第26話 白馬の騎士来たる
第26話 白馬の騎士来たる
季節は秋、冬を越えて春になろうとしていた。
春になればミーリアは十歳。
クロエは十二歳だ。
この世界では春に年齢が一つ上がる。誕生日を祝うのは王族だけだ。
「ミーリア。お姉ちゃんと寝ましょう」
ハンセン男爵との婚約を延期にしたミーリアは、クロエから以前にも増して可愛がられていた。
(感謝してもしきれないって、涙を流して喜んでたもんね……おふ……クロエお姉ちゃんのお胸が……幸せと苦しさのコンドミニアム……)
ミーリアはクロエの抱きまくらにされていた。
コンドミニアムは米国の分譲マンションの意味だが、なぜクロエの胸に顔をうずめてその言葉が出てくるのかわからない。
ふと、ティターニアの言葉が頭に浮かんだ。
『ハンセン男爵、怒ってたわよ〜』
ティターニアは千里眼魔法で、ハンセン男爵が婚約書状を開いた瞬間を目撃していた。
一人で大笑いしたらしい。
ミーリアも見たかったな、と思った。
(そういえば、商隊長が戻ってきたときはびっくりしたな。ハンセン男爵が激おこで、すぐに行け、って言われたみたい)
商隊以外の訪問者など、アトウッド家では珍事だ。
商隊長は早馬でやってきて、ハンセン男爵がいかに怒っていたか、アーロンに説明した。
アーロンは何かの間違いだと喚き散らした。
そして、南の森林使用権は与えない、と言われて絶望的な表情を作った。
(あの顔、写真撮っておきたかったよ。あれから、ずっと機嫌悪いもんねぇ……自分の娘を物みたいに扱った天罰だと思うがいいさ)
「ミーリア、おやすみ……」
「うん、おやすみ」
クロエの甘い香りに包まれ、ミーリアは一人考える。
顔を横に向けて、柔らかい胸部から気道を確保した。
(ロビンも悔しがってたし、いいことをしたよ)
次女ロビンとしては、美少女のクロエがどこに嫁ぐか気が気ではない。クロエが立派な家に嫁いだら、立つ瀬がないのだ。
(これで、お姉ちゃんが女学院に入るまでの時間稼ぎはできたね)
春になれば、アドラスヘルム王国女学院の試験官が村にやってくる。
クロエが合格すれば、二年間は会えない。
やわらかい姉のぬくもりを感じる。
寂しいけど嬉しい。
複雑な感情が心を満たし、ミーリアはクロエを強く抱いた。
◯
ラベンダーがちらほらと蕾を作り始めている。
ミーリアは濁った窓ガラスからラベンダー畑を眺め、寝室を出た。
(よし、誰もいないね)
ミーリアは朝のキッチンで、母親エラに胡椒岩塩を一つ渡した。もう慣れたのか、ありがとうと言ってエプロンのポケットにしまった。
(私は見たよ。マミィが胡椒岩塩を割って、自分用に確保しているのをね!)
心の中では家政婦気分である。
娯楽の少ない領地だ。胡椒岩塩をピンハネするぐらいは仕方ないだろう、と思う。
読書部屋で魔力操作の練習をしようかな、と考えていると、なにやら外が騒がしくなった。
「騎士様が来た!」「商隊じゃないぞう!」「えらいこっちゃ!」
ラベンダー倉庫の掃除をしていた村人が、大きい声で叫んでいた。
噂好きの若者は村の奥へと走っていった。
(騎士様? あ! ひょっとして女学院の試験官?!)
ミーリアはぼんやりした表情を作り、玄関から外へ出た。
母親エラが急いで手を洗い、ミーリアを抜けて玄関に飛び出した。
(うわあっ! 女騎士だ! カッコいいし、エロ可愛い!)
ミーリアは白馬に乗った女騎士三人を見上げた。
ど田舎のラベンダーしかないアトウッド領に、絵本から出てきたような女騎士が三人、白銀のハーフプレートとドレスアーマーを陽の光に反射させている。
「これは騎士様。こんな辺鄙な領地へようこそおいでくださいました。わたくし、アトウッド家の正妻、エラ・ド・ラ・アトウッドでございます。このような身なりで申し訳ございません」
母親エラが恐縮し切った様子で頭を垂れた。今にも土下座しそうな勢いだ。
先頭にいる女騎士が、母親エラに目線を向けた。
ゴージャスな金髪が豊かに腰まで伸びており、青い瞳が思慮深さをたたえている。
「馬上から失礼いたします。わたくし、アドラスヘルム王国女学院・選抜入試担当、ブルーアイズ伯爵家三女、アムネシア・ラ・ブルーアイズと申します。あなたのお嬢さん、クロエ・ド・ラ・アトウッド嬢はどちらにおいででしょうか?」
「クロエ……うちの六女ですが……何か問題がありましたでしょうか……?」
事なかれ主義の母親エラは顔を青くした。
ど田舎に騎士が来るのは凶報に違いない、という先入観からだ。
「あら? 聞かれていないのですね?」
アムネシア・ラ・ブルーアイズは母親エラ、ミーリア、屋敷を見回して、一つうなずいた。
「……だいたいの事情は承知いたしました。クロエ嬢は教会にて正式な手続きを踏み、アドラスヘルム王国女学院の選抜試験を受ける手はずになっております。結果は本日中にわかるでしょう」
「女学院……選抜……??」
話についていけない母親エラ。
ミーリアは鼻の穴を大きくした。
(来たよ! やっときたよ! 二年間ずっと待っていた日が……ついに!)
すぐにでも駆け出したい気分であったが、ミーリアはその場にとどまった。
前回の失敗がある。
ぼんやり七女を演じなければならない。
「奥様が知らないのはやむを得ぬ事情があるからでしょう。クロエ嬢はどこに?」
アムネシアが口調を厳しくすると、母親エラは裏庭の倉庫を指さした。
「庭のラベンダー倉庫におります。収穫前の準備をしているところで……」
「かしこまりました。馬をつないでもよろしいですか?」
「は、はい。ではこちらに」
母親エラの案内で、アムネシアと二人の女騎士は白馬をゆるりと進め、馬を止めて降りた。
ラベンダー小屋に入ると、クロエ、長女ボニー、次女ロビン、五女ペネロペが大きな倉庫を掃除していた。
女騎士三名が入ってきて、皆が入り口に注目した。
「クロエ嬢はどちらに?」
手前で作業をしていたクロエが事情をすぐに察したのか、落ち着いた足取りで近づいた。
春で十二歳になるクロエは年を追うごとに美しくなっている。
背も伸び、ティターニアの教育のおかげか、深紫色の瞳には知性が宿っていた。
端正な相貌にあどけなさが残っている。ミーリアがいつも呼吸困難に陥っている胸部の成長が著しい。
(お姉ちゃん美人さんだよなぁ……王都を歩けば百人中百二十人ぐらいが振り返りそうだよ)
ミーリアは自慢の姉を見て誇らしい気持ちになった。
クロエは騎士の前に出ると、頭を下げた。
「わたくしです」
「……あなたがクロエ嬢ですね。神父が推薦するだけありそうですわ……。よろしい、教会に行きます。案内してちょうだい」
「はい。かしこまりました」
クロエが一礼して、ラベンダー小屋を出ようとする。
すると、背後から声がかかった。
「お待ちください。これはどういうことですの?」
次女ロビンが場を仕切るような声を上げた。
(あんたは静かにするってできないのかな……)
ロビンはこじらせにこじらせ、顔つきが日々険しくなっていた。
眉は釣り上がり、笑うときは常に口を歪ませる。
「失礼。あなたは?」
アムネシアが表情を変えずにロビンを見た。
「アトウッド家次女、ロビン・ド・ラ・アトウッドですわ。その子をどうするつもりですの?」
「クロエ嬢は王国女学院の試験を受けます。家族と言えど、邪魔立ては許しません」
長女ボニー、五女ペネロペが驚いている。
「王国女学院……そんなもの、聞いたことがございませんわ!」
キッとロビンがクロエを睨みつけた。
自尊心の塊のような女だ。ロビンは自分の知らないところで動いていたクロエが気に入らない。
アムネシアが青い瞳をロビンに向けた。
「失礼を承知で申し上げますが、女王陛下が御即位されて十年。女性が貴族社会で活躍できる場を作ることを目標に、王国女学院が設立されました。その常識を、あなたは知らないと言われるのですか?」
「……アトウッド家はあいにく情報が遅いんですの! もっとちゃんと宣伝するべきよ! 王都の不手際ではありませんこと?!」
「クロエ嬢は知っておりましたよ?」
「それは……」
ロビンは言葉に詰まり、クロエをまた睨んだ。
「クロエ! どうして私に言わなかったの?!」
「お姉さまに伝えたら妨害されるからです」
「あ、あ、あなたねぇ……!」
「そんなに気になるなら、お姉さまも試験をお受けになったらいかがですか? 銅貨二百枚で受けられますよ?」
「その銅貨、どこで手に入れたの!」
「神父様の読み書きのお手伝いをして、四年かけて貯めました」
「なぜ私に言わない!」
「言ったらお金を取られるからです」
「……ッ!」
淡々と話すクロエ。
女騎士が味方についてくれるとわかり、長年言えなかったことを言えた。
ロビンは顔を赤くして怒り心頭だ。
「銅貨二百枚ぐらいならあるわ! 私にも試験を受けさせてちょうだい!」
何を血迷ったのか、次女ロビンが言い放った。