11 水入らず【1】
11 水入らず【1】
ばたばたしているうちに年末の食事会の日がやってきた。 南雲井邸には長男夫婦である柾諒と篠、その子供たち、次男で独身の芙美也、三男のナツメと内縁の 女夫 ( おっと ) である 綃子 ( しょうこ ) が集まっている。 主催である柾諒が 出張料理 ( ケータリング ) を手配してくれていたので、俺の出番は特に無かった。 テレビ側のローテーブルではナツメと綃子が柾諒の子供たちに手まり寿司を食べさせている。その横で芙美也が三人分の酒のグラスを見守り、つまみをつついていた。 三人はもともと仲が良いらしい。砕けた会話に遠慮がない。 芙美也と会うのは二回目だが、変わらずの美丈夫だ。 綃子とは初対面で、ナツメから聞いていた通り芯の強そうなアルファ女性だった。 柾諒と英一はキッチンカウンターに座って仕事の話をしているようだった。 俺は篠と一緒にダイニングテーブルでありあまる量の飯をのんびり食べている。「記事のこと、大丈夫でした?」 篠が小声でそうたずねてきて、週刊誌の悪意ある記事についてだとすぐに察する。 「教えてくれたおかげで、冷静に対応できましたよ。心配をおかけしてすみません。ありがとうございます」 当人に伝えることが正しい行いなのか不安だったに違いない。笑顔を作り、さも終わったことのように話せば篠は安心した顔をした。 俺の感謝に偽りはない。あの早い段階で知れて良かった。 この場にいる大人たちは、それぞれの方面から情報を仕入れているだろう。みんな、優しさから触れないでくれているだけだ。 俺だけが知らないままだったなら、情けない思いをするところだった。 バイブレーション音が聞こえた。見ると、綃子がスマホを持って立ち上がるところだった。職場からの電話らしく、申し訳なさそうに扉へ向かう。「廊下は寒いし、僕の部屋で電話していいよ。二階の──」 ナツメが位置を教えると、綃子は頷いて部屋を出て行った。廊下の話し声が遠退いていく。「おかーさん、おもちゃであそびたいー」 ナツメのそばで遊んでいた子供たちが篠のもとへ駆け寄ってきた。彼らが指差す先はサンルームだ。「いいよ、一緒に行こうか」 篠と子供たちが移動すると、俺だけになったダイニングテーブルへナツメと芙美也がやってくる。「照近さん、食べてる?」「はい。ナツメさんも芙美也さんもたくさん食べてくださいね」「食べる食べる」「俺は照近さんの料理が食べれると思ってたんだけどなぁ」「芙美也、顔合わせのときに食べた角煮のことずーっと言ってるよね」 ナツメと芙美也は大皿の料理を自分の皿に取り分けながら、俺の作った料理を恋しがってくれた。ケータリング業者がキッチンにいる手前、気まずくもあるが嬉しい。「角煮くらい、いつでも作りますよ」「マジ? 俺と結婚してよ。歳下はダメ?」「聞こえてるよ、芙美也」 カウンターの英一がニコニコしながら牽制してきた。その反応速度はさすがに大人気なくて、俺もナツメも笑ってしまう。「てか、すっかりかっこよくなったよねー」 ミニハンバーグを頬張りながら、ナツメが俺を見る。「何度も言いますけど、ナツメさんのおかげですよ。……あ、髪は最近、英一さんが切ってくれてるんです」「へー、父さんが……父さんが!?」「父さんが!?」「親父が切ってるの!?」 三兄弟が同時に驚いていた。 美容院にまた行くのがどうしても怖くて、でもなんとか髪型を維持できないか自分で切ろうとしていたところ、英一が試しにやらせてくれないかと名乗り出たのだ。 さすがアルファというべきか、動画で勉強しながら二回もやれば、写真の通りにヘアカットできるようになっていた。「キミたちの髪もいつでも切ってあげるからね」「それはいい」「絶対ヤダ」「無理」 自信満々だった英一がしゅんとしながら会話から退出していった。隣の柾諒が気を使って別の話題を振っている。「ぱっと見じゃ、オメガだなんてわからないよね」 俺を見ながら芙美也が言った。 褒め言葉にも聞こえたが、少し引っかかる言い方だ。同じように思ったのか、ナツメが芙美也を肘で突いていた。「そうそう、男オメガも妊娠すると母乳が出るって本当?」 話題を変えようとしてくれたようだが、ナツメのデリカシーも大概である。 若いベータたちによる好奇の目はもはや微笑ましささえあった。「出ますねぇ」「おおー」 素直に感心している様子は見ていて悪い気がしない。「同じ男なのに、オメガって不思議な身体の作りだよね。生理ないのに妊娠するし」「神様は何を思ってこういう風に人間を作ったんでしょうね」 男オメガは性交の刺激によって排卵するため、月経がない。いつでも妊娠できるという点が女オメガと違うところだ。「俺はさ、オメガでもないのにアルファ女の ネ コ になったナツメも同じくらい不思議に思ってるけどな」「うるせー、人それぞれだろ!」 ナツメと芙美也が他愛のない口喧嘩を始めた。この二人は「喧嘩するほど仲が良い」の典型らしい。