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過去編⑲

蜘蛛ですが、なにか? — ncode.syosetu.com · All chapters

過去編⑲

龍とは至高の種族である。

それが真実か否かは別として、龍たちはそう信じている。

そして、そんな至高の種族である龍が、サリエルに遠慮している現状に不満を抱かないわけがない。

かつてのギュリエと同じように。

それと同時に、龍も慈善事業ではなく、目的をもってこの星に居座っている。

その目的にそぐわない行動をとる人類を野放しにしておくことはできなかった。

たとえ、サリエルと敵対することになろうとも。

「それで、あなたが足止め役ですか」

「そうなる」

まっすぐに相手を見つめ返すサリエルと、気まずそうに視線を逸らすギュリエ。

場所は孤児院の応接室。

ギュリエも孤児院には度々顔を出しており、普段であれば応接室を使わずにそのまま中に入る。

しかし、不穏な気配を察したサリエルが、ギュリエを応接室に案内したのだ。

サリエルでなくても、ギュリエの様子がおかしいことなど一目瞭然だった。

それだけ挙動不審にされれば、鈍いサリエルでも何かがあったと察することはできる。

そして、半ば尋問するかのように、ギュリエから龍の動向を聞き出した。

「それで、どうするつもりだ?」

「もちろん阻止しに行きます。それが私の使命ですから」

ギュリエの問いに、サリエルは即答する。

いつものように。

「それが本当にお前の使命なのか?」

しかし、続けられたギュリエの問いかけに、サリエルは即答することができなかった。

「今、人間たちがしていることがどういうことか、理解していないわけではあるまい。原生生物の保護がお前の使命であるのならば、それごとこの星を崩壊させようとしている人間を止めることこそ、お前がとるべき行動なのではないか?」

顔を上げ、覚悟を決めたように語り出すギュリエ。

「もちろん、それで人間どもを根絶やしに、というのは行き過ぎだと私も思う。しかし、何らかの動きは見せるべきだ。それが本当にお前の使命であるのならば」

試すかのようなギュリエの視線。

サリエルはそこから目を逸らさない。

しかし、口を開くこともない。

サリエル自身、自分の行動が最善ではないことを理解していた。

しかし、それに対して疑問を持つことなど今までなかった。

サリエルははぐれ天使。

使命を忠実に守るだけの、意思なき装置のような存在。

より正確に言うのであれば、使命を守っているつもりになっているだけの、自身の意思で物事を判断することができない存在。

装置は装置らしく、あらかじめ設定された項目のみを愚直にし続ける。

そのあらかじめ設定された項目が、バグを起こしていようとも。

装置自身はそれに疑問を持たない。

サリエルもまたそれと同じで、自身の行動が最善ではないことを理解しつつも、そこに疑問を持つことはなかった。

しかし、今、ギュリエに問われ、サリエルは思考した。

本当にこれでいいのか?

それはサリエルにとって、初めて持つ疑問。

これまで、サリエルはずっと思考し、試行し続けてきた。

どうすればより効率よく使命を遂行できるのか。

しかし、それは傍から見れば、もともとの使命から逸脱した思考に他ならない。

サリエルのもともとの使命は、この星に住まう生物を神々の手から保護すること。

神の手が入らないようにする、それ以上でもそれ以下でもない。

だというのに、サリエルは率先して人類に干渉している。

神であるサリエルが。

その時点で使命を自ら放棄しているようなもの。

だというのに、サリエル自身は使命を正しく遂行していると信じて疑わなかった。

そこに、ギュリエの問いかけが投げ込まれた。

思考はすれども、疑問を持つことのなかったサリエルが、この時初めて自身の行いに疑問を覚えた。

「サリエル。いい加減使命に縛られるのはやめないか? お前は好きに生きていいんだ。使命なんて忘れて、お前が思う通りに生きていいんだ」

ギュリエの言葉はサリエルには理解不能だった。

言葉の意味は理解できるが、好きに生きるということがわからない。

サリエルにとって生きるということは使命を全うすることで、そこに好悪を感じることなどなかった。

否、好悪を感じても、それを理解しなかった。

感じていないわけではない。

しかし、感じているという事実を理解していない。

結果、その好悪は無視され続けてきた。

「よく、わかりません」

「だろうな」

ギュリエはこの時、言葉だけでサリエルの凝り固まった心をほぐせるとは思っていなかった。

しかし、サリエルの態度から、予想よりもいい結果に結びついているように見えた。

「ですが、私のすることは変わりありません」

誤算があるとすれば、サリエルが心の底から望むことと、龍を止めるということが一致していたこと。

好きに生きてほしいというギュリエの言葉は、確かにサリエルの心に響いていた。

響いたからこそ、わずかに生まれた疑問を吹き飛ばしてしまった。

サリエルのしたいことが、人々を守りたいという願いだったがために。

それが本当に使命を遂行するのに最善なのかという疑問を吹き飛ばしてしまう。

「待て!」

「ギュリエ。勝手ながら私はあなたのことを友だと思っています。ですから、この手であなたを殺すようなことはさせないでください」

ギュリエはその言葉に驚かされた。

ギュリエのことを友と呼ぶことにも、それでもなお邪魔をするのならば殺すという意思を見せたことにも。

そして、固まって動けなくなったギュリエを残し、サリエルは応接室を後にしていく。

「私が留守の間、孤児院の子供たちを、お願いします」

去り際に、そんな身勝手な願いを告げながら。

閉まる扉を、ギュリエは無言で見つめる。

途方に暮れた表情をしながら。

龍として、サリエルの友として、サリエルに心惹かれている男として。

どのように行動すればいいのか、ギュリエには選択できなかった。

龍として行動するのであれば、命を賭してサリエルの足止めをするのが正解だ。

圧倒的な差が存在するサリエルとギュリエだが、時間を稼ぐだけならばできる。

たとえば、子供を人質に取るなどすれば。

しかし、黙ってサリエルが出ていくのを見送った時点で、それは果たせない。

では、サリエルの側につくのか?

それは龍を裏切ることになる。

今まで龍であることを誇りに生きてきたギュリエに、その選択は取れなかった。

結局、ギュリエは何もしないという、酷く中途半端な、選択しないという消極的なことしかできなかった。

世界各地で同時に起きた龍による大規模な襲撃。

それは一瞬で人類に深刻なダメージを与えるはずだった。

しかし、サリエルの素早い参戦。

そしてなにより、MAエネルギーを使用した、ポティマスの設計した兵器の数々による人類の必死の抵抗もあり、龍の想定よりも戦いは泥沼化していく。

龍はサリエルから逃げつつも人類を襲い、サリエルが到着するまでの間人類は耐える。

そのような構図が出来上がった。