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第22話 若い勇者のお仕事

英雄夫夫のしあわせ諸国漫遊 ~世界を救ったので、ふたりでのんびり暮らす場所を探します~ — fujossy.jp · All chapters

第22話 若い勇者のお仕事

「勇者って、もっとこう……でかい仕事をするものだと思ってたんです」昼時の食堂で、青年は深刻そうに言った。その向かいで、アデマールは串焼き肉を食べていた。「でかい仕事?」「国を救うとか。何千匹もの魔獣と戦うとか。悪い魔術師の城へ乗り込むとか」「へえ」「今の俺、商隊護衛です」「いい仕事じゃん」青年が黙った。隣で香草入りの豆煮込みを食べていたオルヴァンが、匙を止める。青年は二人を見比べた。「……それだけですか?」「何が?」「もっと、こう……勇者としての心構えとか」アデマールは串に残っていた最後の肉を食べた。「護衛だろ?」「はい」「守る相手がいるじゃん」青年はまた黙った。アデマールは空になった串を皿へ置く。「オル、それ一口ちょうだい」「さっき自分の分を食べたでしょう」「うまそう」「一口ですよ」差し出された匙をそのまま食べる。「うまい」「でしょう?」青年は二人を見ていた。「あの」「ん?」「本当に、勇者アデマールですよね?」「そうだけど」青年の視線がアデマールの右手へ落ちる。食堂へ入った時、互いの勇者紋を見せて挨拶したばかりだった。青年の右掌にも、まだ真新しく見える女神紋がある。勇者。それが分かった途端、青年は姿勢を正し、名を名乗った。リュシアン。二十歳になったばかりだという。「もっと威厳がある人だと思ってました」「失礼だな」「すみません!」オルヴァンが笑った。「アデは格好いいですよ」「オル」アデマールが嬉しそうに隣を見る。「もう一回言って」「嫌です」「なんで?」「今ので十分でしょう」「俺には足りない」「では、あとで」「約束な」リュシアンの視線が二人の間を往復した。「……伝説の勇者と賢者って、こういう感じなんですね」アデマールが眉を上げる。「どういう感じ?」「いえ。何でもありません」青年は賢明だった。****町は傭兵と冒険者で賑わっていた。犬系、猫系、狼系。様々な獣人が武具店を覗き、広場では護衛を募る商人の声が飛ぶ。アデマールとオルヴァンは食後、そのまま武具市場へ向かった。急ぐ旅でもない。今日は露店を見て、夕方には町で評判の肉料理を食べる予定だった。「アデ、これ」オルヴァンが一軒の露店で足を止める。並んでいたのは革の小物だった。財布、帯、鞘飾り。その中に、小さな黒い革紐がある。「何に使うの?」「髪を結ぶそうです」「オルが?」「アデに」「俺?」「少し伸びていますよ」オルヴァンがアデマールの後ろ髪を摘まむ。「結べるほどじゃないだろ」「もう少し伸びたら使えます」「じゃあ買って」「自分で買わないんですか?」「オルが選んでくれたやつ欲しい」オルヴァンは少し嬉しそうに店主へ硬貨を渡した。買った革紐を、そのままアデマールの手首へ巻く。「なくさないでくださいね」「うん」「本当に?」「そんな心配?」「アデですから」「どういう意味?」笑いながら市場を歩く。武具屋の前では、若い冒険者たちが試し斬りをしていた。少し離れた広場では、獣人の傭兵たちが組み手をしている。アデマールは立ち止まって眺めた。「楽しそう」「参加します?」「やめとく」「どうしてです?」「腹減るから」「さっき食べたばかりですよ」「動いたら減る」「夕食まで我慢してください」「オルが何か食べるなら俺も食べる」「僕を理由にしないでください」結局、焼いた木の実を一袋買った。二人でつまみながら歩いていると、後ろから走ってくる足音がした。「アデマールさん!」リュシアンだった。先ほどより慌てている。「どうした?」「お願いがあります」****商隊は翌朝出発する予定だった。荷車六台。商人と御者を合わせて十一人。護衛はリュシアンを含めて七人。目的地まで二日。街道沿いでは最近、盗賊が出ているという。「俺一人で受けた仕事じゃありません」商隊宿の庭で、リュシアンが説明する。「護衛隊長もいます。俺はその一人です。でも……」言いにくそうに口を閉じた。護衛隊長は、少し離れた場所で荷車を確認している。経験のありそうな狼系獣人だった。アデマールは青年を見る。「怖い?」「……少し」「そっか」「勇者なのに」「勇者でも怖いだろ」リュシアンが目を上げた。アデマールは荷車へ視線を向ける。「俺も怖い時あるよ」「アデマールさんが?」「オルが危ない時とか」「アデ」オルヴァンが隣から軽く肘を当てた。「俺の話だからいいだろ」「僕が恥ずかしいです」「可愛い」「今はやめてください」リュシアンが困ったように笑った。少し肩の力が抜けた。「それで、お願いって?」「一緒に来てもらえませんか」「俺たち?」「はい。もちろん、護衛料は商隊と相談して――」「いいよ」「え?」「俺たちも同じ方角へ行くし」アデマールがオルヴァンを見る。「いい?」「はい。二日くらいなら」「ありがとうございます!」リュシアンが勢いよく頭を下げる。「よかったな」「はい!」「じゃあ俺たちは追加の旅人ってことで」「え?」「仕事の中心はお前たちだろ?」リュシアンが瞬く。アデマールは笑った。「勇者のお仕事、見せてもらうよ」****翌朝。商隊は賑やかに町を出た。街道は乾いている。両側には背の低い草原が広がり、その先に疎らな林が続く。アデマールとオルヴァンは最後尾近くを馬で進んでいた。前方ではリュシアンが護衛隊長と話している。「真面目ですね」「昨日より元気そう」「アデが変な説教を始めなくて安心しました」「俺そんなことする?」「たまに格好つけます」「オルの前だけだよ」「僕の前では毎日でしょう」「毎日格好いい?」「そこまでは言っていません」アデマールが馬を寄せる。「昨日、あとで言うって約束した」「何をです?」「俺が格好いいって」「覚えていたんですか」「当然」オルヴァンは前を向いたまま笑う。「格好いいですよ」「もう一回」「一回の約束です」「足りない」「欲張りですね」「オルのは何回でも欲しい」オルヴァンが馬上からアデマールの腕へ触れる。「では、今日格好よかったら」「よし」「急に張り切らないでください」昼には街道脇で休憩した。商人たちと同じ鍋を囲み、干し肉と豆の煮込みを食べる。リュシアンは御者の一人が傷めた荷紐を結び直していた。そのあと馬へ水を飲ませ、子ども連れの商人が荷台へ上がるのを手伝う。派手なことは一つもしていない。それでも、よく働いていた。アデマールはパンを齧りながら眺める。「いいじゃん」「はい」オルヴァンも嬉しそうだった。****襲撃は、二日目の午後だった。街道が林へ入る。鳥が一斉に飛び立った。アデマールの視線が上がる。ほぼ同時に、オルヴァンも前方を見る。「アデ」「うん」前を行く護衛隊長も異変に気づいた。「止まれ!」商隊が止まる。護衛たちが荷車を囲む。次の瞬間、林から矢が飛んだ。「伏せろ!」護衛の盾が上がる。矢が刺さる。左右から男たちが飛び出した。十人。二十人。さらに奥から出てくる。「多いな」アデマールが馬から降りた。オルヴァンも続く。リュシアンは既に剣を抜いていた。「荷車を寄せろ! 御者は中へ!」護衛隊長の指示が飛ぶ。リュシアンは前へ出る。盗賊の一人が剣を振り下ろす。受ける。弾く。踏み込む。速い。二人目を蹴り飛ばし、三人目の刃を剣で受け流す。「強いですね」オルヴァンが言った。「うん」アデマールはまだ大太刀を出していない。リュシアンの前へ、大柄な男が現れた。他の盗賊とは装備が違う。厚い革鎧。長剣。「勇者様が護衛とは運が悪いな!」口ではそう言いながら、男は笑っていた。リュシアンが構える。「だったら帰れ!」「そうはいかねえ!」激突した。金属音が響く。一合。二合。リュシアンが押す。盗賊の首領も強い。その間に、盗賊たちが動いた。正面で戦う者が減る。左右へ散る。林の中を走り、荷車の後方へ回る。護衛隊長が叫んだ。「後ろへ回ったぞ!」リュシアンの目が動く。首領の剣を受けながら、振り返ろうとする。荷車の向こう。十人以上。さらに反対側からも来る。「後ろが――!」「そっちは俺たちがいる」アデマールの声だった。リュシアンが一瞬だけ見る。アデマールは笑っていた。「前、見とけ」首領の剣が来る。リュシアンは咄嗟に受けた。「はい!」今度は振り返らなかった。アデマールが右手を伸ばす。大太刀が現れる。隣で、オルヴァンもレイピアを抜いた。「オル」「はい」それだけだった。最初の盗賊が荷車へ飛びつく。アデマールが一歩出る。剣が振られる。大太刀が横から当たった。刃ではない。腹。男が三人まとめて草地へ転がった。「は?」別の男が盾を構える。アデマールが踏み込む。一撃。盾が割れた。男は盾の残骸ごと尻餅をつく。左右から二本の剣。アデマールは大太刀で一本を止め、もう一本を肩で受ける。金属音。剣の方が弾かれた。「え?」「痛いだろ」アデマールが柄で男の腹を打つ。崩れた。その背後。弩を構えた男がいた。引き金へ指がかかる。銀色の光が走った。弩の弦が切れる。「な――」オルヴァンのレイピアが既に次へ向いていた。別の男が魔法を唱え始める。「炎よ、我が――」足元が凍った。滑る。詠唱が途切れる。オルヴァンがその横を通り過ぎる。柄頭で顎を打つ。倒れる。三人が一斉にオルヴァンへ向かう。一人目。剣を弾く。二人目。手首を打つ。三人目が背後へ回る。オルヴァンは見ていない。大太刀の峰が横から飛んできた。男だけを綺麗に薙いだ。「ありがとう、アデ」「うん」アデマールも振り返らない。その背後から振り下ろされた斧を、オルヴァンの風が僅かに逸らす。空振り。アデマールの肘が入る。男が倒れる。盗賊たちの動きが止まり始めた。「なんだ、こいつら……!」「囲め!」六人がアデマールへ向かう。「アデ、左二人」「分かった」大太刀が動いた。一人の剣が折れる。二人目の槍が飛ぶ。三人目は盾ごと転がる。右から来た男の足元だけが凍る。転ぶ。その上を飛び越えた男の胸へ、アデマールの掌が当たった。吹き飛ぶ。残った一人が止まった。「……」アデマールが大太刀を肩へ担ぐ。「来る?」男は剣を捨てた。反対側では、オルヴァンの前に四人が倒れていた。最後の一人が林へ走る。オルヴァンがレイピアを軽く振る。風が巻く。男の足が浮く。一回転して草の上へ落ちた。「逃げないでください」「はい……」静かになった。アデマールが周囲を見る。「終わり?」「こちらは」オルヴァンがレイピアを収める。「アデ、後ろ」「ん?」倒れていた男が起き上がり、短剣を抜いた。アデマールは振り向きもしない。オルヴァンが短剣だけを弾く。アデマールの踵が男の足を払う。また倒れた。「今度こそ終わりですね」「うん」二人は同時に前を見る。まだ剣戟が続いていた。リュシアンと首領。首領の息が上がっている。リュシアンも肩で息をしていた。それでも目は逸らしていない。首領が大きく踏み込む。長剣が振り下ろされる。リュシアンが受ける。押される。一歩。二歩。そこで止まった。「俺は――」歯を食いしばる。剣を押し返す。「護衛だ!」首領の長剣を弾いた。懐へ入る。柄を腹へ叩き込む。首領が膝をつく。剣が首筋へ突きつけられた。「終わりだ」首領が両手を上げた。リュシアンは大きく息を吐いた。それから、ようやく振り返った。「みんな――」止まった。荷車は無事だった。商人たちもいる。護衛たちも立っている。そして。盗賊が大量に転がっていた。縛られている者までいる。オルヴァンが最後の縄を結んでいた。アデマールは大太刀を肩へ担いでいる。リュシアンが口を開く。「……え?」アデマールが手を上げた。「勝った?」「勝ちましたけど……」「おめでとう」オルヴァンも笑う。「見事でした」リュシアンは周囲を見る。「これ、全部?」「護衛のみんなも戦ったよ」「いや、そうじゃなくて」護衛隊長がリュシアンの肩を叩いた。「諦めろ。俺も途中から数えるのをやめた」「何が起きたんですか?」アデマールが大太刀を魔法収納へ戻す。「戦った」「それは見れば分かります!」「元気だな」「元気にもなりますよ!」オルヴァンが笑っている。****盗賊たちはまとめて縛り、近くの町へ引き渡すことになった。負傷者の処置が始まる。商人たちも荷物を確認する。荷車の一台に矢が何本か刺さっていたが、積荷は無事だった。リュシアンは御者の一人の腕へ布を巻いていた。に軽い切り傷だった。「痛みます?」「これくらい平気だよ」「よかった」そのあと子ども連れの商人のところへ行く。「怪我は?」「大丈夫。あんたが前で止めてくれたからね」リュシアンが笑った。ようやく、ちゃんと嬉しそうに。少し離れたところで、アデマールがそれを見る。オルヴァンが隣へ来た。「いい顔ですね」「うん」リュシアンがこちらへ歩いてきた。「アデマールさん」「お疲れ」「俺……」青年は一度、商隊を振り返った。御者がいる。商人がいる。護衛仲間がいる。みんな生きている。「勝てました」「うん」「首領も倒しました」「見てた。強かった」リュシアンが少し照れた。それから、地面に転がる盗賊たちを見る。「でも、俺が一人倒してる間に、あれだけ……」アデマールは青年の肩を叩いた。「商人を一人も死なせなかった」リュシアンが見る。「いい仕事じゃん」青年はしばらく黙っていた。やがて、大きく笑った。「はい!」****その日の夕方。一行は予定より少し遅れて街道宿へ着いた。盗賊捕縛の報せが先に伝わり、宿の食堂はちょっとした騒ぎになった。護衛たちは酒を飲む。商人たちも飲む。リュシアンはあちこちから肩を叩かれていた。「勇者様、乾杯!」「やめてくださいよ!」「首領を一人で倒したんだろ?」「一人っていうか……」リュシアンが食堂の隅を見る。アデマールとオルヴァンは並んで座っていた。アデマールは大皿の肉を食べている。オルヴァンは果実酒。いつも通りだった。リュシアンが杯を持ってやってくる。「隣、いいですか?」「どうぞ」三人で乾杯した。リュシアンが酒を一口飲む。「オルヴァンさん」「はい?」「勇者アデマールって、本当に格好いいですね」「でしょう?」即答だった。アデマールが止まった。リュシアンも止まる。オルヴァンだけが平然としている。「剣を持ったアデは格好いいんです。昔から」アデマールの口元がどんどん緩む。「オル」「何です?」「もう一回」「嫌です」「昼に言ったじゃん。今日格好よかったらって」「もう言いました」「足りない」「欲張りですね」アデマールは椅子ごとオルヴァンへ寄った。「格好よかった?」「はい」「どこが?」「全部です」完全に嬉しそうになった。リュシアンが笑う。「戦ってる時と全然違いますね」「オルに褒められてるから」「そんなに嬉しいんですか?」「めちゃくちゃ」オルヴァンが果実酒を飲む。その目元も楽しそうだった。「リュシアン」「はい」「アデは格好いいでしょう?」「はい。ものすごく」「でしょう?」「オル」「何です?」「好き」「知っています」アデマールが頬へ口づける。オルヴァンもそのまま受ける。「僕も好きですよ」もう一度、今度は唇へ。リュシアンは杯を持ったまま二人を見る。「……伝説って、こういう感じなんだ」隣にいた護衛隊長が肩をすくめた。「戦ってるところだけ覚えとけ」「無理ですよ」食堂に笑い声が広がった。****夜。宿の部屋へ戻ると、オルヴァンは椅子へ座った。アデマールはその前へ立つ。「疲れた?」「少し」「脚?」「大丈夫です」アデマールがしゃがみ、オルヴァンの靴を脱がせた。そのまま足首を軽く揉む。「アデも戦ったでしょう」「俺は平気」「では交代してください」「あとで」「アデ」「ん?」「今日、本当に格好よかったですよ」指が止まった。アデマールが見上げる。オルヴァンは穏やかに笑っていた。「リュシアンが言ったからではありません。僕が言いたいだけです」「……うん」「剣を持っている時も」オルヴァンが身を屈める。アデマールの頬へ触れる。「リュシアンを前へ向かせた時も」頬へ口づける。「最後に、いい仕事だと言った時も」もう一度。アデマールはしばらく黙っていた。やがてオルヴァンの腰へ腕を回し、そのまま抱き寄せる。「オル」「はい」「もうちょっと言って」「まだ欲しいんですか?」「欲しい」「仕方ありませんね」オルヴァンが髪を撫でる。「僕の自慢の夫です」アデマールはそのままオルヴァンの腹へ額をつけた。「それ好き」「知っています」「もう一回」「明日にします」「今」「明日です」「お願い」オルヴァンが笑う。「では、一回だけ」アデマールが見上げる。オルヴァンはその頬を両手で包んだ。「僕の自慢の夫です」今度はアデマールから抱きしめた。「大好き」「僕もです」「今日、いっぱい褒めてくれる」「格好よかったですから」「もっと頑張ろうかな」「張り切りすぎないでください」オルヴァンが額へ口づける。アデマールは嬉しそうに笑い、そのままオルヴァンを抱き上げた。「わっ」「寝よう」「急ですね」「いっぱい褒められて満足した」「単純です」「オルにだけな」寝台へ一緒に倒れ込む。オルヴァンは笑いながらアデマールの胸へ収まった。「おやすみなさい、勇者様」「それやめて」「どうしてです?」「オルにはアデがいい」「では、おやすみなさい、アデ」「おやすみ、オル」明かりを落としてからも、アデマールの腕はずっとオルヴァンの背中へ回っていた。