君にとっての私
君にとっての私
奈々さんが作ってくれたご馳走を囲み、沢田家のメンバーと私で行った獄寺の送別会。すっかり遅い時間。ツナに見送られながら、私と獄寺は玄関先に出た。
「ごちそーさまでした」
「ご馳走様、奈々さんのごはん、やっぱり美味しいね」
「ん-ん、それより本当にみんなに知らせなくてよかったの?」
「会うと別れづらくなりますから…じゃあ、行ってきます、10代目!」
獄寺はニカッと笑ってツナに別れを告げた。私も手を振り、ふたりで沢田家を後にする。暗い夜道。獄寺は何を言うこともなく、私の家の方に向かって歩いてくれていた。なんだか、もうずっと。いつの間にか、当たり前みたいに。
「さーて、イタリア行ってガンガン遠方から10代目をサポートするぞ!」
「張り切ってんねえ…」
「たりめーだろ!今もっともっとボンゴレが繁栄すれば、それが未来の10代目の為になるんだからな!」
「…てゆーか、早く帰って準備とかしなくていいの?」
「あ?てめーもとりあえず女だろーが。ひとりで夜道歩かせるのは気が引けんだよ」
「とりあえずは余計だけど…まあいーや。じゃあお言葉に甘えるよ。もうこんな風に、気軽に話すこともなくなるしね」
「……まーな」
今日だけはもう少し。話せる時間は、貴重だから。
だけどあんまり湿っぽいのは嫌だな。そう思ったから、歩きながら話題を探す。
「あ、そうだ!ねえ、イタリア行ったら手紙書いて送ってよ。外国からの手紙とかちょっと憧れてたんだよね~」
「はあ?なんでこのご時世にわざわざ手紙書いて送んなきゃなんねーんだよ」
「いやほら、ポスト開けたらイタリアから手紙とかオシャレでは?青と赤の縞模様!」
「何がだよ。バカか」
「あ、でもG文字はやめてね。読めないから」
「使うわけねーだろ!!つーか書かせる前提で話進めてんじゃねえ!」
獄寺が授業中に考えた暗号G文字。中1の時のある日、珍しく授業中に真剣な顔をしていたから、何かと思って休み時間になってすぐ横から覗いてみた。するとノートに並んでいた絵のような謎の文字らしきもの。「何それ…」ってドン引きしたよね。
でも色々話してるうちに「じゃあ私の名前はどう書くの?獄寺隼人は?」とか聞いちゃって。だから実は私も自分の名前と獄寺の名前なら読み書き出来たりする。
本当、くだらないやり取りだ。でも、こういう軽口ももう叩けなくなる。私は…獄寺とこういう風にしてる時間、結構好きだったけど…獄寺は、どうだったんだろう。
少し、噛みしめるよう。そうして歩いていれば、あっという間に家の前についてしまう。
私は敷地に入る前に、くるっと獄寺に振り向いた。
「じゃあ、送ってくれてありがとう」
「…なんだ、今日はやけに素直じゃねーか」
「はい?私は君と違っていつも素直ですが?ねえ、明日は早いの?」
「ああ。朝の便で発つ」
「そっか。ディーノさんが来てくれてるんだっけ?」
「そーだな…あっ、やべ…」
「え、何?」
「10代目んちにライター忘れてきた…」
「えー…アホじゃん」
「うるせ。仕方ねー、取りに行くか。ついでにもっかい挨拶してくる」
「ごくろーだねえ…」
ツナの家にライターを忘れたという獄寺。忘れ物、もう取りに来れないしね。…それじゃあ、もう私はこれで終わりかな。いつまでも引き留めてるわけにもいかないし。
「…ナマエ」
「ん?」
「………あー…いや…」
呼び掛けて、何故か言い淀む獄寺。何か言うの悩んでる?でも結局、特別なこともなく…。
「…まあ、なんつーか…元気でな」
「…うん、獄寺も」
「……じゃーな」
「ん、バイバイ」
最後、元気でと言ってくれた獄寺。私も頷いて同じように。歩いていく背中を手を振って見送る。…またね、は…もう言えない。
「ふう…」
姿が見えなくなる。私はそっと息を吐いた。なんて呆気ない。いやでも送別会もやれたし…。お別れってこんなもんなのかな。
「…………。」
夜空を見上げる。よく、空は繋がってるとか言うけど…。
あ…なんか…今、凄く胸の中が重い…。それを感じながら、家の中に入る。でも靴は脱がず、玄関でしばらくぼーっと立ち尽くしていた。
獄寺が決めたこと、応援するって伝えた。ちゃんと、さよならを言えた。でも、私が獄寺に言いたかったことって…そんなことだった?獄寺がイタリアに行こうとしてるなら、行こうと決めたなら、快く送り出すのが1番だと思った。いやそれは思ってる。でも…。
リボーンが言っていた事を思い出す。結果がどうあれ、言いたいことを言ったか言わなかったかは、最後に心に残るものがだいぶ違う。あの赤ん坊は、時々妙に刺さる事を言う…。
「…ツナん家か…」
まだ、行けば間に合う。まだ、会える。その瞬間、私は扉を開けてまた来た道を走り出した。
「獄寺!」
「なっ…ナマエ…!?」
ライターを取って、帰るところだっただろうか。向こうから歩いてくる獄寺の姿を見つけた私は駆け寄った。私の姿を見て、驚いて目を丸くしている獄寺。近づいて街頭の光が照らすその顔を見上げたら、何だか少し目が赤い気がした。
「…あれ、獄寺なんか目赤い?ツナにもっかい挨拶して泣いた?」
「なっ、泣いてねぇよ!?つか、10代目とは…」
「ん?」
「……何でもねえよ。てか、お前、何してんだよ。折角送ってやったのに」
「獄寺に言いたいこと、ちゃんと言おうと思って」
「は?」
意味がわからないって顔をしてる獄寺。でもそうなんだから仕方ない。走って、少し乱れた息を整えるように呼吸する。そして私はつっかえていた気持ちを吐き出した。
「…獄寺はさ、私に秘書としての意見を求めてたでしょ?ボンゴレ10代目の為に、どうするべきか。そんなの、何が一番の選択かなんて私にはわからないよ。ボンゴレにもマフィアにも全然詳しく無い…。獄寺の大事な将来の選択だし、獄寺にとってボンゴレやマフィアの世界が大切なものなのはわかるから、だから、いい加減なこと言いたくないし、言えないよ…」
「え…?」
獄寺にとってのマフィアやボンゴレって、なんていうか…誇り、みたいな感じだよね。そうである自分に胸張ってるって言うか…。私自身は秘書なんかじゃない、マフィアなんて御免だって遠巻きにするけど、だけど、獄寺が大事にしてるのはわかるから。だからテキトーなこと言えるわけがない。
「だけど、秘書とかじゃなくて…ミョウジナマエ個人としてなら、思うことも…まあ、あるから」
「個人…?」
「でも、それこそ獄寺の将来にもボンゴレにも全然関係ないから…。それにツナならともかく私がどう思うかなんて、獄寺からしたらどうでもいいかなって思ったし…」
「え…」
「でもさ…やっぱり、言ったのと言わなかったのでは全然違うと思ったから。行くって決めたなら尚の事」
顔を上げて、獄寺の顔を見る。獄寺もこちらを見ていた。
秘書じゃない、私個人の気持ちは…。
「私は、獄寺がいなくなったら寂しいよ」
「…な…」
言えなかった言葉は、寂しい。
それを伝えると、獄寺は目を見開いた。
今日一日、ずっと嫌だなって思ってた。イタリア、行って欲しくないなって。でも、獄寺の将来に口なんて出せないし、ボンゴレに比べたら獄寺にとってはちっぽけな事かもとか。言ってどうするの?でも行くと決めたなら笑ってあげたいとか。全部本音。
「さっき私、別にとしか言わなかったから。あんまり余計なこと言うつもりなかったからそう言ったけど、でもやっぱり素っ気ない思い出として残るのは嫌だなって。獄寺がどう思ってるかは知らないけど、私は、獄寺とちょっと喧嘩したり、一緒にいるの、楽しかったから。だからそれちゃんと伝えて、お別れする方が、ずっといいなって思った」
うん、いざ言ってみたら…やっぱり言って良かった。私は別に…なんて、そんな味気ない言葉なんかより、君といるのが楽しかったって伝える方が、ずっとずっと。そうしてお別れする方が、ずっといい。
…とは言っても、ちょっと恥ずかしくなってきたけど。だからそれを誤魔化すように照れ笑いした。
「あ、あはは、まあ…それだけ。あ、でも、獄寺が選んだほう尊重しようとは思ってたから、行くって決めたなら、応援するよ。そこまで何かの為にってなれるのは、素直にすごいと思うもん」
別に、行くのを止めに来たわけじゃない。行かないで…なんて、いやそりゃ思ってるけど、でもそんなことを言いに来たわけじゃない。獄寺が決めたこと、応援しようと思う気持ちも決して嘘ではないから。
すると獄寺も口を開いた。
「…ナマエ」
「ん…?」
「今、お前んちに行こうと思ってた」
「え、なんで?」
「…イタリア、行かねーことにしたって言いに」
「………うん?」
また私の家に向かっていたと言う獄寺。
一瞬言っている意味が分からなかった。
…今、こいつ何言いました?…イタリアに、行かない?
…行かない!?!?
「…は!?さっきまで行く気満々だったじゃん!?」
「う、うるせーな!考えが変わったんだよ!」
「なんだそれ…」
いや、ものの数十分前までイタリアに行くぞー!イタリアから10代目サポートするぞー!とか言ってたよね?それが何で180度回転してんの…。
「…10代目が、縁側で話してるのが聞こえてよ」
「え…?」
「10代目は、俺の事を…友達としても認めてくださってるってわかったんだよ」
「友達…」
さっきツナとの挨拶で何かあったかと聞いた時、ちょっと歯切れが悪いなって思った。それは直接話せたからじゃなくて、縁側での話が思いがけず聞こえちゃったからってこと?
…でも、友達か。ツナも多分マフィアとしての獄寺に対しては、何も言うつもりなかったんだと思う。それは私も同じだったからわかる。だけど友達としては、凄く大切にしてると思うから。
そっか、獄寺もそれ、気付けたんだ。
「…じゃあ、本当にやめたの?」
「そう言ってんだろーが」
もう一度確認すると、しつけーなって顔をする獄寺。でも頷いてくれた。それを見て、だんだんと実感出来てくる。
そっか…イタリア、本当に行かないことにしたのか…。
そうわかったら、なんだかふにゃ…っと表情が緩むのを感じた。
「なぁんだ、そっかぁ…、行くのやめたんだ…、あはは…っ、なんかほっとした…!」
「……。」
表情だけじゃない。多分、気も緩んだ気がする。あ、うん…ほっとして、凄く嬉しい。
お別れだと思って素直な気持ちを言ったからちょっと照れ臭いけど、でも別に、そんなのいいや。
「…お前、結局は反対だったって事かよ?」
「反対とは少し違うけど…。獄寺がイタリアに行くことを選ぶなら、それはちゃんと見送ろうと思ってたし。でも、まあ…私は行かないで欲しいなって思ってたよ」
「……。」
「私、今の日常…結構好きなんだよね。ツナがいて、山本がいて、京子がいてハルがいて、それから…獄寺がいて」
「………。」
「わりとさ、大事にしてるの。今、自分の周りにあるもの」
行かないで欲しかったって、もうここまで来たら言っても同じだろう。それにこれはちょっと真面目な話。最近、本当によく思う。ちょっと破茶滅茶だけど、周りがすごく賑やかになった。そんな時間、ああ好きだなあって。
すると獄寺は首元の後ろに手を当てた。何か言葉を探すような、そんな仕草。
「……どーでもよくねーよ」
「うん?」
「…俺は、お前のことどーでもいいなんて思ってねーよ。…一応言うが、秘書だからじゃねーからな」
「え…?」
「…だから、しょーがねーからもっかい送ってやる。行くぞ」
獄寺はそう言って、スタスタと歩き出す。
どーでもいいなんて思ってない。だからいつも家まで送ってくれている?それは、秘書だからじゃない?私も、獄寺の事どうでもよくないって言ったことあるけど…。
…仲良くは、してたと思う。悪くは思われてないというか。会えなくなること、獄寺も多少は寂しく思ってくれるかな…くらいには。でもそれってツナやボンゴレと並べた時、どこまで比重があるものかな…と。そう考えると、それほど大きなものでもない気がして。
…だけど、もしかしたら思ってたよりずっと…良く思ってくれていたりするの…?
獄寺は足を止めた。
「……まあ、秘書としても、そうだけどな」
「え?」
「俺は、一緒に10代目を支える秘書は、お前がいいって思ってんだよ」
「へ…?」
獄寺は、秘書は私がいいと思っている…?ツナを一緒に支えるのに?
そういえば私、獄寺が私のこと秘書って呼ぶことに対して、深い理由って考えたこと無かった。ただそう決められてるから、そう言ってるくらいだろうって。…でも獄寺は、ずっとそう思ってたってこと?
秘書としてじゃなくても、秘書としても。…獄寺にとって、私って…。
…私は、自分の家系がマフィアの関係者だって知ってる。でもそれは親戚の話で、自分には遠い話だと思ってた。だから自分に直接関わりはない、関係ない、秘書になんかならない。でも…獄寺にこう言われたら、なんだかちょっと…今、嬉しいと思ってしまった。って…いやいや何考えてるんだろう。
「…何してんだよ、早く来いよ」
「あ…うん…」
歩き出さない私を見て、獄寺は呼んでくる。私は慌てて駆け寄った。そして肩を並べてその顔を見ようとすると、ふいっと少しそらされる。暗がりでちょっと見辛いけど、少し耳、赤いような…?
「…あ、そうだ。ちょっと待て」
「え?」
でも歩き出す前に、獄寺はハッとしたように携帯を取り出した。何処かに電話を掛け始める。その相手は獄寺の声を聞いていればすぐにわかった。
「おい野球バカ、お前明日暇か?跳ね馬がイタリア旅行連れてってくれるってよ。荷物まとめて空港行け。俺?俺は行かねーって言っといてくれ。じゃあな」
電話を切る。イタリア旅行て、山本に伝言行かせるの…。まあ夏休みだし、ディーノさんも気前良さそうだからそのまま連れてってくれそうな気もするけど…。
「おら、これで完璧だろ」
「完璧かなぁ…?」
何故か満足気な顔の獄寺。完璧とは一体。だけどそれは、本当にイタリア行きをやめたという証明。
そして歩き出す。さっきも同じように歩いた道。でもさっきとは明らかに心の軽さが違う。
「じゃあ、二往復ご苦労様」
「…本当にな」
だけど、あっという間に家に着いてしまうのはさっきも今も同じ。私はまたさっきみたいに家に入る前に獄寺に振り向いた。
「あ、イタリア行かなくなったって事は、獄寺明日暇になったって事だよね?」
「…あー、まあそうだな。だからなんだよ?」
「じゃあ、どっか遊びに行く?」
「は?お前暇なのかよ」
「暇」
「はっ、今日といい、いつも暇してんな」
「うるさいな。いーじゃんよ、のんびり過ごす夏休み最高じゃん。てか獄寺だって大して変わらないくせに」
「どっかって、どこ行くつもりだよ」
「んー、そーだなぁ…?あ、ついでにツナんちにライター取りに行けば?」
「…あー、そーだな。つーか10代目には改めて挨拶に行かねーと…」
「ツナんとこ行くならみんなにも声掛けてみ…って、山本いないじゃん!?」
「野球バカなんてどーでもいいだろ」
「いやよくないけど」
思い立ったこと。
そう、だって明日の約束もちゃんと出来るって。
ああ、だから…そうだ。
「じゃあ今日もまた言えるね」
「あ?何をだよ」
別れ際に気が付く。さっきとは決定的に違う。今なら、こう言える。
「じゃあ、またね、獄寺」
「…おう。…明日な」
私が言った、またね。そして獄寺も返してくれた、明日という言葉。その時の私はきっと、凄く穏やかに笑えてた。
To be continued