第19話 ジャスミンの視力
第19話 ジャスミンの視力
ミーリアはジャスミンを抱いたまま飛び、ティターニアの家の上空で高度を下げた。
ジャスミンのほうが背は高いので、抱いているのか、抱かれているのかは傍から見るとちょっとわからないところだ。
「おかえり~」
ミーリアとジャスミンの姿を見たティターニアが、笑みを浮かべて椅子から腰を上げた。
先ほど食事で使ったテーブルセットをそのまま作業台として使っていたようだ。
テーブルに載せられたハイヒールに魔石がいくつか付いている。魔改造は進んでいるようだ。
「師匠! ただいまです。あ、ジャスミン姉さま、いま着地するので気を付けてね」
「……師匠?」
ジャスミンは足を出して地面を確かめ、そっとミーリアから手を離した。
「わさび魔法が傑作ね! 大爆笑させてもらったわ」
ティターニアは千里眼で一部始終を見ていたのか、今にも笑いだしそうだ。
「練習しておいてよかったです。あ、師匠。こちらがジャスミン姉さまです」
「よろしくお願いします。お師匠さま……?」
ジャスミンが顔に疑問を浮かべつつ、丁寧に頭を下げた。
「ミーリアの客人だから特別に相手をしてあげましょう」
ティターニアがふんと胸を反らせた。
「師匠、そういえばそんなキャラでしたね」
「キャラとかよくわからないけど、エルフは基本人間嫌いなの」
「エルフ……ですか?」
ジャスミンが目を点にした。
エルフといえば伝記などで登場する伝説の種族だ。いやまさか、と目を細めているが、ジャスミンは目が悪い。エルフ特有の長い耳があるのかないのか、わからなかった。
「ミーリア、アトウッド領に、エルフさまがいらっしゃるの?」
「うん。実は百年ぐらい前から、ずっとここにいたんだよ。師匠すみません、簡単に説明しますね」
「いいわよ」
知らない人間なら相手をしないティターニアも、ミーリアが連れてきた姉ということで、少し興味を持っているようだ。
(師匠は興味ゼロだと“結界内に入れるのも無理ね”とか言いそうだもんね。よかったよ)
ティターニアの家の周囲には認識阻害の結界が張ってある。
アトウッド領の人間が誰も気付かないのはそのせいだ。そもそも、滅多に森の奥へ来ないため、結界なしでも見つかる可能性は限りなく低いのだが。
ミーリアはジャスミンにティターニアの存在を説明した。
八歳のときにペンダントを見つけて出逢ったこと。
魔法の師匠になってくれたこと。
クロエもお世話になったことなど。
「そうだったの……すごいわね、ミーリアは……」
ジャスミンは「私も呼んでほしかった」とは思っていないらしい。普通は羨ましがったりしそうなものだが、人柄の良さがうかがえた。
「で、ミーリアはこのジャスミンを王都へ連れていくのね?」
説明が終わり、ティターニアが口を開いた。
そしてジャスミンを見て、んん、と眉をひそめた。
「ねえ、ちょっとあなたの目、見せなさいよ」
「はい? あ、私の目、ですか?」
「いいから、こっちに来て」
「あ、はい……」
ジャスミンがおずおずとティターニアへ近づく。
ティターニアはジャスミンの顎を手でくいと上げると、「この髪邪魔ね」と言って、風魔法で前髪をぱっつんに切ってしまった。
「あっ!」
あわてて目を隠そうと、ジャスミンが両手を顔へ上げる。
「静かにして――重力魔法」
「うっ、腕が……上がらない……」
「師匠……あの~、もうちょっと優しくしてあげてください。乙女の髪を勝手に切るとかダメですよ」
「あら、ごめんなさい。ミーリアのお姉さんだったわね。失敬失敬」
(師匠って私以外には結構雑なんだよね……クロエお姉ちゃんにも最初こんな感じだったし……)
エルフは魔法重視の種族だ。
魔法が使えない人間は眼中に入らないようである。
「髪はないほうがいいわよ。あなた、ミーリアに似て可愛いもの」
「……あ、はい……」
急に髪を切られ、しかもエルフらしき女性に褒められ、混乱しているジャスミン。
恥ずかしさで目をぱちぱちと開閉している。
ティターニアは気にせず顔を近づけた。
「ふーん……ああ、なるほど……あなた、目が見えないわけじゃないわね?」
「はい。ぼんやりと見えます」
ティターニアが顎から手を離し、ピースサインを作った。
「これ、何本に見える?」
「三……二本、でしょうか?」
「正解。じゃあこれは?」
ティターニアが一歩下がり、指を四本立てる。
ジャスミンは前髪がない恥ずかしさに頬を染めながら目を細め、うんうんと唸って、「わかりません」と残念そうに答えた。
(視力0.01とか、0.001とか、そんな感じなのかな? 目が悪くなったことないから謎だけど)
ミーリアは腕を組んで、視力検査をする姉と師匠を見つめる。
(眼鏡を作ってあげれば見えるようになるかも……?!)
ひらめいたミーリアは下唇を出した。
ガラスでレンズを作る? 原料は? そんなことを考え始め、ミーリアはむーんと唸って腕を組んだ。
すると、ティターニアから声がかかって思考は中断された。
「ミーリア、世界樹の朝露を取ってくれば?」
「はい? なんですか、師匠?」
「だから、世界樹の朝露よ」
「えっと……なんですかそれ? そのファンタジーっぽいアイテム」
「変なこと言ってないで、ほら。今から地図を出すから見なさい」
ティターニアが話を進めようと、魔法袋から地図を取り出した。