第46話 みんな来た
第46話 みんな来た
朝から、庭に長い卓が三つ並んでいた。村の大工から借りたものが二つ。屋敷にあった古い卓が一つ。椅子は数が足りず、長椅子と木箱まで混ざっている。リュシアンは昨日から泊まったまま、庭の端で村の少年たちと椅子を運んでいた。「それ、そっち!」「ここ?」「もっと木の下!」「分かった!」すっかり使われている。アデマールは台所から大鍋を抱えて出てきた。「リュシアン、客だよな?」「僕もそう思ってました!」「じゃあ何で働いてんの?」「アデマールさんが朝から椅子運んでたからですよ!」オルヴァンが皿を抱えて続く。「助かっていますよ」「それならいいです」リュシアンは素直だった。庭では村の女性たちが料理を並べている。焼いた肉。豆の煮込み。野菜の酢漬け。大きな丸パン。山羊乳のチーズ。果物。屋敷で用意したものより、村から持ち込まれた料理の方が多くなっていた。アデマールが卓を眺める。「また増えてる」「昼前にもう二軒来るそうですよ」オルヴァンが言う。「食えるかな」「今日は人も増えますから」門のところから老婆が声を上げた。「アデさん! 酒どこ置く?」「日陰!」「こっちかい?」「そこ!」オルヴァンが笑う。「すっかり普通に返事していますね」「オルもだろ」「僕は最初からです」その時、門の外から車輪の音がした。アデマールが振り返る。「来た」****最初に現れたのはヨリスだった。荷車には商品より酒樽と包みが多い。「これ、商売?」「今日は半分」ヨリスが荷台から降りる。「残り半分は?」「祝い」アデマールが目を丸くした。「くれるの?」「全部じゃないぞ。こっちの酒と、この皿だけだ」「皿?」「客が来るって言ってたから、前に買った分じゃ足りないだろ」木箱を開ける。同じ木皿が六枚入っていた。オルヴァンが嬉しそうに受け取る。「ありがとうございます」「割ったら次は買えよ」「そこは商人だな」「当たり前だ」村の女性がヨリスを見る。「あんた、この前の商人さん?」「そうです」「いい鍋だったよ」「買いました?」「オルさんとこで見ただけ」「買ってください」「抜け目ないねえ」ヨリスはもう村人と話し始めていた。続いて、馬が二頭やってきた。一人はユスタシュ。もう一人は荷物を積んだ従者だった。ユスタシュが馬を降りる。アデマールが両腕を広げた。「来た!」「招待されたからな」ユスタシュは懐から紙を取り出した。二人が送った招待状だった。「しかも今回は、ここに住所が書いてある」アデマールが笑う。「来れただろ?」「驚くほど簡単だった」「よかったな」「俺が言い続けた意味をようやく理解したか?」オルヴァンが迎えに出る。「いらっしゃい、ユスタシュ」「ああ。招待ありがとう」ユスタシュは屋敷と庭を見回した。村人。料理。走り回る子どもたち。卓を運ぶ若い勇者。商品を広げ始めた商人。「……ずいぶん賑やかだな」「こうなりました」オルヴァンが笑った。「お前たちだけの祝いじゃないのか?」「村の人に今日友達が来るって言ったら」「こうなった」アデマールが答える。ユスタシュは納得したように頷いた。「なるほど」門の外から今度は声が飛んだ。「どけ、馬が入る」アデマールが振り返る。「ベルトラン!」二頭の馬。先に降りたのはベルトラン。その後ろからシビラも降りる。「久しぶり」「元気そうね」アデマールが駆け寄った。ベルトランと腕をぶつける。そのままシビラにも笑う。「よく来たな」「招待したのはそっちでしょう」シビラは屋敷を見る。「思ったよりまともね」「失礼だな」「雨漏りしていたって聞いたもの」アデマールがオルヴァンを見る。「誰から?」「僕は言っていませんよ」ベルトランが答える。「村へ入ったら最初に聞いた」「もう有名なの?」近くにいた大工が笑った。「直したからいいだろ!」「よくない!」シビラが吹き出す。オルヴァンが二人へ近づいた。「ベルトラン、シビラ。いらっしゃい」「ああ」「お邪魔するわ」シビラはオルヴァンを軽く抱きしめた。アデマールがすぐ見ている。シビラが横目を向ける。「何?」「いや」「言いたいなら言いなさい」アデマールが腕を組む。「オルは渡さない」「いらないわよ」ベルトランが荷物を下ろしながら言った。「誰も欲しいと言ってない」アデマールは満足そうに頷いた。「ならいい」オルヴァンが額を押さえた。「久しぶりに会って最初がそれですか」「大事だから」「はいはい」そこでシビラは話を切った。「で、家を見せて」****屋敷の中を一通り案内した。台所。広くなった浴室。庭へ続く裏口。棚。二階の寝室。客間。シビラは浴室を見て感心した。「本当に大きい」「だろ?」アデマールが自慢する。ベルトランが浴槽を覗く。「何人入るんだ」「二人」「広すぎるだろ」「脚伸ばすんだよ」シビラがオルヴァンを見る。「止めなかったの?」「僕も気に入っています」「ならいいわ」客間へ行く。リュシアンの荷物がまだ一室に置いてある。もう一室は寝具を整えてあった。ベルトランが見る。「ちゃんと客を泊める気なんだな」「当たり前だろ」アデマールが答える。「お前ら来てもいいぞ」「今来てる」「次も」ベルトランが少し笑った。「そのうちな」シビラは窓を開けた。庭から村人の笑い声が聞こえる。「いいところじゃない」「うん」返事をしたのはオルヴァンだった。シビラが振り返る。オルヴァンは窓の外を見ている。「静かですし、村の人たちも親切で、畑もきれいです。少し歩けば川もあります」「ずいぶん詳しくなったわね」「毎日歩いていますから」アデマールが嬉しそうに隣へ立つ。「俺、北の畑の柵も分かる」「自慢するところ?」「直した」「村の人と一緒に、でしょう」オルヴァンが付け足す。「そう。それ大事」アデマールは素直に訂正した。****昼前には、庭がいっぱいになった。友人たちだけではない。屋根を直した職人。水路で一緒だった農家。畑の柵を直した老人。パンを届けてくれる少年と家族。いつの間にか「せっかくだから一緒に食べよう」という話になっていた。村人たちは、ベルトランやシビラを見れば最初こそ少し緊張した。それでも卓へ着けば距離は縮まる。「剣聖様、本当に剣一本で岩割るの?」「ものによる」「どのくらい?」「見せなくていいぞ」アデマールが止める。子どもが今度はシビラを見る。「大魔術師様は?」「何が見たい?」「光るやつ」シビラが指先を上げる。小さな光の粒が五つ浮かんだ。子どもたちから歓声が上がる。アデマールが驚く。「そういうのやるんだ」「子ども相手に氷槍を出すわけにいかないでしょ」光が蝶のように飛ぶ。子どもたちが追いかける。その横では、ベルトランが村の老人に酒を注がれていた。「剣聖様も飲め」「いただきます」「固いなあ。ベルトランさんでいいか?」「好きに呼んでくれ」アデマールが遠くから指を差す。「俺より早い!」「何がだ」「呼び方!」老人が笑う。「お前は領主様だからな」「まだそれ言う?」「まだ言う」皆が笑った。ユスタシュはいつの間にか、村人から領地の道について質問されている。「西の橋、来年あたり板替えたいんだけど」「予算の申請は出せる。急ぐなら状態を見ておきたい」「じゃあ食ったら一回見てくれ」「今日は祝いに来たんだが」老婆が皿を置く。「食べてからでいいよ」「……分かった」アデマールがそれを聞いて笑う。「ユスタシュも捕まった」「お前の領地だぞ」「よろしく」「お前も来い」「はい」ヨリスは別の卓で、農家と豆の値段について話している。リュシアンは少年たちに囲まれ、昨日の排水溝の話をしていた。ベルトランは酒。シビラは子どもの相手。ユスタシュは橋。ヨリスは商売。オルヴァンは料理を運んでいる。アデマールは庭の真ん中に立ち、しばらく全体を眺めた。「アデ?」オルヴァンが隣へ来る。「どうしました?」「いや」アデマールは笑った。「すげえな」「何がです?」「みんな、いる」オルヴァンも庭を見る。その表情がゆっくり柔らかくなった。「はい」****食事が始まった。誰かが乾杯を言えと言い出した。アデマールは断った。三回断った。四回目で村の老婆に背中を叩かれた。「家主だろ。何か言いな」「俺、こういうの苦手」「魔王の前には立てたんだろ」「それとこれ違う」「早くしな。料理冷めるよ」勝てなかった。アデマールは杯を持って立った。皆がこちらを見る。友人たち。村の人たち。庭。屋敷。窓辺で揺れる音飾り。台所のそばに根づき始めた香草。アデマールは少し考えた。難しいことは浮かばなかった。「じゃあ」杯を上げる。「みんな、俺たちの家へようこそ」静かになった。ほんの一瞬だった。すぐに杯が上がる。「乾杯!」「乾杯!」声が重なった。アデマールも笑って杯を飲もうとした。黒いシャツの裾を掴まれた。横を見る。オルヴァンだった。目に涙が浮かんでいる。「オル?」オルヴァンは何も答えなかった。立ち上がる。そのままアデマールへ抱きついた。アデマールの杯を持つ手が慌てて上がる。「わっ」オルヴァンは胸へ強くしがみついた。「オル、泣いてる?」「……少しだけです」「嬉しい?」「はい」アデマールの表情が崩れた。杯を卓へ置く。両腕で抱き返す。オルヴァンが顔を上げた。涙で濡れた目が笑っている。アデマールが何か言うより早く、オルヴァンが唇を重ねた。アデマールの目が一瞬大きくなる。すぐに腰を抱き寄せる。もう一度。今度はアデマールから。長い。オルヴァンも離れず、黒いシャツを掴んだまま身体を押しつける。庭が静かになった。ベルトランが杯を置く。「……いつもなら家でやれと言うところなんだが」シビラが横を見る。「もう家よ」「そうなんだよな」ヨリスが叫ぶ。「じゃあ寝室行け!」村人たちが一斉に笑った。オルヴァンの耳まで赤くなる。それでもアデマールから離れない。アデマールも腰へ回した腕をほどかない。ユスタシュが額を押さえた。「客を招いておいて途中で消えるな」「まだ消えない」「まだ、って言ったな?」リュシアンが笑いを堪えている。少年が母親へ聞く。「何で寝室?」「お前はパン食べてな」「はーい」オルヴァンがとうとうアデマールの胸へ顔を伏せた。「恥ずかしいです」「オルからしたのに」「言わないでください」「嬉しかった」「僕もです」アデマールが額へ口づける。ベルトランが指を鳴らした。「はい、そこまで」「触るなよ」「誰も触らん」また笑いが起きた。****午後も誰も急いで帰らなかった。食べる。飲む。庭を歩く。村の子どもたちはリュシアンと遊び、途中からベルトランまで連れていった。「剣聖さん、こっち!」「何をするんだ?」「石投げ!」「剣関係ないじゃない」「いいんだよ!」シビラが腹を抱えて笑っている。ユスタシュは結局、西の橋を見に行った。アデマールも連れていかれた。戻ってきた時には、「急ぎじゃない。冬前に板を替えれば十分だ」という話までまとまっていた。ヨリスは農家から来季の豆を買う約束をしている。「量が決まったら知らせてくれ」「どこへ?」「この屋敷に伝言置いといて」アデマールが聞きつける。「俺んち商会になってない?」「住所があると便利なんだよ」ヨリスが平然と答えた。オルヴァンが笑う。「役に立つならいいでしょう」「オルが言うならいい」夕方近くには、余った料理を包み始めた。老婆がシビラへ大きな包みを渡す。「持って帰りな」「こんなに?」「若いんだから食べられるだろ」「私、あなたが思っているより年上よ」「私より若い」シビラは黙った。「……いただくわ」ベルトランにも酒瓶が渡る。リュシアンにはパン。ユスタシュには漬物。ヨリスにはチーズ。「俺、買い付けに来たみたいになってる」「もらっときな」「ありがとうございます」英雄も行政官も商人も、最後は両腕に食べ物を抱えていた。****日が傾く頃、村人たちが帰り始めた。「また明日ね、オルさん」「はい。また」「アデさん、橋の板は今度一緒に見に行こう」「分かった」「領主様、酒残しといたぞ」「アデでいいって!」「また今度な!」笑い声が門の向こうへ遠ざかる。オルヴァンは一人ずつ見送った。最後の家族が道を曲がるまで手を振る。庭へ戻ると、友人たちだけが残っていた。卓には空いた皿。椅子。飲み終えた杯。子どもが置いていった木の玩具。シビラがそれを拾う。「すごい家になったわね」「散らかってる?」アデマールが聞く。「そういう意味じゃない」ベルトランが長椅子へもたれる。「似合ってるってことだろ」アデマールが少し黙る。オルヴァンも庭を見る。ユスタシュが招待状を畳んで懐へ戻した。「次からは迷わず来られる」「また来る?」「仕事がなければな」ヨリスが横から言う。「俺は商売で来る」「遊びにも来いよ」「買ってくれるなら」「商売抜きで」「そのうちな」リュシアンが笑う。「僕はまた泊まりに来ます」「いつでも来い」オルヴァンも頷く。「待っています」シビラが言った。「私も来るわ」「オル目当て?」「まだ言うの?」ベルトランが肩を落とす。「今日だけで十分だろ」「一回しか言ってないぞ」「回数の問題じゃない」皆が笑った。オルヴァンも笑っていた。その目元が、また少し潤んでいる。アデマールだけが気づいた。今度は何も言わず、そっと手を取った。オルヴァンの指がすぐ絡む。****ヨリスは夕方のうちに隣町へ向かった。ユスタシュも同じ道を行くというので、一緒に門を出た。リュシアンは翌朝から別の仕事があり、二人と途中まで同行することになった。「また来ます!」「次はもっと泊まれよ」「はい!」三人の姿が街道へ小さくなる。屋敷にはベルトランとシビラが泊まる。二つの客間を一つずつ使うことになった。「風呂、先にどっち使う?」「私はあとでいい」「俺もあとでいい」アデマールが言う。「じゃあ二人で入れば?」「入らん」「入らないわよ」返事が重なった。オルヴァンが笑う。「では順番にどうぞ」夜が深くなるまで、四人で居間にいた。酒を少し飲む。昔話はほんの少し。あとは今日の料理、村の橋、ヨリスの商売、リュシアンが子どもに負けた石投げの話。シビラが欠伸をしたところで、お開きになった。「もう寝るわ」「俺もだ」ベルトランが立つ。廊下へ向かいながら振り返った。「今日はありがとう」「こっちこそ来てくれてありがとな」シビラも微笑む。「また来るわ」「うん」オルヴァンが答えた。二つの客間の扉が閉まる。居間に夫夫だけが残った。静かになった。今日初めてだった。****アデマールが卓の杯を片づけようとした。白い袖が動く。次の瞬間、胸元を掴まれた。アデマールが振り返るより早く、オルヴァンの唇が重なった。強い。昼間よりもずっと。アデマールは杯を置き、すぐに腰を抱いた。オルヴァンが両腕を首へ回す。離れない。息を継ぐために唇が離れても、額と頬が触れたままだった。「オル」「アデ」同時に呼んだ。それだけで、また口づける。アデマールが背中を強く抱く。オルヴァンの指が黒いシャツへ食い込む。「今日、ずっと我慢してた?」「……はい」「俺も」アデマールが首筋へ唇を寄せる。オルヴァンの身体が震え、さらに近づいた。「嬉しくて、ずっとアデに触りたかったです」「うん」「みんな来てくれて」「うん」「村の人もいて」声が少し震える。「アデが、俺たちの家って言って」アデマールは返事をする前に抱き上げた。オルヴァンの脚が腰へ絡む。「アデ」「今日は離したくない」オルヴァンは一瞬だけ息を止めた。すぐにアデマールの頬を両手で包む。「離れません」唇を重ねる。「僕も、アデが欲しいです」アデマールの表情から余裕が消えた。オルヴァンはそれを見て、さらに嬉しそうに目を潤ませる。「もっと、こっちに来て」アデマールは何も答えなかった。抱き上げたまま廊下へ進む。オルヴァンは首へしがみつき、何度も口づける。寝室へ入る。扉が閉まる。黒いシャツの留め具をオルヴァンが外す。白い服をアデマールが緩める。肌へ触れる。指を絡める。寝台へ身体が沈む。オルヴァンはアデマールを離さない。アデマールも背中を強く抱く。「オル」「はい」「好きだ」「僕もです」額を寄せる。オルヴァンがもう一度、はっきり言った。「大好きです。全部、欲しいです」アデマールはその言葉ごと抱きしめた。二人の身体が重なった。****夜更け。部屋には、まだ昼の賑やかさが残っているような気がした。オルヴァンは毛布の中でアデマールの胸へ収まり、汗で少し乱れた白い髪を指で整えられていた。アデマールの腕は背中から離れない。オルヴァンも胸元を掴んだままだった。「オル」「はい?」「まだ掴んでる」「離したくないので」アデマールが笑う。「俺も」頬へ口づける。オルヴァンが少し上を向き、今度は自分から返した。しばらくして、窓の外から小さな音がした。風に揺れた音飾りだった。その向こうには村の灯りがある。客間にはベルトランとシビラが眠っている。庭には、片づけ切れなかった長卓が残っている。台所には、村からもらった料理。玄関脇には、リュシアンが忘れかけて慌てて置き直した木の杖。アデマールが天井を見た。「今日、すげえ楽しかった」「僕もです」「またやりたい」「はい」オルヴァンが少し笑う。「でも次は、料理を作りすぎないようにしましょう」「無理じゃない?」「村の皆さんが持ってきますからね」「じゃあ増えてもいいか」「そうですね」アデマールが背中を撫でる。「オル」「はい?」「ここ、好き?」オルヴァンはすぐ答えた。「大好きです」少し間を置いて、付け加える。「家も、村も」アデマールの腕が強くなる。「俺も」オルヴァンが胸へ頬を寄せる。外で、最後まで残っていた村の灯りが一つ消えた。二人の家の灯りも、少しして消えた。