第29話 ぼっち生活
第29話 ぼっち生活
クロエが王都に出発してから、アトウッド家領内は女学院の話題で持ち切りだった。
勘違いをした村人が万歳三唱をしている。
クロエが、アトウッド家のために王都へ行った、この閉塞した村の状況を打破してくれる、そう思い込んでいるのだ。
(勘違いも度が過ぎると――あな滑稽かな……いとをかし)
気分は平安時代なミーリアである。
今日も焼き鳥が美味しい。
村人にはわるいが、クロエも自分も、この村から脱出したくて女学院へ行くのだ。
「魔力操作の訓練も終わったし、何をしようかな」
愛する姉がいない今、スーパーぼっち生活がスタートしていた。
(魔力循環……ソナー魔法!)
「……クロエお姉ちゃんはいない……よね」
探索魔法でクロエを探してしまい、寂しい気持ちになる。クロエはいない。わかりきっていることだ。代わりに婿養子アレックスを発見したので、スリップ魔法で盛大にコケさせておいた。
「師匠は寝てるしなぁ」
ティターニアは日の三分の二は寝ている。
「よし、今日から二年間、魔力操作を完璧にすること、焼き肉食べ放題の準備を進めること、この二つを目標にしよっか」
(魔法袋ちゃん、紙とペンを出してね〜)
ミーリアは魔法袋から紙とペンを出し、目標を書いていった。
魔法その1、転移魔法を極める
魔法その2、魔力運用を百パーセントにする
焼き肉その1、美味しい肉を探す
焼き肉その2、焼き肉のタレを開発する
焼き肉その3、焼き肉専用の器具を作る
(王都に焼き肉専門店がないのが驚きだよ……)
女騎士アムネシアに王都の食べ物事情を聞いた結果、焼き肉専門店がないことが判明した。寿司屋も、しゃぶしゃぶ屋もない。
(あるのは、パンが主食のフレンチ系っぽいレストランだね)
焼いた肉を出す店はもちろん存在する。
しかし、ミーリアの中での焼き肉食べ放題は、ジョジョ園なのだ。
あのクオリティの食事がしたい。
芳醇なタレと、焼き肉のハーモニーが忘れられなかった。
貧乏アトウッド家の食事の反動かわからないが、以前よりも食に対する情熱が増していた。
(十歳になったら自由行動していいって言われてるし、ちょっと散策してみようかな? 女学院の試験対策は十一歳からやる予定だし。ダラダラ過ごすのはもったいないよ)
紙に書いた目標を見ると、やることは山積みに思える。
(北の森を飛んでみよう!)
ミーリアは紙とペンを魔法袋にしまい、読書部屋から出て、ティターニアの家に向かった。
ラベンダーの収穫が終わった村は雑穀を作る作業で忙しい。
痩せた大地を村人が懸命に耕している。
(ソナー魔法で……よし、周囲に誰もいないね。商家の息子・ストーカー君も……遠くだ)
人がいないことを確認して、ミーリアは飛行魔法を使った。
ティターニアはまだ寝ているみたいだ。起こすのはわるいと思い、家にはよらないでおく。
(しばらくは低空飛行で、村と距離を離したら、高度を上げよう)
顔に風が当たらないよう、空気の防壁を作り、ミーリアは飛ぶ。
北に進んで、上昇した。
魔物領域の森が眼下に広がっている。
太陽が眩しいので、手でひさしを作った。
(村から十kmってとこかな)
アトウッド家は南から西にかけて深い魔物の森に覆われ、東は断崖絶壁の渓谷、北は誰も行ったことのない僻地だ。
ミーリアは前人未踏の大地を飛んでいる。
魔力を変換し、ソナー魔法を打ち出した。
(結構魔物がいるね! 大蛇、大猿、ワニ、恐竜? ……牛っぽい魔物はいないかァ。ハマヌーレにいけば牛を飼っている農家があるってアムネシアさんが言ってたし……師匠から戦闘は避けるように言われているから……スルーしよう)
探索魔法の生命反応を確認して、ミーリアは魔法を切った。
コンパス魔法で方角を調べ、北側を観察する。
(地平線の向こうまで森が続いているね)
北側の大地に終わりは見えそうもない。
(じゃあ次は鉄を探してみようか! 焼き肉と言えば七輪。あと網だよね〜)
ミーリアは一から十まで、すべてを揃える心づもりだ。
一度決めたことは全力で取り組む女子である。
(えーっと、師匠に教えてもらった無機物の探索魔法でっと……とりあえず二十km探索!)
魔力を鉄に反応するよう変質させ、ソナー魔法を打ち出した。
三百六十度、魔力の波紋が広がり、南側にちらほらと反応をとらえた。さらに、北西十五km地点に大きな反応がある。
(南は村にある農具が反応してるね。北西か……レッツゴー!)
魔力を込めてビュンと飛翔すれば、景色が高速で変化していく。
少し高度を下げた。ミーリアの小さな影が森の木々に映る。
一人で空を飛んでいると自由を感じられた。
脳筋な父も、地雷次女も、ロリコン婿養子もいない。クロエのためにも、スーパーぼっちを楽しんでやろうと思う。
(私がめそめそしてたら、クロエお姉ちゃんが悲しむもんね!)
飛翔し、魔力を操作して身体を一回転させた。
ワンピースが音を立て、自分の見えている景色がぐるりと回転する。空の青色、森の緑色、太陽の白光が瞳を抜けて、浮遊感を一瞬だけ覚えた。へその下あたりがふわっとする感覚だ。
(ジェットコースターってこんな感じなのかな? 遊園地行ったことないけど)
ミーリアは鉄が反応するエリアにたどり着いた。
森の中に溶岩が固まったような、黒い岩が転がっている。線を引いたみたいに景色が一変した。
(もう一回ソナー魔法……黒い塊が鉄みたいだね。よしよし、魔物はいないみたいだし着地して……ここは鉄エリアと名付けましょう〜)
鉄エリアに降り、ぺたぺたと黒い塊を触ってみる。
ミーリアの背丈の五倍はありそうな岩が、無造作に転がっていた。
(このままだと使えないね……。鉄を精錬しないと……)
ここでも学校の授業で学んだ知識が活躍した。
鉄に不純物が混ざっている。
それなら一度分解して鉄だけを取り出せばいい。
(鉄の元素記号ってFeだっけ?)
まずは風魔法、風刃で塊をおためしサイズにカットする。バレーボールぐらいのサイズだ。
地面に塊を置いて、魔力を注ぎ込んでいく。満遍なく魔力が行き渡ったら鉄成分をソナー魔法で割り出した。八割ほどが鉄のようだ。
(魔力を鉄成分だけに行き渡らせて、それを転移させればいいかな? むーん…………むむむぅ…………これ……すっごく疲れるよ……!)
疲れるのは当たり前で、分子レベルで精錬しようとしているからだ。
ミーリアは粘り強い性格だ。あきらめずに集中する。
二時間ぐらい格闘して、ゴルフボールほどの鉄を取り出すことに成功した。
「だあっ……疲れたぁ〜……休憩しよ」
手近な岩に腰をかけ、魔法袋から焼き鳥を取り出した。ティターニアの家で千本焼いたので、たっぷり在庫はある。ティターニアは延々と鳥肉を串に刺すミーリアを見て、呆れていた。
飲み物は竹筒に入れた水だ。
(お茶ぐらいほしいよね)
足をぶらぶらさせ、青い空を見上げるミーリア。
薄紫の髪が風で揺れる。
彼女は気づいていなかった。とんでもない量の魔力を使ったせいで、周囲にいる魔物がこの場所から離れていることに……。また、鉄を精錬する魔法はティターニアでも苦労する魔力操作であった。
(クロエお姉ちゃん、無事に王都に着けたかな? アレがあるからきっと大丈夫だよね)
ミーリアはクロエの無事を祈った。
◯
時は過ぎ――クロエは南の街ハマヌーレまであと一日の距離まで来ていた。
魔除けのポプリと呼ばれる匂い袋をアムネシアが持っていたので、旅路は順調だった。非常に貴重な魔道具だそうで、買うと金貨百枚はくだらないらしい。
「おやすみ、クロエ」
「おやすみなさい」
「あ、そういえばクロエって汚れない体質なのかしら?」
「えっと、どういうことでしょう……?」
アムネシアの質問の意図がわからず、クロエは首をかしげた。
「この一ヶ月、お風呂に入ってないじゃない? 服が汚れたり、襟にシミができたりするのよ。クロエの服は綺麗なままだから疑問に思ったの」
「どうでしょうか? あまり意識したことがないので……おやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
アムネシアはただ聞いてみたかっただけらしく、テントに入っていった。
クロエも一人用テントに入る。
そして嫌な予感がして、ミーリアからもらったシャツをカバンから出し、月の光に照らしてみた。
薄っすらと魔法陣が描かれている。それもかなり複雑で、書物で見たことのない図形ばかりだ。クロエは変な声が出そうになった。
あわてて、他の服も確認していく。
すべてに魔法陣が描かれていた。目を凝らさないと見えない親切設計らしい。
「……あの子……」
ミーリアはクロエのことを思って、汚れづらくなる魔法陣が施された服をプレゼントしていた。
嬉しい。とても嬉しい。それは間違いない。
だが、人に見せられない。こんな洋服聞いたことがない。バレたら絶対にまずい。
クロエはそう思い、人前で着替えないことを誓った。
「まったくミーリアったら…………ティターニアさんも常識がないし……大丈夫かしら……?」
自分がいない二年間で、ミーリアが一人でおかしなものを開発しないか不安になるクロエだった。