当たり前が変わった日
当たり前が変わった日
『いい、ナマエ。いざという時、綱吉くんのことを守ってあげるのよ』
記憶の始まり、覚えてる限りの一番古い記憶。私にとってのそれは、この言葉だった。いつかはわからない。うんとうんと小さな頃。そう言われ、ふわっと頭を撫でられた。
今考えると、普通逆なんじゃないかと思う。
だってあいつは男の子で、私は一応女の子だ。しかも同い年。…だけど、小さな私は何も疑問を抱かなかった。いや、中学生となった今も…理にかなっているとさえ思えてしまう。
思い浮かべるのは沢田綱吉。
私の幼馴染みの男の子。どこまでも続く腐れ縁…とでも言うのかもしれない。
彼は小さな頃から何をやってもダメダメな子だった。おかげでついた、不名誉なアダ名はダメツナ。
そんな彼は今、教室中の注目の的だった。
「パンツ男のお出ましだー!」
「へんたーい!」
「電撃告白!」
「持田先輩に聞いたぞー!」
教室中に響くからかいの声。
話の中心になっている人物はふたり。ひとりは私の幼馴染み、沢田綱吉ことツナ。そしてもうひとりは我が並盛中学校のアイドル的存在であり親友、笹川京子。
要約してしてしまえば、ツナが京子に告白をしたという話だった。
私はツナが京子に憧れているのは知っていたから、好意うんぬんという点に関しては驚かないけれど…。でも、ツナに告白する勇気なんてものがあったのかと、そこには非常に驚いている。
だって京子も否定はしなかった。つまりツナは本当に笹川京子に告白したことになる。…その、パンツ一丁で。
「おっと帰るのは早いぜ」
「道場で持田主将がお待ちかねだ!」
「道場へ参ります!」
「ちょ、ちょっと!!!」
持田先輩は京子と仲が良いと噂のある剣道部の主将。クラスメイト達に担がれ、ツナは道場に連れて行かれてしまった。
「持田先輩、昨日京子が受けた侮辱を晴らすために勝負するんだって」
「え!?」
「京子を泣かせた奴は許さん!だって」
「そんな…持田先輩とは委員会が同じだけなんだって」
「まーまー、そー固いことは言わない!男には男の世界があるのよー!」
一方、京子は京子で面白がる友人たちに道場にへと背中を押されてる。
ナマエ、助けて…という京子の視線を感じた気もするけれど、皆の上がりきったテンションの中でどう助け舟を出せばいいのやら…。
「朝っぱらから皆元気だなあ…」
くあっ、とひとつ欠伸が出た。いや欠伸なんてしてる場合じゃないのか。
や、私だって混乱はしていた。パンツで告白?あのツナが京子に?パンツ一丁で?なぜパンツ。…意味がわからない。これで混乱するなという方が無理な話だと思う。
だってやっぱりツナにそんな度胸があるとは思えない。しかもパンツで告白するなど、ツナがそんな変な趣味を持っている奴じゃないのはわかっている。
…とりあえず、様子を見るべき?
私も空になる教室に残されないように、皆の波に乗って道場へと足を運ぶ事にした。
「100本取ったー!!!」
持田先輩と対峙するなりトイレに出たツナ。逃げたと思ったけど、彼はちゃんと戻ってきて持田先輩に立ち向かった。
しかしその姿は、驚くべき変貌を遂げていた。
額から燃え盛る炎。
噂通りのパンツ一丁姿…。
その炎は何なのとか、なんでパンツになってるのとか、色々と思うところはある。京子に告白したのも…あの姿ということ?
今のツナは気迫も凄い。
臆することなく持田先輩に向ったツナは、先輩に馬乗りになって物凄い勢いで頭髪をブチブチと抜いた。なかなかエグい…。その姿には誰もが顔をひきつらせた。
だけど、持田先輩はろくでなし野郎だった。
奴は京子を勝った方への賞品だと豪語した。この言い草で人となりはわかると言うものだ。
だからツナの変貌はよくわからないままだけど、よくやったというか…スカッとした気持ちはあったかもしれない。
いやでもやっぱりわからん…。今のこの状況は、一体何。
「ツナ…何ごとなの…」
「フッ…まあ、及第点だな」
「え…?」
その時、足元から特徴的な幼い声が聞こえた。
見降ろしてみれば、そこにあったのは小さな小さなボルサリーノ。
「ちゃおっす」
「…ちゃお…す…?」
くりくりの瞳に見上げられた。ボルサリーノに黒スーツ。胸に光るのは黄色いおしゃぶり…?それは、なんだかお洒落な格好の赤ちゃん。
「お前、ミョウジんとこのナマエだな?」
「え…?」
問われた言葉に驚いた。何でこの子、私の名前知ってるんだろう…?
「君、誰…?」
「俺の名はリボーン」
「リボーン…?」
「お前、今日沢田家に来い」
「は?」
「じゃな。ちゃおちゃお」
ぴょんっと身軽に、意味不明な台詞だけを残し、スーツの赤ん坊は去って行った。
今日、沢田家に来いって…私の知る中で沢田と言えば、ひとりだけ。
「勝負ありー!!」
その時そんな声がして、視線を戻した先には審判から勝利の旗を得たツナの姿があった。
…あのパンツのツナ、性格がいつもと全然違う。そのことも気になるし、行ってみるか…。
疑問を放っておくのは気持ちが悪い。放課後にツナの家を訪ねようと私が決めるのにそう時間が掛からなかった。
「あらあら、ナマエちゃん!」
「こんにちは、奈々さん」
「いらっしゃい」
放課後、沢田家を訪ねた私を迎えてくれたのツナのお母さんの奈々さん。にこっと笑うその顔にはいつも癒される…。なんというかマイナスイオンでも出てる感じだ。
「今日はどうしたのかしら?」
「あ、はい。えっと、ツナは…」
「来たか、ナマエ」
ツナはいますかと聞こうとした時、それを遮られ聞こえた声。聞き覚えのあるそれは、あの道場で聞いたもの。
「ちゃおっす」
「えっと、リボーン…?」
「そうだぞ」
「あら、リボーンくんに用事だったのね」
「え」
「ああ、そうだぞ。まあ、上がれナマエ」
「え、えー…」
「どうぞ」なんて笑顔でスリッパを出してくれた奈々さんに軽く頭を下げる。それを確認するなりぽてぽてと2階に上がっていくリボーン。なんでリボーンが我が物顔で「まあ、上がれ」とか言っちゃってるんだろう…。
まあ、いいか…。とりあえずツナに話を聞かないと何も始まらない。
「お邪魔しまーす…」
私はリボーンを追いかけるように、2階のツナの部屋に向かった。
「やー、変態ツナくーん」
「え、ナマエ?!なんで!?」
人の顔を見るなり驚くツナ。なんでとはご挨拶な。まぁ入って早々、変態呼ばわりした私も十分失礼か。
驚くツナの足元にいる小さなボルサリーノ。彼は私を見上げると、ニッと笑った。
「俺が呼んだんだぞ」
「なんでお前がナマエを呼ぶんだよ!」
「お前のファミリーだからに決まってるじゃねーか」
「なあ?!」
招かれているはずなのに、なぜか放置をくらう私。私のことを話しているのはわかるけど。でも話がよくつかめない。
ファミリーってなんだ。ツナん家とは家族ぐるみの中だけど、私とツナは家族じゃないぞ。
「おーい。ふたりだけで楽しまないでくださーい」
「なっ、べ、別に楽しんでないし!」
「あっそ。ってまあ、それはいいんだけど。ねえツナ、一体どうしたわけ?京子に告白したとか、パンツとか。あとあの持田先輩との試合」
「そ、それは…」
単刀直入に本題を聞いてみると、ツナは目を逸らすようにリボーンに視線を泳がせた。…なんでリボーンを見る?ていうかそもそもリボーンってなんなんだろう?
どうしよう。聞きたいことがあり過ぎて何から聞いていいのかわからない。
「うーん、なんかよくわらかんから順序はツナに任せるわ。ほれ、早く説明する。なんか困ってるなら相談くらい乗ってあげるからさ」
「…わかったよ」
ツナがなんとなく困ってるのは見て取れた。ツナ自身、愚痴みたいなものは零したかったのかもしれない。ため息をつくと、ツナは順を追って事を説明してくれた。
そしてその話は突拍子のない、とんでもない話だった。
「ボンゴレファミリー…10代目…」
一番頭に残ったワードを呟く。
話を聞いて呆気に取られた。イタリアのマフィア、ボンゴレファミリー。ツナはそのボンゴレファミリー初代ボスの血を引く10代目のボス候補であり、リボーンはボンゴレ9世の依頼を受けてツナを10代目にすべく教育しにきた家庭教師だという。
「えーと、殺し屋なの…?リボーンが?」
「そうだぞ。凄腕のな」
「自分で言う…」
そしてこの赤ん坊。自分は本来、殺し屋であるとのたまう。
ツナのあの額の炎とパンツ姿は、ボンゴレファミリーに伝わる死ぬ気弾という秘弾をリボーンがツナに撃ち込んだ効果。死ぬ気弾で脳天を撃たれたものは、一度死んでから死ぬ気になって生き返る。そうすると、命を削る代わりにとんでもない力を発揮することが出来る。弾を撃ち込む箇所で効果は変わるらしいけど、それはのちのち…。
つまり、持田先輩の件に関しては死ぬ気になれば持田先輩にも勝てただろうにとツナが後悔した結果ということらしい。
…私、いったい何を聞かされてるんだろうなあ…。
とんでもなくぶっ飛んだ話。ツッコミどころはいくつもある。だけど…納得する部分もある話ではあった。
「え、ファミリーってそういうこと?ええ…」
「え、何その反応。思ってたのと違うんだけど…。ナマエ、なんかあんまり驚いてない?」
「いや驚いてるけど。ただマフィアの話って、自分には関係ないことだと思ってたから」
「え?自分には…関係ない?」
「いや、うちの親戚の人にそっち関連の人?がいるのは知ってたけど…私、というかうちには別に関係ないと思ってた」
「え、え!?えー!?知ってたって何!?ナマエ、ボンゴレのこと知ってたの!?」
「いや、そんな名前のマフィアだっけな~程度だよ。ツナが初代の血筋ってのも薄らぼんやり知ってたけど…。でもさ、だからってあくまで遠い親戚、御先祖の話だろうって」
「ちょ、ちょっと待って…!?え、知ってた!?え、頭がついていかない…」
私よりツナの方が混乱し始めた。
イタリアのマフィア。私の親族や、ツナの家系の話は漠然と知っていた。私とツナの家が知り合いなのは、その繋がりの名残りなはずだし。
でもそれは本当に、頭の片隅に眠っていた程度の話。
「ナマエのうちは代々ボンゴレボスの秘書の家系だ。ツナが10代目になることで、その一番近くにいるナマエにも白羽の矢が立ったんだぞ」
「え、ちょ、何その迷惑な話。どうしてくれんのツナ!」
「いや俺も知らないし!俺10代目とかならないし!!」
リボーンはうちの家のことも知っているらしい。…なんなんでしょ、この赤ん坊は。ヒットマンだの家庭教師だの…。
私もツナも生まれてこの方、日本で平平凡凡に暮らしてきた。マフィアの話は、遠い親戚の話。もしツナ以外の10代目候補が死ななければ、きっとそれは変わらなかったんじゃないかな。
ツナは10代目にならないと言うけれど…それは、私も同意見だ。急にマフィアのボスの秘書になれ?いやいやそんなの冗談じゃない。
「や、私、マフィアの秘書とかやらないんで。そんなのなる気ないし、なりたくないし」
「ナマエ…!そうそう、そうだよな!うん、俺たちにボンゴレファミリーとか関係ないから!絶対マフィアになんかなるもんか!」
私も拒否したら、ツナが水を得た魚のように元気になった。味方が出来て喜んでいるらしい。
まあでもここは共通意見だし。私たちはこれまで通り、平穏な日々を過ごしていきたい。
そんな血なまぐさいマフィアの世界なんてまっぴら勘弁だ!
「うるせえぞ、おめえら」
「ひっ!」
「!」
リボーンは銃を向けてきた。ツナの顔は引きつり、私もピクリと止まる。
赤ん坊が持っているなら、普通はおもちゃだろう。でもツナのこの反応…。それに銃とかさっぱりわからないけど、玩具っぽくは…ない気がする。
この日を境に、私とツナの日常は、少しずつ変わっていくのだった。
To be continued