第46話 肉を喰らふ
第46話 肉を喰らふ
あらすじ
まこりゅうメテオライトをげきは!
ミーリアはカルビをてにいれた!
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魔古龍メテオライトの腹部中央の肉は霜降りほどサシは入っておらず、絶妙な塩梅の赤身と脂身のコントラストを生み出していた。
まだ生の状態にもかかわらず艶やかに光を反射している。
肉を見ているだけでよだれが出てきそうだ。
(カルビだ……これは……焼き肉界の王様……カルビに違いない……)
ぐうとミーリアの腹が鳴った。
横でミーリアを見ているドライアドのリーフは、本当に魔古龍メテオライトの肉を食べるのだろうかと、固唾をのんで見守っている。
リーフからしてみれば魔古龍メテオライトは厄災に近い。
数年前に突如として世界樹に出現し、世界樹が溜め込んでいる良質な魔力を奪おうとドライアドの里に襲いかかってきた。
ドライアドたちは必死に防戦したが、魔古龍メテオライトは高威力の魔法を連発する相性の悪い敵だった。
大きな的になっている世界樹を守りながらの防戦はドライアドたちを苦しめ、結果としてかなりの犠牲を払うことになった。
結果としてドライアドたちは魔法戦で勝利していない。魔古龍メテオライトは魔力切れを起こして動けなくなり、討伐に成功した、という顛末だ。
魔古龍メテオライトの腹が出ていることにも理由がある。
この龍は腹の肉に魔力を貯蔵し、肉を消費して魔力を無尽蔵に捻出できる特質があった。
ドライアドが勝利したとき、魔古龍メテオライトは痩せてスリムになっていた。
魔力貯蔵に使っていた肉を消費してしまい、戦っているうちに痩せて魔力欠乏症を起こした。
一方、ミーリアは魔古龍メテオライトを上回る馬鹿げた高出力の魔力で討伐してみせた。
魔古龍メテオライトは死に際に特大の魔力弾を撃って魔力をほぼ消費したが、あの状態で討伐していなければ魔力を回復させてまた襲いかかってきただろう。
つまり、魔古龍メテオライトのカルビ肉は、魔力がたっぷり残された特上カルビであった。
ミーリアは最高の状態で討伐したことになる。
(さあ、焼こう。メテオカルビを焼こうぞ!)
そんなことはまったく知らないミーリアは魔法袋から七輪を取り出して手早く設置した。
すでに炭には火が入っている。
七輪の中では赤々と炭が輝いていた。
手のひらサイズのかたまりであった魔古龍メテオライトの腹肉――メテオカルビを宙に浮かせて風魔法でカットし、一口サイズにする。
待ち切れないと言わんばかりにミーリアは七輪の網にメテオカルビを一枚乗せた。
ジュッ、と網目に肉が触れた瞬間、音が弾ける。
「……ッ! 匂い! 良い匂い!」
ミーリアは声にならない声を上げ、食い入るようにメテオカルビを見つめた。
腹を刺激する暴力的な肉の香りが鼻腔を攻撃してくる。
ざわざわと風で揺れる森。
魔古龍メテオライトの頭部が鎮座する前。
ミーリアとドライアドのリーフが二人、焼ける肉を見ていた。誰にも説明ができない、意味不明な光景になっているのは間違いなかった。有能な吟遊詩人でもこの光景を歌にするのは少々骨が折れることだろう。
「うまそう……うまそう!」
ミーリアの語彙力は蛮族の娘以下になりつつあった。
メテオカルビ表面の脂がじんわりと溶け始める。
炭火が作る高温の熱が肉の表面にじっくりと入り、脂の部分がじわじわと透明に変わってぽたりと落ちれば、ジュッと炭火に触れて蒸発した。
燃えて蒸発した脂身の香りがまたとんでもない匂いだ。
ニンニクに近い香りと焦げた肉を混ぜたような独特な匂いで、またしてもぐうとミーリアの腹が鳴る。
ミーリアは鼻の穴を膨らませながら、魔法袋から箸を出して、そっと肉を裏返した。
じゅわあああっ、と裏面が焼かれる。
ミーリアは声なき声を上げて、ぶんぶんと小さく腕を上下に振った。
この感情を表すにはどうすればいいかわからなかった。
ドライアドのリーフもそういうものかと首を傾げ、隣で腕をぶんぶんと上下に振る。ドライアドは草食である。肉の匂いでミーリアが興奮しているとは思わなかった。
網目に焼きつけられた焦げ目は茶色のまだら模様を描いていた。食感を予感させるなんと芸術的で美しい焼き目だろうか。焼き立ての肉の内側には、閉じ込められた肉汁が光っている。
(我慢できない!)
良く焼きにするつもりだったが、ミーリアは辛抱たまらず魔法袋から簡易ローテーブルを出し、皿を起き、そこへ焼いたメテオカルビを置く。
胡椒岩塩をぱらりと少量振りかけて、再度箸で持ち上げた。
思わず喉が鳴る。
躊躇せず一気にメテオカルビを口へ放り込んだ。
「……!」
芳醇で暴力的で濃厚で、それでいて緻密に計算されたような風味が口内に広がった。
噛みしめると封じ込められていた肉汁が一気に弾ける。
果汁をたっぷり含んだ熟した果実を噛みしめたかのように、濃厚な旨味が流れ出す。熱を持った肉汁が舌の上を滑る。
次に襲いかかってきたのは香ばしい焦げ目の風味。
続いて、脂身がとろりと溶け出して肉の繊維の隙間からじわりと滲み出す。
さらに奥歯でしっかりと噛みしめると、肉の繊維がするすると嘘みたいに簡単に解け、内側に閉じ込められていた最後の肉汁が流れ出す。胡椒岩塩と牛肉本来の旨みが融合し、濃厚ながらもくどさはなく、奥深くもどこかジャンクフード然としたダイエットには大敵なこってりさを感じたが、解けた肉はどこかへ消えてしまった。
「…………」
呆然と虚空を見つめるミーリア。
リーフは体調悪くなったのかと不安になる。
しかしその心配はなく、ミーリアは宙に浮かせて待機させていたメテオカルビを無言で網に並べ始めた。
○
領民のことはすっかり忘れてミーリアは一心不乱にメテオカルビを食べていた。
肉の付け合せとして世界樹の葉を巻いたり、あらかじめ作っておいた細切りニンジンのオリーブ和えを口直しにしたり、塩コショウ醤油で焼いたモヤシなどをテーブルに並べ、最終的にはリーフを誘ってテーブルを囲んだ。汚れ防止の魔法をかけて地面に絨毯を敷くことも忘れない。
リーフは草食なので、世界樹の葉や果物類を出してあげた。
感情のない顔でリーフがちらりとミーリアを見た。
「魔古龍メテオライトの肉……おいしい?」
「うん! めっちゃ美味しい! これヤッバいよ!?」
キラキラした瞳でミーリアはリーフを見つめた。
この美味しさをわかってほしいが、ドライアドに肉を食べさせるわけにもいかない。
非常に残念である。
「龍の肉って超美味しいんだよ、きっと。バジリスクに続いてメテオライト! 他にも魔古龍っていないのかな?」
「わからない」
リーフが首を小さく横に振り、世界樹の葉を小さくかじる。
「探して肉のリストに入れたいね」
今にも飛び出して魔古龍を探しに行きかねない顔つきだ。
満腹になってきて、ミーリアの箸を操る手も徐々に落ち着いてくる。
ミーリアはメテオカルビをこれでもかと食べて少し膨らんだ腹をぽんと叩いた。
「心残りがあるとすれば……米だな」
「コメ?」
「うん、米。白くてつぶつぶの穀物だよ。リーフも気に入ると思うけどなぁ。ゴンゾーさん、米を探して出発してからもう一ヶ月くらいは経つと思うけど……」
ゴンゾーとは、ダレリアス家の料理人だ。
ダレリアス家は四女ジャスミンが嫁いだ家である。
落ち着いたらゴンゾーを探しにいかねばならないとミーリアは決意する。
「肉と米。これすなわち至福なり」
「至福」
リーフが首を傾げている。
世界樹を住処としているドライアドにはよくわからない価値観だった。
「あとやっぱり焼き肉のタレ。これは譲れないね」
「前にも言ってたね」
「ダレリアス家で開発してもらってるんだけどね……なかなか難しいみたい。うちの領地で私が開発したほうがいいのかな?」
「さあ?」
「でもな〜、作り方がさっぱりわかんないんだよね」
ミーリアが求めるのはジョジョ園のタレである。原材料に何が使われているのか皆目検討もつかない。
「お姉ちゃんでもわからないことがあるんだ」
「あるよ。いっぱいあるよ。あーあ、誰か教えてくれないかな」
ミーリアはノールックで魔法袋からメテオカルビを取り出して、二枚焼いた。
焼いた肉を世界樹の葉に豪快にくるんで頬張る。
「ん〜! おいひい〜」
丸いほっぺたを膨らませ、両目をつぶって首を振った。美味しさで身体が勝手に動いてしまうのだ。
バジリスクの首肉と同等か、それ以上の旨味が多幸感を味わわせてくれる。
「……」
リーフはじっと天を仰いでなにかを考える。
ミーリアの話で何か思うところがあったらしい。
リーフが口を開こうとしたところで、上空からクロエの声が響いた。
「ミーリア、大丈夫なの!?」
戦闘音が止んだことで心配になった姉のクロエがグリフォンのヒポヌスに乗り、様子を見に来たようだった。
クロエは首だけになって地面に鎮座している魔古龍メテオライトにぎょっとした顔をし、ミーリアが七輪で焼き肉を食べていることでおおよその状況を察した。
我が妹ながら、あまり信じたくない状況であるが。
「ひょっとしてひょっとするとだけれど……ミーリア……あなたその魔古龍を食べているのかしら?」
ヒポヌスからひらりと地面に着地したクロエが、ミーリアの顔を覗き込んだ。
「そうだよ! お姉ちゃんも食べる!? ほっぺたが落ちるよ!」
嬉しそうに肯定して、ミーリアが三枚ほどメテオカルビを焼き始めた。
こうなると誰も止められないのがミーリアである。
クロエはやれやれと額に手を当て、喜びを分かち合おうとしてくれる可愛い妹の隣に腰を下ろした。
「これを食べ終わったら町に戻ってくれないかしら。あなたがいないと騒ぎが収まらないわ」
「騒ぎ?」
ミーリアが焼き肉をひっくり返して首をひねった。
「移民があなたを心配しているのよ。領主に何かあれば自分たちの安全も脅かされるからね。魔法使いであるミーリアを頼って移民を決意した民草だもの」
「なるほど」
「あとは……アーロンの処罰をどうするのかで揉めているわ」
「アーロンの?」
ミーリアは元父親の傲慢な顔つきを思い出して嫌な気分になった。
だが、メテオカルビの香りですぐに気分は回復し、焼き終わった肉に胡椒岩塩を振りかけて世界樹の葉にくるみ、愛する姉に差し出した。
クロエは進められるがままに一口食べ、目を見開いた。
「……これは……いけない味だわ」
小さくつぶやいて、あっという間に肉と世界樹の葉を平らげてしまった。
クロエにしてはめずらしい行動だ。
自慢の姉はレディとしてのマナーは一流である。余程、メテオカルビが美味ということだろう。ミーリアは嬉しくなって「美味しいでしょ?」と笑顔になった。
一方、クロエは立て続けに龍の肉が美味いことを妹が知り、龍を探しにどこかへ消えてしまわないかと危惧した。
そのことをクロエから聞かれると、ミーリアは少し考えたあとに口を開いた。
「肉よりも米がほしいかな」
「夢で見たという穀物ね」
「うん」
「その話は後でしましょう。今は皆へ元気な姿を見せてちょうだい」
「はぁい」
ミーリアはいい返事をして自分、クロエ、リーフの手と口に洗浄魔法をかけ、絨毯や七輪など焼き肉に使った道具を魔法袋へとしまった。
最後に魔古龍メテオライトの頭部をしまおうとすると、クロエから声がかかった。
「待って。魔古龍メテオライトの首級は浮かせたまま移動しましょう」
「え? みんなびっくりしない?」
「びっくりさせるのよ。領主は敬われる存在にならないといけないわ。ミーリアの権威付けは必要よ。そうね……首を中央広場に安置するのも悪くないわね……」
クロエは腕を組み、一つうなずいた。
「さ、広場へ戻りましょう」
「オッケー。リーフ、私につかまってて。魔力まだ回復してないでしょ?」
ミーリアはぼーっとしていたリーフに手を握り、重力魔法で浮いた。
「ヒポヌス、行くわよ」
「クルゥ」
クロエは待機していたヒポヌスにまたがった。ヒポヌスは「龍を倒せる魔法使いに命令出してるボス凄いっす。ビックボスかっけえっす」と鳴いている。
ミーリアは魔古龍メテオライトを浮かせ、広場へと戻った。