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あれから、互いの深い話をすることは無かった。 合鍵で入ってくる彼をリビングなりで迎え、時間になると食卓を挟んで庭のことだったり、気候のことだったり、料理のことだったり、当たり障りのない話をする。そして玄関で送り出す。 特段仲良くなった実感もなければ、うんざりされている気配もない。日常の工程がただ増えたような自然さで、家の中で完結した関係が続いていた。 そうして春が終わり、夏も晩となったころ。 曇りの朝はカーテンを開けても心許ない光量だった。 空気はしっとりしていて、予報を見なくてもやがて雨だとわかる。「えっ」 朝食のために冷蔵庫を開けて異変に気付いた。ぬるい。 コンセントを抜き差ししたり、様々試したが調子が戻ることはなく、寿命を迎えたのだと認めるしかなかった。 ひとまず朝食をととる。 そのあと、クーラーボックスを引っ張り出してきた。製氷室の生き残りをまるごと流し込み、冷凍庫と冷蔵庫の危うげなものはクーラーボックスに避難させ、常温でも大丈夫そうなものはキッチンカウンターにまとめて置いた。 知り合いの業者に電話し、適当な冷蔵庫を手配してもらう。早ければ明後日にでも交換してくれそうだ。 照近や庭師たちが来たら、事情を話してその場で食べられるものは食べ、持ち帰れるものは持ち帰ってもらおう。 インターホンが鳴った。時間的に照近だ。しばらく待てば、彼がリビングの扉を開けて入ってくる。 冷蔵庫の話をしようとキッチンから出るなり、彼の顔を見て声を上げてしまった。「どうしたの、それ」 照近の左頬に大きなガーゼが貼り付けられていた。目に近い位置で、瞼までほんのり腫れている。「転びました」「……顔からいったってことかい?」 不自然に思ったが、照近はそれ以上なにも答えなかった。 彼の視線がキッチンの冷蔵庫に向いている。コンセントを抜いてあるから、扉が開けっぱなしだ。「ああ、実はね……」 故障のことを伝えると、早い昼飯として痛みそうな食べ物から一緒に食べてくれた。 やってきた庭師たちにも協力を頼むと、彼らは喜んで持参のドリンク用クーラーボックスに食材を詰めて持ち帰ってくれた。「自分でやるからいいのに」「ついでですから」 照近は進んで冷蔵庫の掃除を引き継いでくれた。手持ち無沙汰になってしまった私は照近の後ろ姿を見つめる。 顔の怪我のことを聞きたかったが、彼は話したくなさそうだ。庭師たちにも質問されて返答を濁していた。 ただでさえ物静かな彼が、いつもより元気がないことも心配だった。 思い立ち、ダメ元で声をかける。「こんな状態だから今夜は外食するけど、一緒にどう?」 急に声をかけられた照近が、開けっぱなしの冷蔵庫のドアで頭をぶつけていた。 駆け寄ろうとすると、大丈夫だと片手を上げて静止される。「いてて。──そんな、俺なんかが」「すごく美味しいパエリアのお店なんだ。魚介がこう、乗っていて」「パエリア……」 渋る仕草はしていたが、食欲に負けた表情がわかりやすかった。(照近さん、意外と食べ物で釣れるんだな) ざあ、と雨が降り出す音がした。