昇進
昇進
夏休みも終わりが近づいてきたある日、私はクーラーの効いた部屋でゴロゴロしていた。もう宿題も終わらせたし、こういうのんびりも至福だよねえ…。ううーん…と寝っ転がったまま体を伸ばす。すると、ピロンと着信音が鳴った。
「…ん?」
手を伸ばして画面を見ると、表示されている名前は獄寺隼人。
電話してくるなんて何か急用?私はボタンを押し、スピーカーを耳に押し当てた。
「もしもし?獄寺、どしたの?」
『…お前、今何してる』
「え?ゴロゴロしてる」
『てことは暇だな。話がある。今すぐ学校に来い』
「は?」
『校門のところにいるからよ、じゃあな』
ブツッ…
こちらが何かを聞く前に聞こえた切断音。なんか最近こういうの多いぞ。主にリボーン。…獄寺、貴様もか。
しばし画面を見つめてわなわな。でもなんだか慣れてきてしまっている自分がいる。
…てか話って何よ。今言わなかったって事は電話じゃダメだってこと?
「あー…もう、私の至福の一時が…」
イラっとはする。でも気になるのも事実。もうこうなったらこっちも直接文句言ってやる。
仕方ないので私は体を起こし、言われた通りに並盛中学へと向かった。
「獄寺!」
「ったく、おせーな。やっと来たのかよ」
「いやあんたね、人のこと呼び出す態度じゃないからねあの電話。来てあげたんだから感謝するべき。ほれ」
「ほれじゃねーよ。暇ならいーだろ。つか中行くぞ」
「え、話は」
「中ですんだよ。いーから来い」
並中に着くと、言っていた通り校門前で獄寺は待っていた。そしてまたも詳しい説明もなく校舎の中に向かってく。一体なんなんだか…。
とりあえずついていくと獄寺が足を止めたのは廊下に設置された火災警報器の前だった。
「え、ここ」
「リボーンさん!相談があるんスけど!」
獄寺は消火栓と書かれた扉を叩き始めた。ここ、リボーンが勝手に自分の部屋にしちゃってるところ。…リボーンに会いに来たってこと?
するとガチャッと扉が開く。中から現れたのは怪しい占い師の格好をしたリボーン。
「人生相談、うけたまわってまわってまわっております」
「んだ、このくされババアは!!」
ローブをなびかせながらくるくる回っているリボーン。しかし獄寺はその正体に気づかない。…いや、なんで気付かない?くされババアて。それを聞いたリボーンは一瞬でローブを脱ぎ去り、いつものスーツ姿になった。そこでリボーンの変装だったことに気づいた獄寺はぎょっとしていた。
「悪かったな」
「リボーンさん!!」
「……ねえ、早く本題入ってくんない?」
そろそろ痺れが切れて来たぞ。なんで私呼び出されたの。話って一体なんなのさ。
そしてここにきてようやく、獄寺はその要件を話し始めた。
「え、昇進…?」
私は聞き返した。私を呼び出し、リボーンを訪ねて獄寺がした相談。それはボンゴレ9代目からのお達しで、ボンゴレ第6幹部に獄寺が抜擢されるという話だった。そしてその話を受けるのであれば、明日イタリアに発たなければならないと。
最初、獄寺はその話を断ろうとした。幹部になるのであれば、イタリア本土で9代目を支えるのが仕事。でも自分は9代目ではなく10代目に仕えているのだと。しかし話を持ってきたディーノさんは言った。今のボンゴレの繁栄が、まわりまわって将来のツナの為になるのだと。
「頭ではイタリアに行くのが10代目の為とわかっていながら…俺を頼りにしている10代目の事を思うと気持ちに踏ん切りがつかねえっつーか…」
「行っていいんじゃねーか?ツナはお前なんか頼りにしてねーから」
「なああ!!?」
ズバーンと容赦なくいい放ったリボーン。うわあ…言う。いや今のは私も何言ってんだ…とは思ったけど。ショックを受ける獄寺。しかし奴はその事実を認めない。
「何言ってんスかリボーンさん!10代目が俺を頼らないわけないでしょ!?」
「頼りにしてねーぞ。だいたいいつ頼ったんだ?」
「今日だって、今この時だって頼りにしてます!!おい、ナマエ!黙ってねえでお前もなんとか言え!リボーンさんが見てないだけで10代目は俺を頼ってるよな!?」
「おいナマエ。獄寺の為にもお前もはっきり言ってやれ」
「ええ…そこで私に振るの?うーん…まあ、頼りにはしてないでしょ」
「んがっ…!」
獄寺が絶句した。リボーンはにやりと笑う。いやだって頼っては…ねえ?
…っていうか、ツナが獄寺に求めてるものがあるとすれば、そもそもそういうことじゃないと思うんだけど。
「じゃあこーしたらどーだ?今日中に一度でもツナがお前を頼ってきたら日本に残れ。頼らなかったらイタリアに帰るんだ」
「なっ、なるほど…」
「え」
そしてリボーンは提案する。今日中に一度でもツナが獄寺を頼るかどうか…。え、決め方そんな感じでいいのか…?
「結果は見えてっけどやるか?それとも怖気づいたか?」
「望むところっス!つーか、むしろ楽勝っスから!あとでほえ面かかないでくださいよ~」
獄寺は乗り気だった。ツナが自分を頼らないわけがないと思ってるから。
…それなら別に普通にお誘い断ればいいのに。
「んじゃ、俺は家に戻るぞ」
リボーンはそう言って一足先に帰って行った。その背中を見送った後、私はちらっと獄寺を見る。…獄寺が、イタリアに帰るかも…か。
「ねえ、何で私のこと呼んだの?」
私は気になっていたことを聞いてみた。いやだってそうでしょ?リボーンに聞くなら私がここにいる意味がよくわからない…。
「…それは」
「それは?」
「…一応、秘書のお前の意見も聞こうと思ってよ。右腕である俺がもしいなくなったら、その分も秘書のお前が10代目をお支えすることになるだろ」
「だから秘書じゃないっつーに…」
はあ…と息が出る。ああでも、そういうことね…。とりあえず納得はした。右腕と秘書。獄寺から見た、自分と私の関係。ツナを近くで支える…同志。
マフィア、ボンゴレ…。
獄寺の世界ってやっぱりそれ中心で回ってるんだよね。今も、きっと将来も。それが獄寺の考える、望む自分の将来なら…。
「…私は別に。何が最適かなんてわからないよ…。獄寺の将来だし。獄寺がしたいようにするのが一番でしょ」
「……そーだな」
「でもまあ…とりあえず、ツナのとこ行くんでしょ?」
「ああ。ま、10代目が俺を頼らないなんてあるわけないけどな」
ツナが獄寺を頼るかどうか…。もし頼らなかったら、本当にそのままイタリアに行くんだろうか?なんか妙な話になりつつある気もするけど。
でも正直、リボーンの言うようにこれだと結果は…。
とりあえず、私も獄寺と一緒にツナの家に向かうことにした。
「ったく、めんどくせーなー…」
沢田家に着くと、ちょうど愚痴をぼやきながらツナが扉を開いたところだった。回覧板を持ってるから、奈々さんに持って行ってって言われたかな。
「俺はここにいます!!」
「は!!?」
そしてツナの顔が見えるなり、謎の自己主張をかます獄寺。扉を開けてすぐの獄寺の登場にツナはぎょっとしていた。…うーん、幼馴染の勘。いつもに増して意味わかんねーって思ってる顔だこれは。
「来たか」
「はい」
ツナの後ろにはリボーンもいた。リボーンは獄寺を見上げ、獄寺も頷く。
ツナは獄寺の隣にいる私に気が付くとコレは一体何という困惑の表情を向けてくる。…そんな顔されても私も困る。流石に今回は詳しいこと話すわけにもいかないしなあ…。
「と…とりあえず上がってく?」
「では、お邪魔します!!」
「お邪魔しまーす…」
ツナはひとまず私たちを家の中に招いてくれた。10代目にニカっと笑う獄寺。私は何も言いません…。
「も…もう夏休み終わっちゃうねー。俺まだ全然宿題やってなくてさ。ナマエ終わった?」
「君と一緒にするんじゃねーですよ」
「ちぇっ」
ツナの部屋に上がらせてもらい、適当に座る。毎年のことながら夏休み終盤でも宿題が残っているというツナ。ていうか今は私に話振らないで獄寺に振りたまえよ…。宿題と聞いた獄寺は得意分野キタと目を輝かせてる。…が、ツナはそんなの見ちゃいない。
「にしても、平和だなー」
「そーじゃないでしょ!!」
「ひいいっ!!」
「俺、ここにいるっつってんじゃないですか!!」
静かな昼下がりに体を伸ばすツナに痺れを切らした獄寺がダーンッと机を叩く。怯えるツナ。…何やってんだか。
期待してそわそわしてる獄寺と、何かあったのは感じ取っているけどそれをなかなか聞けないツナ。おかげで部屋には謎の緊張感が漂っている。…物凄く変な空気だ。
「あっ、出た!!」
そんな時ツナが顔を青くして壁を指さした。振り向くとそこに這っていたのはこの季節になると出現するカサカサ動くアレ。げっ…。
「ゴキブリ!!俺苦手なんだよ~~!!ナマエ、どうしよう!?」
「いやどうしようって…殺虫剤とか持ってきなよ…」
いや…だからなんでそこで私に振る。おかげでまたチャンスが巡ってきたと期待していた獄寺に恨めしい目で見られたじゃないか…。つーか私だってゴキブリ嫌いだわ。家だったらそれなりに対処のしようはあるけど沢田家のゴキグッズの場所は流石に知りませんよ…。
「母さん!!ゴキ出たー!!」
ツナは獄寺には頼らず下の階にいる奈々さんを呼んだ。いやまあツナならそうだろうって感じでしかないけど。
とりあえずゴキは開けた窓から運よく外に飛び去ってくれた。ムッとする獄寺。ニヤッと笑うリボーン。どちらもゴキが出て行ってくれたことに対してする反応じゃないぞ。
「ツナー!悪いけど居間のソファーは運ぶの手伝ってくれるー?」
「ちぇ、ひとりじゃあれ無理だよ~…」
今度は下の階から奈々さんの呼ぶ声がして、渋々ツナは立ち上がった。力仕事。またもチャンス到来だと獄寺の目が輝く。しかしツナが頼ったのは獄寺ではなく…。
「ランボ!イーピン!いるー!?」
ツナが呼んだのは居候のおチビのふたり。またもガーンとショックを受ける獄寺。しかしおチビのふたりは現在喧嘩中だった模様。
「あら、ふたりとも喧嘩してる!ツナ止めて!」
「えー、またぁー?俺、行ってくるから待っててね」
ふたりを止めるのは誰に頼むまでもない。ツナはふたりを仲裁しに階段を下りて行った。その姿に獄寺はガクッ…と肩を落とす。すると、ほれ見ろと言いたげなリボーン。
「これでもか?」
「そ…そんなハズはありません」
「…まあ、一応お客だし、家の雑用頼んだりはしないでしょ」
悔しそうに歯を食いしばる獄寺。私はとりあえずフォローを入れておく。いやツナの中では実際そうだと思うし。私に振ってくるのは…まあ家族ぐるみの幼馴染みだし。
しかし獄寺は諦めない。ランボとイーピンの喧嘩は家の外で激しさを増している。それを見て外に出たツナを追い、獄寺も外に出ていく。私はその様子を2階の窓から眺めていた。すると、ランボの投げた手榴弾が運悪く電信柱にあたってしまった。
「うわああ!!」
「10代目!!危なーい!!」
ツナに向かって倒れてくる電信柱。それを見た獄寺は急いでツナに飛び掛かる。しかし電信柱は運よく電線に引っ掛かりこちらに倒れてくることはなかった。むしろ獄寺に飛び掛られたツナはその勢いで向かいの塀垣に顔面を強打。うわあ…。
「…なんか今日、いつも以上に空回ってる気がする」
「バカだからな」
呟くと隣でリボーンも一緒に窓の外を覗いていた。するとその赤ん坊は小さな息をつく。
「おい、ナマエ。お前は獄寺に何か言ったのか?」
「え?」
「わざわざお前だけ呼び出して、先に話したんだろ」
「あー…秘書だからーっつってね。別に、秘書として私が言うことなんてないでしょ…。獄寺の将来のことだし…結局決めるのは獄寺だもん」
「最終的にはそうだが、結果がどうあれ、言いたいことを言ったか言わなかったかってのは、最後に心に残るものがだいぶ違うぞ」
「え…っ?」
「後悔すんじゃねーぞ」
後悔?結果がどうあれ…最後に心に残るもの。リボーンはそれ以上、何も言うことはなかった。
そしてふたりが部屋に戻ってくる。獄寺は戻って来てからもツナに土下座をし続けていた。
「申し訳ありませんでした!!」
「もういいよ…。それより何か…あった?」
「えっ、流石10代目、スルドイ!!」
「で…できれば教えて欲しいな…なんて」
「10代目がそういうのでしたら…」
ツナとしてはもうこれ以上わけもわからず危険な目には遭いたくないだろう。ツナに直接聞かれれば獄寺も断らない。獄寺は昇進の話をツナにも伝えた。
「えーっ!?昇進して、イタリアへ帰る…?」
「つっても、まだ本決まりってわけじゃ…」
「これでトラブルから解放されるな」
「や…やったね獄寺くん!!おめでとー!!」
獄寺の昇進の話を聞いたツナは想像以上に喜んでいた。…今リボーンが言ったトラブル解放が刺さった?
怖いし、トラブルメーカー。獄寺くんと居るといくつ命があっても足りない。ツナが獄寺に抱く感情の中には、そういうものも含まれている。それは正直事実だろう。だけど…。
「10代目…?」
「いやー良かった!!本当に良かったー!!いつ出発すんの?」
「一応、明日…」
「明日!?あっ、じゃあ急いで送別会しないと…!!」
「まだ決めては…」
「ツナ、獄寺の話…」
「母さん!!ごちそー!!!」
バタバタ慌てて奈々さんにごちそうを頼みに行くツナ。…いや、とりあえず獄寺の話聞きなさいよ。流石に私も口を挟もうとしたけど聞こえてない。しかし10代目のこの様子は獄寺の胸を打つものがあったらしい。
「ナマエ…俺、決心したぜ」
「え…?」
「イタリアへ行く。10代目、まるで自分の事のように…俺は幸せな部下だよな」
「…そっか」
獄寺はイタリア行きを決めた。一番最悪だと思ったツナに頼られずに失念してではなく、ずっと…前向きに。
それなら…それだったら…。
獄寺がそう決めたなら。
私もこくんと頷く。
「うん…じゃあ、応援するよ」
「…おう」
私はそう言って笑みを作った。いや…ちゃんと決めたなら、笑って応援したいし。
それを見た獄寺も、今日は素直に頷いた。
To be continued