お前にとっての俺
お前にとっての俺
(※獄寺視点)
「さーて、イタリア行ってガンガン遠方から10代目をサポートするぞ!」
「張り切ってんねえ…」
「たりめーだろ!今もっともっとボンゴレが繁栄すれば、それが未来の10代目の為になるんだからな!」
「…てゆーか、早く帰って準備とかしなくていいの?」
「あ?てめーもとりあえず女だろーが。ひとりで夜道歩かせるのは気が引けんだよ」
「とりあえずは余計だけど…まあいーや。じゃあお言葉に甘えるよ。もうこんな風に、気軽に話すこともなくなるしね」
「……まーな」
送別会を開いてもらい、後にした10代目のお宅。その帰り道、俺はナマエと歩いていた。…ふたりで歩いている時は、家まで送るのが当たり前になっているように思う。特に今日は夜道。でも…それももう、最後だ。
俺は、明日イタリアに発つと決めた。
「あ、そうだ!ねえ、イタリア行ったら手紙書いて送ってよ。外国からの手紙とかちょっと憧れてたんだよね~」
「はあ?なんでこのご時世にわざわざ手紙書いて送んなきゃなんねーんだよ」
「いやほら、ポスト開けたらイタリアから手紙とかオシャレでは?青と赤の縞模様!」
「何がだよ。バカか」
「あ、でもG文字はやめてね。読めないから」
「使うわけねーだろ!!つーか書かせる前提で話進めてんじゃねえ!」
いつも通りの適当な会話。ただ内容は、俺がイタリアに行った後のことになるのは…まあそうだろう。
…G文字。中1の時、授業中に俺が考えた暗号。休み時間になるとナマエが横から覗いてきて「…何それ」と怪訝そうに聞いてきた。それでまた軽く言い合って、でも「じゃあ私の名前はどう書くの?獄寺隼人は?」と興味を持ちだした。正直ナマエに興味を持たれるのは満更でもなくて。こいつもこいつで意外と真面目に覚えようとしていて。だから俺と自分の名前程度ならナマエも読めるはず。
思い出したら溜息が出た。…今話題に出してくるんじゃねえよ、そんなもん。これじゃG文字使うたびにこいつのこと思い出しそうだぜ…。
そうして話をしていれば、あっという間にナマエの家に着いた。
「じゃあ、送ってくれてありがとう」
「…なんだ、今日はやけに素直じゃねーか」
「はい?私は君と違っていつも素直ですが?」
10代目の家からならナマエの家はそんなに距離がない。…もっと、遠い方がよかった。心の奥底で、そんなことを思った気がした。
「ねえ、明日は早いの?」
「ああ。朝の便で発つ」
「そっか。ディーノさんが来てくれてるんだっけ?」
「そーだな…あっ、やべ…」
「え、何?」
「10代目んちにライター忘れてきた…」
「えー…アホじゃん」
「うるせ。仕方ねー、取りに行くか。ついでにもっかい挨拶してくる」
「ごくろーだねえ…」
家の前でも少し話す。でもそこで俺はポケットの中にライターがないことに気が付いた。10代目の家に忘れて来たのだろう。今行かねばもう取りに行くことは出来ない。それならついでにもう一度10代目に挨拶して来よう。
…けど、ナマエとはこれで最後…だな。
「…ナマエ」
「ん?」
「………あー…いや…」
名前を呼んで、でも、言い淀む。
一瞬、脳裏に過ったこと。
告白…。
して、どうする。
もし振られたら、まあ…凹むよな。つーか多分、そんなに意識されてねーし。…いい諦め時なのかもな。
「…まあ、なんつーか…元気でな」
「…うん、獄寺も」
「……じゃーな」
「ん、バイバイ」
もう、これで終わりだ。手を振るナマエに別れを告げて、俺は歩き出す。
あー、終わった。一つ踏ん切りをつけた。
ボンゴレの幹部になって、イタリアに戻る。それが未来の10代目の為になる。そう話を持ち掛けられた時、正直すぐにナマエの顔が浮かんだ。だから電話…していた。どうするかの答えも出ていないまま、ただ…あいつがどう思うか、聞いてみたくて。秘書の意見なんてもっともらしい理由をつけて。
結局は、何を聞くこともなかったけどな。私は別に。俺がしたいようにするしかない。まあ、ごもっともだな。
いいじゃねえか。敬愛するボスがあんなに喜んでくれて、惚れた女に応援すると言われて。こんなに恵まれた門出など無い。
そうして10代目の家の前までくると、庭先から声が聞こえて来た。
「どーしたんだ?ぐったりして」
「んー…」
軽く覗くと、縁側でくつろいでいる10代目とリボーンさんの姿が見えた。
「部下が去って寂しいのか?」
リボーンさんが聞く。どうやら話しているのは俺のことらしい。10代目…やはり俺のことを…。しかし次の10代目の言葉に、俺は耳を疑うことになる。
「まさか。せーせーしてるよ」
………は!?
せ、せーせー…?じゅ、10代目…?
「怖いしトラブルばっかり起こすし、獄寺くんと居ると命いくつあっても足りないもん」
なっ、何言ってるんスか10代目…!!!!頭に響くガーンという音。まるで鈍器で頭を殴られたかのような衝撃。じゅ、10代目…そんな風に思ってたんスか…。
ショックで動けなくなる。しかし次に聞こえて来た10代目の言葉は、少しトーンが変わっていた。
「なあ…獄寺くんって俺を10代目としては慕ってくれてたけど、友達としてはどうだったのかな…。俺は…獄寺くんと山本と海行ったり屋台出したり花火見たりしてさ…。ナマエはいたけど、やっぱ女子だし…俺、そういうこと出来る友達っていなかったからすげー楽しくてさ…。なんつーかそういう時って、くだらねーことダべったり、意味もなくボサッとしてんのが楽しいってわかったし…本当の仲間みたいな気がしたりして…。獄寺くんは昇進してマフィアとしてイタリアに帰るつもりだから、俺は何も言うつもりないけど…友達としては、すっげー…行って欲しくない…かも」
友達として。行って欲しくない。思わぬ形で聞けた10代目の本音。
涙が出そうになった。いや、出た。鼻水も出そうになる。…いや、こっちも出てるな。
…10代目は、俺を右腕…ただの部下としてではなく友達として、認めてくれた。だったら、だとしたら俺は…。貴方がそう言ってくれるのなら、その想いに応えるために、俺は日本に残りたい。
その時、俺はひとつの迷いもなくはっきりとそう思えていた。
「…そーいえばさ、ナマエって今日うちに来たとき、獄寺くんがイタリアに帰ること知ってたのか?」
「ああ、あいつは知ってたぞ」
「そーなんだ…」
鼻水をすすっていると、今度はナマエの名前が出てきた。これ以上、盗み聞くのはよくないだろう。そうとはわかっていつつ他でもないナマエの名前につい耳を傾けてしまう。
「いや、ナマエは何も言わなかったのかなと思って」
「あいつもお前と一緒だろ。獄寺がマフィアとして帰るつもりなら、何も言うつもりはないんだろ」
「ああ…やっぱ、そっか…。でもさ、ナマエ、獄寺くんといるの楽しそうだったから」
「幼馴染みのお前の目にそう見えてたのか」
「うーん…なんていうか、ナマエと獄寺くんって気兼ねないっていうか、ふたりとも憎まれ口叩くんだけど、見てていい関係だよなって…なんとなく」
…俺といる時、ナマエは楽しそうだった。
そう、でしたか?
幼馴染みである10代目の目にそう映っていたという事実には…正直言って、浮かれた。10代目がわざわざそう言ってくれたのであれば、俺は少なからず、ナマエの中でそれなりの大きさの存在ではあれたのだろうか…。
………なんだか無性に、ナマエの顔が見たくなった。
俺は10代目にばれないように、そっとその場から離れた。そして歩き出し、目指したのはナマエの家。イタリア行きはやっぱりやめだ。そう言ったら、あいつはどんな風に思うんだろう。
そうして少し早歩きになった時、向かいから誰かが走ってくるのが見えた。
「獄寺!」
「なっ…ナマエ…!?」
街頭の光に淡く照らされて見えた顔に目を疑った。俺の名を呼んだその声を幻聴かと思った。しかし走る足音は近づいてくる。どんどん、こちらに来てはっきりしてくる。
ま、マジでナマエか…?
向かいから走ってきたのは、まぎれもなく本物のあいつだった。目の前に現れたナマエは俺の前まで来て、じっとこちらを見上げてくる。そして不思議そうに首を傾げた。
「…あれ、獄寺なんか目赤い?ツナにもっかい挨拶して泣いた?」
「なっ、泣いてねぇよ!?つか、10代目とは…」
「ん?」
「……何でもねえよ」
軽く顔をそむけた。確かに泣いた。10代目の本音を聞いて…。だけどそれを見られるのはなんとなく気恥ずかしい。そもそも10代目とは話せてねーし…ライターも回収できてない。まあ…でももう別に今日じゃなくてもいいか。
それより今は、どうしてさっき送り届けたはずのナマエがこんなところにいるのかだ。
「てか、お前、何してんだよ。折角送ってやったのに」
「獄寺に言いたいこと、ちゃんと言おうと思って」
「は?」
俺に、言いたいこと…?意味がわからなくて、多分それは顔にも出た。すると家からここまで走ってきたらしいナマエは呼吸を整えるように「ふう…」と息をつく。そして改めて俺の事を見上げて、ゆっくり口を開いた。
「…獄寺はさ、私に秘書としての意見を求めてたでしょ?ボンゴレ10代目の為に、どうするべきか。そんなの、何が一番の選択かなんて私にはわからないよ。ボンゴレにもマフィアにも全然詳しく無い…。獄寺の大事な将来の選択だし、獄寺にとってボンゴレやマフィアの世界が大切なものなのはわかるから、だから、いい加減なこと言いたくないし、言えないよ…」
「え…?」
確かに、俺はナマエに意見を求めた時、秘書のお前の意見…と口にした。
さっきの10代目とリボーンさんの会話を思い出す。リボーンさんは言っていた。ナマエも10代目と一緒で、俺がマフィアとして帰るつもりなら何も言うつもりはないのだろうと。
ナマエはこの件に関して、私は別に…と特に何かを言うことはなかった。正直素っ気なくも感じたが、俺が決めるしかないと言う言葉はもっともだと思った。
でも、今目の前にいるナマエは言う。
「だけど、秘書とかじゃなくて…ミョウジナマエ個人としてなら、思うことも…まあ、あるから」
「個人….?」
「でもそれこそ獄寺の将来にもボンゴレにも全然関係ないから…。それにツナならともかく私がどう思うかなんて、獄寺からしたらどうでもいいかなって思ったし…」
「え…」
「でもさ…やっぱり、言ったのと言わなかったのでは全然違うと思ったから。行くって決めたなら尚の事」
俺に言いたいことを…言いに来た。
ナマエ個人の気持ち…。それは…。
「私は、獄寺がいなくなったら寂しいよ」
「…な…」
「さっき私、別にとしか言わなかったから。あんまり余計なこと言うつもりなかったからそう言ったけど、でもやっぱり素っ気ない思い出として残るのは嫌だなって。獄寺がどう思ってるかは知らないけど、私は、獄寺とちょっと喧嘩したり、一緒にいるの、楽しかったから。だからそれちゃんと伝えて、お別れする方が、ずっといいなって思った」
心臓が、強く音を立てた。そしてそこから物言えぬ感情がじわじわと広がっていく。そのまま突き動かされるように、手を伸ばしそうになった。でもハッとして、それは抑えた。
…あ、あぶね…っ、俺今何しようとした…!?
どくどくと焦る。
い、いやだって、なんだよ、俺がいなくなったら寂しいって…。そんなことを好きな奴に言われたら…誰だって頭がくらくらするだろ…。
「あ、あはは、まあ…それだけ。あ、でも、獄寺が選んだほう尊重しようとは思ってたから、行くって決めたなら、応援するよ。そこまで何かの為にってなれるのは、素直にすごいと思うもん」
俺の気持ちなど知らないナマエはそう言って少し照れ臭そうに笑った。俺がイタリアに行くと決めた時、ナマエは応援すると言ってくれた。恐らくナマエは何一つ嘘は言っていないのだろう。ただ、言わなかった言葉があっただけ。
寂しい。
俺に対して、ナマエがそう思ってくれる。
「…ナマエ」
「ん…?」
「今、お前んちに行こうと思ってた」
「え、なんで?」
「…イタリア、行かねーことにしたって言いに」
「………うん?」
俺はナマエに告げた。イタリアに行くのをやめたこと。するとナマエは言葉を理解するのが遅れているように数秒固まった。そして言葉を理解した瞬間、ワッと喚きだした。
「…は!?さっきまで行く気満々だったじゃん!?」
「う、うるせーな!考えが変わったんだよ!」
「なんだそれ…」
つい言い返した。ナマエも顔をしかめる。…けど、なんでというナマエの感情は見えたから、俺は10代目の話し声が聞こえたことを白状した。
「…10代目が、縁側で話してるのが聞こえてよ」
「え…?」
「10代目は、俺の事を…友達としても認めてくださってるってわかったんだよ」
「友達…」
ぽつりと何かを考えるように呟いたナマエ。ナマエは、10代目の気持ちに気づいていたんだろうか。多分、そうなのかもしれない。10代目とナマエは物心がついた頃には既に隣にいたと聞いている。それゆえか、お互いのことをよく理解していると感じる事が多々ある。…正直、嫉妬するくらいに。多分、ナマエにも…10代目にも。
「…じゃあ、本当にやめたの?」
「そう言ってんだろーが」
ナマエは俺の顔をじっと見て、改めて確認してきた。俺はしつけーなと顔をしかめて答える。ひねくれた返しの自覚はあった。でも、それを聞いたナマエは少し考えるような仕草を見せて…。
そして…。
ふわっ…とその表情を緩めて笑った。
「なぁんだ、そっかぁ…、行くのやめたんだ…、あはは…っ、なんかほっとした…!」
「……。」
また、胸の奥がぐっとした。
なんだ、その顔…。
ほっと、安心した顔。頬を緩ませて、嬉しそうで。
…そうじゃないと知っている。だけど…そんな顔されると、自惚れそうになる。手を伸ばして引き寄せて、抱き締めたくなる。
…何が諦め時だ。こんなにも…好きで仕方ないくせによ。
「…お前、結局は反対だったって事かよ?」
「反対とは少し違うけど…。獄寺がイタリアに行くことを選ぶなら、それはちゃんと見送ろうと思ってたし。でも、まあ…私は行かないで欲しいなって思ってたよ」
「……。」
たまらなくなる自分の感情を誤魔化すように、言葉を探した。でもそれは確かめたかった言葉でもあって。…面を食らう。行かないで欲しかったという、ナマエの本音。…余計にたまらなくなった気がする。
「私、今の日常…結構好きなんだよね。ツナがいて山本がいて、京子がいてハルがいて、それから…獄寺がいて」
「………。」
「わりとさ、大事にしてるの。今、自分の周りにあるもの」
今、自分の周りにあるもの…。別に、期待なんてしてない。寂しいなんて、きっと俺じゃなくても…お前はそう思うんだろうな。でも、俺もその大事なものの中に含まれているのは事実で…。
それにこいつは、俺が大事にしてるもの…考えてくれるんだよな。少なくとも、ここまで走って会いに来てくれるくらいには、想われてるって思っていいんだよな…。
なあ、俺はお前にとって、少しくらいは特別か?
ナマエにとっての俺。
…俺にとっての、ナマエは。
「……どーでもよくねーよ」
「うん?」
「…俺は、お前のことどーでもいいなんて思ってねーよ。…一応言うが、秘書だからじゃねーからな」
「え…?」
「…だから、しょーがねーからもっかい送ってやる。行くぞ」
好きだ、なんて言う度胸は、正直まだ無ぇ…。いつも自分がひねくれた言葉ばかり吐いている自覚もある。…でも、少しくらいは知っとけ。
俺がナマエをどーでもいいと思ってるなんて、あるわけねーだろ。秘書だからじゃない。家まで送ってやりたいと思うのだって…そんなの、お前だからだ。
まあ、でも…秘書としてのナマエにも、思っていることはある。
俺は足を止めた。
「……まあ、秘書としても、そうだけどな」
「え?」
「俺は、一緒に10代目を支える秘書は、お前がいいって思ってんだよ」
「へ…?」
俺は、10代目の右腕として頼りにされる男になりたい。そしてそうなれた時、俺が右腕として10代目を一緒に支える秘書は、お前がいい。
「…何してんだよ、早く来いよ」
「あ…うん…」
足を止めたままのナマエ。…何で止まってんだよ、こいつ。
声を掛けると、ナマエはこちらに駆け寄ってきた。そんな些細な姿すら可愛らしいと思ってしまうのだから、本当にどうかしてる。
…つーか、少しくらい気持ちを知って欲しかったとはいえ、こっぱずかしいこと色々口走った気がする。まあ…嘘は言ってねえけどよ。
それから、ナマエの前で野球バカに電話して、イタリアに行かない旨の伝言を頼んだ。いつもみたいに適当に会話しながら帰り道を歩いて…でも、今日が最後じゃない。
イタリアに行かなくなったなら暇だろうと、明日の約束も出来る。
「じゃあ、またね、獄寺」
「…おう。…明日な」
ナマエはそう言って笑った。またね…それはさっきは言わなかった言葉だ。そして自分も口にした明日という言葉。また、当たり前に会えることを喜ぶ自分を自覚して、だけどナマエもそう思ってるとわかって。
…でも、やっぱ明らかに俺の方が気持ちがデカいんだよな。ったく、人の気も知らねーで暢気ににこにこしやがってよ。
だけど今、気持ちはなんとなく晴れやかだった。
END