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オメガの感覚からいくと、『口説く』というのは『孕ませようとする』ことだ。 アルファにとってもそうではないのだろうか。 彼は、 娶 ( めと ) ってなお俺の身体に触れようともしない。うなじを噛むこともない。 俺たちは法的な つ が い である一方で、 αΩ ( ひと ) としての つ が い ではなかった。驚くほど清い関係が続いている。「二番煎じってなんだか気まずいね。こっちを飲むかい?」「いいえ、俺は英一さんがいれてくれたお茶がいいです」 ざぁ。風の音が聞こえて、庭の木の梢が揺れる。壁にかかった全身鏡がそれを反射していた。 直線のない独特な形の鏡はいつ見ても奇妙だ。しかし規格外だらけのこの豪邸ではしっくりと溶け込んでいる。 英一の前妻が特注させたものなのだとか。 なお、英一の前妻はベータで、現在は浮気相手と再婚しているらしい。 ニュートラルで自由な性であるベータは気ままなものだな、と思う。 裏切りが発覚した際はそれなりに揉めたようだが、英一は訴えることはせず手切れ金を渡して婚姻関係を終わらせた。 あえて古傷に触れる必要はあるまいと、彼が話してくれること以上は聞いていない。「ああいうの、処分しても構わないよ。気になるかい?」 鏡を見つめていたら、英一に気を使わせてしまった。「前の奥さんが選んだものだからって、邪険にしたりしませんよ。……でも、英一さんのお子さんがたにとっては複雑でしょうか。お母さんの物と俺が暮らしていたら」 前妻の部屋はいま、三男の部屋になっている。その三男もパートナーを見つけて家を出ているから物置状態だが。 だから、俺が近寄ることはない。 大きな家具だとか、庭のデザインだとか、すぐにどうにかできないものだけが前妻の爪痕として残されている。「あの子らは気にしないよ。どうせ滅多に家に寄り付かないし。キミの気持ちを優先していいんじゃないかな」「なら、このままで大丈夫です」 昔から俺は、嫉妬心とは縁遠い性格をしている。鈍感ともいう。 南雲井家を自分の一存で荒らすのも気が引けた。 不規則にうねる鏡には、遠巻きに俺たちも映っている。 きちんとした英一に対し、俺はなんだかくたびれたシルエットをしていた。 姿勢から違うな、と思う。 普段より身だしなみに気を使ったつもりだが、日頃の粗雑さがにじみ出ている。 白髪染めをしたおかげで多少若く見えるかもしれないが、夫の介護や死別を経験した疲れは未だ顔つきを暗くさせていてひどいものだ。 陰気なこのオメガの何が良かったのやら。 物好きなアルファと言える英一は、諸白髪と眼鏡がよく似合っていた。余計な脂肪のない肉体は真っ直ぐで、品がある。 優雅な屋敷の主人として、なんの不足もない。 飾らない人だからあんなに美しく老いたのか、美しいまま老いたから飾らずにいられるのか……両方だろう。