4 料理する棘【1】
4 料理する棘【1】
「出かけてくるけれど、何かあったらすぐに連絡するんだよ」「子供じゃないんですから」「キミが出かけるときはタクシーで移動してね。変な節約意識で長距離の徒歩移動とかやめてよ」「そ……れはするかもしれませんけど、それくらい」「心配になるから。私のためと思って。じゃないと専属運転手をつけるよ」「わかりました、わかりましたよ」「よろしい」「心配はここまでにして、ゴルフ楽しんできてくださいね」「うん。たまには外に出るよう背中を押してくれてありがとう。照近さんも友達とゆっくりね」 玄関で英一を見送る。 しばらくしたら俺も出発の時間だった。 今日は土曜日。快晴。 英一は友人と泊まりがけでゴルフ、俺はナツメと買い物をして料理を教える日だ。 ナツメの希望で、英一には「友人と外で会って、家で一緒に夕食をとる」としか言っていない。 予約しておいた時刻にタクシーが到着し、駅前へ向かった。 待ち合わせの場所は人通りが多く、俺はあっという間に埋もれてしまう。 一方、ナツメは父親の遺伝子を継いだ高身長で、群衆のなかでもすぐに見つけられた。「ナツメさん、おはようございます。照近です」「照近さん! また会えて嬉しいです。今日はよろしくお願いします。ほんとに僕に任せてくれるんですか?」 取材の一件があって、ナツメには服を一緒に買って欲しいとお願いしていた。 そういった世話がむしろ好きらしく、快諾して待ち合わせ場所を指定してくれたのだった。 このあたりは様々な店舗が並ぶ商業エリアだ。老若男女歩いているが、みんなオシャレに見える。「ぜひとも。ちなみに今の俺の格好ってナツメさんから見てどうですか?」 両腕を少し広げて服装を見せる。 持っている服の中でもわりと最近(数年前)に買ったものだ。「うーん………………………、うん」「はい」 ニコリと笑ってもらえたが、怖くてそれ以上を聞くのはやめておく。 お世辞は言わないタイプらしい。いまはそのほうが頼もしく思えた。 彼について歩いていく。 どこへ行くのか説明されたところできっと理解できないため、余計な質問はしていない。 だが、少しだけ心配なところはあった。 なぜならナツメがオシャレすぎるからである。 彼は金髪がよく似合っていて、中性的で洗練された服をも聞こなしている。輝くような肌艶の良さと血色は化粧だろうか。 比べるのは良くないが、長男の柾諒が『堅実正統派』、次男の 芙美也 ( ふみや ) が『伊達男』なら、彼は『麗人』だ。三兄弟そろってメロドラマの男役のような顔立ちの良さである。母親の顔は知らないが、少なくともあの父親から生まれればこうもなるか。 とにかく、ファッション上級者すぎる。 初心者マークがついている俺の程度にどこまで合わせてくれるのかわからなかった。「でも、なんで僕を頼ってくれたんですか?」「実は……」 移動しながら、この前の取材でおきた出来事を話す。 ナツメは大笑いしていた。「なにそれ、相手も失礼だなぁ。普通そんな勘違いしないでしょ」「勘違いさせてしまうくらい、俺が地味だったのかな……と……」「ギャハハッ」 怪獣みたいな笑い方するな、この人。 ──そして、俺の不安は普通に的中するのだった。 明らかなハイブランド店に連れていかれ、高貴な雰囲気に呑まれて縮こまる。 ナツメと店員は顔馴染みらしい。「フィッティングルームにどうぞ」「あ……はい」 案内された先は、試着室というか……部屋だ。ソファあるし。 とても逆らえる雰囲気ではない。店員に渡されたシャツやセットアップをおそるおそる着る。「照近さん、入っていい?」 ナツメがドアをノックして、返事より先に入ってきた。俺を見るなり笑い泣きで背中を叩いてくる。「見慣れてないから変に感じるだけだよ! ほんと! 照近さん素材はいいから! ギャハハ」 俺は呆然としていた。鏡に映る姿は服に着られていて、笑いも通り過ぎてドン引きである。 そもそも、似合う似合わないの問題ではない。 服についている値札を見てぶっ倒れそうになった。想像よりゼロの数が多すぎる。 ナツメが涙をぬぐいながら言う。「ごめんごめん。ここが照近さん向けじゃないのわかって連れてきてるから。脱いじゃっていいよ」「か……からかったんですか?」「いやいや、最初にめっちゃハードル高いやつ着て脳みそにパンチしとけばさ、あとは何着ても『これなら許せるかも』って思えて楽でしょ?」「確かに……?」「ねー?」 いつの間にか彼の口調は砕けていて、その調子の良さに言いくるめられていく。 元の服に着替えて試着室を出る。 店員が服を受け取るために近づいてきた。冷やかしになってしまったので、謝り倒して服を返す。「またいつでもいらしてくださいね」 冷ややかな対応をされるどころか、品のある笑みと共に名刺を渡してくれた。なんて良い 店員 ( ひと ) なんだ。 こういう、自分のためにたっぷり時間を割くお出かけは初めてだった。疲れもするが、冒険をする高揚感があった。 このハイソなエリアはいるだけでもプレッシャーがある。ナツメが隣にいなかったら、とうに気力は尽きていただろう。いま楽しめているのは彼のおかげだ。「照近さんなら、さっき店の服ぜーんぶ買ったって父さん許してくれるよ」「しませんしません。あんな高い服、初めて試着しました。値札見たとき全身の毛穴がヒュッて閉じましたよ。一滴も汗かくわけにはいかないって」「もしかして照近さんって、父さんが着てる服がいくらか知らない?」「えっ……。おしゃれ着洗剤でドッカンドッカン洗濯機回してるんですけど」「知らないほうが良さそう」 おっと、足が震えてきた。