7 夢
7 夢
2LDKのあの部屋にいる。 俺は正座していた。 空 ( から ) の布団を見つめながら。 どこかから蔵乃の声が響いてくる。『あんな最期があるものですか。幸日は力を振り絞って……不幸な結婚生活だったと訴えようとしたんだわ。あんたは最低な嫁、クズのオメガ、恥知らずめ』 声はまっすぐ俺に向いていた。 何も言い返せない。 親の決めた結婚という遠慮がお互いにあった。 特に幸日は情がわくことを嫌がり、義務的な夫婦以上の交流を求めなかった。 だから手を繋ぐことも、キスも、歓談も、うなじを噛むことも、ヒートに至ることも無かった。 結局、他人のまま死に別れた感覚はぬぐえない。「照近」 空だったはずの布団に幸日がいた。晩年のすっかり弱った姿で、痩せ枯れた手を宙に掲げている。「幸日さん!」 急いで幸日の手を握る。 もう目が見えていないのか、彼の瞳は何もない宙を捉えていた。 ああ、これは、覚えている。臨終の日と同じだ。 己の死を悟った幸日は、か細い声で俺の名前を呼び続けた。 彼の冷えた手を握り、俺は返事をする。何度も、何度も。 普段、彼が俺の名前をこうも呼ぶことはない。黄泉への旅が不安なのだろう。 みなまで言わずとも、一緒にいて欲しいという気持ちが声からにじみ出ている。「照近」「はい。ここにいます。幸日さん、俺はここです」 握り返す力もない手をぎゅうと握る。 俺だって、置いていかれたくない。 アルファあってのオメガだ。幸日の死は俺の死であるはずなのに、そうはならないことがおかしい。 そう、俺はこの人と一緒に逝くべきなのだ。 この苦しい世界に居残りしなくて済むし、みんなが立派なオメガだと褒めてくれる。 なにより、彼もさみしくない。冥土の世話係も必要だろう。「幸日さん、俺もすぐ──」「もういい」 ふいに、幸日は俺の手を振り払った。そんな余力などどこにあったのか。 俺が驚いている間に、彼はそっぽを向いて息を引き取っていた。「……あ、」 世界が真っ暗になる。 幸日が横たわっていた布団も、俺の足元も、何も見えない。(ああ、そうだ。この瞬間から、俺は宙ぶらりんになって、 2LDK ( ここ ) から動けなくなった)『幸日に孤独を選ばせたのはおまえだ』『おまえのせいだ』『幸日の人生を台無しにした』 また声が聞こえた。 けれどそれは蔵乃ではなく、俺自身の声だった。『人殺し』