死ぬ気の炎
死ぬ気の炎
新たな特殊弾を撃たれたツナは、はめていた毛糸の手袋をグローブへと変化させて立ち上がった。その額にはいつもよりも澄んだオレンジの死ぬ気の炎が灯っている。
「その頭部のオーラ…。なるほど、特殊弾が命中していたのですね。しかしランチアと戦っていた時にはもっと荒々しかったようですが…」
「小言弾がツナの静なる闘志を引き出すんだ。死ぬ気弾とはまるで違う、まったく新しい力を秘めた弾だからな」
骸とリボーンのやり取りを聞きながら、私はゆっくりと上半身を起こす。ズキッと痛みが走った。リボーンに「無理すんなよ」と言われて頷くも、でも…ただ寝転んでるなんて出来ない。私は座り込んだ状態で、じっとツナを見つめた。静なる闘志…あれが、あれがツナ?その雰囲気はなんだかいつもと違っている。その瞳も…静かで、でも強い意志を感じる…不思議な感覚だった。
「フッ、僕には戦意喪失し意気消沈しているようにしか見えませんがね。どのみち僕の能力の前では君は敵ではない」
柿本千種の口で話しながら、城島犬の体でツナの背後に襲い掛かる。しかしツナはその動きを読んでいた。城島犬の額を軽く押さえつけると、もう片方の腕で肘を食らわせた。ドサッと落ちる城島犬の体。
「まだですよ」
今度は柿本千種がヨーヨーを放った。そこから毒針が飛び出してくる。しかしツナはわざとそれを避けなかった。針は幻覚。そして本物の場所を見定め、思い切り拳を食らわせた。
「ツナ…」
私はツナを見つめ、その姿に驚く。…あれ、本当にツナ?怯えることもなく、冷静に戦うその姿。幻覚まで見抜けるなんて…。
「これこそ小言弾の効果だぞ。ツナのうちに眠るブラッド・オブ・ボンゴレが目覚めたんだ」
「ブラッド・オブ・ボンゴレ…?」
リボーンの言葉を聞き返した。ボンゴレの血…。死ぬ気弾が危機によるプレッシャーで外部からリミッターを外すのに対し、小言弾は秘めたる意志に気付かせることにより、内面から全身のリミッターを外す弾だという。
「そして同時に内面にある感覚のリミッターも解除するんだぞ。ツナの場合、それはここにきて時折見せるようになったボンゴレの血統特有の見透かす力…超直感だ」
「超直感…」
それってもしかしてランチアさんが本当は優しい人だって気が付いたり、骸の憑依をいち早く察知出来たこと?あれはボンゴレの血統特有の力だった。
私はツナがボンゴレの後継者候補だって小さな頃から漠然と知ってはいたけど…でも本当にそうなんだって、今凄く実感出来た気がする。
「おっと、忘れてしまったわけじゃありませんよねぇ。これはお仲間の体ですよ。手をあげられるんですか?クフフ…できますか?」
こちらの弱み…。骸は獄寺の体を使い、ツナに向かって殴り掛かった。その肘が、ツナの頬にヒットする。
「獄寺…っ」
咄嗟に口から出た名前。その姿に胸が痛む。止められなくて…ごめん、獄寺…。
「できるんですか?」
そしてビアンキさんの体も使い、ツナを思い切り蹴り上げる。ツナは獄寺とビアンキさんに挟まれ、交互に殴られるサンドバッグ状態になってしまった。…あれ、でも…さっきの城島犬への対応を見ると、あそこまで一方的になるだろうか…。
「クフフ、やはり手も足も出ませんか」
「いいサンドバッグですね」
「ちげーぞ。これほどの攻撃力だ。ガードしても避けても、ビアンキたちの体に負担が掛かっちまう。ツナは今、自分の体で攻撃をいなして、ふたりの体を守ってるんだ」
骸は勘違いしていたけど、リボーンはその光景を冷静に見ていた。やがてタイミングを見計らったツナは獄寺の攻撃をいなした後、背後から一度だけ打撃を食らわせた。それを食らった獄寺の体はガクッと膝をつく。そしてビアンキさんにも同様に一撃だけ。その様を見たリボーンは言う。
「打撃で神経をマヒさせる戦い方を直感したな」
「これも、超直感…?」
凄いの一言だった。ツナが、こんな風に戦えるなんて。ふたりへのダメージを最小限に抑えた戦い方。体が動かなければ、骸が憑依する意味もなくなる。倒れこんだ獄寺とビアンキさんの体をツナはふわっと優しく抱き留めた。
「……、待たせてごめん…」
苦しそうな謝罪だった。そしてツナはこちらに振り向き、私を見つめた。
「…ナマエ、大丈夫か」
「へっ、…う、うん…激しく動くのは…ちょっと、難しいけど…」
び、びっくりした。いつもよりちょっと低い声。言葉遣いもなんか違うし…。でも頷いた私を見てツナはほっとしたようだった。そしてツナはそっと獄寺とビアンキさんの体を横たわらせようとする。それを見た私は体を引きずり近づいて支えるのを手伝った。
あ…。
その時、抱えた獄寺の体をあたたかいって思った。人の体温。ちゃんと生きてるって証。獄寺…よかった…。少しだけ、噛み締めるように。背中に回した手で、きゅっとそのシャツを掴んだ。
「ナマエ、リボーン、処置を頼む」
「あ、うん…」
「急に威張んな」
ふたりを横にさせながら頷くと、リボーン先生から鋭い指摘。うむ…それは、確かに。つい頷いちゃったけど。本当ちょっと性格変わったみたいな。まあ別にいいけど。
私たちにふたりを頼み、ツナは立ち上がる。そして見据えるのは…最後の大ボス。
「出てこい骸、生きてるんだろ?」
「クフフ」
こつ…と静かな足音がした。そしてあの笑い方。でも今度は誰かの声を借りてじゃない…。六道骸、本人。
「フッ、戦闘センスが格段に向上していることは認めましょう。だが、この程度で図に乗ってもらっては困りますね。僕が持つ6つある戦闘スキルのうち、まだ1つだけ発動していないことにお気づきですか?」
「第5の道、人間道だな」
リボーンは把握していた。骸がまだ使っていない能力。だけど人間道って言うのは…ここのことじゃ?骸は頷く。
「その通り。我々の生きるこの世界が人間道です。そして実は6つの冥界のうち、最も醜く危険な世界だ。皮肉ではありませんよ。ゆえに僕はこの世界を嫌い、このスキルを嫌う。出来れば発動させたくなかった」
骸はそう言って数字の刻まれた右目に手を伸ばした。最初は触れるのかと思った。でも…奴はその指を差込み、グリッと瞳を抉る。…な、なに…してるの…こいつ…。
「この人間道は最も醜く、最も危険なスキルですからね」
血が流れる右目。その瞳に刻まれた五の文字。そして骸の体はドス黒いオーラを纏った。明らかに禍々しい…嫌なオーラ。
「見えますか?オーラを放出しながら戦うタイプの戦士にとって、吹き出すオーラの大きさがすなわち…強さ!!」
骸はロッドを使いツナに襲い掛かる。ツナはそれを受け止めたけど、力に押されてしまう。
「君と僕では、力の差がありすぎる」
ガッ!!とツナの体をロッドで殴りつけた骸。ツナの体はその勢いで飛ばされ壁に激突してしまう。
「ツナッ!!」
「クハハハハ!脆いですね、ウォーミングアップのつもりだったのですが。次は君がやりますか?秘書の…ナマエさん?」
「…っ」
骸の視線がこちらに向いた。私はともかく…獄寺やビアンキさんに手を出させるわけにはいかない。体は痛むけど、棒を掴んでキッと骸を睨む。だけどその時、ツナが飛ばされた方向からガラッ…と瓦礫の音がした。
「で、なくっちゃな…」
…ツナ。視線を向けると、ツナは瓦礫の中から立ち上がった。そして額の炎が大きくなり、そこにグローブを押し当てる。それを見たリボーンはにやりと笑う。
「わかってきたみてーだな。グローブの意味が」
「グローブの意味?」
「ああ。よく見てろよ、ナマエ」
「……。」
そう言われ、じっとツナの姿を見つめる。グローブの意味…。額の炎に当てたグローブにも、死ぬ気の炎が灯ってる…?
「お前の力がこんなものなら、拍子抜けだぜ」
「クフフフフ。まったく君は、楽しませてくれる」
ふたりは互いを睨んでいた。どちらが先に動くか、探り合うように。すふとリボーンは教えてくれた。あのグローブの意味。
「Xグローブは死ぬ気弾と同じ素材で出来ていて、死ぬ気の炎を灯す事が出来るんだぞ」
「死ぬ気の炎を…」
そうか。死ぬ気弾もレオンの体の中で作られるから…。同じくレオンが生み出したあのグローブも同じ素材と言うことになる。
「まるで毛を逆立てて体を大きく見せようとする猫ですね。だが、いくらオーラの見てくれを変えたところで無意味だ」
「死ぬ気の炎はオーラじゃない」
「ほう…面白いことを言う。ならば見せて…もらいましょうか!?」
先に骸が動いた。振り下ろされたロッドをツナは受け止める。すると炎を灯したそのグローブはロッドをぐにゃりと曲げてみせた。そして次に骸の額に手を伸ばし、その炎を掠める。熱を感じた骸は表情を歪めた。
「死ぬ気の炎とオーラとではエネルギーの密度が違うからな。限られた人間に見えるだけのオーラと違って死ぬ気の炎はそれ自体が破壊力を持った超圧縮エネルギーだ」
「それ自体が破壊力を持った、超圧縮エネルギー…」
隣でそう語るリボーンは骸に説明しているようで、私にも言い聞かせてるみたいだった。まるで授業でもしてるみたいに。死ぬ気の炎の特性、ツナの戦い方、ちゃんとよく見て、覚えておけって言われてるみたい。
大きくロッドを振るった骸。でもその攻撃は外れる。それはツナが瞬間移動でもしたかのように消えたから。ツナが移動した先は、骸の背後。
「バカな!いつのまに!?」
動揺した骸。でも私もわからない。ツナ…いつの間に背後に?ツナが優勢であるなら今はそれで構わないけれど…。そしてツナはガンッと拳を叩きつけた。殴り飛ばされた骸の表情には困惑が滲んでいた。
「何だ、今のは…?奴は何をしたんだ…」
「ウォーミングアップはまだ終わらないのか?」
…ツナやるじゃん、煽るなんて。その言葉を聞いた骸は一瞬屈辱そうな顔をする。でもその口元にはすぐに緩み、笑い出した。
「…クフフ…クハハハハハハッ!!ここまでとは嬉しい誤算だ。君の肉体を手に入れれば知略を張り巡らさずとも直接ファミリーに殴り込み、マフィア間の抗争を起こせそうだ」
…マフィア間の抗争?そういえば骸の狙いって…。ボンゴレ10代目たるツナの体を手に入れて、その後は…。リボーンが尋ねる。
「マフィア間の抗争がお前の目的か」
「クフフ…まさか…。僕はそんなちっぽけな男ではありませんよ。僕はこれから世界中の要人の体を乗っ取るつもりです。そして彼らを操りこの醜い俗界を純粋で美しい血の海に変える。世界大戦…なんて、ベタすぎますかねぇ」
世界中の要人の体を乗っ取る…。そして、世界大戦…。確かに憑依弾を使えば…そんなことも可能なのかもしれない。まるでこの世を憎むかのような…。
「だが、手始めはやはりマフィア…。マフィアの殲滅からだ」
でも骸から何か執念めいたものを感じるのは、やはりマフィアに対してだった。
「なぜマフィアにこだわる」
「恨みか」
「おっと、これ以上話すつもりはない。君は僕の最強形態によって、僕のものになるのだから。見るがいい!」
リボーンとツナが聞くも、骸は答えない。そしてまるで幽体離脱したかのように自分の分身を放ってくる。でもツナは見破っていた。それは幻覚だと。しかしそれこそ骸の罠だった。
「こんなもので…っ、!!?」
「あっ、ツナ!」
「幻覚につぶてを潜ませたな。油断しやがって、バカツナめ」
自分に向かってくる幻覚を避けなかったツナの顔にヒットしてしまった小石。リボーンの言葉で理解する。そうか…幻覚につぶてを混ぜた。ツナが顔を押さえたその隙を突き、骸は襲い掛かろうとする。
「ツナ」
「わかってる…!!」
リボーンに呼ばれ、ツナは顔を上げる。そしてグローブに炎を灯すと再び瞬間移動するように骸の背後に回り込んだ。また…あの移動。
「わかったか、ナマエ」
「…あの、炎」
リボーンに問われる。ツナの瞬間移動の正体…それは、グローブに灯した死ぬ気の炎?骸の背後に回ったツナはもう一撃、拳を振るった。その攻撃で床に叩きつけられた骸は倒れたまま動かない。ただ完敗したように、視線だけでツナを見上げた。
「ぐふ…クフフフ、これがボンゴレ10代目、僕を倒した男か…。殺せ。君達マフィアに捕まるぐらいなら、死を選ぶ」
マフィアに捕まるぐらいなら、死ぬ…。だから殺せ。しかしそれを聞いたツナは目を逸らし、背を向けた。命を奪うなんて、最初からツナにそんなつもりはないから。
「俺にはそんなことは出来ない…」
だけど、それも骸の罠。私はハッとした。
「ツナ!バカ!油断しないで!!」
「っ!」
私の声に弾かれたようにツナもハッとする。でも遅かった。
「その甘さが命取りだ」
素早く立ち上がった骸は背後からツナの両手首を抑え込んだ。…手段を択ばない、執念。ツナは慌てて抵抗した。
「骸、お前…!」
「おっと、君の妙な技が手の炎の力で起きているのはわかっている。手を封じれば怖くありませんよ」
「ぐっ…」
骸はツナの手を封じたまま思いっきり後頭部へ額をぶつける。まずいっ…!
「ツナっ…う…!」
「…ナマエ…っ」
助けなきゃと立ち上がろうとしたけど、体に鋭い痛みが走った。それを見たツナの瞳がこちらに向く。その一瞬が手遅れだった。
「なぜ多くの刺客に君を狙わせたかわかりますか、君の能力を充分に引き出してから乗っ取るためだ。ご苦労でしたね。もう休んで、いいですよ!!」
骸はそう言いながら、ツナの体を思い切り蹴り飛ばした。そして私の方を見て、薄く笑う。
「秘書の君も、よく見ているといい。君のボスが僕のものになる瞬間を」
「え…」
「飛ばされた先を見るがいい」
飛ばされた先…?そう言われて気が付く。ツナが蹴り飛ばされたその先に待ち受けるのは、柄の部分が壁に突き刺さり、刃が光るあの三叉の剣。
「クフフ…空中では受け身がとれまい。君はその下らぬ優しさで自分を失くすのです。乗っ取った君の体で手始めに、秘書の彼女を手に掛けましょうか」
骸は勝利を確信していた。だけど、ツナの瞳は諦めていない。リボーンもそれを見ていた。
「いけ、ツナ。今こそXグローブの力を見せてやれ」
「うおおお!!!」
ツナは腹の底から叫ぶ。するとその瞬間、額とグローブの炎が爆発的に大きく噴き出した。炎の逆噴射。その勢いで刃が刺さるのを食い止めたツナ。そしてその勢いのまま、今度は骸に向かって真っ直ぐに飛ぶ。それを見て、答えが分かった。多分、骸も。その証拠に骸の表情に焦りが見えた。
「!!、これは!?」
「そーだぞ。さっき瞬時にお前の背後に回ったのは、死ぬ気の炎の推進力を使った高速移動だ」
その勢いで真っ直ぐに自分の元に向かってくるツナ。もう骸に成すすべはない。ツナは炎灯したグローブの掌で骸の額を押さえ、そのまま突き飛ばす。
勝負の行方は見えた。…ツナの、勝ち。
その時、触れた炎が骸のどす黒いオーラを浄化したのが見えた。
To be continued