第22話 婚約書状
第22話 婚約書状
クロエが手紙を受け取った。
内容は、ハンセン男爵二十五番目の妻として迎え入れる、というものだ。
千里眼魔法で確認したミーリアは、読書部屋で拳を握った。
(来るべきときが来たか……)
ミーリアは、クロエと様々な事態を想定していた。
(クロエお姉ちゃんの予想だと、十二歳になってから手紙が来るって話だったけど、一年早かったね。来年の春まで我慢してくれたらよかったのに……!)
来年の春であれば、クロエは王国女学院に入学している算段であった。学院生は在学中、女王陛下の家臣、という扱いになるため本人の意思が尊重される。外野から容易に手出しはできない。
次女ロビンの嫁ぎ先の目処が立ってから、ハンセン男爵は行動を起こすとクロエは考えていた。
しかし、ハンセン男爵は、評判の娘を確実に確保したいと思ったらしい。
(噂だとハンセン男爵は、ちょび髭デブのハゲだって話だよ……お笑い芸人かよ……おそろしい……)
ミーリアは身震いした。
婚約が早まった理由に、騎士団への評価もあった。
美人、美少女を見つけて報告すると報奨金がもらえるのだ。ハンセン男爵の部下は褒美と名声のために、未婚の女性を見つけては男爵に報告している。
貧乏騎士爵の美少女六女――彼らにとって好条件だった。
商隊長は褒美欲しさにクロエを強く勧めていた。
(基本、クロエお姉ちゃんが交渉する。ダメなら私が魔法でどうにかする。作戦らしい作戦はないけど……全力を尽くそう。最悪、騎士団商隊を壊滅させてもいいよね。できるかわからないけど、私、本気出します)
ミーリアは愛するクロエのためなら、自分はどうなってもいいと考えている。刺し違えてでも婚約を破棄させるつもりだ。
クロエがいなければ、この家で一人ぼっちだった。
クロエから家族の温かさを教えてもらった。
姉の笑顔を守りたいと切望する。
(お姉ちゃん……!)
ハンセン男爵は気づいていない。
(フライで飛んで、見つからないように催涙魔法! それでダメなら重力魔法で懲らしめる! それも効かないなら爆裂火炎魔法でふっ飛ばそう! それでもダメだったら竜巻を起こして風刃で一万回斬り! それから――)
ぶっちぎりで常識はずれの魔法使いを相手取ってしまっていることに……。
◯
その夜、騎士団商隊を屋敷に招き入れ、晩餐となった。
年二回の恒例行事だ。
領主アーロンが上座に付き、賓客として騎士団の商隊長が横に座る。
商隊長の隣が婿養子アレックスだ。彼は長いものには巻かれろの精神で、商隊長に媚びへつらっていた。
他の席には、騎士団の面々が二十名着座している。
大して広くないアトウッド家のリビングは熱気が充満していた。
「この夏もすまんな! ハンセン男爵にはよろしく伝えてくれ! がはははっ!」
領主アーロンが商隊長の背中を思い切り叩いている。
慣れたものなのか、白髪まじりの中年の商隊長は「なぁに、魔物領域など大したことはありません! いつでも参りますよ!」
と、調子よく返していた。
商隊長は地方騎士爵の三男坊だった。
爵位を継げないため、彼の子どもは平民になる。
「今年もアトウッド家への重要な責務を果たせてよかった!」
実際、彼が腹の中で何を思っているかはわからない。
この日ばかりは貯蔵庫から酒と干し肉を出して、商隊が持ち込んだ小麦で白いパンを焼く。
乾杯の済んだリビングは、男たちの笑い声でうるさかった。
(パンの匂い……お腹にくるね……)
ミーリアは壁際に突っ立ってぼーっとリビングを眺めていた。
夕食を食べていないせいで、ぐるぐるとお腹が鳴っている。
(転移魔法で長距離が移動できるようになったら、小麦をゲットしよう……)
母親エラ、長女ボニー、次女ロビン、五女ペネロペ、六女クロエの五人がせわしなく給仕をしている。
ミーリアは邪魔なので壁の飾りだ。
ちなみに四女ジャスミンは視力が低いため、キッチンでパンをこねていた。
「今年の夏もいいジャムができたぞ! あとで見てくれ! 魔力が入っているとかでな、ジャムが光っている!」
「なんと」
領主アーロンは年二回、商隊との晩餐を何よりの楽しみにしていた。
「まあジャムはどうでもよくてな! 領地の森に、鹿の王が出たんだ! 大岩を軽々飛び越える大物だった! 大きさは男五人分よぉ!」
「大物ですな」
「アレックスが鹿脅しでヤツの足をすくませてな、その一瞬で、ピュン! グサッ、ドサッ、だったぞ! がははははっ!」
商隊長と、婿養子アレックスが両手を叩いて、「おおおっ!」とアーロンを囃し立てる。
脳筋のせいかアーロンの会話には擬音が多かった。
「おお、それがこの鹿肉ですな?!」
「そうだ! 存分に食え!」
「かたじけない」
酒を飲んでいるせいか、全員が他愛もない話で笑っている。
騎士団商隊は一ヶ月をかけて魔物領域を越え、無事にアトウッド領に入ったことを喜んでいた。毎回命がけの強行軍だ。酒に酔い、自分たちの勇敢さに酔っている。
(白いパン食べたいなぁ……)
ミーリアはよだれが出そうになって、口を閉じた。
しばらくすると、クロエがアーロンに呼び出された。
(お姉ちゃん……頑張って……!)
給仕の途中だったクロエはワインを商隊長に注ぎ、アーロンの後ろに立った。
アーロンは太い腕でクロエの腰をつかみ、物のように押し出した。
「どうだ、美人に育っただろう!?」
クロエは眉をひそめ、転びそうになった足を踏ん張った。
「こいつならハンセン男爵も喜んでくれるはずだ! 商隊長、どうだ?!」
「ハマヌーレにもこれほどの美少女はおりませんな」
商隊長はじろじろとクロエを眺める。特に胸部へ目がいっているようだ。
「書状、読ませてもらったぞ! 森の使用権と引き換えに、支度金はナシでこの娘を嫁に出そう!」
「おお! ハンセン男爵も喜ばれますな!」
「――お待ちください。私からも一言よろしいですか?」
勝手に話を進める二人をクロエがさえぎった。
「いま婚約しても、意味がないのでは?」
クロエの言葉に、アーロンと商隊長は顔を見合わせる。
だが、アーロンがクロエの肩をつかんで、後方へと下がらせた。
「この娘は知恵が働く。しゃべらせると手に負えん! クロエ! もう決まったことだ! つべこべ言わずに給仕をやれ!」
「ですがお父さま……」
「二度も言わせるな!」
アーロンが十一歳の娘に睨みをきかせる。
肝の座っているクロエは、ちらりと母親エラを見るが、彼女は小さく首を振った。
(マミィ、さっきクロエお姉ちゃんを嫁にいかせるのはどうかと思うって言ってたじゃん!)
この状態でアーロンが話を聞くとは思えない。
基本、事なかれ主義だ。母親エラは早々にあきらめたようだ。
「クロエお嬢様、よろしいですな?」
商隊長が一歩下がったクロエを見つめる。
質問というより、「あきらめてハンセン男爵の妻になれ」と念を押している目だった。
「……ッ!」
クロエはいたたまれなくなって、リビングから飛び出した。
(こんな酔っぱらい……交渉できる状態じゃないよ……お姉ちゃん……)
ぐうぐうお腹を鳴らしつつ、ミーリアは胸が痛くなった。
ダメ親父と領主アーロンの姿がダブって見える。
「商隊長、気にするな! 後で言って聞かせる!」
「よろしくお願い申し上げます」
「でだ。婚約書状にサインと印を押せばいいんだな?」
「はい。こちらです」
商隊長が上着のポケットから書状を取り出した。
「サインをハンセン男爵にご確認していただき、ハマヌーレの教会で許可をもらう。それで婚約は成立です」
「よし、今書こう。おい! エラ!」
「はい」
母親エラが返事をして、別室からペンとインクを持ってきた。
文字は読めないが、自分の名前ぐらいは書ける。
アーロンは上機嫌に鼻歌を歌いながらサインをした。
森林の使用権を夢想しているらしい。
汚い文字に、商隊長は一瞬だけ顔をしかめた。
(よぉし……魔力循環……追跡魔法、発動…………GPS接着!)
ミーリアは魔力を飛ばし、追跡魔法を婚約書状に貼り付けた。
イメージの影響か、GPSと心で唱えると精度が格段に上がる。
(これで、五十km離れても大丈夫だよ……絶対に逃さない……!)
――追跡魔法ミーリアバージョン
ティターニアと練習し、何度も山ウサギで実験している。運用も問題ない。ミーリアが解除するか、魔力が枯渇しない限り、延々と魔力GPSは貼り付いてくれる。
(話をまとめると、サインした書状を持ち帰らせなければいいんだよね? それなら騎士団と戦わずに、こっそりやれば……。あ、師匠に確認しないと。いちおう人間に魔法を使うことになるからね……)
ミーリアは壁に寄りかかり、念話魔法を使った。