第35話 乾杯
第35話 乾杯
ラピスラズリ庭園宮は文字通り内壁を濃青色に染めた建物である。
ダンスホールも完備しており、舞踏会、 慈善 ( チャリティー ) パーティー、 寄付金収集 ( サブスクリプション ) パーティーなど様々なシーンで利用される多目的ホールだ。
この世界の貴族は領地、王都、避暑地などを移動して暮らしており、政治に敏感な領主は年の三分の一から半分を王都にて過ごす。
どの貴族も新しい話題には人一倍感心があり、十二歳のドラゴンスレイヤーが男爵位を受爵したことは社交界でセンセーショナルな話題となっていた。
最年少のドラゴンスレイヤーはいったいどんな人物なのか。
王都でこの話題が上がらない日はない。
そのため、王都にいるほとんどの貴族がパーティー参加を希望する事態となっており、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵を一目見ようと期待に胸を膨らませている。
(どんだけ馬車くるの。予定より人数多いんじゃない?)
注目の的になっているミーリアはパーティー会場の控室に向かう廊下の窓から、正門を見つめて眉をひそめた。
馬車が途切れず、列をなして庭園宮へと入ってくる。
(馬車ホイホイか何かですかねぇ?)
そんなことを考えていると、廊下の向こうからミルキーホワイトのドレスを着たアリアがやってきた。
アリアはミーリアを見つけてパッと笑顔を見せた。
「ミーリアさん、こちらは準備万端ですわよ」
「アリアさーん」
華が咲くような可憐な笑顔を見せるアリアに、ミーリアはすがりつくようにして手を握った。
「どうされたのですか?」
アリアが少し頬を赤くして足を止め、ミーリアを見つめる。
「なんかもーすんごい馬車入ってきてません? 私、大勢の前で発言するのあんまり得意じゃないんですけど……大丈夫ですかね?」
むうと唸るミーリアに、アリアが笑みをこぼした。
「想定の範囲内ですわ。ホールには貴族が四百名ほど入る予定ですもの」
「え? 百人じゃないんですか?」
(ちょっと話と違う気がするんですが……)
招待状を送ったのは確か百人ちょうどである。
アリアがミーリアから手を離し、首を横に振った。
「一つの家に招待状を送ると、親族が付き添いで来ますわ。もちろん、独身の子どもたちも」
「あ……そういうことか。勘違いしてました」
ミーリアは送った分だけの人数が来ると思い込んでいた。
くうっ、とうめき声を出しているミーリアに、アリアが笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ。司会進行はクロエお姉さまがやってくださいますから、ミーリアさんは乾杯だけして、あとはほとんどしゃべらずネームカードを渡せばいいだけです」
ネームカードとは新しく貴族になった者が配る、名刺のようなものだ。
フルネーム、家族構成、出身地、経歴が書かれている。
経歴に関していえばミーリアは『アドラスヘルム王国女学院・魔法科一年生』『魔古龍ジルニトラ討伐』『魔古龍バジリスク討伐』の三つがあるので、どの貴族にも見劣りしない。
また、ここで言う家族構成は『男爵ミーリア』『長女ジャスミン』となる。
クロエは準男爵となって独立したため、家族構成に入っていない。ロビンや脳筋アーロンは完全に別の家扱いである。
(たかが名刺に香水つけたり、金粉を貼ったりしたもんね……私はそんな見栄っ張りじゃないんだけど)
ドラゴンスレイヤーのネームカードが貧相だとがっかりされるため、クロエが豪華なカードを発注してくれた。
五百枚でしめて金貨二十枚。日本円換算するならば二百万円だ。
ミーリアはクロエが言っていた「お金はすぐなくなるわ」という言葉の意味を実感した。
(こりゃあパーティー破産とかありそうだね)
お金、大事。
お肉、食べたい。
とミーリアは脳内でつぶやく。
「ところでミーリアさん。言いづらかったら答えなくていいのですけれど……」
アリアが遠慮がちに顔を伏せた。
可憐なドレスに身を包んだアリアが申し訳なさそうな顔をすると、なんとしてでも助けてあげたい気持ちになる。
ミーリアは笑みを浮かべてうなずいた。
「アリアさんの質問ならなんだって答えますよ。友達ですからねっ」
その言葉に後押しされ、アリアは顔を上げた。
「これからロビン嬢との対決になりますが、お気持ちは大丈夫ですか?」
アリアのエメラルドの瞳が心配そうに揺れている。
(……アリアさんはよく気が付く人だなぁ……)
ミーリアは内心思っていた、ロビンと話したくない、という気持ちに気づかれていたことを驚き、目の前にいる公爵令嬢の観察眼に脱帽した。
自分では隠していたつもりだったが、正直、ロビンと話すと、いたたまれないというか、複雑な心境になる。会いたくないというのが正解かもしれない。
(ジャスミン姉さまと仲良くなって、ドライアドのリーフとも家族になって……なんかさ、あの地雷女が少しでも優しさとかを持ってたらよかったのにな、と思うよね)
ロビンはあんな人間だが、血のつながった家族である。
今までのことを思い返せば関係を修復するのは無理だとしても、互いに認め合うことはできるのではないだろうかと思ったこともあった。
ミーリアはロビンが反省し、自分とクロエとジャスミンに心から謝罪するのであれば、ジェットロケットでの発射はやめてあげようと考えていた。
(あの人のことだから絶対謝らないと思うけどね……)
「アリアさん……、計画通りにいきましょう」
「わかりましたわ」
ミーリアの顔つきを見て、アリアがうなずいた。
「では、わたくしが手を、つないであげますね。その……ミーリアさんが不安だといけませんから」
アリアがそんなことを言いながら、手を握ってくれた。
ミーリアはそれだけで心か軽くなった。
(優しくて可愛いお友達最高ッ! マイフレンドフォーエバ~!)
ミーリアは手を握り返し、二人で会場へ向かった。
〇
開催時刻になり、ミーリアが会場に入ると、わっと拍手が巻き起こった。
(すごい人だよ……! 緊張がヤヴァイ)
ミーリアの登場に合わせて音楽団が曲を演奏している。
やたらと気合いの入った演奏に、どうにも肩身が狭くなる。
クロエが会場の主賓席に座っており、手が赤くなるんじゃないかと不安になるぐらい熱烈に拍手をしていた。
ロビンはまだ来ていないようだ。
「ドラゴンスレイヤー!」「おお、あんな小さな子なのか」「付き添いが公爵家次女アリア嬢ではないか」「グリフィス公爵家が寄親という話だろう?」「二人とも魔法使いだぞ」「なんて可愛らしい!」
集まった貴族たちは拍手しながらも、口々に言い合っている。
ミーリアはどうもどうもと言いながら人垣を通って、主賓席に座った。アリアも近くの席に座る。
主賓席は一段高くなっていて会場全体が見えた。
ふうとミーリアは息を吐いた。
(ダンスありの立食パーティーで、好きな席で座って食事してオッケーって感じだよね。でも位が上の人たちにはきちんとした席を用意したり、色々と気をつかうよね。準備してくれたアリアさんとアリアパパには本当に感謝だよ……)
ミーリアが呑気に考えていると、隣にいるクロエが立ち上がった。
音楽と拍手がさっと鳴りやんだ。
ナイルブルーを基調としたドレスを着たクロエの美しい姿に、男性陣から感嘆のため息が漏れた。
「皆さま、此度はわたくしクロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵と、最愛の妹であるミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵のパーティーにご列席賜りましたことを感謝申し上げます」
にこりとクロエが微笑み、ミーリアへと視線を移した。
(ついに来てしまった私の出番……!)
緊張で身体を硬くしながらも、立ち上がった。
「えー、ドラゴンスレイヤーのミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵です。魔古龍ジルニトラと魔古龍バジリスクは私が討伐いたしました。背は低いですが魔法は使えますので、替え玉とか勘違いしている方はそこのところ、よろしくお願いいたします」
会場から拍手と笑いが起きる。
あまり警戒されても困るので、笑いを取ったほうがいいとクロエと相談して考えた言葉だ。
ウケてよかったとミーリアは安堵した。
(あとは乾杯すればいいだけ……)
「女王陛下からお聞きされているかと思いますが、多少の不作法はお許しください。それでは、グラスを手にゅ――」
(しまったぁ!)
顔を赤くし、ごほん、とミーリアは咳払いする。
「手にお持ちください」
会場中がワインの入ったグラスを持った。
「アドラスヘルム王国の繁栄と、クシャナ女王陛下に……乾杯!」
ミーリアがぶどうジュースの入ったグラスを掲げると、参加者全員のグラスが一斉に上がった。