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人魔大戦①

蜘蛛ですが、なにか? — ncode.syosetu.com · All chapters

人魔大戦①

三人称視点となります

【オークン砦】

後の歴史家は人魔大戦の口火を切ったのはオークン砦だと語る。

一般的には魔族が人族領域に同時に攻め込んだとされているが、それ以前に、オークン砦には魔族の奸計が侵食していた。

事の起こりは魔族の同時進行が起きる1日前。

砦の中にとある荷物が届けられた。

荷物を届けたのは砦にいつも物資を搬入している部隊。

補給部隊として今まで真面目に働いてきた彼らを疑う人物はいなかった。

それゆえに、その荷物も大した検査もされず、砦の内部に運び込まれてしまった。

それがとんでもない爆弾だと、知りもせずに。

「うん? 何だこの荷物?」

「さあ? 中身は聞いてないな。匂いからして、軍馬の餌か何かか?」

「いや、動いてないかこれ?」

「は? まさか。…動いてるな」

「おい。これを運び入れたのはどの部隊だ?」

「わ、わからん。俺も気づいたらここにもう置いてあったから…」

「すぐに照会しろ。それから、上にこのことを報告だ。俺はここでこの荷物を見張ってる」

「ああ。わかった」

荷物を発見した兵士の対応は間違っていなかった。

間違ってはいなかったが、些か遅すぎた。

「! 危ない!」

荷物からそれが飛び出す。

そのまま兵士の一人に飛びつき、押し倒す。

「グッ!?」

「な、アノグラッチだと!?」

兵士に飛びかかったのは1匹の魔物。

猿のような姿の魔物だ。

「なんだ!? どうした!?」

「ま、魔物!? どうして砦の中に!?」

「すぐに助けるぞ!」

騒ぎを聞き駆けつけた別の兵士たち。

彼らは剣を抜き、同僚に襲いかかる魔物に向けてその刃を突き出す。

「やめろ! 殺すな!!」

彼らも冷静な状態だったなら思い出せたはずだった。

そのアノグラッチという魔物、その恐ろしさを。

無数の剣に貫かれ、絶命する魔物。

それを合図に、他の荷物の中から飛び出る同じ種族の魔物が数匹。

その姿を見た兵士の何人かが、自分のしたことの意味に気づき、青褪める。

「こうなっては仕方がない! 迎撃だ!」

残った魔物も、兵士たちの手によって始末される。

単体ではさほど強くもない魔物だ。

魔族との戦いで最前線を務めるこの砦にいる兵士の敵ではない。

が、それはあくまで相手が1匹だった場合の話だ。

「上に報告を」

「ああ」

魔物を殲滅した兵士たちの表情は重い。

「なんて報告する?」

「復讐猿の悪夢が始まる、と」

アノグラッチ、別名復讐猿。

同種を害した存在を絶対に許さないと言われる、獰猛な魔物。

もしその魔物を殺しでもすれば、奴らは大群で押し寄せてくる。

そして、相手が死ぬか、群れが全滅するまで、決して止まることはない。

怒りの狂気を宿した魔物。

「どうなるんだ、俺たち」

「最悪、この砦は陥落するかもしれん」

アノグラッチの大群がオークン砦を襲撃したのは、その翌日。

魔族が人族領域に同時攻撃を仕掛けた、まさにその日だった。

「うまくいったわね」

「はい。全て抜かりなく」

魔族軍第二軍団長サーナトリアとその副官は、遠く離れたオークン砦を眺めていた。

砦の壁には無数の猿型の魔物が取り付き、次々と砦の中に侵入していく。

砦を守る人族も、最初は魔物の侵入を防ごうと、魔法などで迎撃していた。

しかし、アノグラッチという魔物は殺しても殺しても、次々と湧いてくるような勢いで続々と砦に集まってきている。

この数の暴力こそがアノグラッチの恐ろしさであり、死を恐れずに向かってくる異常性こそが最も厄介な特徴だった。

かの魔物に目をつけられれば最後、堅牢な砦でさえこうして陥落していく。

「そう。これで、こちらの被害は0で済んだわね」

「そうですね。もっとも、しばらくは砦に近づくこともできなくなってしまいましたが」

魔族でもアノグラッチには手を出さない。

下手に目をつけられるわけにもいかないため、アノグラッチが全て撤退するまで、たとえ砦が陥落しようと近づくことはできなかった。

「それは仕方ないわ。それに、この戦争は侵略が目的ではないもの。これで十分よ」

「それもそうですね。しかし、見事な手腕でした」

「そんなことないわ」

サーナトリアは本心からそう思う。

彼女が今回やったことは実に単純だ。

人族の補給部隊をサキュバス族の力で誘惑、洗脳し、アノグラッチを数匹捕獲させる。

そして、それを補給物資とともに砦の中に運び込ませる。

ただそれだけだ。

穴も多いし、失敗する確率も高い。

が、サーナトリアは失敗しても良かった。

重要なのは、アノグラッチに人族がちょっかいを出すという、その状況を作ることだけだったのだから。

別に砦の中にアノグラッチが運び込まれなくても、他の人族を洗脳して、その場で殺させればいいだけなのだ。

あとはその人物を、なに食わぬ顔で砦に向かわせればいい。

今回はたまたま一発でうまくいっただけで、計画と呼べるような緻密さはなかった。

「ごめんなさいね、魔王様。私、あなたの思惑に素直に乗るつもりはないの」

サーナトリアは憂鬱そうに呟く。

その脳裏には魔王の姿が思い浮かぶ。

魔族の軍を率いるだけの力をサーナトリアは持っている。

それでも、あの魔王には勝てる気がしなかった。

サーナトリアは勝ち目のない相手に逆らおうとは思わない。

思わないが、このまま従っていても、いずれ使い潰されるのは目に見えている。

あの魔王はそういうものだ。

だからこそ、従順に従いつつ、その思惑から少しでも外れようとする。

「魔族としては間違ってるのかもしれないけど、ノルマはきちんと達成するから、見逃してくれないかしら?」

サーナトリアの独白に答えるものはいない。