第33話 養子について
第33話 養子について
クロエに事の経緯の説明を受け、ミーリアはようやく理解ができた。
ジャスミンは今のままだとアトウッド騎士爵家の四女――
ミーリアに養子入りすればアトウッド男爵家の長女――
ということになる。
(要は……貧乏で出戻り浮気女のいる家の子女から、ドラゴンスレイヤー男爵家の子女にグレードアップするってことだよね。なるほど……)
ミーリアはソファに深く座り、魔法袋から世界樹のサンチュを出して、しゃくしゃくと食べながら唸った。
確かに、これから婚約者探しをするジャスミンにとってメリットが大きいだろう。
ロビン扮するロビリアの暗躍も阻止できそうだ。
(問題は……)
ミーリアは隣に座っているジャスミンを見た。
「えっと、私はいいと思うんだけど、ジャスミン姉さまはいいの?」
その言葉に、ジャスミンはラベンダー色の瞳を開閉し、小首をかしげた。
「ミーリアのこと、お義母さまと呼べばいいのかしら?」
ジャスミンは至極真剣に考えているのか、眉間にしわを寄せている。
「え……いやぁ……それはなんだかイケないことをしている気分になるというか……背中がむずむずするというか……」
十七歳の姉にお義母さまと呼ばれるのは、ちょっとアレだと思うミーリア。
手に持っていた世界樹のサンチュを食べきり、クロエへと視線を移した。
「そういえばクロエお姉ちゃん、家族で養子を取るって結構あることなの?」
話を変えるべく、話題を振った。
向かいのソファに座り直したクロエが微笑した。
「新たに爵位をもらった場合は、大いにあるわ。血縁関係者を養子に入れて、相続権を確保するのよ。血が途絶えると爵位も消滅してしまうからね」
「そういうことか……」
(異世界の貴族クオリティだね……小難しい)
「ただ、今回はその慣例を利用して、ジャスミン姉さまを“あっちのアトウッド家”から離すような流れね。いいお相手が見つかれば、ジャスミン姉さまは嫁いでしまうから――あら、ありがとうございます」
クロエが紅茶を入れてくれたメイドに礼を言い、丁寧な所作でカップを手にとった。
メイドは全員分の紅茶を入れて、去っていく。
「嫁ぎ先候補のダレリアス準男爵家が王都でもわりと名のある家だからね。釣り合いも考えて妥当なのではと、エリザベートさまがおっしゃっていたわ」
クロエが紅茶を一口飲み、静かにソーサーへ置いた。
なるほど、とミーリアが納得してうなずき、ジャスミンが口を開いた。
「ではクロエ。私はミーリアを、お義母さまと呼べばいいのね?」
四女の姉はどうしても気になるらしい。
大きな瞳をクロエへ向けている。
(そこ重要かな?!)
心の中でツッコミを入れるも、ジャスミンには届いていない。
クロエは「そうですわね……」と視線を宙へと滑らせた。
「ミーリアのような可愛い義理の母親も悪くないのですが……やはりミーリアと呼んでくださるほうが違和感がありません。十二歳の子をお義母さまと呼ぶのは少々世間的にも問題があるかと思いますので。もちろん、公式の場での紹介はそのようになるでしょうけれど……ああ、ああ、どちらかというと、私がミーリアにお母さまと呼ばれたいです」
灰色の脳細胞を持ち、商業科きっての秀才と呼ばれるクロエは、そんなことを真面目に提案した。後半の言葉に力がこもっていたのは気のせいではない。
「私もミーリアにお母さまと呼ばれたいわ」
はにかみ笑顔で、なぜか同意する四女。
「ジャスミン姉さまはよくわかってらっしゃいますね。ミーリアは妹であり、娘でもあるのです。姉の座はもちろんのこと娘枠もほしいぐらいですから……そうだわ、ミーリアが私の養子になればいいんだわ。まあ、まあ、なんて素晴らしい考えなのかしら」
「いや、クロエお姉ちゃん、さすがにそれは意味がないような気が……」
準男爵に男爵が養子入りするなど、実例がない。
「そうよね……名案だと思ったんだけど……残念だわ」
本気で残念がっているクロエを見て、ミーリアは嬉しい半面、もうちょっと成長したいなと思う。
(身長がねぇ、伸びてくれないから娘扱いをされるんだよ、きっと)
うーむと唸ってミーリアは自分の身体を見た。
百四十センチ弱から成長が見られない。
気を取り直したクロエが、ジャスミンへ視線を戻した。
「ジャスミン姉さま、あらためてお聞きしますけれど、婚約にはなんの問題もございませんか? ミーリアの養子になるという流れも平気でしょうか?」
「私なんかが結婚できるなんて……本当に二人のおかげだわ。もう、長年の夢が叶って嬉しいわ……。ぜひ、お願いいたします。それよりも、私と結婚してくださる殿方がいらっしゃるのかしら……むしろ、そこのほうが不安なのだけど」
ジャスミンの言葉に、ミーリアとクロエは思わず顔を見合わせた。
「綺麗なドレス着たら、絶対男が黙ってないよね?」とミーリア。
「そうね。正直、ジャスミン姉さまがこんなに可愛らしい人だと思わなかったわ。特に性格が」とクロエ。
ジャスミンはいまいちピンとこないのか、首をひねって、ぽんと手を小さく叩いた。
「あ、お世辞だって、さすがに私でもわかったわ。二人とも、ありがとう。でも大丈夫よ。あのアトウッド家から抜け出せて、結婚もできるなら、どんな方でも平気だから」
ジャスミンが嘘なく本気でそう思っているようにミーリアには見えた。
またしてもミーリアとクロエは視線を合わせ、何度かアイコンタクトを取り、「説明してもわかってくれないんじゃない?」「そうね」と意思疎通をして、話を深掘りしないとこにした。
「ダレリアス家の次男、ギルベルトさまとお会いするのがいいと思いますわ。思慮深く、優しい殿方だと私はお会いして感じました。先方は乗り気ですわよ、ジャスミン姉さま」
「まあ……いいのかしら……そんな方と……」
ジャスミンが頬を染めてうつむいた。
(ええんやで……アトウッド家で苦労したんだから、幸せになってええんやで……)
ミーリアはしみじみと思い、ご意見番よろしく、腕を組んで深くうなずいた。
「ではミーリア。ジャスミン姉さまとの養子縁組は私が手続きをしておくわ。パーティー当日まで秘密にしておいてね」
「了解」
クロエの指示に、ミーリアがびしりと親指を立てる。
「あとはアリアと合流して、パーティーの準備を進めてちょうだい。多分そろそろアリアが迎えにくるわよ」
「そうなんだ。オッケー」
「ジャスミン姉さまは私と一緒にドレスショップへ参りましょう。美容室も行ったほうがいいわね。私服も何着か買いたいけど、ミーリア、いいかしら」
クロエに聞かれ、ミーリアは腕で丸印を作った。
金貨の一部をクロエにあずけている。
「じゃんじゃん使っちゃって」
「ミーリア……あとで必ずお返しするわね」
ジャスミンが座ったまま深々と礼をした。
「いいんだよ。また稼げばいいし。それに、ジャスミン姉さまが綺麗に着飾るほど、ロビン姉さまは悔しがるんだよ。私はそれがちょっと見たいんだよね」
にやりとジャスミンに笑ってみせた。
「私たち、散々いじめられたから、少しぐらい意趣返ししていいと思うんだ。どう、この私のわるーい考えと、わるーい顔は?」
ミーリアは目を細め、口の端をぐいっと思い切り上げた。渾身のワルい顔つきである。
それを見たクロエはふふふと笑い、ジャスミンは小さく胸の前で拍手した。
「ミーリアは悪人になれないわね。ぷにぷになお顔よ」
「うん、可愛いわ」
クロエの冷静な指摘が入り、ジャスミンの笑顔が送られる。
ミーリアは頬をふくらませた。
「えー、うまく顔を作ったつもりなんだけど」
納得がいかずあれこれと表情筋を動かしてみるが、余計に二人が笑ったので、キリのいいところでやめておいた。
「では姉さま、当日の話など、細かく説明いたしますね。ギルベルトさまともパーティー会場で初対面していただく形になりますわ。それで――」
クロエが仕切り直し、三人は準備に取り掛かった。
○
準備に追われ、あっという間にパーティー当日となった。
会場は王都で大人気の『ラピスラズリ庭園宮』である。
ラピスラズリ庭園宮は一年先まで予定が入っているが、グリフィス公爵家のコネを使って場所を押さえることができた。
(一日貸し切りで金貨二百枚――二千万円とはね……。金銭感覚狂うわぁ)
ミーリアは主催者らしく、ドレスを着ている。
胸にはブローチの代わりに 龍撃章 ( ドラゴンスレイヤー ) が二つ輝いていた。
(この私が主賓……主催者……!)
ミーリアは控室にて戦々恐々としていた。
(ミーリア・ド・ラ・アトウッド新男爵の叙勲パーティー……。私のために参加者が百人以上。しかも貴族のいいお家柄の人たちばっかり……)
新たに位を得た者はパーティーを開く――アドラスヘルム王国の慣例であり、この世界の貴族では当たり前のことだ。
(貴族社会めんどくさいね……重鎮っぽい人も来るみたいだし)
ロビン扮するロビリアは参加を表明。
ジャスミン目当ての独身貴族も多数。
ミーリアと縁を繋ぎたい商人も参加に多く手を挙げており、会場は大盛況であった。
(そろそろ時間かな)
ミーリアは控室のソファから立ち上がった。
パーティーの幕開けだ。