第45話 肉
第45話 肉
ミーリアは真っ二つになった魔古龍メテオライトを見下ろした。
体長三十メートル。首が短く、腹がでっぷりと突き出している。体は大きいが羽が小さい。いびつなバランスの体躯は地面に半分ほど埋まり、首と胴が離れていた。
(一瞬ひやっとしたけど勝った!)
ミーリアは「勝ったぞぉぉ!」と一度叫んで両手を上げる。
『無事勝てたわね。もうちょっと苦戦すると思ったけど、いい魔法だったわ』
魔法電話からティターニアの称賛が響く。
『ありがとうございます。これも師匠のご指導のおかげです』
『あんな魔法どこで思いつくのかしらねぇ……ま、いいわ。あとでその魔法も教えてね』
『了解です』
『ふあああぁぁああぁぁっ……あっふ。じゃあ私は寝るから。魔古龍メテオライトの鱗は貴重らしいから回収しておきなさいよ。あとでミーリアが使える魔道具の素材にできないか確認したいわ』
『はぁい』
『おやすみ』
ぷつりと魔法電話が切れる。
ミーリアは地上へと降下して、魔古龍メテオライトの腹の上に立った。
(重力で丸いお腹がでろんと下がってるね。全体的に鱗が硬いからそこまで損傷はなし。爆発の衝撃で気絶してくれた感じかな?)
かかとで灰色の腹を押してみる。
硬い鱗の感触しかしない。ミーリアの体重では腹を沈ませることもできない。
(まずは血抜きするか。血も使えそうだから取っておいたほうがいいかな。だとしたら早くしないと)
ミーリアは魔古龍メテオライトの腹から地面に飛び降り、以前醤油を保存しておくために作った巨大な樽を魔法袋から出して設置した。
続いて重力魔法で魔古龍メテオライトを浮かせ、首の切り口が樽の上に来るように調整する。魔古龍メテオライトはしっぽをつかまれて逆さにされたような格好になった。
赤黒い血が樽に溜まっていく。
傍から見ると蛮族の娘がドラゴンの血抜きをしているという恐ろしい光景になっている。
重力魔法で固定しておき、魔古龍メテオライトの頭を検分する。
(さすがに頭は……マズそうだね。でも、キモ可愛いかも?)
魔古龍メテオライトの顔を見てミーリアは腕を組んだ。
最後の断末魔とも言える魔力弾を放った際の顔つきのまま絶命しており、くわと目は見開かれ、ずらりと並んだ牙が耳の付近まで裂けた口もとで光っている。ただし、よく見るとつぶらな瞳と、でろんと右頬に垂れている舌が得も知れぬ哀愁と悲哀を醸し出していた。
(お姉ちゃんがドラゴンの頭は取っておこうって言ってたし、劣化防止の処置をしておこうかな)
ミーリアは魔力を循環させて魔古龍メテオライトの頭部に劣化防止をかける。
舌がでろんと出ているキモ可愛い魔古龍メテオライトの頭はこれで半永久的に劣化せず保管されることになった。この頭部が領地の観光スポットになることをミーリアはまだ知らない。
(血抜きを待ってるのちょっと面倒くさいなぁ……重力二倍にしておこう)
浮いている魔古龍メテオライトに魔法をかける。
重力を倍加させると、血の落ちるスピードが早まった。体躯は浮かせたままだ。
暇になったミーリアが劣化防止をかけた頭部を見て、てしてしと手で叩いていると、ドライアドのリーフが緑色の長い髪を揺らしながらゆっくりした速度で飛んできた。魔力がほぼ空っぽなので速度を出したくても出せない状態のようだ。
「……ッ!」
リーフは逆さ吊りにされた魔古龍メテオライトの胴体を見て、夢でも見たのかと袖で何度か両目をこすった。
続いて切り離された頭部と、それをぺしぺし叩いているミーリアを見て驚愕した。
「お姉ちゃん……これは……何?」
普段、感情の起伏が乏しいリーフであるが、さすがに状況が状況であった。
数十年前にいずこから転移してきた魔古龍メテオライトに世界樹が襲われ、ドライアド総出で迎撃した記憶が蘇る。
そのときは多くのドライアドが隕石魔法を防ぐため犠牲となった。
世界樹が格好の的であり、回避ではなく受け止めるしかないドライアドたちにとって、魔古龍メテオライトは非常に相性の悪い相手だった。攻城戦をしかけられた王が城を守ることと同義である。
隕石を避けることもできず、このドラゴンは高出力で巨大な物体を打ち出してくるため、当時いたドライアドが命を削って障壁魔法を張り半数以下に減ってしまった。
だが、目の前にいる血を分けた姉は、何事もなかったようにメテオライトを討伐してしまっている。それも一人でだ。
しかも何を思ったのか、魔古龍メテオライトを浮かせて血を抜いていた。
ドライアドであるリーフには意味がわからなかった。
「おーい、リーフ。どうにか倒したよ。もう大丈夫」
あっけらかんと言うミーリアが手を振りつつ笑顔でこちらに飛んできた。
魔力が少ないリーフを補助するため手を握る。
「どうやって?」
リーフは疑問が止まらない。
「さっき使ったハンマーの魔法で魔力弾を撃ち返して、首を切断したよ」
「そ……そうなんだ」
「結構強かった。リーフに言われてなかったら油断してたかも。ありがとね」
「結構……強いくらいなんだ……」
「そうだね。ジルニトラよりは全然強いと思う」
確かに魔古龍メテオライトはジルニトラよりも強敵であった。
古代魔法の刻まれた召喚石から呼ばれる悪の権化と古い文献には記載されており、魔力保有量はジルニトラの十倍ほどある。
ミーリアの魔力も日に日に増えており、本人も把握できないほどだ。
今でも瞑想の訓練はしているが、すべての魔力を掌握し、循環させるには至っていない。
圧倒的な魔力量と前世の記憶から編み出す奇想天外な魔法で強敵を圧倒した。
「あと、猫パンチで気絶しなかったし」
「猫……カウンター魔法?」
「そうそう。それよりもさ、前回ドライアドがみんなで魔古龍メテオライトを退治したときって死骸はどうした? 今、血抜きをしてるんだけど……あ、食べられるかなと思って」
「食べる? こ、これを?」
リーフが驚きでミーリアをまじまじと見つめた。
「え、だめ? 毒ある? いちおう浄化しておこうかな」
早速、浄化魔法を飛ばすミーリア。
しゅわ、と音がして魔古龍メテオライトが発光した。
「違う。そうじゃない」
リーフが首を振ると、ミーリアがぽんと手を叩いた。
「あー、そっか! 文化的にドライアドって草食だもんね。そりゃあドラゴンの肉は食べないか。失敬失敬」
ミーリアの脳内は完全に肉一色になっている。バジリスクの首肉が美味しかった記憶のみがリフレインされておりテンションが異様に高い。おっさんくさい手刀を顔の前でおどけて切り、ミーリアは魔古龍メテオライトの胴体を見た。
「おっ。血が止まってる。胴体を切り出してみようか」
「……見ていい?」
リーフは説明をあきらめ、この規格外の姉を見守ることへ意識をシフトさせた。
「もちろんいいよ。この世は非情……焼肉定食だからね」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「ごもっとも」
ミーリアは爽やかに笑顔を見せて親指を立て、浮いている魔古龍メテオライトのそばに着地する。
大樽は魔古龍メテオライトの血で満杯になっていた。
魔法袋から蓋を取り出して密閉し、念のためこぼれないように魔法で接着させてから魔法袋に回収した。魔古龍メテオライトの頭部はキモ可愛いのでそのままにしておく。倍加していた重力は元に戻した。
ミーリアは次に前世の記憶にあるレントゲンを模した、魔導X線魔法を魔古龍メテオライトのでっぷりした腹に照射した。
腹が透けて筋肉が可視化される。
(ふむ……部位が真ん中で二つに分かれているね)
ミーリアは部位ごとに切り分けるべく、魔導X線を真剣な表情で照射し、空中に魔法の光でメモを残していく。
その表情は戦闘のときよりも鋭かった。
横にいるリーフも黙って見ている。
「では、いきますっ!」
掛け声を上げ、魔導X線で目視した部位ごとに切断されるように、風の刃を操る。
繊細な動きで軽やかに魔力を操るその姿に、リーフは感銘を受けた。ミーリアは食への欲望のみで動いているため、その感銘は台無しである。
空中に浮いた魔古龍メテオライトが次々とピンク色の肉へと切り分けられていく。
硬い鱗を切るのに大量を魔力を放出したので、リーフの腕に鳥肌が立った。
ミーリアは解析をかけつつ肉を魔法袋へと回収していく。
食べられそうなのはやはり腹の部分である。
そして、一番見た目の良い腹部中央の肉を手のひら大に切り分け、その他をすべて魔法袋に入れて作業を終える。
ミーリアは目の前に浮かせた肉を見て、全身を震わせた。
「こ、この見た目……焼き肉界の王様……カルビじゃない?」
見事な赤身に美しい脂肪が模様のように広がっている。霜降りほどサシは入っておらず、絶妙な塩梅の赤身肉がテラテラと陽光を受けて光っていた。焼いたらさぞ美味いであろうとひと目でわかる最高級品である。
ミーリアはごくりとつばを飲み込むと、肉にそっと指を添えた。
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読者皆様
メリークリスマス!
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
年末年始を盛り上げたいということで、前から書いていた新作を投稿いたしました。
現代舞台+アホの子をどうしても書きたくて書いた作品です。
年末年始のお暇な時間にお読みいただけると幸いです・・・!
「HP5ですけど自動治癒(オートヒール)があれば死にません!」
↓
https://kakuyomu.jp/works/16817330668887267044
七女の更新も年末年始にまたできるよう頑張りたいと思います。
それでは皆様の年末年始が良いものになることを心より祈っております。
引き続きよろしくお願い申し上げます^^
四葉