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第2話 ※

縁談を避け続けてきたオメガですが、幼なじみ陛下の側妃になりました。 — fujossy.jp · All chapters

第2話 ※

+++ side T +++がさがさと目の前の木が揺れて、整った顔が現れた。「げっ」「――失礼すぎないか?」困ったように男が笑った。遠い昔に友人だった男だが、今となっては虫唾が走った。――どうしたらいいだろう。にじりよってくる男に、とっさにバケツの土をかけた。男の悲鳴に、屋敷から人が集まってきた。 ***「――それで?」そのまま帰ってくれてもよかったけれど、話を聞きたかったからシャワーを貸した。執事の見守る応接室で、ぴかぴかになった男と向き合う。「人払いを――」「しないよ。――で、なに?」男は楽しそうな顔をした。多分こいつはこう考えている。「意地を張っているのか。俺の気を引くために」――虫唾が走る。「心配していたんだ。急に連絡が取れなくなったから――」「心配してくれなくていい。ここが誰の邸宅か分かってる?」「マクシミリアンだろう」むかつくな。様くらい付けろ。誰だと思ってる。二人きりでもむかつくけど、執事の前で堂々としているところがまた腹が立つ。――とにかくこいつのスタンスは分かった。「――俺は本当に怖くないからな」俺だってぜんぜん怖くないけど。……ずっと思ってたけどこいつは本物だな。あの人は優しすぎるから。即位してもうけっこう経つのにこんなやつを野放しにして。そんなことでいちいち処罰なんてしていられないだろう。もし俺が言えばあの人は、ぜんぜん平気そうに笑うだろうけど……でも俺はめちゃくちゃ腹立たしい。ぼーっとしていると言われるけど、俺はちょっと感情が過剰な方で、こういう、神経に障るタイプは本当に辛い。はあ……。側妃になったらさすがに厚かましい申し出もなくなるだろうと思っていたんだけどな……。「――一年近く経つんだろう」夢を見ているみたいな瞳が俺を映した。こいつはいつから、こんな目をするようになったんだっけ……。「いつでもお前を迎えられる、テオ」うんざりする。何回断ればいいんだ。ちなみにこいつは独り身ではない。俺に厚かましい提案を繰り返している間、こいつが身軽だったことなど一度もなかった。こいつには同じに見えるのかもしれないけど、俺にとってはぜんぜん違う。天と地ほど違う。「俺は望んで来たんだ。断れなかった訳じゃない」「望んで?」こいつは昔からあの人を下に見ていることを隠さない。耐えがたい。話を聞こうなんて思った自分を殴りたい。「マクシミリアン様は優しいから。お前と違って」「弱いの間違いだろう」「俺の話を聞いてくれるし、望めば手だって離してくれる。だから俺はここにいるんだ。――弱さじゃない」「『望めば』ね」男がぼそっと言った。ぞわりとする。「そうだな、無傷でくれるだろうな。『優しい』から」「――」遠目に見れば優美にしか見えない仕草と態度。貴公子然とした男の持ち込んだ空気に、気持ちは長くざわざわしていた。 ***髪に触れた気配に、飛び上がって体を離した。目の前にあったのは、見慣れた綺麗な顔だった。「――陛下」静かな瞳が俺を映す。静かな――風のない月夜の海みたいな、静かな瞳。波立っていた気持ちが落ち着く。「あれ? 今日って……」お役目がお役目なので、この人の訪れは先触れがセットだ。薬を飲んで調整する必要だってある。でも、今日は来ないと思っていたから、さっさと休んでしまっていた。「――顔を見に来た」ためらうように、伸ばされた手に目を閉じた。ひんやりと優しい、この人の温度。「カールが来たと聞いたが……」目を開ける。いやな顔を思い出して顔をしかめる。「庭から侵入してきたんだ」「庭から?」「土をぶっかけた」「土を」ほんの少しためらって、でもまあいいか、と肩にもたれた。髪に触れた手が、滑り降りて抱きとめてくれた。「監視、つけていいのに」「城に部屋を用意したら――」「行かない行かない」体を起こす。「ありがとう」目の前の人は、しばらく俺の顔を見ていた。綺麗な顔を見返して、視線を落として、嫌な声を思い出した。――一年近く経つんだろう。この人が、俺を側妃にしてもうそろそろ一年になる。それなのに、あんな奴が来てしまうのは――……。体に触れると、目の前の人が少し震えた。「今日は――」「でも――ヒートだから」「ヒート?」目の前の人が、意外そうな顔をする。「抑制剤を飲んでるけど、不都合はないよ」困った顔だ。俺の方に不都合はない。でも、ヒートだと気づいていなかったこの人は、ひょっとすると――……。心配を抱えながら近づけた顔を、目の前の人は避けずにいてくれた。+++ side M +++触れたくちびるは柔らかかった。うるんだような瞳に不安そうな色が過っていて、それがたまらなく愛おしくて、キスを返した。テオの肩から力が抜けて、胸に甘さが広がった。髪に触れて、目を閉じたテオと深いキスを交わしていると――かたりとたしかな物音がした。テオを倒して、振り返ってナイフを投げた。物音がしたのは暖炉の中。ファイヤースクリーンの影に向かって飛んだナイフに、押し殺した悲鳴が返った。あたってはいないか。壁に飾っていた剣を手にして歩を進めた。寝室に潜んでいた時点で、生きて帰すつもりはなかった。今日の今日だ。おそらく潜んでいるのは――……。「――待ってくれ、マクシミリアン」ファイヤースクリーンの影に剣を突き立てようとしたところで、影からカールが転がり出てきた。危害を加える意思はないというように、広げた両手を上げている。「テオが入れてくれたんだ。俺とテオの関係は知っているだろう?」――俺がただ抱かれに来たと思ってる?テオの言葉を思い出した。逃がしてくれることなんか考えなくていいよ、と呆れたような、優しい声で言ったことも。この見た目と身分以外に取り柄のない男は、たしかにテオと親しかった。だが――そんなことは過去の話だ。「――だから?」冷ややかな声が出て、カールが驚いた顔をした。「君は私とテオの関係を知らないとでも?」「――……」背後のベッドから物音は聞こえないが、寝ていないことは分かっている。腹の立つ男だ。こんな風に飛び出してきたりしなければ、テオの目を汚さずに済んだのに。剣を持つ手に力をこめる。「止めてくれ! テオ!」視線は向けずに手だけを止めた。テオを見ているのだろう。厚かましい男だ。……テオは止めるだろうか。「なんで? ――死んでいいのに」きっぱりとした冷たい声が、胸のうちに立ちこめていた、薄暗い影を取り払った。カールが目を見開いた。「ふ」浮かんでしまった嘲笑に、カールは呆然としたままだった。 ***「――どうなったの?」テオが言った。チェアを出して休みたいと言った私に、テオがつきあってくれていた。テオの私室につながるバルコニー。夕暮れの空に夜がにじんで、ひと際明るい星が見えた。「二度と誰の前にも現れなくなった」「そう……」横顔は人形のようで、感情は読み取れなかった。「俺――引き入れてない、よ」「疑っていない」あの夜、テオの部屋はいつもよりも閉ざされていた。テオはおそらくカールの訪問に不安を抱いていたし、カールもそれを見越していた。帰ったふりを装って、邸内に留まっていたのだろう。カールがどうするつもりだったかは、今となっては知る由もないが――たとえ朝まで留まっただけになったとしても、カールがテオの部屋から朝帰りをしたというだけで、テオの立場には致命傷になってしまったに違いなかった。「すまなかった。警備があまりに手薄だった」「いや、それは――あんまり物々しくしてほしくないし、これまで通りでいいよ」「よくはない」「まあ――……そうだよね……」相づちには、柔らかな諦めが滲んでいた。ことんと、小さな頭が寄り添ってきた。こわごわと小さな頭を抱く。「……ごめん、手を煩わせて」閉じ込めたくないと思って、自由を奪いたくないと思いすぎて、あんな不審者の侵入を許してしまった。非は完全に私にある。だが――……。「――不自由を強いることになってしまう」私の声に、小さな頭が少し動いた。「ううん。……自由になったんだ」テオの長いまつげを見つめていると、顔を上げたテオがはにかんで、視線を外して力を抜いた。カールとテオは親しい――と私自身思い込んでいたけれど、実際は違っていたらしかった。早い話がカールの一方通行で、けれど、あの男の悪くはない見た目といやに堂々とした態度が、周囲の目を曇らせてしまっていたようだった。あの男がテオの縁談に横やりを入れ続けていたことで、テオは私の側妃になるしかなかったのだ……。「あいつのおかげでどこにも嫁がずには済んで――それで……」ほっとしたように言葉を紡いでいる。それ自体はいいけれど――安心しすぎて本音を零しすぎてしまいそうな空気だ。身構える。「――君でよかった。あいつが嫌だったから、だけじゃなくて」「……」「本当に」「……」テオの丸い目に私が映る。何も言えずにいる私の表情をどう読み取ったのか、照れたようにテオが笑った。――カール様に、「マクシミリアン様は優しい」と仰っていました。執事の言葉を思い出した。――親しい間柄にはとても。無礼な発言を繰り返すカール様に、終始苛ついていらっしゃるご様子でした。執事はそう続けたけれど、私が意外に思ったのは、テオが私の名を呼んだということの方だった。側妃に迎えて一年近くが経つが、テオは私を、「陛下」「君」「あのぅ」と呼ぶ。「――名前で呼んでくれていたと聞いたが」「……えっ。……だめだった?」「だめではない」「……」「だめではない」「えっ……と……呼んでほしいの……?」「うん」「……いやあの……呼ぶのくらいぜんぜん……いいけど……けどちょっとやりにくいっていうか……」何の問題もないと言いながら、真っ赤になってうだうだしている。「……マ」つい、待ちきれずに口づけてしまった。「ちょっ……言えないだ……っ……」「様もいらない」キスの合間にそう言うと、「いやそれは……」ともごもごとテオが抵抗していた。+++ side T +++この人――陛下――マクシミリアン、さま、とのキスが思いがけず長引いて、ああそういえばまだヒート中だったと思い出して、「ここはちょっと」と邸内に引き上げた。「ごめん、抑制剤を飲んじゃってて――」「問題ない」あの夜――とはいえほんの数日前のことだ――は何もなく、でもこの人は朝まで一緒にいてくれた。眠れないだろうと思ったのに、安心してぐっすり眠ってしまった。カールがどこかに引き渡されて、この人が見舞いに来てくれた形だから、ヒートの症状はない方がいいよなと思ったけど、お役目がお役目でもあるし難しい。この人が王妃様の「それだけにしないでほしい」を愚直に守っているとして、だからって、俺までそれに、甘えていい訳じゃないのにな……。「問題ない……?」「ない」この人の、本当に問題ないのかないこともないのか、まったく見えないところが好きだけど、はたして本当に大丈夫なのか?――一年近く経つんだろう。カールの言葉はつまるところ、「役目を果たせていないんだからお役御免になる日も近いだろう。俺がもらってやるよ」だった訳だけど、そんな言葉に傷つく以前の問題が、そもそも解決してないままだ。見上げる体勢で口づけて、そのまま少し触れあって、意を決して、この人をベッドに沈めて上になった。この前は困った顔をしていたけど、今日は、静かな瞳をしていた。大丈夫そう、だけど……。「……ん……っ」上に乗って、受け入れた大きさに息を詰める。いつもより苦しいような気がする。抑制剤で抑えられるのは、オメガ性の、とにかく生殖したい本能によるフェロモンくらいのものだけど、それでもそれに伴っているものなのか、いつもより理性がはたらいていた。組み敷くなんて不敬な真似をされているその人は、涼しい顔で、伸ばした指で腰に触れてきた。それだけの刺激に震えてしまって、呼応するように中が動いた。綺麗な眉がぎゅっとなって、息を吐きながら腰を浮かせた。けれど――……。「ぁっ」突き上げられて、前に触れられて、裏返った声が出てしまったのは俺の方だった。「あ、あ、あ……っっ、待っ……!」訴えたけれど、動きを止めてはもらえなかった。気持ちいい場所をぐりぐりされて、蜜をこぼす先端をやさしく絞られた。ぎゅっと瞑ったまぶたの裏がちかちかして、中が震えて、呆気なく上りつめてしまった。どさりとベッドに沈められて、膝を持ち上げられてはっとなった。「あっ、待って、陛……あ……っ」ゆっくり奥まで埋め込まれて、あまさを含んだ息がこぼれた。奥まで入って、しばらく動きを止めてくれたその人が、「マクシミリアン」と微笑んだ。ぎゅっとなる。「っ……マクシミリアン……さ――!」深いところを、ぐりぐりされて息が止まった。様まで言わせてほしいと抗議したかったのにできる筈もなくて、最初の頃は後から頭を抱えていた、甘い声が口から零れた。俺だけ満足させて終わらせているんじゃないか、と、少し前にこの人に聞いた。この人は明言しなかったけど、子を産んでもいいと思っているかと訊ねられたから、多分、俺の体感は間違っていなかったんだろう。このままだと……これまでと同じになってしまう……。飛び去ってしまいそうな思考を必死に引き止める。これまでと同じにする訳にはいかない。でも……この人、俺が訊ねなかったらどうするつもりだったんだ……?今さらだけど、こういうときに訊ねるべきことだった気がしてくる。あんな真っ昼間に訊くことではなかったし……じゃあ、つまり今、恥ずかしい台詞を口にして……。「陛下……あの……あの……」口をぱくぱくしていると、動きが少し優しくなった。優しい――余裕の視線に問いかけられる。それらしい言葉は浮かんでいる。浮かんでいるけど――……。顔から火が出そうだった。「今日………………出す……?」絞り出した言葉は、ぎりぎりの、意味不明な感じの言葉になってしまった。目の前の人は見たことのない顔になった気がしたけれど、すぐに肩に顔を埋められてしまったから、気のせいだったのかもしれなかった。でもとにかく――今までと、違う夜にはなったのだった。