第38話 お隣さんとの関係
第38話 お隣さんとの関係
「えーっと、四十四人も奥さんがいるのって、本当ですか?」
「本当だ。すべての妻を愛している」
「そうですか。なんか、大変そうですね」
「毎日が大変だ。だが、それがいい」
「変な人ですね」
ミーリアの率直な言葉にドラキアが笑いそうになり、長男、次男がまたソファから尻を浮かせて色めき立つ。
クロエはこれから付き合いの出てくる隣領主を変な人呼ばわりしたミーリアを見て、困った顔をした。
ハンセン男爵はさして気にした様子もなく、首につけた金のネックレスをじゃらりと鳴らした。
「儂が多くの妻を迎えるのは、自分自身の運命だと思っている。結婚した妻に不自由はさせんよ」
「選ぶ基準とかってあります?」
「才ある顔。安産型の身体。善性。家柄は気にしておらん」
「はあ……なんかすごいですね……」
「ふん。儂は女好きと世間では言われているが、才ある妻に仕事を分担して任せ、婚姻によって他家との絆を深める。考えうる最良の方法で領地経営をしているにすぎんよ。家族になってしまえば金の持ち逃げもない。なぜ他貴族が儂と同じようにやらんのか、意味がわからんね」
(ヤバい。かなりぶっ飛んだおっさんだよ。才能ありそうな顔つきの女性を集めて、自由に仕事をさせてるって感じだよね? しかも家族だから永久就職か。効率いいのかな? 貴族社会、やっぱ理解しがたい……)
ハンセン男爵は本気でそう思っているのか、金貨数千枚を落としたかのような表情でクロエの全身を眺め、脂肪でふっくらした丸い顔をしわくちゃに歪めた。
「惜しい……実に惜しい……。クロエ嬢ほどの逸材は見たことがない。才気ある顔つき、安産型の乳と尻、悪事に手を染めないであろう高潔な精神性……もったいない」
ハンセン男爵の言葉に、長男と次男も深くうなずいている。
(この人たちの感覚だとクロエお姉ちゃんは最強の嫁? 商業科の首席だし、美人だし、プロポーションも抜群だし。だからあそこまで言い争っていたってことか)
隣に座っているクロエを見ると、困ったわねと首を横に振った。
(というか、よく考えればすぐにわかるけど、婚約が必要なのって私よりお姉ちゃんじゃない? どの貴族も結婚したがるよね?)
「商業科の知識とグリフォンが目当てかと思いますが、私はまだ結婚しませんよ」
「目当ては乳と尻もだ。忘れてはならん」
ハンセン男爵が美術品を検分する骨董商のごとく言う。
「これに何の意味が?」
クロエが自分の胸元をちらりと見て、首をかしげた。
(お姉ちゃん……)
「あら? なぜミーリアが残念そうな目を私に向けているのかしら」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんのままでいてね」
とりあえず笑っておいた。
「ええ、ええ。私は私ですもの。変わらないし、変わりようがないわ」
クロエが大きな瞳を細め、清々しい笑顔を向けてきたので、細かいことはいいか、とミーリアは思う。
その後、運送や物資購入の話し合いがクロエとハンセン男爵の間で行われた。
ハンセン男爵はあくまでも強気の姿勢であったが、グリフォンが魔法袋を持っていることを目の前で実演され、手のひらを返したようにアトウッド領に有利な条件を出してきた。
食料品はアトウッド領の自給力が整うまで二割引き。
羊毛関係は一割引き。
資材は他領地より優先して供給。
男爵の身でありながら、巨万の富を得ている領主らしい変わり身の早さである。
グリフォン輸送便の利便性を一瞬で理解したようだ。
(お金に関しては信用できそうな人だな。脳筋氏とは経営力が違いすぎる)
クロエは追加で、グリフォン村の人々の件も話した。
美男美女の多くいる村人たちにハンセン男爵が目をつけ、重税をかけて強引に婚姻を結ぼうとしていた経緯を聞いていたので、手を出さないでくれと念のため伝えた。
ハンセン男爵は村人全員がクロエの経営する商会の商人になると聞いて、残念そうに「あの頃は儂も若かった。強引すぎたな」とつぶやいた。
村の女性を妻に迎え入れられなかったことが損失だったと、ずっと後悔していたらしい。
クロエの言葉を了承し、話は終了となった。
「グリフォン輸送便が整ったならば、ハンセン男爵領に支店一号店を出していただきたい」
「承知いたしました。お隣同士ですから、仲良くいたしましょう」
ハンセン男爵とクロエが笑顔でうなずき合う。
どうやらハンセン男爵はクロエも認めたのか、小気味いい芝居を見たあとのような顔をしていた。
長男と次男も気持ちを切り替えたのか、やるべきことができたと言って、退室した。
プライドが高くて女にだらしないだけと思いきや意外と優秀らしい。
「ご挨拶だけと思ったのですが、実りあるお話ができて大変嬉しく思いました。貴重なお時間をありがとうございます」
クロエが立ち上がって一礼した。
ソファ横にいたヒポヌスがぴたりとクロエに寄り添う。
ミーリアもソファから腰を上げて、頭を下げた。
「今日はありがとうございました。お隣さんなので、ドラキアさんでも苦戦する龍とか出たら言ってください。手助けに来ます」
ハンセン男爵とドラキアは顔を見合わせ、なぜか大笑いを始めた。
(え? なんか変なこと言った?)
「ドラキアよ。言われておるではないか」
「これでも王国では有名な魔法使いなのですがね」
「おぬしの名を聞いてもまったく反応しなかったな」
「悲しかったですよ」
ドラキアが肩をすくめると、ハンセン男爵がまた笑う。
「ミーリア嬢は伝説を残す魔法使いになるかもしれん。経営ができる顔つきではないが、儂が見たことのない人相をしておる。まぬけな娘だとばかり思ったが、天才であったか」
ハンセン男爵が面白いものを見たと言いたげに膝を叩き、ソファから立ち上がった。
まぬけというのは遠からず当たっているかもしれない。
ミーリアは人の顔を見るだけでそんなにわかるものかな、と首をひねった。
あと、人をまぬけ呼ばわりとは失敬な、と思った。
(私、超しっかり者なんですけど?)
自己評価と他人の評価が違うのはよくあることだ。
「ドラキアと話がしたいなら、いつでも屋敷に来るといい。魔法使い同士でないとできない話もあるだろう」
「ありがとうございます。ドラキアさん、例の話、簡単にお願いできますか?」
「承知」
ドラキアが浅黒い顔を笑顔にして、ミーリアに魔法使いが簡単に稼げる方法をいくつか伝授してくれた。詳細が聞きたければいつでも来てくれとのことだ。
ミーリアとクロエは二人に挨拶をし、屋敷の玄関から外へ出た。
ハンセン男爵の妻が四人出てきてお見送りをしてくれたが、どの人も無理やり結婚したようには見えない溌剌とした雰囲気だったので、ミーリアはあらためて貴族社会半端ないな、と思った。
◯
クロエとヒポヌスを補助しながら高速飛行し、アトウッド領に帰ると、ラベンダー町の広場に人だかりができていた。
何事かと思い、ミーリア、クロエ、ヒポヌスは着地して様子を伺う。
空から下りてきたミーリアを見つけた長女ボニーが黒髪を揺らして駆け寄ってきた。
「ミーリア、クロエ! いいところに来てくれたわ。お父さま……元父親のアーロンが町民を怖がらせていてね、困っているのよ」
幸薄美人系のボニーが人だかりの中心に目をやる。
中央には手足を椅子にくくりつけられたアーロンが、「アトウッド領はもうすぐ終わりだ! 移民とともに死ぬがいい!」とひたすらに叫んでいた。
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