第25話 魔法で改ざん
第25話 魔法で改ざん
やがて、窪地に騎士団のテントが見えた。
魔物が嫌うお香を焚いているのか、焦げ付いた焼き芋のような匂いが充満していた。
見張りの兵士が二人ずつ、北側と南側に立っている。
(微妙にくさい……)
ミーリアは鼻をすぼめた。
(よし……魔力循環……風魔法……球体防護壁!)
窪地が透明な半径五十mほどの球体に覆われた。
(さらに睡眠魔法……スリ〜プ……これでもかってスリ〜プ)
粉塵状の睡眠魔法がスプレーのように大量噴射され、球体内部に満ちていく。
ドサドサ、と音がして、見張りの兵士が眠り始めた。
(効いてる効いてる……)
『ミーリア、いいわ。中央の大きなテントに入りなさい』
ティターニアの指示に従い、窪地を飛行魔法で降りていく。自分の魔力で作った睡眠魔法だ。ミーリアが寝てしまうことはない。
テント内に入ると、寝袋にくるまった商隊長がいた。
(寝袋……ボタンでしめるタイプか。ジッパーがこの世界にあるわけないもんね……さて、起こさないようにしながら、ボタンをはずして……)
寝袋のボタンを外していく。
すると寝ている商隊長がびくりと身体を震わせた。
「んごぉ!」
「――ッ?!?!」
ミーリアは心臓が飛び出るかと思った。
息を止めて見守ると、商隊長は気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
(いびきですかい!? びっくりさせないでよ……)
寝袋のボタンを外し、押し広げた。上着のポケットからGPS魔力の反応がする。
寝るときも肌身離さずとは、丁重に取り扱っているようだ。
(部下に取られたくない、とか?)
結婚書状はシワにならないよう、薄型の板で挟んでいるみたいだった。上着が長方形にくっきり張り出している。
(起きないように……スリ〜プ追加で噴射〜っ……ねんねんころりよ〜……)
指の先から睡眠魔法を発射するミーリア。
こういうときは石橋を叩いて渡るタイプだった。
ミーリアは小さな手で板を引き抜き、紐を解いて手紙を取り出した。
『師匠、手紙ゲットです!』
『よくやったわ! さ、改ざんしましょう』
『本当に大丈夫なんですか?』
『平気平気。ちょっと嫌われるぐらいがちょうどいいわ。二度とクロエとの結婚を考えられないぐらい男爵を怒らせましょう』
『そうですよね!』
ミーリアは念話から、意識を手紙へと移す。
(あまり悠長にしていると起きちゃうかもしれないね)
手紙を開き、漂白魔法でインクをすべて宙へ浮かび上がらせ、真っ白の状態にする。前もって準備して頭の中に構築しておいた文面にインクを貼り付けるイメージで分配していき、手紙に落とし込んだ。
(自分で言うのもなんだけど、結構びっくりな光景だよね……っと、集中、集中……)
黒いインクが文字になって勝手に文章ができあがっていく。
じわりと文章が浮かび上がった。
(これめちゃむずだよ……なんとか成功……!)
繊細な魔力操作が必要な魔法だ。こんな芸当ができるのはエルフのティターニアとミーリアぐらいであろう。王宮にいる財務担当の前でこんなことをやったら、改ざんを恐れて指名手配されそうだ。
『できたわね。いい子。魔力操作もうまくなったわね』
『師匠! 褒めてくれて嬉しいです!』
『可愛いお弟子さんね。さ、もとに戻して帰還よ。無事部屋まで帰って作戦成功だから、気を抜くんじゃないわよ』
『了解道中膝栗毛っ!』
『……よくわからない返事しないで。ほら、手を動かす』
『はぁい』
ミーリアは手紙を閉じ、板で挟んで紐を結び、商隊長のポケットに入れた。寝袋のボタンをしめていく。
テントから出て飛行魔法を発動。
十分な距離を取って、風魔法の球体防護壁と睡眠魔法を解除した。
魔物領域の森は再び静けさに包まれた。
◯
アトウッド領に騎士団商隊を送り込んでから二ヶ月――
ハンセン男爵は、今か今かと婚約書状を待ちわびていた。
クロエの絵姿を見てからというもの、毎日接吻している。
「ん〜まっ」
「……」
側仕えのメイドはいつも無言だ。
「まだかのぅ」
ハンセン男爵はちょび髭で肥満体型、頭部の毛がほぼ全滅、そして声が高かった。
魔物と交配させた羊の飼育に成功し、男爵の身分でありながら大富豪となっている。
商才があり、頭脳も明晰。
ただ、女癖が悪かった。悪癖と言っていい。
これさえなければ皆に尊敬される領主であった。
浮気出戻り娘のいるアトウッド騎士爵家から嫁を取る。そのことに部下たちが難色を示していたため、婚約をやむなく先送りにしていた。しかし、ハンセン男爵は我慢ができなかった。今回、独断で商隊長に書状を持たせている。
「商隊長殿が戻られました!」
ドアの向こうで小間使いが声を張り上げた。
「うむぅ。すぐに通せぇ」
「失礼いたします」
「うむぅ。はよう入れぇ!」
商隊長が旅塵で汚れた革鎧のまま入室した。
壮年でたくましい商隊長も、一ヶ月の旅で疲労の色が濃い。
「して、婚約書状は?」
「受け取って参りました」
「でかしたぁ!」
ハンセン男爵が跳び上がって、商隊長の肩を叩いた。
早速、書状を受け取った。
早くサインをして教会に持っていかねばならない。来年、十二歳の美少女が嫁に来る。
ハンセン男爵は太った身体でコサックダンス的な民族舞踊を踊りだしそうな勢いだ。鼻息も荒い。ミーリアが見たら爆裂火炎魔法を使いかねなかった。
男爵は豪華な椅子に座り、書状を開いた。
そして愕然とし、次第に顔を赤く染めていく。
商隊長は直立して、そんなに嬉しいのか、と内心でため息をつきながら見ていた。
「商隊長ぉ! これはどういうことだぁ!」
「……は。どう、と言われますと?」
予想と違う反応に、商隊長は眉をひそめた。
「おぬしは何を見ておった」
「アーロン・ド・ラ・アトウッド様のサインを見届けました」
「書状の文面が変わっておる! かああぁぁぁあああぁっ!」
ハンセン男爵が雄叫びを上げた。
書状の文面はこうだ。
『ハンセン男爵
正室ならともかく、二十五番目の妻に大事な娘はやれん。娘も、ちょび髭で小太りで禿頭のオッサンはごめんだと、池ができるほど涙を流している。すまないがこの話はなかったことにしてくれ。アーロン・ド・ラ・アトウッド』
空気の読めない失礼なアーロンに合わせた、絶妙な文章だ。
ミーリアとティターニアの合作である。
「このっ、このっ、あのっ、田舎者の、狩猟バカめっ、私にっ、恥をかかせよってぇ!」
ハンセン男爵は悔しがって書状を床に叩きつけ、足で何度も踏み潰した。
「来年の春は商隊を送らんぞぉ!」
「……王国との約束です。それはどうかと……」
「わかっておるそんなことぉ! くそっ! おい! すぐにアトウッド家に行って、森林の使用権利はやらんと言ってこい!」
「今からですか?」
「今すぐだ! 臨時手当てをやるぅ!」
ハンセン男爵が引き出しから金貨の入った小袋を商隊長に投げた。
袋をキャッチして、商隊長は一礼し、「承知」と部屋を出ていった。
(またあのクソ遠い領地に……面倒だな……早馬を使って俺とサムの二人で行くか。出発したことにして……今日明日は休もう。身体がもたん。それにしても……書状……どこですり替わったんだ……?)
商隊長は、疑問ばかりが浮かぶのであった。