第43話 轟爆衝撃槌
第43話 轟爆衝撃槌
銀色に鈍く光る魔力で構成された巨大魔力ハンマーを持ったミーリアは、重力魔法で宙に飛び上がった。
一人の少女があり得ない大きさの魔力を操る姿に、逃げ惑っていた領民、移民たちが足を止めて空を見上げる。今のミーリアは豪奢なドレスに身を包んだ姿だ。まるで神話の一ページが現実で展開されている光景にクロエ、ボニー、リーフ、領民、移民たちはなぜか自分は助かるのだという不思議な気持ちにさせられた。
ミーリアが巨大魔力ハンマーを作る間にも隕石は接近し、ついにターニアクリスタルが生成した半円状の対物防御膜に着弾した。
くぐもった銅鑼のような音が響き、軟体動物のように対物防護膜がぐにょりと隕石を受け止め、落下速度を著しく低下させる。
だが、数秒しか保たずに防護膜は弾け飛んだ。
(防護膜のおかげで間に合った……!)
巨大魔力ハンマーを維持して空を飛ぶのは結構難しく、この数秒の時間稼ぎによってミーリアは隕石に到達することができた。
「吹っ飛ばすよ」
ミーリアは巨大魔力ハンマーを両手で真横に振りかぶり、腰をぐっと回転させて捻転力を利用し、隕石に叩きつけた。その姿は十階建ての建造物を振り回す小さな少女のように見えた。
「――轟爆衝撃槌!!!」
魔力によって作られたミーリア特製のハンマーは対象に触れた瞬間に質量を持ち、ハンマー内部に圧縮して仕込んであった爆裂火炎魔法が一瞬で炸裂するという危険な代物であった。
爆発は推進力に使われるのではなく、あくまで対象物の破壊に特化しており、爆発のベクトルは前方のみに進むよう魔力で強引に改変されている。
隕石と巨大魔力ハンマーが衝突すると、岩を粉砕する破裂音がまず響き、次に周囲一体を焼き尽くさんばかりの爆発が隕石にのみ放出された。
(これヤヴァイ……!)
心臓が止まるほどの破裂音と衝撃に、ミーリアは後方に吹き飛ばされた。巨大魔力ハンマーは隕石に突き刺さっており、隕石は横合いから張り手を食らったように軌道を変えて吹き飛んだ。
「ああ! 大岩が!」
領民の誰かが空を指さして叫ぶ。
さらに隕石は爆裂火炎魔法の追撃を受け、中心部の核のようなものを残して粉々になりながら周囲へ破片を撒き散らして落下していく。
巨大魔力ハンマーは役割を終えて宙にかき消えた。
『あなた……なんて魔法作ったの……』
ティターニアが驚きの声で通信してくる。
『ふう……なんとかなりました!』
『それよりミーリア、町に被害が出るわよ。防護しないと』
(隕石の残骸が町に落ちてる)
ミーリアは重力魔法で急停止し、あわてて会場全体に防護魔法を展開する。
隕石の残骸が半球状の防護魔法にあたり、球体の上を滑り落ちていく。
最小限の被害に留めることに成功し、ミーリアは安堵のため息をついた。
一方、住民たちは空を覆い尽くさんばかりの巨大な隕石が吹き飛び、粉々になる光景を唖然として見つめていた。
すべては一人の少女がやったことであると脳が瞬間的な処理をできず、ただただ口を開けて雨のように防護魔法の上を滑り落ちていく破片群を眺めている。
やがて、ラベンダー町の住民の一人が声を上げた。
「ミーリアさまが……領主さまが守ってくださった……。見たこともないような魔法で……私たちを守ってくださった!」
一人の叫びは伝播していく。
「凄い……凄いぞ! うちの領主さまは稀代の魔法使いだ!」
「ミーリアさま……」
「領主さま……!」
驚きは命が助かったという喜びへ変化し、そして守ってくれたミーリアへの感謝と尊敬に変わっていく。興奮の熱は一瞬で領民たちに伝播した。
「ミーリアさま万歳!」
「アトウッド領万歳!」
「すっげえ領主さまだ! あんなにちっこいのにすげえ! 本当にすげえよ!」
「ミーリアさまぁぁぁ!」
「ありがとうございます、ありがとうございます。一生この領地であなたさまについていきます!」
皆が割れんばかりの拍手をし、両手を上げて万歳三唱を繰り返す。
見守ることしかできなかったクロエも「ミーリア……あなたは凄い魔法使いだわ」と涙ぐんで喜んでいた。そして灰色の頭脳をフル回転させて、ここぞと言わんばかりに領民たちへミーリア信奉の種を植え付けようと、ヒポヌスに拡声魔法をするように言いつけ、口を開いた。
「新領主ミーリア男爵は必ず外敵から私たちを守ってくれます! この領地にいれば安全安心な人生を送れるでしょう!」
クロエの言葉にわっと大歓声が上がる。
「嘘だ……ぼんやり娘が……あんなッ……」
へっぴり腰で逃げ出し、町の隅にいたアーロンは、七女のやった偉業を見つめるしかできなかった。エラは何を考えているのか立ち尽くして、防護魔法を滑る隕石の残骸を見つめている。
隕石の残骸が落ちきり、ミーリアが防護魔法を切ろうとしたところで何かに気づいた。
(これで安心……ん? まだ何かいる?)
安堵したのもつかの間、別の魔力反応を感じて警戒体勢を取る。
千里眼魔法で隕石を観察する。吹き飛んだ隕石は完全に破壊されたわけではなく、中心部にあった核のような部分は原型を保ったまま地面にめり込んでいた。
(動いてる?)
ミーリアが千里眼の倍率を上げると同時に隕石の核にひびが入り、卵のからのように核を食い破って、一匹の魔獣が姿を現した。
「ドラゴン?!」
中から出てきたのは、ドラゴンとおぼしき体躯をした一匹の龍であった。
全長はおおよそ三十メートル。
灰色の体躯。つるりとした鱗に全身を覆われ、腹部が丸みを帯び、背中に映える二本の羽は妙に小さい。全体的にアンバランスなドラゴンであるが、縦割れした瞳はぎょろぎょろとせわしなく動いている。
自分が隕石の内部から出てきたことを認識したのか、地鳴りのような咆哮を上げると静かに浮遊した。ドラゴンの頭上には天使の輪のように、紫色の魔法陣が浮かんでいる。
(かなりの魔力量! 師匠の三倍くらいはありそう……!)
空中に浮遊したまま、魔力感知の魔法で相手の魔力量を確認するミーリア。
見守っていたドライアドのリーフがふわりと飛んでミーリアの横に並び、無表情にドラゴンのいる方向を見つめた。
「あれは魔古龍メテオライト。厄災を呼ぶ龍」
「魔古龍メテオライト?」
「昔、世界樹を破壊しようとした。私たちが殺した」
「ドライアドが?」
ミーリアが質問するが、リーフはじっと魔古龍メテオライトを見つめる。
「ミーリアお姉ちゃん。あいつ、倒してほしい。私たちじゃムリ。あいつのせいでドライアドがいっぱい死んだ。今の私たちは数が少ない。全員呼んでも倒せない」
珍しく長くしゃべったリーフを見て、ミーリアは事の重大さに気づいた。
「私の魔力あげる」
リーフが髪の毛を注射器のように変形させて、断りもなくぶすりとミーリアの尻に突き刺した。特に痛くないがピリッとした刺激が走った。
(ひいっ!)
悲鳴を上げる間もなく魔力が注入される。
多少の魔力が回復したミーリアは魔古龍メテオライトへと視線を戻した。
(リーフのおかげで魔力は回復したね。まあ、元からあんまり減ってないけど。轟爆衝撃槌ならあと三、四回撃てるかな?)
自分の魔力残量を確認しつつ、ドラゴンを見つめるミーリア。
実のところ、ミーリアは千里眼で魔古龍メテオライトを見た瞬間から、思うところがあった。
(あのドラドン……でっぷりとしたお腹……ひょっとして、肉、旨い?)
完全に蛮族の娘の思考回路であった。
そうこうしているうちに魔古龍メテオライトが飛び上がり、会場の上空で止まった。
縦に割れた眼球をミーリアに向けると、美味そうな娘を見つけたと言わんばかりに牙の隙間からよだれを垂らし、咆哮した。
獰猛な生物が弱者を食らって飢餓を満たせるという歓喜の咆哮に、住民たちは恐怖のあまり地面にへたり込んだ。
「この世は強い者が弱い者を食らう……焼肉定食の世界……。ドラゴン、覚悟せい」
ミーリアは全身に魔力を巡らせ、魔古龍メテオライトを睨みつけた。