強化プログラム
強化プログラム
「奈々さん、おはようございます!これ、昨日母が電話で話してたやつです」
「あら!わざわざありがとう、名前ちゃん!」
朝の登校前、私は沢田家を訪ねた。昨夜、うちの母親と奈々さんが電話で頂き物のおすそ分けの話をしていた。だから私がそれを届けに来たと言うわけだ。こういうやり取りは、うちと沢田家の間では昔からよくある。
「それにしても名前ちゃん、中学生になってからまた一段と可愛くなったわよね~」
「いえ、全然そんなこと」
「いいわね~、私も娘がいたら一緒にお買い物とかしたかったわ~!」
少しだけ奈々さんと雑談。奈々さんほんわかしてるから、なんとなく癒されるよなあ…。
そうしていると背後からドデカい挨拶の声が聞こえてきた。
「おはよーございます!!」
「あら、獄寺くん」
「獄寺?」
「あ?なんでお前がいんだよ」
「おすそ分けに寄っただけだよーだ」
振り向くといたのは獄寺。大方、ツナの迎えに来たってところだろう。こいつ、奈々さんと私であからさまに態度違うな…。とりあえず、ベーっと舌を出しておいた。
「ツナ、今日珍しくちょっと前に出たとこなのよ」
「なら、追っかけます。おい、名前、さっさと追いかけんぞ」
「え…走るの?」
なんか巻き添え喰らった。ええ…走らなくても別に学校間に合うのに…。まあ折角だし一緒に行かない理由もないけどさ…。
「じゃあ、奈々さん、行ってきます」
「ええ。いってらっしゃい、気を付けてね」
私は奈々さんにぺこっと頭を上げ、獄寺に駆け寄る。すると奈々さんはほんわかと笑い、獄寺にも声を掛けた。
「ふふ、獄寺くんいつもありがとうね、ツナに獄寺くんみたいな頼りになる友達が出来て良かったわ!」
奈々さんのその言葉を聞き、ぴくりと反応した獄寺。
…うわ。
私は隣でその顔を見上げて少し引いた。頼りになる…。その言葉は獄寺の心に刺さったのだろう。嬉しさで震えとる…。
「お母様!ご安心を!10代目は必ず俺が守って見せます!」
そして謎の宣言をかます獄寺。やっぱりいいお友達ね~くらいにしか思っていないであろう奈々さんは微笑みながら手を振ってくれている。
うーん…空回りしないといいんだけど。ツナを追いかけている間、獄寺はずっと上機嫌だった。
「おい、名前、聞いたか!?聞いたよな!?きっとお母様は俺が10代目の右腕に相応しいと言いたかったんだ!任せてください!俺が10代目にはかすり傷ひとつ負わせません!」
「アーハイハイソーダネー」
面倒くさいなこいつ。上機嫌すぎて私への絡みも鬱陶しい。奈々さん全然そんなこと思ってないと思うけどもはや突っ込むのも面倒くさいので適当に流して頷いておく。
ていうかツナいないな。早く出たってそろそろ追いついてもよさそうなんだけど。そう思った時、突然背後から「ぎゃっ!!」という悲鳴が聞こえた。ん?
「うぎゃああああ!!!!」
「10代目ーーー!!!」
「ええ!?ツナ!?」
悲鳴を上げていたのはツナだった。物陰からガサッと飛び出してきたツナは犬、猫、ネズミ、カラス…何匹もの動物に飛びつかれて襲われていた。ていうか今も続々と増えてツナに飛び掛かっていく動物たち。いやどういう状況これ!?
「レオンにやるはずの猛獣の餌を間違ってツナにぶちまけちまってな」
「リボーン!?」
「10代目ーーー!!!!」
傍に立って猛獣の餌とやらを手にしているリボーン。またこれお前の仕業か!獄寺は慌ててツナを救出すべく動物たちの中に飛び込んでいく。
とりあえずツナはシャワーを浴びて着替えた方がいい。なんとかツナを引っ張り出した獄寺と共に私たちはツナの家へと向かった。
「申し訳ありませんでした!!俺が付いていながら10代目を守れなかった…!!」
「いや…っ、獄寺くんのせいじゃないし…」
ツナの部屋で一度落ち着くと、獄寺はツナに向かって土下座した。いや会った時点で襲われてたし…救出しただけで十分だと思うけど。
ただ獄寺的には今朝の奈々さんとのやり取りを気にしている様子。
「10代目のお母様との約束も破ってしまいました…」
「は?母さん…?」
「そして何より、実践なら10代目は死んでた…」
嫌な想像するな…。ていうか大袈裟なんだよな…。
するといまいち状況が読めていないツナが私の肩をつついてきた。
「…ねえ、名前。獄寺くんどーしたのこれ…なんか考え込んで黙ってるしすげー怖いんだけど…!!」
「いや別に怖がる必要はないだろうけど…今朝、奈々さんに10代目は俺が必ず守ってみせますとか宣言してたから気にしてんじゃないの」
「ええ…俺の知らないところで何話してんの…」
ガーンとショックを受けているツナ。獄寺は落ち込んで黙ったまま。しかしすぐ何かを決意したようにぱっと顔を上げた。
「俺もっと鍛えます!もっと鍛えて右腕に相応しい男になってみせます!!」
「いや…別に…!」
「えらいわ、隼人」
宣言した獄寺の元に誰かがやってくる。隼人…この口調ってビアンキさん?
一瞬そう思ったけど、そこにいたのはビアンキさんのコスプレをしたリボーンだった。ダッボダボで酷い有様だけど。ツナも「衣装合わせてから来い!!」と突っ込む始末。
でもリボーンがここに来たのはただ単におちょくる為ではないらしい。
「俺は今、ボンゴレに伝わるファミリー強化プログラムキャンペーンの実施中だぞ。やってみるか、獄寺?」
「やります!!ぜひやらせてください!!」
なんだ強化プログラムって…。私やツナはそう思ったけど、当の獄寺は乗り気だった。リボーンが直接指導してくれる。期待されている証!!…とか思ってそうだ。
ノートとペンを取り出した獄寺。私とツナは脇でとりあえずその様子を眺めることした。
「強化プログラムで鍛えるのは戦闘の基本3大能力スピード、パワー、スタミナだ。まずはスピードからな。スピードはオフェンスにおいてもディフェンスにおいても重要となるファクターだぞ」
ホワイトボードに図を書きながら説明するリボーン。獄寺は一生懸命ノートをとっている。
「…なんか、思ったより本格的じゃないか?」
「…うん、私もちょっと思った」
ツナとひそひそ話す。授業は意外にもちゃんとしていた。でもやっぱり、リボーンはリボーンなのである。
スピードで大事なのは空気抵抗。そう言い放ったリボーンは獄寺の髪を全て前に梳かして先を尖らせるように固める。ヒッドイ髪型…。しかもやっといてこれは悪い例とか言い放つ。いやこの時間なんだったんだ…。
「とまあ次はスピードは置いといて次はパワーいくぞ」
んでスピードよくわからないままパワーいくし…。パワーに関してはボンゴレは脳に掛かっているリミッターをカットして眠っているパワーを解放することに着目しているとかいう話だった。胡散臭いな…大丈夫か。
「脳を自分で制御できるようにならなくちゃならねえ。そのための特別講師を呼んどいたぞ」
「ちわーっ!毎度ー!楽々軒でーす!!」
リボーンが言った特別講師。部屋に入ってきたのは大人イーピンだった。大人イーピンは出前のラーメンを机の上に置くと、5分経って子供の姿に戻る。でもここからが肝で、脳に直接作用し筋肉を動かすイーピンの餃子拳を食らいながらラーメンを食べることで脳を制御する訓練をするらしい。
「そんなこと獄寺くんがやるわけ…」
「10代目、見ててください!!きっと期待に応えてみせます!!」
「いや別に…期待とか…っ」
本当ツナ絡むと空回るよな獄寺。朝の不安が現実に。敬愛する10代目引いてるぞー…。
ていうか正直、私はちょっと飽きてきていた。
「ツナー、漫画読んでいいー?」
「いいけど…名前も大概自由だな…」
「いまさら何を」
物心ついた時から一緒にいる私に向かっていまさらね。
許可は貰ったので私は棚から漫画を取り出し読み始めた。その横で少し見てたけど、餃子拳を食らいながらラーメンを食べるのはなかなか至難の業のようだった。手が勝手に動いたり、顔面をどんぶりに突っ込んだり。
「い~、い~ぴん!!あそぼぉ~っ!」
「〇△×◇□!?!?!?」
挙句、外からランボが窓に張り付いて酷い顔でイーピンに話しかけてくる。驚いたイーピンはあちこちに餃子拳を飛ばしてしまい、それをモロに食らってしまったツナと獄寺。私は漫画で防いだのでセーフ。いやでもふたりは全然セーフじゃなかった。
「かっ…体が!!」
「勝手に…!!」
「ぎゃああああああ!!!!」
「10代目ーーーー!!!!!」
仰向けに横たわったツナ。獄寺はどんぶりをひっくり返し、ツナの顔面に熱々のラーメンを思いっきりぶっかける。じ、地獄絵図…。
「奈々さーん、すみませんタオルと雑巾くださーい!」
私は部屋を出て、奈々さんにタオルと雑巾を貰いに行った。
「申し訳ありません!!本当に申し訳ありません!!」
「いや…獄寺くんのせいじゃないし…」
額を床に叩きつける勢いでツナに土下座する獄寺。ツナは顔を青くしながらも獄寺を気遣う。私はツナの頭に貰ってきたタオルを被せ、ひとまず雑巾で床を拭いていた。餃子拳解けるまでふたりはイマイチちゃんと動けてなかったし。はーやれやれ…。
「もーいいから強化プログラム中止にしろよ!俺がたまんないよ!!」
ツナはもういい加減やめろとリボーンに訴えた。まあなかなかの被害こうむってるしなツナ。するとそこに、階段を上がって部屋に近づいてくる足音。
「何やってんだ、お前ら。悲鳴が聞こえたから上がったぜ」
「山本ォ!!助かった~~!!」
部屋に入ってきたのは山本だった。まるで救世主。それを見たツナはぱあっと顔を明るくさせた。ツナ的にはこれで流れを変えられる!って感じだろうけど…。
でも、あー…。
その時、獄寺の顔が曇ったのを私は見てしまった。
「折角山本来たんだし、何か他の遊びしよーぜ!な!」
「ん、仕方ねーな」
とにかく強化プログラムを終わらせようとするツナ。リボーンも飽きていたのかわりとすんなり承諾する。ただ、獄寺だけはその騒ぎに紛れ、そっと部屋を後にしていた。
あー…もう。私は立ち上がり、その後を追いかけた。
「ったく…どこいったかなー…お」
ちょっと見失ったけど、目ぼしい場所を探していたら夕暮れの公園でやっとその姿を見つけた。公園には他に誰もいない。ただひとり、獄寺がブランコに腰掛けている。私はゆっくり公園の中に足を踏み入れた。
「やっぱ俺、ひとりが向いてんのかな…」
…!
なんとなく静かにそっと近づいたけど、意外と気付かれないものである。
そしてある程度近くまで言った時、獄寺のそんな小さなひとりごとが聞こえてしまった。…そんなこと考えてたのか、こいつ。
ここまで来たらもういいか。私はタッと獄寺の前に飛び出ししゃがんでその顔を覗いた。
「なに黄昏てんのさ?」
「どわっ!?名前!?てめっ…!?」
どうやらかなり驚いたらしい。ガシャッとブランコは大きな音を立てて揺れた。どーせなら脅かせたいと思ってたから大成功じゃん。私はちょっと満足感を覚えてフフンと笑った。
「あははー、間抜け面ー」
「っ…んだとてめえ!」
「ねえ、コンビニ行かない?なんか適当にお菓子買って戻ろうよ。ツナと山本も食べるだろうし」
「は?…いや、俺は…」
戻ろう。そう言ったら獄寺の目が泳いだ。…別にツナは獄寺より山本のことを頼ってるとかそんなのないと思うけど。ふたりに優劣なんかなくて、ツナにとってはふたりとも大切な友達。だから今も、どこ行ったんだろうって気にしてると思う。…それは間違いのない事実だけれど、私が言ってもなあ。私の口から聞いても獄寺からすれば私の主観になるだろうし…。
…とするなら、今そうならないのは私自身の気持ちのみ。それこそ、獄寺にとってはどうでもいいかもしれないけど。でも、ひとりが向いてるなんて、そんな間違いを埋めるほんの少しの足しにはなるかもしれない。
「…つか、てめえはここで何してんだよ」
「ん?普通に獄寺追っかけてきただけだけど?」
「は?…なんで」
「出て行ったのが見えたから」
「いやだから、なんで出てったのが見えたからって追ってくるんだよ」
「どこ行くのかなーって気になるじゃん」
「…なんねーだろ別に」
「そりゃ、どうでもいい人ならね」
「…はっ?」
「でも獄寺はそうじゃないじゃん。私の中で、とりあえず獄寺はそう言う部類だもの」
「……とりあえずって何だオイ」
嘘じゃない。私の本音。でも、とりあえず…なんて、ちょっとだけひねくれた?だって好意的な返事が来ないのはわかってるし。そういう奴だし。
でもさ、少なくとも、どうでもいい奴なら追いかけたりしない。それが伝われば、それでいいかなって。
「やーっぱり、名前ちゃんと獄寺くんだ」
「あっ、奈々さん」
「お母様!」
そんな時、私たちの姿を見かけたらしい奈々さんが公園に入ってきて声を掛けてくれた。
奈々さんの前では急に背筋が伸びる獄寺。…この辺に関しては相変わらずの奴。
「ん?ふたり?ツナたちは?」
「あー、今はちょっとふたりですね。さっきまで一緒にいたんですけど」
「あら、そうなの。そういえば朝から思ってたんだけど、ふたりは仲がいいのね!」
ぱあっと笑う奈々さん。ううん、マイナスイオン。仲が良い…どうやら奈々さんにはそのように見えているようで。
「だってさー、獄寺」
「な…っ、う…」
少し口籠った後、ふん…と顔を逸らされる。奈々さんの手前、大きく出れないんだろうけど。まあ私はそれを否定するつもりはないし。
すると奈々さんは獄寺のブレスレットに目を向けた。
「あら、そのブレスレットじゃない?高校生の不良の方たちが上納品として持ってきたって言うのは」
「え!!なぜそれを…?」
「普通にツナが話してるからでしょ」
「え」
上納品の話は私も聞いてる。ツナは家でもその話をしているらしい。まあ獄寺のネタは尽きないだろうしね。奈々さんも頷いて笑う。
「ふふ、ええ、獄寺くんのことはツナがよく話すもの」
「!!10代目が俺の話を?」
「ええ、ツナの口から獄寺くんの名前が出ない日はないわ」
多分今日も獄寺くんが怖くて…みたいな感じだろうけど、あえてそこは言うまい。なぜなら、獄寺の表情に変化があったから。
「すいません10代目!!俺間違ってました!!」
奈々さんの言葉でコロッと元気になる。やっぱ馬鹿だなあこいつ。いやいいけどね。元気が出たならそれで。実際、獄寺が今考えてたような事って全く気にする必要ない事だし。
ツナの家に戻るべくブランコから立ち上がって走り出す獄寺。あまりに変わり身が早いからその姿に「はは…」と苦笑いしてしまう。
でも獄寺は足を止めて振り返った。
「…おい、名前。…早く来いよ」
「え?」
「…コンビニ、寄って戻るんだろ?」
こちらを見て私を呼ぶ獄寺。
いつもひねくれてて、口が悪くて、腹立つことばかり言う。でも、私は彼の事が嫌いじゃない。それは獄寺の方も、多分…きっと?
私は小さく「うん」と笑って、獄寺に歩み寄った。
「何買って帰る?」
「10代目の好物に決まってんだろ!」
「私、肉まん食べたーい」
「知らねーよ!勝手に食えばいーだろが!」
私は、こんなやり取りが、きっと好き。
To be continued