3 「再会と責任、誰が為の手」
3 「再会と責任、誰が為の手」
あの後、駆け付けた他の警察の方が、被害者の回収と現場検証に入り、わたし達はその場を後にしました。 クリフさんに連れられる(連行)ままにやってきたのは、駐屯所ではなく、喫煙所でした。路地裏から表通りに移動し、路上の一角に設けられたガラス張りのスペースです。中は丸見えですが、気密性が高いので話し声は外に漏れない、そんな空間でした。 例えば、誰かに聞かれたくない会話をする際には、うってつけなのではないでしょうか。 まるで 謀 ( はか ) ったかのように、わたし達以外に人はいませんでした。「軽い冗談じゃねえか。そんなに怒るなよ、エルル嬢ちゃん。せっかくの美人が台無しだぜ」「誰ですか? あなた。初対面の時はまず名前を名乗るのが礼儀ですよ。はい、言ってごらんなさい。私の名前は、申し訳ございません太郎だと」 していい冗談と悪い冗談があると思うのですよ。すぐに手錠は外されたとはいえ、悪態をつかずにはいられませんでした。 クリフさんは、バツが悪そうに言います。「悪かったよ……。たく、せっかく見てくれはいいのに、そういうところは『あいつ』にソックリだな」 あいつというのは、わたしの育ての親のことです。クリフさんとは古くからの知り合いらしく、わたしが子どものころは、よく二人で行動しているところを拝見していました。「それに、全部が全部、冗談ってわけじゃねえよ。嬢ちゃんと俺は知り合いだが、周りの警官からしたら立派な部外者だ。立場上、こうして邪魔の入らないように話す為には、容疑者の事情聴取を 装 ( よそお ) うのが一番手っ取り早かったのよ」「なるほど、そういう思惑があったんですか……すいません」 一応、正当な理由があったようです。 この喫煙所に人がいないのも、おそらく見えない所で、他の警官の方が見張っているのでしょう。 ……あれ? じゃあ、ライザは? わたしだけ手錠を掛けられて、ライザが自由だった理由は? ……やっぱり、からかわれていただけかもしれませんでした。「それにしても——話には聞いてたが、本当に小さくなってやがる……。当たり前だが、エルルお嬢ちゃんが、子どもの頃そのものだな。まさか、人の体が縮むとは……遺物ってのは、本当に魔法じみてるなあ」「全くもって同意しますよ。昔の人はよくもまあ、総じて摩訶不思議な物を創り出したものです。ところで、遺物といえば」 わたしは、話を切り出します。残念ながら、のんびり再開を楽しむという空気ではないのです。「先程、暴走した遺物を所持した男——遺物の歪みに遭遇しました。通報があってすぐ駆け付けて来たということは、クリフさんが、その事件を追っているんですね?」「まあ、そうなる。——と、その前に」 クリフさんは肯定し、懐からタバコを取り出しました。相方は、ライターではなく、加熱式の電子デバイス。機械によりタバコの内部に熱を加え、煙を出すことなく成分を発生させ、直接燃焼させた場合に比べ臭いや副流煙が少ないのが特徴です。 禁煙の風潮が世に広がる中、従来の燃焼型のタバコに代わり、急速に台頭してきた代物でした。「個人的に、普通のタバコの方が好きなんだが……背に腹は変えられねえ。そっちの兄ちゃんも吸うか?」 腕を組みながら、黙ってガラスに寄り掛かっていたライザに向かって、クリフさんがタバコを差し出します。「いや、いい」「そうか。まあ、吸わないに越した事はねえわな」 大人の男性特有の、こう……上手くは言い表せませんが、哀愁漂うやり取りでした。 一服おいて。「この街で遺物の歪みが起こってると、駐屯所から帝都の警察署に応援の要請があってな。のこのこやってきたのが、俺ってわけだ。奴の名は、アーサー・ローラン。指名手配中だった、連続大量殺人鬼だ。一度は包囲して追い詰めたんだが、俺のせいで逃げられてな。俺一人が処分される分にはいいんだが、このまま異形化が進めば、必ず無関係な人間に被害が及ぶ。悪いが、話を聞かせてもらうぞ」 クリフさんの目が、真剣味を 帯 ( お ) びます。 わたしは、神妙に頷きました。「元より、そのつもりです。と言っても、大した情報があるわけではありませんが、とにかく経緯だけでも。——わたしが街に着いてすぐ、遺物を持った男が、人を殺害している場面に遭遇しました。そのまま戦闘になり応戦したのですが、一度は制圧しそうになったものの、異形化が進んだ相手にわたしが不覚を取り、そこにいるライザに助けられました。異形化した男は、そのまま逃走し、そこにクリフさんが現れた次第です」「それは災難だったな……無事で何よりだ。どこに逃げたかは、分かりそうか?」「そこまでは……」 レーヴァの探索機能を使えば、ある程度の距離なら探れそうですが、この街全部の範囲を網羅するには時間が掛かりそうです。「もう一つ。異形化は、進んでいたか?」「かなり」 両脚、そして両腕。 残るは、体と頭部。 ファイナルステージへの移行、残された時間は——。「そうか。次でケリをつけねえと、いよいよもって 限界 ( リミット ) だな」 クリフさんが、空へ向かって紫煙を吐き出しました。長い付き合いですが、この方は中々に感情を表に出しません。大人の男なのです。 しかし、先程の言葉。 俺のせいで逃げられた。 考えていることは、何となく察しがつきました。 何故なら、少なからず、わたしも同じ思いを抱いているからです。「さて、ここからが本題だ。単刀直入に言う。アーサーを捕まえるのに、協力して欲しい」「分かりました」 わたしは、迷わず答えました。「即答だな」「自分のせいで逃したことを後悔しています」「嬢ちゃんが責任を感じることじゃねえだろ」「そういう性格なんですよ」「生きづらい性格だな」「お互い様だと思いますが」 わたしは少しだけ笑い、「否定はしねえよ」 クリフさんは笑いませんでした。けれど、その瞳に僅かながら優しい色が浮かんだのを感じます。「ライザは——」 わたしは、彼に向き直ります。「どうしますか?」「その前に——いいのか?」 ライザが静かに口を開きます。「あの男が持っている遺物は、お前の体を縮めた遺物じゃないのは明らかだろう。時間は無限じゃないんだ。あと半年しかないんだろう? 時間の無駄じゃないのか?」「そう——かもしれません」 実際、ライザの言う通りです。 正論という他ありませんでした。 わたしの体に残された時間を考えれば、余計なことに首を突っ込んでいる暇は無いはず。 それも、見ず知らずの、あまつさえ不特定多数の人間の為に。 あの時、アーサーが放った言葉。 それは呪いの言葉でありながら、真理でもありました。 他人なんて言うならば存在してないのも同じ。星の裏側で、戦争が起こって何万人死のうが、心は痛まない。知らない国で大飢餓が発生して、何十万人飢え死のうが、ご飯が美味しいのに変わりは無い。 それを真っ向から否定出来る程、わたしは素直な性格をしていなければ、善良な人間ではありませんでした。 けれど。「それでもわたしは、わたしの体がこうだからこそ、同じように遺物の被害に遭う人を見過ごせません」 それが、わたしの選んだ道なのです。 ライザは何も言いませんでした。 わたしは、彼の目を真っ直ぐに見て続けます。「虫がいいとは思います。わたしに返せるものは何もないかもしれません。それでも——わたしの我儘に付き合って欲しいです。ライザ、お願いします。アーサーを捕らえるのを、手伝って下さい。同じ失敗を、繰り返さない為にも」 わたしは、自分の力で全てを為せると思える程、自分を信じてはいませんでした。 それでも、こうしてはっきりと人へ助けを求めたのは、随分と久しぶりな気がしました。 わたしは、いつだって一人で。 今までもずっと一人で。 なんとかしようと、躍起になっていたような気がします。「分かった。任せろ」 力強い言葉。 迷いなく紡がれる意志。 ありがたくも、ほっとします。「ありがとうございます、ライザ」 先程指摘されたばかりですが、お礼を言わずにはいられませんでした。「話は纏まったみてえだな」 会話の成り行きを黙って見守っていてくれていたクリフさんが、口を開きます。「嬢ちゃん、通信機は持ってるか?」「はい」 「なら、後で事件の詳しいデータを送っておく」「いいんですか?」「まあ、バレたら懲戒処分だろうな」「それは……」「いいんだよ。元々、アーサーをとり逃した事で処分は 免 ( まぬが ) れん。それに協力して貰う以上、当たり前だ」「……分かりました。では、アドレスを」 わたしは自らの端末を待機状態にして、クリフさんのそれと重ねました。 ぴこんという電子音と共に、通信完了。「ところで、宿は決まってるのか?」「いえ、まだです」「そうか。なら、俺の方で用意しよう。馴染みの宿だ。話はつけておく」「ありがとうございます」「ただのお節介だよ。じゃあ、そろそろ俺は行くわ」 タバコを携帯灰皿に押し付けてから、クリフさんは喫煙所の扉に手を掛けます。そして、こちらを振り返り、「嬢ちゃん達は、独自に動いてくれればそれでいいからよ。俺は俺で、警察として最善を尽くす。ああ、それと——嬢ちゃん、兄ちゃん、ありがとよ。健闘を祈る」 そうおっしゃって、背中越しに右手を振りながら去って行きました。 それを見送り、 窺 ( うかが ) うようにライザへと視線を向けます。 相変わらず 木訥 ( ぼくとつ ) とした雰囲気で、何を考えているか、その表情から読み取ることは出来ません。 ちょっとだけ近付いて、じっと顔を覗き込みます。身長差が凄いので、見上げる形で。少しだけ背伸びをして。「なんだ?」「いえ、別に。ただ——なんとなく、嬉しくて」 我ながら不謹慎だとは思いますが、不思議と、今はそういう気持ちです。助けてくれる相手がいるという、安心感。「そうか」 目を逸らされました。照れているのかも。何となく、そう感じます。 わたしは、右の拳をぐっと突き出しました。「改めて。よろしくお願いしますね、ライザ」「…………」 こつん、と。 無言で合わせられた拳。 わたし達は、喫煙所を後にしました。