LNCrawler

2-4 「未練と拘束、死なずの魔法使い」

終焉の幼女エルルと死なずのライザ — novelup.plus · All chapters

2-4 「未練と拘束、死なずの魔法使い」

【Side:Elulu】 決着はしたものの、油断は出来ませんでした。 早く、男から遺物を引き離さなければ。 わたしは勝利の余韻に浸ることなく、警戒しながら歩みを進めます。「レーヴァ、申し訳ないですが、もう少しだけ警戒を頼みます」 何が起こるか分かりません。しかし、相棒からの返事はありませんでした。「レーヴァ?」 僅かな違和感。彼女との接続が、″切れている″……? 疑問が懸念へと変わる刹那。 地面が、震えました。「——っ!」 思考よりも速く、わたしは武器を構え、前方にエーテルを放出します。刃はその姿を大きく広げ、シールドへと形を変えました。 攻撃が来るという直感があったのです。何らかの方法で、こちらの意思を寸断しつつの妙撃が。 それに対する為にわたしが選んだ行動は、とにかく防御を広範囲に張り巡らせることでした。 しかし、後手に回ってはロクなことにならないのが世の常のようで。 はたして、次の瞬間。 足下の石畳が、爆ぜました。 地面から勢いよく這い出でてくる黒腕。 それが異形化の進行した男の物であると判ずるまでもなく、足に、触手のような腕が巻き付いてきました。 切断して逃れようと、武器を振るおうとしますが、ここにきて前方にシールドを展開していたことが仇になります。 触手はあっという間にわたしの体を這い上がり、完全に拘束されてしまいました。 武器が絡め取られます。わたしからのエーテル供給を受けられなくなった、レーヴァは元の石に。無慈悲にも地面に転がります。 首元にまで触手がまとわりつき、強く締め付けられました。「っ……ぁ⁉︎」 首を絞められ、死へと向かう苦痛に襲われます。 これは——非常に不味い。 次に起こる事態は容易に想像が出来ました。 わたしは何とか拘束から逃れようと、体の中でエーテルを急速に巡らせます。 腕力を向上させ、力付くで触手を引きちぎるしか道は無いように思えました。けれど、あがけども脱出できる気配がありません。 腕を動かそうにもびくともせず、体をよじろうにも抵抗されます。 地面にめり込むように倒れ伏していた男の体が、起き上がり始めます。 まるで死人が間違って目覚めてしまったかのように力ない動き。 異形化した左腕が、地面に向かって根差していました。 墨汁を煮詰めたかのように、どろどろに濁った男の 双眸 ( そうぼう ) が向けられます。そこに彼の意思は感じられず、セカンドステージへの完全な移行を終えつつある事実を示していました。 人体に適合しなかった遺物は、使用者の本能を解放し、異形化を経て肉体を変質させ、やがて全てを呑み込んでいきます。 そして至る——ファイナルステージ。 人の体と精神は完全に遺物と同化し、 遺物 ( それ ) を稼働させる為だけの生体ユニットと化すのです。 宿主が生きている限り、際限なく供給されるエネルギー。制御を失った遺物は、その機能を暴走させ、甚大な被害を辺りに撒き散らします。 それが、『遺物の歪み』と呼ばれる事象の全貌でした。 男の右腕がうねりながら変貌します。先端に、刀子型の遺物を宿し、 蠍 ( さそり ) の尻尾のような様相を 呈 ( てい ) しました。 その切っ先が、わたしへと向けられます。 まさしく凶器。ふさわしく狂気。 一切の 逡巡 ( しゅんじゅん ) もなく、一撃が放たれました。 男の黒腕が勢いよく伸び、真っ直ぐに向かってきます。 迫り来る圧倒的な脅威。 酸素の供給が絶たれ、徐々に視界が霞む中、わたしは静かに悟りました。 ああ、わたし、死ぬんだなあ——と。 自覚してしまえば、それは何でもないことのように思えます。 知覚さえしてしまえば、それは当たり前のことなのです。 あるいは、待ち望んでいたのかもしれません。 恋い焦がれていたのかも。 母を殺して産まれたわたし。 わたしが死ねば、母は生き返ることが出来ると、子どもの頃は本気で信じていました。 ずっと、罰を望んでいたのだと思います。 あるいは、この体が小さくなったあの日、わたしは罰を受けた気分でした。 余命一年と宣告され、この半年。 世界を旅してきました。 元の姿に戻りたいという気持ちに嘘はありません。 けれど、はたして。 死にたくは——なかったのでしょうか。  分かりません。 自分でも、分からないのです。 死が贖罪になるとは到底思いませんが。 生への執着が、わたしには決定的に欠落しているように感じました。 未練など——。 ああ——でも。 一つだけ。 唯一、心残りがあるとしたら。 もし、叶うならば。 恋を——してみたかったなあ、と。 こんなわたしでも、誰かを愛することが出来たなら。 こんな 体 ( わたし ) でも、誰かから愛されることが出来たなら。 少しは、 赦 ( ゆる ) されるのではと。 思ってしまうのです。 まあ、もう手遅れですが。 それを遠ざけてきたのは、他ならぬわたしなのですから。 死が近づいてきました。 目前まで迫り来る触手のような黒腕。 なんだか、ゆっくりと。 時間がせきとめられたかのように。 濁って。 ゆらゆらと。 たゆたうように。 世界が滲んで。 わたしは、最後まで目を閉じませんでした。 金色の光が輝いたのは、その時です。 突如として空間に穴が開いて、影が躍り出ます。わたしと触手の間に割って入るようにして、『彼』が腕を伸ばしました。 一瞬の衝突。 光が強く 瞬 ( またた ) いたかと思うと、彼の腕が、鮮血と共に宙を舞います。 人形のパーツのように、いとも簡単に。 人の腕が——斬られて。  触手の軌道が、僅かに逸れます。 そのおかげで、わたしは危機を 免 ( まぬが ) れました。 彼の腕を犠牲にして。 だというのに、わたしは動けず、彼の名を悲痛に叫ぶことすら出来ないのです。 片腕を失ったライザはしかし、即座に動いていました。 彼の右手に握られた金色の剣が、伸びきった黒腕へと向かって、一閃されます。 切断できれば、そのまま遺物を奪えるという算段。 しかし、それは叶いませんでした。 触手が、目にも留まらぬ速さで伸縮し、ライザの斬撃を回避します。「ちっ……」 元の位置へと戻った触手に対し、ライザは追撃を行いません。その理由は明白。自らの負傷。そして、わたしという足手まといがいる以上、深くは踏み込めないのです。 己の愚かさと無力さに、自責の念が心を裂きました。 そんなわたしの心中を察してか、ライザは視線を前へと向けたまま、 毅然 ( きぜん ) と言うのです。「心配するな。お前は——俺が守る」 ああ——彼の言葉に答えたいのに、声が出ませんでした。喉が強く圧迫され、空気を取り入れることすら困難です。苦しい。痛い。しかし、そんなことより今はライザです。どうか無理はしないで欲しい。逃げて欲しい。そんな思いを口にすら出来ないのです。 敵は、動きませんでした。 ライザと男は、お互いに視線を送り合い、対峙します。両者の間で重々しくぶつかり合う、 兵 ( つわもの ) が放つ独特の威圧感。 まるで永遠にも感じられる、数秒。 先に動いたのは、男の方でした。右腕が、死神の鎌のように持ち上がります。ただし——次いだ行動は、意表を突かれるものでした。 男が、自らの左腕に向かって、斬撃を放ったのです。 切り離される左腕。地面に根差した腕を戻すことは出来ないのか——ともすれば、それはトカゲの自切を思わせました。 そして、異形の男はわたし達を無感情に 一瞥 ( いちべつ ) すると、警戒しつつも後退していきます。何を感じたのか、一切の迷い無き逃走。すぐに夜の闇に紛れて、目視出来なくなりました。 実に突然の幕切れ。 助かった——こちらの負傷を考えれば、そう思うべきでした。 事態は最悪です。 失われたライザの左腕。 もう……取り返しがつかない。 わたしは、自らが引き起こしてしまった惨状に絶望し、それが許されないことだとは理解しつつも、思わず目を逸らしてしまいそうになります。「じっとしてろ」  そう言うと、ライザは右手の剣を不造作に振るいました。 瞬く間に、わたしを拘束する——本体から切り離され、硬質化した触手がバラバラに。 支えを失ったわたしは、そのまま地面に崩れ落ちそうになるのを、ライザに受け止められました。「かはっ……はぁっ……はぁ……っ」「大丈夫か?」  生理的反応として、肺が酸素を取り入れようと必死に脈動します。 ですが、自分の体のことなど、二の次です。  敵がいなくなった以上、かろうじて繋ぎ止めていた冷静さは完全に失われていました。わたしは、すがるようにライザの体を掴みます。 「ら、ライザ! う、腕が! 早く止血しないと!」「大丈夫だ」 取り乱すわたしとは対照的に、彼は冷静でした。「″これくらいの傷、すぐに治る“」 ライザが、おもむろに切断面へと視線を向けました。すると、彼の言葉の意味を理解する間も無く、驚くべきことが起こったのです。  切断面がぼこぼこと波打ったかと思うと、瞬く間に骨が形成され、腕の形を型どるように神経と血管が張り巡らされていきました。肉と皮膚がそれらを覆い尽くし、やがて腕が元通りの状態へと回帰します。 僅か、数瞬の出来事でした。「なっ——何が、起きたんですか」 流石に、驚きを隠せません。わたしが知る常識では、人の体はこのように回復しないはずです。「転移直後のような、エーテルが不足している状況で無ければ、例えそれが致命傷であってもすぐに治癒する——そういう体なんだ。死にたくなっても、死ねない。全く、不便なものだ」  ややシニカルな笑みを、ライザは薄く浮かべます。だから気に病むなと、そう言われているような気もしました。 どこか諦めにも似た彼の横顔に、これ以上言及することは 憚 ( はばか ) られました。「そろそろ立てそうか?」 そうライザに問われて、わたしはようやく″その事実″に意識が向きます。 先程、触手の拘束から解かれて以来、わたしはずっと彼に支えられたままだったのです。 つまり、寄りかかるように体が密着した状態なわけでして。「す、すいません!」 慌てて、離れました。 これが噂に聞く吊り橋効果というものでしょうか。妙に胸がざわめいていました。 わたしは、それを悟られないように、つとめて冷静にお礼を言います。「ありがとうございました。二度も助けていただいて……申し訳ない」  「礼はいらん。謝罪はもっといらん。俺はお前が好きだ。だから、助けるのは当然のことだ」「そ、そうですか……」 そう、真正面から好きと言われるとごにょにょ。 わたしは顔の火照りを感じながら、なんとか意識を逸らそうと、地面に落ちたままになっていた相棒を拾います。 いえ、忘れていたわけではないのですけれどね。 そういえば、不覚をとった要因の一つに、レーヴァとの接続が急に途絶えてしまったこともありました。 おそらくそれも、あの男が所持する遺物の力のような気がします。 戦闘の中で、幾度となく敵へ向けた意識が途切れたのと同じように。 わたしとレーヴァの間の、意識を接続する糸が切られた——そんな感覚がありました。「取り敢えず、警察に通報をしましょう」 ライザに目配せし、了承を得る意味も含めて、宣言します。 被害者のこともありますし、目撃したことを証言しなければならないでしょう。下手すると、今日の宿は警察署か駐屯所になりそうですが、致し方ないことです。事件の解決には協力しなければ。逃してしまったのも、わたしの責任なわけですし。 そう思いポケットの通信機に手を伸ばした、その時でした。「随分とまあ、派手にやらかしたなあ……」 声がしました。 振り返ると、真っ暗な礼服の上によれよれのコートを身につけた男性が、宵闇から滲み出るように歩いてきます。 どこか気怠げで、退廃的な雰囲気を 纏 ( まと ) う人物。わたしは、この方を知っていました。「住民から通報を受けて来てみりゃあ、どうやら後の祭りのようだったな」 「クリフさん!」 数年ぶりに再会した彼の名は、『クリストフ・サンジャック』。帝国が抱える治安維持組織の中でも、暴力性が強い事件を扱う私服警官、いわゆる刑事さんでした。 ″前の職業柄″、一時期とてもお世話になったことがあります。久しぶりの再会。 人見知りであるところのわたしは、知り合いの登場に一抹の安堵を覚え、そしてこれから始まるであろう事情聴取にも、緊張を強いられないで済みそうという期待を胸に、クリフさんへ無警戒に近寄っていきます。「お久しぶりです」「おう。久しぶりだな、エルルお嬢ちゃん。じゃあ、手を出してくれ」「?」 意図は分かりませんが、言われた通りにします。 クリフさんは、懐から金属質な拘束具を取り出しました。頑丈そうな輪っかが二つ、その間を、これまたちょっとやそっとでは切れなさそうな鎖が繋いでいます。 まあ、手錠ですね。 ごく一般的 (?)な。 がしゃん。 と小気味いい音を立てながら、それはわたしの腕に装着されました。「?」 いきなり、手錠を掛けられましたよ?「さて、署までご同行願おうか」 なんですと?