第8話 好きな服を作ろう
第8話 好きな服を作ろう
実技授業から三日後、晴れて飛び級の許可をもらった。
内容としては、授業の免除と、好きなタイミングでの卒業認可である。
(好きなときに授業に出て、好きなときに卒業できるってことか。めちゃくちゃフリーダムだね)
言われたこっちが申し訳なくなるような内容だ。
ただし、デモンズ砦の秘密を解き明かしてから、という条件付きになる。
要は謎さえ解けば好きにしていいよ、という約束だ。
(いずれデモンズマップは解くからね。全然オッケーだよ)
アリアも似たような飛び級認定をされている。
クシャナ女王派閥であるし、ミーリアのお目付け役といったところもある。実力も家柄も申し分ないので、この扱いにはどこからもやっかみの声は上がっていなかった。
(さて、授業にも出なくてよくなったし、やることのリストを終わらせていこう)
女王からもらった王都邸宅の自室で、メモ用紙を出す。
この前、考えていたことをもう一度箇条書きにして確認した。
(紋章官が脳筋アーロンに会うまでまだ時間があるし、準備を進めないとねぇ)
クロエは引き続き商会を立ち上げるべく、書類集めに奔走している。軍資金は王国の支援金と、ミーリアの財布から出ていた。
学院に通わなくてよくなったアリアはさらに精力的にグリフィス家の人脈を使って、建築家や内政文官を集めているらしい。
また、料理人を数多く排出しているダレリアス準男爵家との婚姻が決まっているジャスミンが、料理人を手配してくれている。ジャスミン本人も料理を勉強しているそうだ。どうやら旦那と一緒にミーリアの作る新領地に移住してくるつもりらしい。
(色々と楽しくなってきた!)
脳筋、地雷女、ロリコンという一抹の不安はあるものの、自分の領地を好きに開発していいというのは、胸が躍る。
ミーリアは時間が経つにつれて前向きな気持ちになっていた。
(さて、すぐに実行できそうなものはと……)
ミーリアはメモへ目を走らせる。
その一つで止まった。
・洋服を作る(アリアさんに着せたい)
(我がアトウッド新領地はオサレな町にしたい。よって、オサレな服を所望する)
椅子から立ち上がり、拳を握るミーリア。
前世の高校生の頃はお金がなくてオシャレとは無縁だった。
(どうせ作るなら領地で流行らせよう。今こそ脳内の立ち読み雑誌メモリーが火を吹くときでは……?)
そうと決まれば早い。
ミーリアは屋敷のメイドを呼び、新しいノートをお願いして、洋服のデザインを描き始めた。
(着物と浴衣はマストだな……クロエお姉ちゃん絶対似合う。アリアさんにはセーラー服を着てほしい。あと魔法少女っぽい服。それからフェミニン系の服とか――靴も異世界って種類少ないよね。もっとあってもいいよなぁ〜、こういうやつとか……)
思いつく限りのデザインをノートに描き込んでいく。
時間が経過し、気づけば五時間ほど経っていた。
十時から十五時までぶっ続けだ。
気の利くメイドが持ってきてくれたクッキーをぼりぼりとやりながら、ミーリアはノートをめくっていく。美術の成績はまあまあだったので、割と上手く描けていると思った。
「うん、いいね」
満足して呼び鈴でメイドを呼び、王都の服屋に行くことを伝言した。
「馬車をお使いになりますか?」
「あ、大丈夫です。魔法で行っちゃいますから」
「かしこまりました」
「いえいえ。じゃあいってきます」
「いってらっしゃいませ」
女学院の制服姿で屋敷から出ていくミーリア。
(地雷女事件でご迷惑をかけた服飾店に行こう。王都の西側だっけ?)
記憶を頼りに、ミーリアは転移魔法を使った。
◯
ロビンが婚約書状を利用して散財した服飾店に到着した。
多くの貴族から人気のある店で、オーダーメイドドレスなどを主に取り扱っている。
金縁の看板に『CEREU』と書かれていた。
(セレウ、でいいのかな? 絶対高いよねこの店……)
すでに別の家になったとはいえ、身内が多大な迷惑をかけている。
色々な意味で入りづらい。入りづらいが、入店しないわけにもいかない。
(お姉ちゃんいわく、例の支払いをロビンへ向けるのを手伝ってくれた代わりに、私が行く約束をしたらしいんだよね……。ドラゴンスレイヤーの利用店ってだけで店の格式が上がるらしいけど……)
自分みたいな男爵芋娘が入っていいのかと尻込みしてしまう。
何にせよ、向こうさんがいいと言っているのだから構うものかと、ミーリアは意を決してドアノブに触れた。
チリン、と品の良い呼び鈴が鳴る。
店内はふかふかの絨毯が敷かれており、やけに静かだった。
(空気が違うよ。これが高級店……)
「お嬢さま、ようこそCEREUへ」
音もなく女性店員がやってきて、優雅に一礼した。
栗色の髪を丁寧に整えて一つ結びにした若い女性だ。メイクもしっかりしているが、主張しすぎることのない落ち着いた雰囲気である。豪奢すぎないドレスの立ち姿が美しい。
「あ、どうもこんにちは……素敵なお店ですね」
高級店の空気に挙動不審になるミーリア。
前世では特売品の服しか買ったことがなく、高級店など来たことがない。
女性店員は子どもに見えるミーリアの姿を見ても不快な顔をせず、胸についた 龍撃章 ( ドラゴンスレイヤー ) に気づいて一瞬だけ動きを止め、深々と一礼した。
「大変失礼をいたしました、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵。ご用命とあらば何なりとお申し付けくださいませ」
急に慇懃な態度になり、逆にミーリアが慌てる番だった。
「ああ、すみません名乗りもせずに! ただの学院生なので普通の感じで大丈夫ですよ!」
やはり年上から丁寧に対応されると心臓に悪い。
「私は次期店主のエパーダと申します。希代の魔法使いであるアトウッド男爵にそのような対応はできかねます」
「いやぁ……全然大したことないんですけどね。なんかすみませんホント。あとミーリアで大丈夫です。男爵はどうにも慣れなくて……」
むずがゆくなって頭を下げてしまう。
そんなミーリアを見て、エパーダは安心させるような微笑みを浮かべた。
「承知いたしました、ミーリア嬢。ではあちらでご用命を頂戴いたします」
「あ、はい。ありがとうございます」
促されるままソファに座る。メイドらしきスタッフがやってきて紅茶を淹れてくれた。
(ダージリンっぽい紅茶おいしい。ファミレスのドリンクバーとは違って香り高い……ような気がする)
前世のバイト先のファミレスにあった紅茶と比べて考えてしまうが、もうかなり前のことなので記憶も曖昧であった。
「まずはご来店誠にありがとうございます。ドラゴンスレイヤーであるミーリア嬢の来店を従業員一同心待ちにしておりました」
両手を揃えて膝に乗せているエパーダが笑顔で言う。
「いえいえ! 次女ロビンがご迷惑をおかけしたようで……申し訳ありませんでした。多分かなり不快な思いをされたと思いますので、なんというか、胸が痛いです」
ロビンがどんな態度だったのか、気が気ではない。
「……こだわりの強いお客さまは多くおります。お気になさらないでください」
エパーダが静かにうなずく。
(いま一瞬遠い目になった気がするけど?! あの地雷女エパーダさんに何言ったの?!)
ロビンに悪行に戦々恐々とするミーリア。
話を変えるべく、エパーダが明るい声を上げた。
「本日はどのようなご用命でしょうか? ドレスのオーダーメイドならば全力でお手伝いさせていただきます」
「ドレスじゃなくてですね……ちょっと一から服を作りたいんですけど」
そう言いながら、ミーリアは魔法袋からノートを取り出して、エパーダに見えるように広げた。
「これ、浴衣って言うんですけど、こんな形の服です」
「変わった服でございますね。ボタンがないのですね……」
「うちの領地に銭湯を作って、そこで流行らせようかなと思いまして」
ミーリアは無計画にも大きな銭湯を作る予定であった。
エパーダはノートを食い入るように見つめて、一ミリも動かなくなった。脳内で猛烈に作り方を考えているらしい。
「他にもあってですね」
それに気づかないミーリアは次のページをめくった。
そこにはセーラー服が描かれている。
「……また変わった意匠でございますね。これはセパレートされているのですか?」
「上下別々ですよ。領地に学校を作ったら全員に着てもらおうかと思ってます。あと友達のアリアさんにも着てもらいたくて。あ、女の子限定の服ですね」
さらに無計画なことに、領地内に学校を作る予定らしい。
一方、軽々と“領地で”という言葉が二回も出てきて、エパーダは脳髄にしびれるような感覚が走っていた。
ドラゴンスレイヤーが最果ての領地を開拓する噂は王国中に広まりつつある。
まさか領地独自のデザインの服を考えているとは思わず、店の一大事業になりそうな予感がしていた。
エパーダの脳内では生産ラインの確保まで計算され始めていた。
「いやぁ、素人考えなんですけど、アトウッド家の領地ってラベンダーぐらいしか特産品がないんですよ。服ぐらいオシャレにしようかなと思って」
「なるほど……領民の服装から独自の文化性を打ち出し、王国内で確固たる差異を出し、いずれ観光地にする予定……ということですね」
エパーダは目の前にいる少女の深謀遠慮に舌を巻いた。
やはり百年に一人と言われた傑物。ドラゴンスレイヤーは考えることも違う。
ミーリアのお気楽な雰囲気や物言いもすべて計算であろうと、エパーダは気を引き締め直した。
「え? まあ、そうなったらいいですけどね。どうかなぁ?」
「委細承知いたしました。他のページを見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞどうぞ! 素人が描いたやつで申し訳ないですけど」
エパーダは次々出てくるデザインに驚愕し、ついには畏怖まで覚え始め、これは一大事業になると確信を深めて、覚悟を決めた。
そんなことはつゆ知らず、ミーリアはエパーダに服の説明をしていくのであった。