第33話 予想外な訪問客
第33話 予想外な訪問客
母親エラがミーリアの目を見つめた。
「夏に商隊が来たら、婚約書状を出すわ。そうしたらあなたも秋にはハマヌーレで生活できるわ」
「……」
「何か言ったらどうなの?」
「……はい」
母親エラはそれだけ言って、キッチンに戻っていった。
(夏ってことは……春には女学院に行っちゃうから平気かな……?)
ミーリアは内心で胸をなでおろした。
(でも、知らないところで婚約されたらまずいよね。女学院に入れば、本人の意思を尊重せずに勝手なことはできないんだっけ?)
その通りであった。
基本、貴族間のやり取りは貴族まかせであるが、女学院の学生は女王陛下の家臣扱いになる。
親同士で決めた勝手な婚約などは認められない。
(だから、クロエお姉ちゃんも平気なんだよね。よしよし、問題ないね。入学して私はこの家からさようならだよ。また婚約書状の改ざんは面倒だしね)
ミーリアは思い出して納得した。
(そっかぁ……マミィには何かあげたいって思ってたけど、それもやめよっかな)
ミーリアは出発する際、何かしらプレゼントでもしようと思っていた。
完全に放置されていたが、多少なりとも義理を感じていたのだ。
それも今、なくなった。
(心置きなくアトウッド家を出れるね……!)
前向きにとらえるミーリア。
(神父さまに受験料は渡したし、簡単な魔法も見せてるからね。神父さま、びっくりしてたなぁ。あとは試験を待つばかりだよ……。あと一ヶ月くらいだっけ? クロエお姉ちゃんに会いたいな……)
わずかな寂しさは、まぶしく広がる未来で打ち消した。
やがて、領主アーロン、婿養子アレックス、長女ボニー、次女ロビン、四女ジャスミンがリビングに入ってきた。
六女クロエと五女ペネロペがいなくなり、食卓の空気は以前よりも冷たい。
母親エラと長女ボニーが夕食を配膳した。
(うん……安定の薄味スープ、黒パン、野草でございますね、奥様……)
ミーリアは気を紛らわそうと、キザな執事風に脳内で独りごちる。
干し肉がミーリア以外に配られていた。
「食べるぞ」
領主アーロンが言うなり干し肉にかじりついた。
脳筋領主は狩猟の成果が出ず、不機嫌なようだ。
母親エラ、長女ボニー、次女ロビン、四女ジャスミンがセリス教の文言をつぶやいて食べ始める。
婿養子アレックスは口の中でもごもごと何かを言って、スープに手をつけた。ちらりとミーリアを見てくる。くすんだ赤髪とそばかす顔が不気味だ。
(私を見ないでほしいんですが……)
ミーリアは引き攣りそうになる顔をぼんやり表情のまま据え置いて、黒パンをスープに浸す。
先ほど食べた醤油ダボラ焼きが鮮烈であるため、まったく食欲が湧かない。
(朝と晩しか食事が出ないから、お腹が空いていないと怪しまれる……。残さないようにしないと)
気持ちを奮い立たせて夕食を飲み込んでいく。
無言の食卓に、咀嚼音が響いた。
しばらくしてアーロンが顔を上げた。
「聞け。ミーリアがハンセン男爵と婚約することになった」
全員が顔をアーロンへ向けた。
「夏の商隊が来たら婚約書状を渡すぞ。森林の使用権利は考えてくれるそうだ。ミーリアでなく……クロエが嫁に行っていれば、今頃南の森で狩猟をしてたはずが……腹が立つ。なあ?」
「そ、そうですね!」
アレックスが子分らしくうなずいた。
時は今と言いたげに、次女ロビンが急に拍手を始めた。
「素晴らしいことですわ! みそっかすで役立たずのチビが、婚約ですもの! おめでとう、ミーリア! おめでとう!」
わざとらしい祝福が、虚しくリビングにこだまする。
ロビンは手を止めない。
乾いた拍手の音に、家族は微妙な表情を作った。
「せいぜいハマヌーレで頑張りなさい! お父さまに貢献するのよ! 私たちが! 私が! 少しでも楽できるようにね!」
満面の笑みであるが、目が恐ろしく鋭い。
(ひぃぃぃぃっ! 顔が悪魔っ?!)
ミーリアは冷たいナイフで背筋をなぞられたみたいに、全身が粟立った。
「クロエに見捨てられ、ハンセン男爵に娶られる。それがあなたの運命だったのよ! バカみたいに口を開けて村をぶらついているあなたにはお似合いねぇ! いいざまだわ! キャハハハハッ、キャハハッ!」
笑い声が怪音波に聞こえた。
さすがのアーロンも無言で嵐が去るのを待っている。
ミーリアはたまらず目をそらして天井を見上げた。
(あかん……この人、あかぁん!)
エセ関西弁も出てしまうというものだ。
次女ロビンの演説が始まってしまった。誰に向けたものなのか、本人もわかっていない。ミーリアをのぞく家族たちは、ロビンを見ていられないのか、各々パンをかじったり、食事に意識を割いている。
そんなときだった。
アトウッド家の玄関が叩かれた。
「領主さまぁ! お食事の時間にすみませぇん! 騎士様が! 騎士様が来ました!」
次女ロビンが動きを止めた。
領主アーロンと母親エラが顔を見合わせる。
「おい、知っているか?」
「私は何も……」
「見てこい」
「わ、わかりました」
母親エラは凶報だと思い、顔を青くしてリビングから出ていった。
(騎士? ロビンが何かやらかして、捕まえに来たのかな?)
ミーリアは目を玄関方向へ向けた。
母親エラと村人が何かをやり取りし、数秒して、騎士がリビングに入ってきた。
(あっ!?)
「お食事中、失礼いたします。アドラスヘルム王国女学院・選抜入試担当、ブルーアイズ伯爵家三女、アムネシア・ラ・ブルーアイズと申します。二年前は優秀なお嬢様をお連れする名誉をいただき、光栄の極みでございました」
粗末なリビングに現れたのは、金髪碧眼の女騎士、アムネシアであった。