をさらに速めた。笑いながら輪を抜ける者も増えたが、二人はそのまま残った。初めて見る動きが混ざる。先を踊る者が一度やってみせる。オルヴァンが同じ動きを返し、アデマールも続く。二人の肩や腰が僅かに動くたび、もう片方が先に位置を変える。誰かが横切れば互いに反対側へ抜け、次の拍にはまた手が届くところにいる。いつの間にか周囲の輪が少しだけ広がっていた。二人のそばへ入った踊り手が、すぐ笑って場所を譲る。アデマールがオルヴァンの腰を取った。オルヴァンが半回転し、白い裾が大きく広がる。次の一歩で位置を入れ替える。音が止まった。二人も同時に止まる。一瞬遅れて、大きな拍手が広場を満たした。「え?」アデマールが周囲を見る。オルヴァンも目を丸くしていた。先ほどまで輪の先頭にいた紫の仮面の男が歩いてくる。「君ら、何年組んでる?」アデマールとオルヴァンが顔を合わせた。「踊りは今日覚えた」「はい。初めてです」紫の仮面が動きを止めた。「今日?」「そうだけど」「じゃあ、何であんなに合うんだ?」オルヴァンは少し考え、アデマールを見た。「戦う時はずっと一緒でしたから」「戦う?」次の曲が始まった。アデマールが音の方へ顔を向ける。「オル、始まった」「行きましょう」二人はもう輪へ戻っていた。紫の仮面の男は、その背中をしばらく眺めていた。****それから何曲踊ったか、途中で数えるのをやめた。曲の間に果実酒を飲み、塩を強く利かせた焼き肉を食べ、また広場へ戻る。地元の踊り手たちも面白がり、少し難しい回り方を二人へ仕掛けてくるようになった。オルヴァンが一度真似する。成功。アデマールも続く。成功。相手が親指を立てる。今度はアデマールがオルヴァンの腕を引き、胸元へ寄せた。踊りの型より少し近い。「アデ、近いです」「踊りにくい?」「いいえ」オルヴァンは首へ腕を回し、そのまま身体を預けた。「では、このままで」アデマールの口元が緩む。曲に合わせて何度か回り、位置を変える。顔が近づいたところで唇が重なった。離れてまた踊り、次に寄った時にはオルヴァンの方から口づける。楽団は演奏を続け、広場の輪も止まらない。二人もその中で笑っていた。****身体が熱くなり、二人は広場脇の回廊へ出た。石柱の向こうから夜風が通る。下の通りでは仮面姿の人々が行き交い、遠くでも別の楽団が演奏していた。オルヴァンが柱へ肩を預ける。「楽しかったです」「まだ踊れる?」「踊れますけど、少し休みたいです」アデマールが隣へ寄る。オルヴァンの白い仮面を眺めた。「やっぱり似合う」「アデが選んだので」「俺のも?」「僕が選びましたから、当然です」アデマールが笑う。「俺じゃなくて仮面?」「アデも格好いいですよ」「もう一回」「今日はずいぶん欲しがりますね」「オルが言うの好き」オルヴァンは目を細め、アデマールの襟を掴んで引き寄せた。「格好いいです。大好きですよ」「俺も大好き」そのまま唇が重なる。今度は踊りの途中より長かった。アデマールの腕が腰へ回り、オルヴァンも首へ腕を絡める。離れたあと、アデマールは頬から耳の下へ口づけ、そのまま首筋へ移った。オルヴァンが小さく息を吐く。「アデ、そこ好きです」「知ってる」もう一度。オルヴァンの指が黒い上着を掴む。「もう少し」「うん」しばらくして、新しい曲が広場から聞こえてきた。オルヴァンが音の方へ視線を向ける。アデマールは首筋へ頬を寄せたまま尋ねた。「戻る?」「この曲は踊りたいです」「じゃあ行こう」オルヴァンが手を差し出した。アデマールはその手を取る。回廊を抜ける途中、人の流れが二人の間を横切った。一度だけ指が離れる。アデマールはすぐ人波の向こうへ手を伸ばした。同時に、オルヴァンもこちらへ手を出していた。また指が絡む。顔の半分は仮面に隠れている。それでも二人は笑った。最後の一曲へ、そのまま人波を抜けていった。****宿へ戻ったのは、夜もかなり深くなってからだった。部屋へ入ると、オルヴァンが扉を閉めながら仮面を外す。アデマールも黒い仮面を取った。一日隠れていた顔が、ようやく全部見える。アデマールがじっとオルヴァンを眺めた。「何です?」「やっと全部見えた」オルヴァンが笑う。「ずっと僕だと分かっていたでしょう」「分かってた。でも、顔も見たい」アデマールが白い仮面を受け取り、黒い仮面と並べて卓上へ置いた。オルヴァンは今度はアデマールの頬へ触れる。「僕もです」そのまま唇を重ねた。祭りの途中より、今度はゆっくりだった。踊り続けた身体にはまだ熱が残っている。アデマールが腰を抱き、オルヴァンは自然に胸元へ寄る。唇が離れると、オルヴァンが赤い飾り紐へ手を伸ばした。「これ、外しますね」「お願い」仮面につけていた紐を外し、そのまま上着の留め具へ指を移す。一つ外す。もう一つ。アデマールも青い飾り紐を外し、オルヴァンの白い上着を肩から脱がせた。「今日はよく踊りましたね」「足疲れた?」「少し。でもまだ元気です」「俺も」オルヴァンの指が黒いシャツの襟を緩める。アデマールも白いシャツへ触れた。露わになった首筋から肩へ掌を滑らせる。オルヴァンは気持ちよさそうに目を細め、その手へ自分の手を重ねた。「冷えていません?」「踊ってたから平気」「僕も暖かいです」また唇が重なる。今度はそのまま寝台の方へ歩いた。アデマールがオルヴァンの腰を抱き上げると、脚が自然に回る。「アデ」「ん?」「今日はまだ、くっついていたいです」「俺も」「明日、脚が痛くなったら揉んでください」「任せろ」「今夜は?」「今夜も任せて」オルヴァンが吹き出した。「何をです?」「いろいろ」「では、お願いします」笑いながら首へ腕を回し、もう一度口づける。寝台へ下ろされても、オルヴァンは脚を解かなかった。アデマールの黒いシャツを肩から落とし、胸元へ触れる。アデマールも白い布をさらに緩めた。肌へ触れる。指を絡める。「アデ」「うん」「好きです」「俺も」身体が重なる。卓上には白と黒の仮面が並び、外からは祭りの音楽がまだ微かに届いていた。****夜更け。オルヴァンは毛布の中で、アデマールの腕を枕にしていた。汗の残る髪を指で梳かれ、気持ちよさそうに目を閉じている。アデマールが頬を撫でると、オルヴァンはその掌へ少し顔を寄せた。「アデ」「ん?」「まだ祭りの音がしますね」「朝までやるのかな」「明日も少し見たいです」「行こう」「また踊ります?」「もちろん」「今度は最初から上手にできますね」「俺もな」オルヴァンが笑う。「今日も後半は上手でしたよ」「後半だけ?」「かなり上手でした」「もうちょっと褒めて」「明日にします」アデマールが不満そうに抱き寄せる。「今」「眠いです」「じゃあ寝ながら」「無茶を言いますね」オルヴァンは笑ったまま、胸へ寄った。「楽しかったです、アデ」「俺も」髪へ口づける。オルヴァンも胸元へ一つ返す。「おやすみなさい」「おやすみ、オル」二人は祭りの音を遠く聞きながら眠った。****翌朝。アデマールが目を覚ますと、卓上の仮面へ朝日が差していた。隣ではオルヴァンが同じ毛布の中で眠っている。少しして目を開け、アデマールを見る。「おはようございます」「おはよう。脚どう?」「少し重いです」「揉む?」オルヴァンは毛布の中で身体を寄せた。「朝食のあとでお願いします」「今じゃなくて?」「今はこっちです」アデマールの胸へ頭を乗せる。腕が背中へ回る。「じゃあ朝飯遅くなるな」「少しくらい平気です」窓の外では、祭りの飾り布が朝風に揺れていた。オルヴァンが顔を上げる。「アデ」「ん?」「仮面がなくても、すぐ分かりますね」「当たり前だろ」オルヴァンが笑う。アデマールはその額へ口づけ、もう一度毛布を肩まで引き上げた。