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S34 分岐点

蜘蛛ですが、なにか? — ncode.syosetu.com · All chapters

S34 分岐点

神言教教皇の後ろをついていくと、たどり着いたのはサロンだった。

中央に品のいいテーブルがあり、それを囲むようにゆったりとしたソファが置かれている。

教皇はそのソファの一つに腰掛けると、俺たちにその対面に座るよう促した。

カティアがそこに座ることに一瞬警戒したが、俺はかまわずに腰を下ろした。

ここで警戒しても意味がない気がしたし、正直気分が悪くて立っているのが辛かったこともある。

俺が教皇の真ん前、ソファの中央に座ると、その横にスーが体をくっつけながら座った。

ちょうどまだ立っているカティアの邪魔になる位置だ。

そこにスーが座ると、カティアは座れない。

俺の反対側のほうに座りなおすよう言おうかと思ったが、カティアはスーと一瞬視線を合わせた後、スタスタとソファの裏側を歩いて回り、スーとは反対側の俺の隣に腰掛けた。

……やたらくっついている気がするが。

教皇の生暖かい視線が居心地悪い。

ここまで教皇に付き添っていた女性たちが、そのまま給仕を始める。

俺たちの前にいい香りのお茶が出され、軽くつまめるお菓子もテーブルの上に数種類置かれた。

それらが終わると、彼女たちは退室していった。

残されたのは俺たちと教皇のみ。

気配を探ってみても、部屋の中に潜んでいる人はいない。

俺の感知能力を上回る隠密能力持ちがいれば話はまた別だが、少なくとも見通せる範囲には誰もいないのは確かだ。

少し、不用心すぎないだろうか?

「いいんですか? 一人っきりで」

「ええ。かまいませんとも」

そう穏やかに答える教皇の真意は、俺にはわからない。

なんだろうか。

この人の前だと、落ち着かない。

若葉さんと対面した時とはまた違う、別種の底知れなさを感じる。

まるで巨大な真綿を目の前にしているかのような、そんな気分。

簡単に燃やせそうなのに、突いても叩いてもびくともしない。

そんな脆そうなのに、全てを弾き返しそうな、漠然とした印象を受ける。

「そうですね。まずは私のことを鑑定してみていただけますかな? それで私が洗脳などされていないことを証明いたしましょう。今は見えるようにしておりますので、どうぞ」

鑑定を人にするのは失礼にあたるとされている。

特に貴族などはこの傾向が強い。

ステータスを読み取られるというのは、プライバシーを侵害する行為だと言えば、失礼に当たるというのも頷ける。

教皇ともなれば他人に鑑定させるなんてこと、そうそうしないはずだ。

それだけ、誠意を見せようということだろうか?

「では、失礼して」

とりあえず、僅かな疑念でも払拭しておくべきだと思い、鑑定を試みる。

『人族 LV1 名前 ダスティン

ステータス

HP:34/34(緑)

MP:29/29(青)

SP:21/21(黄)

:19/22(赤)

平均攻撃能力:27(詳細)

平均防御能力:25(詳細)

平均魔法能力:33(詳細)

平均抵抗能力:34(詳細)

平均速度能力:23(詳細)

スキル

「SP消費緩和LV4」「魔力感知LV3」「魔力操作LV3」「集中LV10」「思考超加速LV2」「予見LV8」「高速演算LV10」「記録LV10」「連携LV2」「統率LV3」「遠話LV2」「鑑定LV10」「調和」「光魔法LV3」「聖光魔法LV1」「治療魔法LV3」「奇跡魔法LV1」「毒耐性LV8」「睡眠無効」「苦痛無効LV10」「痛覚軽減LV2」「視覚強化LV3」「聴覚強化LV3」「嗅覚強化LV2」「味覚強化LV1」「触覚強化LV1」「生命LV5」「魔量LV4」「瞬発LV2」「持久LV2」「強力LV2」「堅固LV2」「術師LV3」「護法LV3」「疾走LV2」「矜持LV4」「節制」「禁忌LV10」

スキルポイント:0

称号

「節制の支配者」「輪廻を知る者」「率いるもの」「王」「救う者」「聖者」』

なんだ、これは?

教皇の鑑定結果は、予想外すぎるものだった。

ステータスの低さも、スキルのほとんどが非戦闘員であることを表していることも。

いや、まだそれは納得できなくはない。

神言教という超巨大組織の長とは言え、必ずしも高い戦闘能力を求められるわけではない。

人の上に立つために、武力よりも知力を選んだ。

それが教皇の在り方だったんだろう。

だが、そんなことは些事に過ぎない。

俺がどうしても見逃せないのは、節制、そして、禁忌LV10という、その二つのスキル。

「禁忌が……」

思わず呟く。

神言教において、禁忌は所持することそれ自体が許されざる罪なはずだ。

それは、俺たちと同じ転生者で、聖女候補でもあるユーリが血眼になって語っていたことからわかる。

神言教は禁忌のスキルを持っている人を、絶対に許さない。

だというのに、よりによってその神言教のトップが禁忌を、それもレベルカンスト状態で所持しているだって?

これは何の冗談なんだ?

「禁忌を知るからこそ、それを広めるわけにはいかないのです。それはあなたもよくおわかりでしょう?」

「なんっ!?」

問いかけの体をとっているけれども、教皇は確信しているようだった。

俺が、禁忌をレベル10になっていることを。

なぜ、そんなことを知っているのか?

俺が禁忌をレベル10にしたのは、エルフの里でアナを蘇らせた時のことだ。

その場にいない教皇がそんなことを知れるはずがないし、そもそも俺が禁忌を持っていること自体、誰にも言っていないし、細心の注意を払ってきたから漏れているはずがない。

それなのに、どうして教皇はそれを知っているんだ?

焦って変な声を出してしまったからか、教皇の笑みがより深くなる。

っ!

馬鹿か俺は!

こんな態度、教皇の言葉が正しいと認めているようなものじゃないか!

現にカティアとスーは驚いた顔をして俺のことを見つめてきている。

……まさか、鎌をかけられたのか?

「ふふ。そのような顔をなさらないでください。あなたが禁忌を知っていたほうが話が早くて助かるので、確かめさせてもらっただけです。今さら禁忌を所持していようが、こちらがあなた方をどうこうすることはありません。その段階はとっくの昔に過ぎ去りました」

その言葉通り、教皇からは俺たちに対する害意は感じられない。

が、信用していいものなのかどうか、判断ができなかった。

この強かな老人であれば、その穏やかな笑みの下に悪意を隠していたとしても、俺の目では見抜けない気がした。

「禁忌とは、罪の記憶です」

教皇は笑みを消し、目を閉じて静かに語り出した。

「我々が過去に犯した罪。その記録。それを強制的に思い出させるものこそ、禁忌なのです。私たちはその罪を贖わなければなりません」

――贖え。

今もなお、響き続ける禁忌からの脅迫。

教皇はそれを真摯に受け止め、その通りに行動しているということか。

「しかし、人は弱い。罪の意識に押し潰され、贖う前に楽な道に逃げ込んでしまう。それが自身を消すことであろうとも。長く続く苦しみよりも、消えてなくなってしまいたい衝動に身を任せたほうが楽だと信じて。ですので、禁忌を知られないようにせねばならなかったのです」

それは、そうなのかもしれない。

この不快感がずっと続くのかと思うと、俺だって気が滅入る。

転生者で、この世界の過去とは一切関係のない俺ですらだ。

実際にこの世界でずっと生きてきた人たちからすれば、他人事ではないだけに、俺よりもつらいかもしれない。

禁忌のメニューには、転生履歴なるものがある。

俺のその欄には、空白だけがある。

俺の前世は、この世界ではないところで過ごしていたから、システムの適用外、記録がないってことだ。

だが、この世界の人たちは違う。

この転生履歴には、その人の過去の生の記録が全てある。

システムが生まれた、その時からの記録が。

システムがどのようにして生まれたのか。

システムが生まれてから今まで、自分がどのようにして生きてきたのか。

それらをすべて見せられるのだ。

――贖え。

その思念とともに。

罪の記録とはよく言ったものだ。

そんなものを見せられて、贖えと常に脅迫され続ければ、押し潰されてしまうというのも納得だ。

実際、そういう人たちがいたからこそ、教皇は禁忌を危険視し、そのスキルを持つ人を厳しく取り締まったんだろう。

その人を守るために。

「しかし、いつかは思い出さねばならない。罪の清算は終わらず、溜まった利子はすり切れた魂でさえも返済にと求め、破綻が目前へと迫っているのですから」

教皇が目を閉じたまま、顔を上に向ける。

その時。

『ワールドクエスト発動。世界の崩壊を防ぐために人類を生贄に捧げようと画策する邪神の計画を阻止するか、協力せよ』

頭の中に直接響く、聞き慣れた神言の声。

同時に浮かび上がる、白い後ろ姿。

「なん、だって?」

突然のことに、頭の整理が追いつかない。

咄嗟にカティアに視線を向けると、カティアも眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。

反対側に振り向けば、スーが呆けたような、けどどこか納得したような顔をしている。

その反応を見るに、どうやら今の神言は俺だけに聞こえたわけではないらしい。

「始まりましたか」

そして、この場で唯一平静を保っている教皇が、どこか疲れたような声音で呟く。

「始まったとは、どういうことです?」

「選択の時が来たのです」

思わず問い質した俺に、教皇が静かに顔を前に向け、目を開く。

気圧された。

その教皇の、揺るぎない眼光に。

ステータスでは圧倒的に俺より低く、戦闘能力なんてほぼないに等しいその老人の、不退転の意志を秘めたその姿に、俺は本物の強さを見た気がした。

「我々 人類 ( ・・ ) は選ばねばなりません。大恩ある神々に仇を返して生きながらえるか。それとも己の罪を悔い改めながら滅びるか」

禁忌の内容を知らないカティアとスーは、話についてこれていない。

それでも、なにか大変なことが起きているのだということだけはわかるのか、それとも教皇のただ事ではない気迫に押されてか、緊張感に身を強張らせている。

俺も似たようなものだ。

「私は人を生かすため、崇める神言の神を犠牲に、邪神へと対抗します。神言教が終わりとはそういうことです」

それは、天地がひっくり返るような、とんでもない宣言だった。

「勇者シュレイン。あなたは、どちらを選択しますか? 人か、神か。生き残らせるのは、どちらか」