3 ある日の取材
3 ある日の取材
今日は取材の日だ。南雲井邸の。 あるテレビ番組が『高級住宅の魅力特集』としてこの家を紹介したいのだとか。 英一は普段そういった取材を断っていたが、今回は古い知人から強く頼まれてやむなく頷いたようだ。 朝食の片付けを終えたころにインターホンが鳴り、玄関を開ければディレクターと名乗る男が菓子折りを持って立っていた。 王の謁見に挑むかのような丁寧な挨拶をされ、たじたじになりながらリビングへ通す。 カメラマンたちは撮影まで車で待機しているそうだ。「お世話になります」 リビングでディレクターと英一が挨拶を交わす。 英一はこういった場も慣れた様子で名刺を受け取っていた。「ようこそいらっしゃいました。私は家主の南雲井英一で、こちらは 男妻 ( つま ) の照近です」 完全に空気のつもりでいたため、急に紹介されて変な顔をしてしまった。慌てて深々と頭を下げる。「よ、よろしくお願いします」 俺を妻と紹介され、ディレクターは少し不思議そうな顔をしていた。もしかしたら英一が離婚したことや、再婚したことを知らないのかもしれない。 前妻の知識で止まっていたなら、俺が男で混乱しただろう。「今日は建物だけで、人間は撮らない約束で間違いありませんね?」「ええ。お二人のプライバシーは守りますので」 すり合わせが始まる。 俺は邪魔にならないようキッチンに引っ込み、お茶の用意を始めた。 ディレクターがどこかへ電話をかけると、すぐに玄関が賑やかになった。 撮影班が呼び出されたのだろう。「先に屋内を撮らせて頂いて、最後に外観を撮りますね」「はい、どうぞ。二階の部屋は寝室なので、入らないでください」「承知しました」 見ると、リビングテーブルに間取り図が広げられている。 テーブルの隅にお茶を置きながら、俺も把握しきれていない南雲井邸の全容をチラ見しようとした。しかし目が悪くてよく見えなかった。とにかく広いことだけはわかる。「お邪魔しますー」 撮影機材を持ったスタッフたちがリビングに入ってくる。 若い人たちが多い。現場慣れしているのか誰もがハキハキと挨拶してくれた。 うち一人と目が合い、なぜか大きなボストンバックを手渡される。「これ、どっか置いておいて」「あ、はい」 いきなりのことで驚いたが、おとなしく言うことを聞く。 すると、ディレクターと喋っていたはずの英一が俺の隣に立っていた。 なぜ現れたのかわからず彼の顔を見上げると、いつもの穏やかな表情のままどこかピリついていてギョッとする。「紹介が遅れましたが、こちら私の 男妻 ( つま ) です」 いつもよりやたらハッキリとした口調で英一がそう言うと、スタッフはハッと顔を引きつらせた。何かの勘違いに気付いたみたいに。「──照近さん、重いだろう。私が運ぶよ」 その言葉を聞くや否や、英一より先に俺の手からカバンをひったくる。「すみません、自分でやります」 気まずそうに目を逸らし、すたすたとどこかへ行ってしまった。 一部始終を見ていたディレクターが顔を青くしてすっとんできた。 膝に額がつきそうなほどすごい勢いで頭を下げる。「申し訳ございません! 大変失礼しました! 本人からも詫びさせますので……!」 こんなに勢いのある謝罪をされたのは初めてだ。俺は思わず笑ってしまう。「気にしないでください。こちらも気軽に受け取ってしまってすみません。勝手がわからなくて」 何度も詫びられて、かえってこっちが申し訳なくなるほどだった。「照近さん、あとはやるから。部屋にいていいよ」「じゃあ……そうします。なにかあったら呼んでください」 英一の機嫌は斜めになったままのように見えた。 若い子のうっかりにそうまで怒らなくてもとは思うが、彼も礼儀に厳しいところがある。 愛想笑いのままスタッフの間を抜けて階段へ向かう。 二階に上がり、自分の部屋へ入った。 ──後ろ手に静かに扉を閉じて一人になると、途端にドッと心臓が跳ねる。 ドッドッドッ。心臓がうるさい。顔が熱い。 これは羞恥だ。(ううう、恥ずかしい) 召使いと思われるくらい、俺はみすぼらしかったのだろう。 俺が恥ずかしいなら、主人の英一はもっと恥ずかしかったに違いない。 英一に恥ずかしい思いをさせたことが、恥ずかしい。 部屋の鏡を見る。 きちんとした服装をしているつもりだったが、この家には釣り合っていない姿なのだ。 ……なにより、自信が身についていないのかもしれない。 鏡に映る俺は地味で頼りなくて、家の お ま け みたいだった。 ぴろん。スマホがメッセージの着信を告げた。 ナツメからだった。[ 照近さん! 作りたいもの決まりました! ][ 思ったんですが、当日は材料の買い出しから一緒に行きませんか? 間違えて買ったらめんどくさいし…… ] 画面を見つめるうち、俺は天啓を得る。 この縁にすがるなら今しかない。 夢中でキーボードをタップした。[ ナツメさん、お願いがあります ][ 買い出しのついでに田舎者を助けてください ]