1 再婚・南雲井邸【1】
1 再婚・南雲井邸【1】
助手席のドアを開けると、朝露のにおいがした。 車から降りる。「じゃ、荷物、部屋にもっていきますね」 もう一台の車から降りた 柾諒 ( まさあき ) は、俺たちの車のトランクから複数のダンボールを下ろし始めた。 柾諒は俺の配偶者の息子──つまり義息子である。三十三歳という若さで会社を継ぎ、アルファらしく立派に働いている。 忙しいだろうに、わざわざ引っ越しの手伝いを買って出てくれる好青年だ。 その隣で荷下ろしを見守り、子供たちをあやしているのは柾諒の 男妻 ( つま ) である 篠 ( しの ) だ。 彼は僕と二つしか年の違わないオメガで、既に子供を三人授かっている。しかも全員がアルファという、文句なしの優秀なオメガだった。 歳が近いから話しやすいが、都会的な彼といるとときどき自分が恥ずかしくなる。 自分が棒立ちになっていることに気付き、ダンボールを持とうと手を伸ばした。「俺も運びます。自分の引っ越し荷物なんだから」「いいんだよ。私たち年寄りは邪魔になるだけだ」 運転席から降りた 英一 ( えいいち ) に止められる。 確かに、先々週にぎっくり腰をやったばかりだ。そのせいで引っ越し日がズレたこともあり、何も言い返せない。「柾諒、朝からすまないね。助かるよ」「息子らしいことぜんぜんしてないし、たまにはな。篠も『恩は売っとけ、昼飯はお寿司かな』ってノリノリだし」「ちょっと、あなた!」「あはは。頼んでおくよ。わさび抜きでね」 英一は息子夫婦の機嫌をとり、それから俺のほうを向いた。「 照近 ( てるちか ) さん、長旅だったけれど、腰は大丈夫?」「もうなんともないですよ。心配おかけしました」 じ、と見つめられている。俺が居心地の悪い思いをしていないか探っているのだろう。 無用な心配ではあるが、緊張はしている。俺はぎこちなく笑うことしかできなかった。 南雲井 ( なぐもい ) 英一は俺の夫だ。新しい夫。再婚相手。 八年前に元夫と死別してから、再婚する日が来るとは思っていなかった。「親父がまさか、家政婦さんと再婚するなんてね。タダ働きさせるためじゃないよな? ──照近さん、なにかあったらすぐ言ってよ」「頼もしいです。そのときは、すぐ」 柾諒の冗談はなかなか容赦がない。 俺が電話をするジェスチャーで話を合わせていると、英一は困ったように笑う。 俺──旧姓・ 射場 ( いば ) 照近は、最近まで家政婦として奉仕していた家に嫁いだ。 五十六歳の英一に対し、俺は四十一歳。歳の差が十五もある。しかも出会って一年ちょっとしか経っておらず、交際期間はない。 広い家で一人暮らしをする彼の世話を焼き、雑談がてら食事を共にすることも多かったから、それが交際期間といえばそうなのかもしれない。雇用関係を逸脱する行為は一切なかったけれど。 親族が冗談めかして俺たちの関係を心配するのは無理もない。 俺の身内も、再婚報告をしたときは戸惑っていたものだ。年増の 寡夫 ( かふ ) オメガが、アルファであり国内有数の造船会社社長(今は引退した)に求婚された……などどう飲み込めるだろう。 なんなら「騙されてない?」とまで言われた。 英一はそんな人間ではない。 俺なりの納得があって求婚を受け入れたものの、どういう態度をとるのが正解かはまだわからなかった。「飲み物を用意してきます。大人はお茶で、子供たちはジュースでいいですよね」「ありがとう」 いそいそと家の中へ入った。 脱いだ靴を隅に寄せ、靴箱の横にある来客用スリッパをはく。「おじゃまします……」 結局、 男妻 ( つま ) になって"帰宅"しても、家政婦時代と同じことをしてしまう。 彼は新しい家政婦を雇おうとしていたが、俺が拒否した。 趣味のない俺には隠居生活なんて向いていない。 家事まで奪われたら、生きているのか死んでいるのかわからなくなってしまう。「……はあ、相変わらず規格外な家だな」