第18話 脳筋とご対面
第18話 脳筋とご対面
リビングに入ってきた脳筋領主アーロンと婿養子アレックスは浮いているミーリアとジャスミンを見て、幽霊でも出たかと一瞬固まった。
狩猟帰りなのか、二人とも土埃で汚れている。
(げえっ! 鉢合わせだよ! 脳筋は相変わらず脳筋顔だし、アレックスは気持ち悪い……!)
ミーリアはジャスミンを抱く手に力を入れた。
「……ミーリア。おまえ、なぜここにいる? それは魔法か?」
機先を制したのはアーロンだ。
苛立った様子で浮いているミーリアとジャスミンに近づき、顔を上げる。
山賊の親玉みたいな風体の男だ。凄むと脅迫しているようにしか見えない。
「……」
ミーリアは返答に困り、とりあえずここまできたらぼんやり七女を演じようと、口を開けた。
「魔法、です。ジャスミン姉さまと帰ります。さよなら」
さっさとこの場を離れようと魔力を込めるが、アーロンが大声を張り上げた。
「待て! ジャスミンをどうするつもりだ!」
「……王都で結婚します。さよなら」
「待て待て! 人の話を聞け!」
いつも聞いていないくせに、アーロンが偉そうに言った。
「おまえ、どんな手を使ったのか知らんが、ドラゴンスレイヤーらしいな? 実家への恩を忘れたわけじゃないだろ?」
「おん……?」
(え? 恩ってなんですかね? いちおう食べさせてもらってはいたけど、私に分配される食事が少なすぎて、後半は自分で取って食べてたよ)
ミーリアは白々しく恩とか言うアーロンを見つめた。
ぼんやり七女を生かしておいたのは自分だとアーロンは言いたいらしい。
実際にミーリアを生かしてはいたのだが、すべて自分の利益のためだ。ミーリアを結婚の道具としか見ていない事実は都合よく忘れている。本人がどんな気持ちになるかなどまったく配慮がなく、一家の長として、どうなのかと首をひねりたくなる。
ミーリアは本当に変わらない人だと思い、あきれた。
「ミーリア……もういいわ。怒らせたらぶたれる……下ろしてちょうだい」
ジャスミンが耳元で囁く。
アーロンの声に怒りを感じて怯えていた。
「大丈夫です姉さま……私にまかせて」
「何をしゃべってる! その足りないおつむでよく考えろぉ。いいか、ドラゴンスレイヤーになったら金貨がもらえるだろ? それをよこせと言ってるんだ!」
とにかく待てない癇癪持ちの男だ。
アーロンはすぐに自分の目的を口走り、また一歩近づいた。
ふわりとミーリアは後方へ下がる。
チッと舌打ちをして、アーロンは顔を赤黒くさせた。
「ミーリアちゃん! どうして魔法で浮いてるんだい? ほら、下りてきて話をしようよ。ジャスミンも、ね?」
会話の間を縫って、婿養子アレックスが薄ら笑いを浮かべて両手を広げた。細面にそばかすが散っている。アーロンに連れ回されているせいで、似合わない日焼けをしていた。目つきがとにかく不気味だ。
(まじでムリ。あいつほんと気持ち悪い……!)
ミーリアは顔を引きつらせそうになり、なんとか耐えてぼんやり顔を維持した。
隣のジャスミンはぶるっと身体を震わせ、ミーリアに密着した。
「恩とか、知りません。さよなら」
(あいつは無視だ。キモい)
「無視しないでよミーリアちゃん! 魔法を使えるなら領地で働いてよ!」
「アレックスうるせえ! てめえは黙ってろ!」
アーロンに一喝され、アレックスが渋々下がった。
ミーリアはほっとする。
(この家終わってるよなぁ……)
ここに四年間いたことが信じられない。
ジャスミンは現在進行系でこの家にいるのだ。一刻も早く脱出させてあげたい。
「金だ! とにかく金をよこせ!」
「金? ですか?」
「金貨千枚はもらえるんだろ?! それなら育てた恩がある! 九百枚よこせ!」
(どういう計算方法なの……)
気を抜くとあきれ顔になりそうだ。
「数が数えられないなら全部よこせ! その袋に入ってるんだろ!」
アーロンが魔法袋を見たと思うと、急に勢いをつけて駆け寄り、飛び上がった。
ミーリアの足をつかもうと手を伸ばす。
「下りてこい!」
「――ッ!」
(カウンター魔法!!!)
咄嗟にミーリアはカウンター魔法を発動させた。
猫型魔法陣が出現し、にゃあんという鳴き声をともに半身の猫が出てきて、アーロンの腕を猫パンチで弾き返した。
結構なパワーだ。
アーロンは飛び上がった状態で腕を思い切り弾かれ、半回転して顔面を床へしたたかに打ち付けた。
「ぐあっ……」
アーロンは反撃を受けると思っていなかったのか、起き上がれない。
「ひ、ひどいじゃないかミーリアちゃん! お父さまにそんなことするなんて」
婿養子アレックスがねっとりした視線を向け、なぜか身をかがめて近寄ってくる。
視線の先がスカートへと注がれていたので、ミーリアは察した。
(ぎゃああああっ! 眼球固定魔法!)
咄嗟に魔法でアレックスの眼球を左向きに固定した。
「いっ! 目が! 目が動かないぃぃ!」
混乱しながらも近づいて半身になり、ミーリアとジャスミンを見ようとするアレックス。業が深い。
ミーリアは即断でわさび魔法を打ち込んだ。
チューブの形をした魔法が輝きながら飛んでいき、アレックスの鼻に直撃する。
「はあああんんんんっ! くうううううううっ!」
アレックスが鼻を両手で押さえてじたばたと床を転がった。
鼻の奥にわさびを直接練り込まれたら、さぞつーんとするだろう。
わさび魔法を使う機会を得て、ミーリアはちょっと満足した。
(よし。キモいのを退治)
アレックスが転がっている横で、脳筋アーロンがゆっくりと立ち上がった。
「ミーリア……俺は騎士爵の当主だぞ?! 手を上げるのは重罪だ!」
(魔力を練って――金縛り魔法――発動!)
また襲われそうだったので金縛り魔法を行使し、脳筋アーロンの動きを封じた。
「……なっ! ふん! 動けん! 動けんぞ! 何をした?! 何をしたぁぁぁっ!」
いかに筋骨隆々な男でも、ティターニアが憂慮するほどの魔力を持っているミーリアの魔法には歯が立たない。
アーロンは顔を真っ赤にし、身体を動かそうと懸命に力を入れていた。
指を差したまま固まっているのが滑稽である。
「これが魔法……お父さまが動けないなんて……」
ジャスミンが感嘆してつぶやいた。
視界はぼやけているが動けないことはわかる。
「これも魔法かぁ! 貴様っ、これを狩りで使えぇぇっ!」
(その状況で狩りとか言えるのすごいな。自己中すぎでしょ)
ミーリアは若干冷静になってきて、アーロンを見下ろした。
「私、男爵。文句は王都にどうぞ。ジャスミン姉さま、結婚する。だから、さよなら」
ミーリアは飛翔魔法でアーロンを飛び越え、床で転がっているアレックスを一瞥し、玄関から飛んで出て行った。
「ミーリアァァァッ、許さんからなぁぁぁっ!」
「ミーリアちゃん! これっ、とめ、止めてぇぇ!」
背後から二人の声が聞こえたが、華麗にスルーしてミーリアはアトウッド家の上空へと飛んだ。
見上げると、青い空、白い雲が視界に映る。空気は澄んでいた。誰の声も届かない。
ジャスミンは浮いている感覚に慣れたらしい。視界がぼやけているのも幸いしてか、高さに恐怖を感じていないようだ。
「ミーリア、本当に大丈夫かしら? 二人とも怒っていたようだけど……」
ジャスミンが不安げな声を上げた。
「ジャスミン姉さま、深呼吸です。まずはあの家の空気を全部出しましょう。はい、吸って、吐いて~」
「え? うん……すぅ~、はぁ~、すぅ~、はぁ~っ」
「いいですよ、その調子!」
ジャスミンが腕の中で深呼吸する様子をじっと見つめる。
風が吹くと、ジャスミンの髪が自分の髪に重なった。
(そっくりなラベンダー色……。そっか……この人は……私の“本当の”お姉ちゃんなんだな……)
本当の姉――そう、はっきりと意識したのはこれが初めてだ。
前世では一人っ子で、ずっと姉がほしいと思っていたものだ。
クロエに続き、ジャスミンも姉だと自分の中で、しっかりと認識することができてミーリアは嬉しかった。八歳で転生したため、どうにもクロエ以外の姉は姉と思えなかった。
遠いと思っていた心の距離は、自分が思っていた以上に近かったのかもしれない。
「すぅ~、はぁ~、すぅ~、はぁ~……」
丁寧に深呼吸する姉に胸が温かくなり、ミーリアはジャスミンの胸へ顔をうずめた。
細い身体だが、ミーリアと違い出るところは出ている体型だ。やわらかくて温かかった。
「ん? ミーリア……?」
「ううん。なんでもない」
ミーリアは顔を上げ、にこりと笑った。
ジャスミンの大きな瞳が前髪の間からのぞいている。
その瞳がミーリアを見て、困ったように細くなり、優しく弧を描いた。
なぜかわからないが、ミーリアは無性に嬉しい気持ちが全身に広がっていった。
「ミーリア……私を、助けてくれて、ありがとう……」
ジャスミンがミーリアの腰に手を回したまま、空を見上げた。
「風って、こんなに気持ちいいんだ……」
「これからはずっと気持ちいいよ! だから安心してねっ!」
「ふふっ、そうね。そうだったら、いいな……」
「ジャスミン姉さま、今の詩人みたいで恰好よかったよ。なんか本当に風を感じてるみたいだった。そのうち、汚れちまった悲しみに……とか言いそうだよ!」
「……よくわからないけど、ミーリアは、お茶目さんなのね?」
「あ……ちょっと調子乗ったかも。ごめんね」
「明るいミーリアの声、とっても好きよ」
(癒しだ……ジャスミン姉さまの癒しパワーすごいわ)
ミーリアは優しい目をしているジャスミンを見る。
(怯えてないとこんな人なんだな……。クロエお姉ちゃんとはまた違った方向で、優しい人だ。あと、楽しそうなところを初めて見たよ……!)
「ぼんやりしてるのも大変なんだよ? こうやって、ぼーっとした顔を作るの」
「ふふっ」
ミーリアが大げさに明るい声を出すと、ジャスミンがころころと笑った。
ミーリアもつられて笑い、しばらく二人は笑い合った。
アトウッド家の上空には爽やかな風と、ラベンダー色の髪をした姉妹の笑い声が響いた。