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過去編⑥

蜘蛛ですが、なにか? — ncode.syosetu.com · All chapters

過去編⑥

作者「ギュリエディストディエス! お前名前長すぎるんじゃー!」

ギュリエディストディエス「!?」

作者「だからこれ以降地の文ではギュリエな!」

ギュリエ「!?」

作者「むしろもっと縮めてGでよくね!? 黒いし!」

G「!!?」

ギュリエはあの事件以来、千里眼を駆使してサリエルのことを観察し始めた。

龍種こそが至高であり、その他の種族は等しく下等生物。

そう教えられてきたし、そう信じて疑ったことなどなかった。

しかし、その常識をサリエルはたった一度の邂逅で覆してしまった。

この星にいるどの龍よりも圧倒的な力。

その片鱗を見せつけられ、ギュリエはそれまで信じていた龍種こそが至高というその言葉に、疑問を持つようになってしまったのだ。

あるいはギュリエがサリエルと同等かそれ以上の力を持った上位の龍種に会ったことがあれば、考えが覆ることはなかったかもしれない。

しかし、ギュリエはこの星で生まれ育ち、星の外、宇宙に行ったことがない。

その宇宙にいる上位龍と邂逅することもまたなかった。

故に、ギュリエの認識する龍種の上限は同じ星にいる龍たちであり、サリエルはそれらを軽く上回っていた。

だからこそ疑問に思ってしまったのだ。

本当に、龍種は至高の存在なのだろうか?

普通龍種がそのような疑問を抱くことなどまずない。

ギュリエが若く柔軟な思考を持っていたからか、それともなければギュリエが少々変わっていたからか。

いずれにせよ彼は疑問を抱いた。

しかし、だからと言ってそう簡単に今まで信じていたことを覆すことはできない。

だからこそ、ギュリエは疑問を持つきっかけとなったサリエルのことを観察することにした。

サリエルのことを観察していれば、本当に龍が至高の存在ではないのかわかるかもしれないという不安と期待を込めて。

この時点で疑問は既にギュリエの中で確信に変わっていたのだが、それを認めるのが癪で、なんとかサリエルの粗を見つけ出すことによって、「ほら、やっぱり龍こそが至高だった」と安心したかったのだ。

こと戦闘能力に関してサリエルに敵う龍はこの星にいないことに変わりはないという事実に目を背けながら。

そうして始めたサリエルの観察。

幸いにもギュリエにはその時間が山ほどあった。

龍は存在そのものが通常の生物とは乖離している。

寿命などというものはなく、食事や睡眠なども通常の生物と違ってごくわずかで済む。

そのため龍の生活というものは驚くほど穏やかだ。

何もしない日が続くことも珍しくない。

その何もしない、暇な時間をサリエルの観察に当てるだけでいいのだ。

一日中でも観察していられる。

観察を始めてみた当初、ギュリエの心を占めていたのはひたすら困惑だった。

サリエルのやっていることに対して、あまりにも規模が小さすぎると。

たとえば伝染病が流行している地域に医者を伴って赴く。

患者のことをかいがいしく世話する姿は、なるほど、人間の目線から見れば聖母のごとしだろう。

しかし、神であるならば、魔術でもって伝染病の元となっているウィルスを駆逐することも容易い。

サリエルはそれをしない。

医者の手に委ね、人間の力で問題を解決させようとする。

観察を続けていると、そういうできるはずなのにしないパターンを何度も見せられた。

次第に感じ始めたのは、苛立ちだった。

どうしてそんな回りくどいことをするのか?

効率を求めるのであればもっといい方法がいくらでもある。

それこそ神の力を振るえばそれで解決してしまうことが山ほどあるというのに、それをしない。

そのサリエルの非効率な行動は、ギュリエの目には偽善として映った。

本当に人を救いたければ、なりふり構わずに神の力を使えばいいのだ。

だというのに、サリエルは頑なに神の力を使おうとしない。

それで救えなかった命があった。

サリエルが看病した子供。

「お姉ちゃんありがとう」

「お礼は不要です。これが私の使命ですので」

「またね」

「ええ、また」

病院から去り際に交わされた、何気ない会話。

それがサリエルとその子供との最後の会話となった。

次の日にサリエルが病室に訪れた時には、子供は息を引き取っていた。

救えたはずなのだ。

なのになぜ救わなかった?

救わなかったくせに、なぜ、そんな悲しそうな顔をする?

ありがとう、と言われた時、控えめに浮かべた笑みはなんだ?

観察し始めた時は、サリエルは人間味の全くない機械のような存在だとギュリエは思っていた。

天使というものはそういうものだと教えられてきた。

しかし、観察しているとそれが間違いであることに気づく。

確かにサリエルは機械的に慈善事業をこなしているように見える。

だが、ふとした瞬間にわずかに感情らしきものが見え隠れするのだ。

嬉しかったのではないのか。

子供にお礼を言われて。

悲しかったのではないのか。

子供が息を引き取って。

それなのに、その感情をないものであるかのように、機械的に次の活動に動き出す。

人の目線から見れば、サリエルの活動は度を越した救済に見えるだろう。

実際に女神と崇められ、感謝されている。

それに対する答えはいつも一緒。

「お礼は不要です。これが私の使命ですので」

人間の目には謙遜しているように見えるだろうか。

しかし、ギュリエの目には別のように見える。

偽善者が罪悪感でうなだれているかのように。

できるのに、しない。

しないくせに、救えないと落ち込む。

落ち込むくらいならば救えばよかったではないかと、苛立ちが募る。

そして落ち込む感情を誤魔化すかのように、機械的に次の活動に移る。

わかっているのだろうか?

使命と言いつつも、自身が感情に流されて行動していることを。

原生生物の保護が使命と言いつつも、救済の比重が人間に偏っていることを。

自覚がなさそうなサリエルの姿を見るたびに、ギュリエの苛立ちは大きくなっていった。

この時点で当初の目的を忘れていることに、ギュリエもまた気づいていない。