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6 冬の日【1】

運命じゃないけれど。 — fujossy.jp · All chapters

6 冬の日【1】

デートの日が来た。 いや、デートと言うほどのことではないのかもしれない。 だが英一もいつも以上に身だしなみをきちんとして、浮かれているように見える。 二人して肩に力が入ったまま目的地に着いた。 このエリアにはグルメやファッションの店舗が集まっているほか、映画館や美術館などのエンターテイメント施設、広場やシティホテルもある。好きなところに行こうと言われたが、若くないからあちこち回るつもりはない。 まだ昼間だから客足はほどほどだ。 静かなカフェラウンジでお茶をしながら、人が行き交う外の景色を眺めていた。「現代ってこうなっていたんだねぇ」 唐突に、英一がしみじみとそんなことを言う。 なんだか抽象的な言葉に首を傾げる。「過去からタイムスリップしてきた人みたいなことを言いますね」「実際、そんな心地がするんだよ。街の景色も、人の服装も、価値観も……すっかり変わったね。今は。自分がどれだけ仕事しか見ていなかったか、こうしてやっと自覚する」「その理屈なら、俺もあんまり人のこと言えないです。 流行 ( はや ) りからすっかり置いていかれて。無関心なうちは気付かないですよね」 紅茶のカップを見下ろした。褐色の水面から甘い匂いが立ちのぼって鼻腔をくすぐる。 フルーツフレーバーの紅茶も、知らないうちに世間の当たり前になっていた。その味がするのかと思っていたら本当に香りだけで驚いた。「ねえこの紅茶、マスカットの味しないよ。香りだけだ」 英一も同じことで驚いている。「フレーバーティーってそういうことみたいですね。こんなに香りがするのに、果汁が入ってるわけでもないなんて不思議……」「ミルクを入れたらめちゃくちゃにならないかな?」「やってみたらいいんじゃないですか?」「簡単に言うなぁ」 おそるおそるミルクピッチャーをつまんで紅茶に流し込んでいる。カップを口に運ぶと、英一は顔をしかめていた。目がキュッと細くなって、絵文字みたいな顔だなと思った。 せっかくだから、俺も同じことをする。 乳白色に近づいたそれを飲む。ミルクのせいで香りも爽やかさも飛んでいた。英一と同じ表情になる。「なるほど」「うん、勉強になったね」 なんとも言えない味わいになった紅茶を飲み干し、椅子の背もたれに深く身体を預けた。「そういえば、タイミングがわからなくなる前に渡しておきたいものがあるんだ」 英一がコートのポケットから小箱を取り出し、テーブルに置いた。俺の方へ推しやる。「俺に……ですか?」 白の化粧箱を開けると、そこにあるのは腕時計だった。 クラシックな丸みのあるフォルムで、薄くてすっきりしている。シンプルな文字盤には知らないブランドロゴがあった。控えめな印象ながら力強い気品を放っている。「最近、おしゃれを楽しんでいるみたいだから、こういうのも似合うかなと思って。私が勝手に選んだもので悪いけど」 俺が目をしばたかせて美しい機械を見つめていると、英一が不安そうな顔をした。「着けない派だったかい?」「着けたことないだけ派です。必要になることがなかったから……」 英一が俺に選んでくれたということが嬉しかった。 本当に触ってもいいのか戸惑うほどの立派な時計だが、勇気を出して手に取り、左手首に巻いてみる。 留め具の扱いがわからず苦戦していると、英一が手伝ってくれた。 ほんのりとした心地よい重みが手首で輝く。 着けた姿を見せたくて、腕を軽く上げる。「嬉しい、ありがとうございます。社会人みたい」「なんだか不思議な感想だね。よく似合ってるよ」 英一の優しい眼差しが照れくさくて、肩をすくめて笑った。   ■ カフェを出た後は、個展を見ることにした。 同じ建物内での開催を掲示で知ったため、俺も英一も内容をよく知らない。 展示会場に着いてやっと、有名な人形作家の作品展示だと理解した。『稀代の人形作家。アルファの家系に長男アルファとして生まれ、屋号を継がずに作家として大成。紆余曲折の人生──』 老年の男性の写真と共に、そんな紹介文が入り口に設置されている。 若者は興味がない企画なのだろう。会場には年配の人間がちらほらといるだけで閑散としていた。 見物人より人形のほうが多い。 展示台には高さ三十センチほどの人形が等間隔に並んでいる。昔の着物を着ているものもあれば、現代的な服装の人形もあった。どれもが生活のある人間を小さく固めたように見えて、傷付ければ血が流れそうだ。「 桐塑 ( とうそ ) 人形だって」「伝統工芸ってちっともわからないですけど……どの人形も生々しいですね」 アルファの人形は凛々しい表情のものが多い。ベータやオメガの人形は慎ましい仕草で、美しいものから愛らしいものまである。 整然と並ぶそれらを眺めていると、俺はなんだか怖くなる。(とても口には出せないけど、アルファの人形だけ意図的にどれも顔が似てる気がする。明らかに違う人物を作ってるのに。不気味だな……) 俺の視線を追うようにしながら、英一がぽつりと言った。「この人の気持ちがわかるような気がするよ」 展示の終わりに着き、そのまま出口を通って雑踏の中へ戻る。