12 石の下【1】
12 石の下【1】
正月は正月でてんてこまいだった。自治会の挨拶やらなんやら。 親戚の集まりが一番緊張した。普段参加しないナツメが顔を出し、挨拶回りで忙しい英一の代わりにそばにいてくれたことが救いだった。 松の内も明けてようやく日常が戻ってきたころ。 買い出しからの帰り道、タクシーで坂を上がりながら──安全のために徒歩移動を控えるように言われている──住宅街を眺めた。 自治会の雑談で初めて知ったが、このごろ観光目的の不審者が多いらしい。 紫環崎は完全な住宅地だ。住民か業者くらいしか出入りしないため、よそ者がうろついているととても目立つ。 出入りが激しい年末年始は誰も気にしていなかったが、それも終わればスマホを構えて立ち去る者の存在に違和感を覚える。 住民たちは積極的に通報したようだ。 結果として「あの土地は面倒くさい」と噂が広がり、不審者情報が減りつつはあるらしい。 記事かネットを見て南雲井邸や俺を一目見ようとした野次馬かもしれない……そう思うと気が重い。 近隣住民がどこまで知っているかとても聞けず、「今の世の中怖いですね」と、とぼけることしかできなかった。(近所の人も裏で噂してたりするのかな……) 家 ( うち ) のことが近所やネットでどう言われているのか、気にならないと言えば嘘になる。 《バズ》のほうを見ているならともかく、記事のほうを読んでいたら……。俺だけの問題なら無視できたが、英一の名誉にも関わってくることだ。 帰宅し、キッチンで夕飯の準備をしているとナツメから電話がかかってきた。ビデオ通話だ。 応答すると、画面の向こうも夕飯の準備をしているところだった。『綃子が出張なんだよね。一人でさみしいから、通話しながら料理の練習していい?』「いいですよ。何作るんですか?」『肉じゃが』「家庭的」 フランス料理とか作りそうな見た目なのに。『照近さんは何作るの?』「マクルーバとタッブーレです」『なにて?』「最近スパイスにハマってて……」 声が聞こえたのか、リビングのソファで本を読んでいた英一が振り向いた。「ナツメかい?」「はい。英一さんも挨拶しましょうよ」「私はお呼びじゃないさ」 と言いながらも、カメラの範囲内まで歩いてくる。『そのとーり』 父子はよく似た笑い方で挨拶を交わしていた。 スマホ画面の向こうから野菜を切る音や水道の音が聞こえてくる。 近況報告がてらの雑談をしながら俺も料理を進めた。 といっても、マクルーバの下ごしらえは朝のうちにほとんど進めてある。あとは砕いたパスタを揚げたり、スープで米を煮るくらいだ。『それは? オートミール?』「ブルグルです」『何?』 ブルグルをレモン汁と水でふやかして、その間にパセリを刻む。「古本屋で家庭料理のレシピ本を買ったんですけど、日本以外のも紹介されていて、作ってみたらわりと楽しくて」『父さんはそれを食べてるんだ』「食べてくれてますね」「昨日はムサカだったよ。ワインとよく合ってた」『だから何料理なの?』 カウンター席に座って本の続きを読んでいた英一が会話に参加するが、ナツメは怪訝な顔をするばかりだった。 ぐつぐつと煮込む音が聞こえる。ナツメの肉じゃが調理はうまくいっているらしい。『そういえば照近さんさ、最近自分で買ってないアイテムでコーデしてるよね』「え、わかりますか」『うん。照近さんの好みっていうか、父さんの好みっぽいブランドだし。貢がれてるの?』「み、貢ぐというか……」『集まりのとき気付いたけど、腕時計だけじゃなくて、玄関にあったキーケースもマフラーもそうじゃんね。どうせ万年筆とか、ジジくさい贈り物までしてんでしょ』 もらったなぁ、万年筆。部屋の引き出しに入っている。『愛情表現の仕方わかんなくて短期間に小物贈りまくってんの、ウブすぎて息子として恥ずかしいよ。青春やり直してんの? ハートのネックレスとか絶対贈らないでね。ねえ父さん聞いてる?』 本を読むふりをしている英一は、気恥ずかしそうに顔を赤くしていた。